ローマの運命の三女神。糸を紡ぎ、測り、断つとされた。
パルカとは何の神様か
パルカはひとことで言えばローマの運命の三女神です。単数形はパルカ、三柱をまとめて呼ぶときはパルカエとなります。
糸を紡ぎ、長さを測り、断ち切る。人の一生を糸に見立てるこの役の分けは、ギリシャの運命の女神から受け継いだものです。
ローマにもとからあったのは、別の姿でした。
ゲッリウス『アッティカの夜』第3巻16章は、古い形の三柱をノーナ・デキマ・モルタと伝えます。前の二柱は妊娠の9か月目と10か月目に呼ばれた産の女神で、モルタは死を司ります。
産の女神が、糸を紡ぐ運命の女神に組み替えられた。 この順序が、パルカを読むときのいちばんの要点です。
名の由来には、「産む」を意味する語に結びつける説と、「割り当てる」を意味する語に結びつける説があります。
神殿の記録は残っていません。
パルカのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「パルカ」「パルカエ」「パルケー」の表記が使われます。単数と複数のどちらを見出しにするかで揺れています。
名の由来には二つの説があります。「産む」を意味する語に結びつける説と、「割り当てる」を意味する語に結びつける説です。
前者を採れば産の女神、後者を採れば運命の女神になります。
どちらが正しいかは決まっていません。 ただし、この二つの説が並んでいること自体が、この女神たちの性格の移り変わりを映しています。
ギリシャの運命の女神と同じ神として扱われますが、ローマ側にはもともと別の三柱がありました。 名も役目も違います。訳語として重ねられたあと、糸の役割がローマ側に入ってきました。
三柱目のモルタは、名がラテン語の「死」そのものにあたります。
Parca(パルカ)
ラテン語の単数形。もとは一柱の出産の女神を指したとみられている。
Parcae(パルカエ)
複数形。三柱をまとめて呼ぶときの形で、運命の女神としてはこの形が用いられる。
Nona Decima Morta(ノーナ・デキマ・モルタ)
ゲッリウスが伝える古い三柱の名。産の月を数える二柱に、死を司る一柱が加わる。
パルカの物語
糸を紡ぐ三柱 ─ どこから来た役割か
パルカといえば、糸を紡ぎ、長さを測り、断ち切る三柱として知られています。
人の一生を一本の糸と見て、その長さが生まれたときに決まっているという考え方です。
糸が断たれるとき、人は死ぬ。
この役の分けは、ギリシャの運命の女神から受け継いだものです。ローマの詩人は、ギリシャの詩を読んでこの形を取り入れました。
ローマ側にもとからあったのは、別の姿です。ゲッリウスが伝える古い三柱には、糸の話が出てきません。 産の月を数える女神たちでした。
つまり、糸という道具立てはローマ固有のものではありません。
では、ローマ固有の部分はどこにあるのか。出産と結びついていたこと、そして単数形が使われたことの二つです。
パルカという単数の名は、もとは一柱の出産の女神を指したとみられます。三柱になったのは後のことです。
ゲッリウスの伝える古い三柱 ─ ノーナ・デキマ・モルタ
2世紀の著述家ゲッリウスは、『アッティカの夜』第3巻16章で、古い形の三柱を書き留めました。
ノーナ・デキマ・モルタの三柱です。
ノーナは9番目、デキマは10番目を意味する。
前の二柱は、妊娠の9か月目と10か月目に呼ばれた産の女神です。名がそのまま月の数を指しています。三柱目のモルタは、死を司ります。
この章でゲッリウスが論じているのは、人がいつ生まれるかという主題でした。妊娠の月数をめぐる古い議論を紹介するなかで、この三柱の名を引いています。
ここから読み取れることは重大です。 ローマの運命の女神は、出発点において産の女神だったということです。
生まれるときに立ち会う神が、生まれてから死ぬまでを司る神へ移されました。はじまりの神が、一生の神になったのです。
同じことは、ギリシャの側でも起きています。産と運命は、古い信仰でしばしば重なります。
なぜノーナとデキマを別に立てるのか ─ 三つのページの関係
この図鑑では、パルカと、その一柱であるノーナ・デキマを、それぞれ別のページとして立てています。理由を書いておきます。
第一に、もとは別の神だからです。ノーナとデキマは、ギリシャの運命の女神の訳語ではありません。ローマの産の女神として、独立した名と役目を持っていました。
名がそのまま9番目、10番目を意味します。
第二に、組み替えの過程を示す資料だからです。産の女神が運命の女神に移された道すじは、この二柱を別に見ることではじめて見えてきます。パルカのなかに埋めてしまうと、その順序が消えます。
第三に、呼ばれた場面が違うからです。ノーナとデキマは出産のときに呼ばれ、パルカは一生を司ります。
一方、三柱目のモルタは別ページにしていません。 名がラテン語の「死」そのものであり、ギリシャの運命の女神の三柱目の訳語という性格が強く、ローマ独自の祭祀が確かめられないためです。この女神は、このページのなかで扱います。
カトゥッルスの婚礼歌 ─ 糸を紡ぎながら歌う
パルカがもっとも鮮やかに描かれるのは、詩人カトゥッルスの第64歌です。
ペーレウスとテティスの婚礼の場面に、三柱が現れます。
老いた三柱が、震える手で糸を紡ぎながら歌う。
歌われるのは、この夫婦から生まれる子の運命です。祝いの席で、これから起きることが先に語られてしまいます。
紡ぎ車を回し、羊毛を引き、歯で毛くずを噛み切る。手仕事の細かい描写が、この詩の見どころです。運命を決める神が、機織りをする老婆の姿で描かれています。
ローマの詩人にとって、この三柱は取り消せないものの象徴でした。ユーピテルでさえ、紡がれた糸を変えられないとする詩があります。
一方で、神殿の記録は残っていません。 祈られる対象というより、詩のなかで語られる存在に近い形です。
カピトリーノの丘のフォルトゥーナ・プリーミゲニアや、産の女神とのつながりが指摘されています。
パルカの家系図と家族
パルカの性格と人物像
パルカは、冷たい神として描かれます。
願いを聞き入れることも、心を動かされることもありません。紡がれた糸は変わらず、断たれた糸は戻りません。
祈って変わる相手ではない、という点が重要です。
そのため、ローマの祭祀のなかでパルカに願う場面はほとんど見られません。神殿も祭日も伝わっていません。 これは資料が失われたというより、そういう祀られ方ではなかったとみられます。
研究のうえでは、この三柱はローマの神々がギリシャの神々に置き換えられていく過程の見本として扱われます。ノーナ・デキマ・モルタという古い名が残っているため、置き換えの前後を比べることができます。
産の女神が運命の女神になった。 この一点を押さえておけば、資料の読み方が変わります。
姿は借り物、根は出産。 それがローマのパルカです。
パルカを祀った神殿と遺跡
パルカを祀った神殿の記録は残っていません。
これは資料が失われたためというより、そういう祀られ方をしなかったためとみられます。
紡がれた糸は、祈っても変わらないからです。
願いを聞き入れる神ではないため、供え物や祈願の場が育ちませんでした。ローマの祭祀では、願って効き目のある神に神殿と祭日が集まります。
産の女神とのつながりから、出産にかかわる場で名が呼ばれた見込みはあります。カピトリーノの丘のフォルトゥーナ・プリーミゲニアとの関係も指摘されますが、確かめられていません。
そのため、この節に挙げられる場所はありません。推し量って座標を書くことはしません。
パルカが現代に残した痕跡
パルカの名は、運命そのものをあらわす言葉として残りました。
運命の糸: 糸を紡ぎ断つという言い方が、寿命や定めを語るときの決まり文句として広まった。
カトゥッルスの第64歌: 婚礼の席で糸を紡ぎながら予言を歌う場面が、この三柱の姿を伝えるいちばん有名な資料になっている。
ゲッリウスの記録: アッティカの夜の第3巻16章に、古い三柱の名としてノーナ・デキマ・モルタが挙げられている。
西洋美術の三女神像: 糸巻きと鋏を持つ三人の女性という図柄が、近世以降の絵画や彫刻に繰り返し描かれた。
パルカが司るもの
無事な出産
もとは産の女神であり、生まれてくる子に立ち会う神とされた。
寿命
紡がれた糸の長さが一生の長さとされ、命の期限を司ると考えられた。
定めを受け入れる
祈っても変わらない神とされ、避けられないものと向き合う相手になった。
パルカが登場するゲーム・アニメ
パルカは、運命の三女神という図柄で広く知られています。糸巻きと鋏を持つ三人の姿は、近世以降の絵画や彫刻に繰り返し描かれました。
ただし、その姿はギリシャ側から来たものです。
作品ではギリシャ名で呼ばれることも多く、どちらの名で紹介されるかは作り手によります。
ローマ側の特徴である産の女神としての顔は、作品にほとんど出てきません。 ゲッリウスの記録を読むほうが、ローマのパルカには近づけます。
パルカが登場する絵画・彫刻
三人の運命の女神を描いた近世の絵画
糸巻きと鋏を手にした三人の姿として描かれます。
石棺の浮彫
生まれてから死ぬまでを表す場面に、糸を扱う姿が添えられます。
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パルカについてよくある質問
パルカはギリシャの運命の女神と同じですか。
同じ神として扱われますが、由来は違います。糸を紡ぎ測り断つという役の分けはギリシャから受け継いだもので、ローマ側にはノーナ・デキマ・モルタという別の三柱がありました。前の二柱は産の女神です。
なぜノーナとデキマが別のページにあるのですか。
この二柱はもともとローマの産の女神で、ギリシャの運命の女神の訳語ではないためです。産の女神が運命の女神へ組み替えられた順序は、二柱を別に見ることではじめて見えてきます。
モルタのページはないのですか。
ありません。名がラテン語の「死」そのものにあたり、ギリシャの三柱目の訳語という性格が強く、ローマ独自の祭祀が確かめられないためです。このパルカのページのなかで扱っています。
パルカの神殿はありますか。
記録に残っていません。紡がれた糸は祈っても変わらないとされたため、願いを向ける祭祀が育たなかったとみられます。産の女神とのつながりから出産の場で名が呼ばれた見込みはあります。