妊娠九か月目に呼ばれた産の女神。のちに運命の女神とされた。
ノーナとは何の神様か
ノーナはひとことで言えば妊娠の9か月目に呼ばれた産の女神です。
名は「9番目」を意味します。そのままの意味です。
ローマ人は、出産という出来事を細かく分けて神の名を呼びました。
産気づくとき、子が出るとき、へその緒を切るとき。場面ごとに別々の名がありました。ノーナは、そのうち月を数える呼び分けにあたります。
この女神が知られているのは、もう一つの理由によります。ゲッリウス『アッティカの夜』第3巻16章が、パルカすなわち運命の三女神の古い形を、ノーナ・デキマ・モルタと伝えているためです。
産の女神が、運命の女神の一柱に数えられている。 ここに、ローマの神々が組み替えられていく道すじが見えます。
のちには糸を紡ぐ役をあてられ、ギリシャの運命の女神クロートーと重ねられました。
独自の神殿も祭日も伝わっていません。
ノーナのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ノーナ」「ノナ」の表記が使われます。長音を書き分けない形も見かけます。
名は、ラテン語で「9番目の」を意味する語です。数を表す言葉が、そのまま神の名になっています。
意味の由来を探す必要のない、めずらしい名です。
ローマには、この形の神が数多くいます。役目をそのまま名にした神々で、抽象概念の神と呼ばれます。ノーナはそのなかでも、いちばん素直な作りをしています。
デキマと対で呼ばれるのが決まりで、片方だけが出てくることはほとんどありません。二柱で一組の名です。
なお、この名はキリスト教の教会で唱えられる時課の名としても使われますが、そちらは同じラテン語から別に生まれた用法であり、この女神とは関係がありません。
Nona(ノーナ)
ラテン語の主格。同じ綴りの語が「9番目の」を意味する形容詞にあたる。
Nona Decima(ノーナ・デキマ)
デキマと対で呼ぶ形。二柱はつねに並べて語られ、片方だけで出てくることが少ない。
Parca(パルカ)
運命の三女神の一柱に数えられたときの呼ばれ方。ゲッリウスがこの形で伝えている。
ノーナの物語
9か月目の女神 ─ 場面ごとに神を呼ぶ
ローマ人は、出産という出来事を細かく分けて考えました。
産気づくとき、子が生まれ出るとき、産声を上げるとき、初めて乳を飲むとき。それぞれの場面に、別々の神の名がありました。
一つの出来事に、いくつもの神が立ち会う。
こうした神々は、後の著述家に数が多すぎると皮肉られています。それでも、ローマの祭祀はこの形で組み立てられていました。
ノーナは、そのうち妊娠の月を数える呼び分けにあたります。9か月目に呼ばれる女神です。
なぜ月ごとに神が要るのか。その月に生まれるかどうかが、母子の生死に直結したからです。古代の出産は危険なもので、月の数え方は切実な関心事でした。
神の名を細かく分けることは、心配の細かさの裏返しでもあります。
ゲッリウスがこの二柱の名を引いたのも、人がいつ生まれるかという主題を論じるなかでのことでした。
ゲッリウスの記録 ─ 運命の女神に数えられる
2世紀の著述家ゲッリウスは、『アッティカの夜』第3巻16章にこう書き留めました。
古い形の運命の三女神は、ノーナ・デキマ・モルタであると。
産の月を数える二柱に、死を司る一柱が加わる。
生まれる月と、死ぬこと。人の一生の両端が、三柱の名で示されています。
ここには、はっきりした順序が読み取れます。先にあったのは産の女神です。ギリシャの運命の女神が入ってきたとき、ローマ側はすでにあったこの二柱を、その訳語の枠にはめ込みました。
三柱目には、死を意味する名を新しく立てています。ギリシャ側は三柱だから、こちらも三柱そろえる必要がありました。
ゲッリウスがこれを書けたのは、古い記録を引いていたからです。彼自身の時代には、すでに糸を紡ぐ三柱の姿が広まっていました。
古い名が書き留められたおかげで、置き換えの前後を比べることができます。
なぜ独立したページにするのか ─ パルカとの関係
この図鑑では、ノーナをパルカとは別のページとして立てています。理由を書いておきます。
第一に、もとが別の神だからです。ノーナはギリシャの運命の女神の訳語ではありません。ローマの産の女神として、独立した名と役目を持っていました。
パルカのなかに埋めると、その出発点が消えます。
第二に、呼ばれた場面が違うからです。ノーナは出産のときに呼ばれる名で、一生を司る神ではありませんでした。
第三に、組み替えを示す資料としての価値があるからです。産の女神が運命の女神になる道すじは、ローマの神々に繰り返し起きたことの見本にあたります。この一柱を別に見ることで、その動きがはっきりします。
なお、三柱目のモルタは独立したページにしていません。名がラテン語の「死」そのもので、ギリシャの三柱目の訳語という性格が強く、ローマ独自の祭祀が確かめられないためです。
分けるか、まとめるか。 判断の基準は、ローマ側に固有の姿があるかどうかに置いています。
なぜ記録が少ないのか ─ 場面の神の宿命
ノーナについて伝わることは、ごくわずかです。理由は三つ考えられます。
第一に、場面ごとの神だからです。出産のときに名を呼ばれる神は、神殿を持ちません。祭日もありません。呼ばれる場面が来たときにだけ、名が唱えられます。
家のなかの祭祀は、記録に残りにくいものです。
第二に、女たちの祭祀だからです。出産の場に立ち会うのは女性たちでした。ローマの記録を書いたのは、ほとんどが男性の著述家です。書き留められる機会が少なくなります。
第三に、組み替えられたからです。運命の女神として扱われるようになったあと、書き手はギリシャ側の名と物語を書けば済むようになりました。
それでも、ゲッリウスが名を書き留めてくれました。 一つの章のなかの数行が、この女神を今に伝えています。
記録の少なさは、この神が家のなかで働いていたことの裏返しでもあります。
ノーナの家系図と家族
ノーナの性格と人物像
ノーナには、性格を語る材料がありません。
姿の描写も、物語も、像も伝わっていません。あるのは名と、その名が意味する数だけです。
9番目。それがこの女神のすべてです。
ローマには、この形の神が数多くいます。役目をそのまま名にし、その場面でだけ呼ばれる神々です。神を人の形で思い描く必要がなかったことを示しています。
研究のうえでは、この女神は二つの点で重んじられます。 ひとつは、ローマの出産にかかわる信仰を知る手がかりとして。もうひとつは、産の女神が運命の女神へ移された過程を示す例としてです。
はじまりに立ち会う神が、一生を司る神になった。 この動きは、ノーナとデキマという名が残っていたおかげで見えるようになりました。
名前しか残っていない神が、大きなことを教えてくれる例です。
ノーナを祀った神殿と遺跡
ノーナを祀った神殿も祭日も、伝わっていません。
これは資料が失われたためというより、そういう祀られ方をしなかったためとみられます。
出産の場で名を呼ばれる神には、建物が要りませんでした。
ローマの祭祀には、神殿と祭日を持つ神と、場面ごとに名を唱えられるだけの神があります。ノーナは後者にあたります。
家のなかで行われた祭祀であり、公の暦や碑文に載る道筋がありませんでした。記録の残り方の違いであって、信じられていなかったわけではありません。
そのため、この節に挙げられる場所はありません。推し量って座標を書くことはしません。
名が今日まで伝わったのは、ゲッリウスが古い記録を引いて書き留めたおかげです。
ノーナが現代に残した痕跡
ノーナの名は、数を意味する言葉として残りました。
ゲッリウスの記録: アッティカの夜の第3巻16章に、古い運命の三柱の一柱として名が挙げられている。
妊娠の月数: 9か月目という数え方が、古代の出産をめぐる議論の中心にあったことを示す名になっている。
デキマとの対: 9番目と10番目という対の名が、ローマの神の作り方をよく表す例として引かれる。
産の神々の一覧: 出産の場面ごとに神を置いたローマの信仰を紹介するとき、代表として名が挙がる。
ノーナが司るもの
無事な出産
妊娠の9か月目に呼ばれ、母と子を守る神とされた。
月満ちること
月を数える名を持ち、時が満ちて実を結ぶことに結びつけられた。
一生の始まり
のちに運命の三女神の一柱に数えられ、糸を紡ぎ始める役をあてられた。
ノーナが登場するゲーム・アニメ
ノーナを主題にした作品は、ほとんどありません。
姿が伝わっていないため、描きようがないという事情があります。
運命の三女神を描いた作品では、ギリシャ側の名が使われることがほとんどです。この名で紹介される例は多くありません。
近年、ローマの出産にかかわる信仰が取り上げられる場面が増え、その文脈で名が引かれるようになりました。物語ではなく、暮らしの歴史のほうから知られていく神です。
ノーナが登場するゲーム
神話を題材にしたカードゲーム
運命の三柱の一柱として名が使われることがあります。
古代を舞台にした育成ゲーム
出産や成長にかかわる神として扱われる例があります。
ノーナが登場する古代の文学
アッティカの夜
古い運命の三柱の名を伝える、この女神のいちばん重要な資料です。
古代の神々を論じた書物
出産の場面ごとの神を並べる箇所で名が引かれます。
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ノーナについてよくある質問
ノーナはどんな女神ですか。
名は「9番目」を意味し、妊娠の9か月目に呼ばれた産の女神です。のちに運命の三女神の一柱に数えられ、糸を紡ぐ役をあてられました。ゲッリウスが古い三柱の名として書き留めています。
パルカとどう違うのですか。
パルカは運命の三女神をまとめて呼ぶ名で、ノーナはもともとローマの産の女神です。ギリシャの運命の女神が入ってきたとき、すでにあったノーナとデキマがその枠にはめ込まれました。出発点が違います。
ノーナの神殿はありますか。
伝わっていません。祭日もありません。出産の場で名を呼ばれる神であり、神殿を必要としない祀られ方でした。家のなかの祭祀は公の記録に残りにくいという事情もあります。
なぜ9か月目なのですか。
ローマ人が妊娠の月を細かく数え、月ごとに呼ぶ神を分けていたためです。その月に生まれるかどうかが母子の生死に直結したため、月数は切実な関心事でした。デキマは10か月目を担います。