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ローマ神話

スペースとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Spes  / スペース

大地 抽象概念の神

希望の女神。花のつぼみを差し出して歩く姿で貨幣に刻まれた。

スペースとは何の神様か

スペースはひとことで言えば希望を神にしたものです。ローマの抽象概念の神のなかで、図像がもっともはっきり定まっている一柱になります。

神殿はフォルム・ホリトリウム(青物市場)にありました。第一次ポエニ戦争のさなか、前258年ごろに執政官アティリウス・カラティヌスが誓ったと伝えられます。

勝てるかどうかがわからない時期に立てられた誓いでした。

この神殿は落雷と火災で何度も傷み、そのたびに建て直されました。現在はサン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の壁に、この一帯へ並んでいた三つの神殿の柱が取り込まれています。

祭日は8月1日。貨幣では、衣の裾を軽くつまんで歩き、花のつぼみを差し出す姿で表されます。

まだ開いていないものを差し出す姿が、そのまま希望という言葉の絵になっています。

帝政期にはスペース・アウグスタの形で、後継ぎの誕生や即位のときに繰り返し刻まれました。

スペースのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「スペス」「スペース」の両方が見られます。長音を書かない「スペス」のほうが多く使われます。

英語の速度や宇宙を指す語とは無関係です。 つづりが似ているため混同されることがありますが、由来がまったく違います。

ラテン語のこの語は、よい方へ向かうと見込むことを指します。

日本語の「希望」より、見通しに近い意味の語です。そのため、後継ぎの誕生を祝う貨幣にこの名が刻まれると、王朝が続く見込みという意味になります。

ギリシャ側にも希望を司る存在がいますが、この記事はローマでの祀られ方を扱います。神殿が誓われた年と、青物市場に並んだ三つの神殿の跡、そして貨幣の図像が中心になります。

なお、ラテン語では複数形をあまり用いない語で、単数のまま抽象名詞として扱われました。

Spes(スペース)

ラテン語の主格。属格はスペイーとなる。よい方へ向かうと見込むことを指す語で、単なる願望よりも見通しに近い意味を持つ。

Spes Augusta(スペース・アウグスタ)

帝政期の貨幣に刻まれた形。皇帝家に後継ぎが生まれたときや、新しい皇帝が立ったときに用いられ、王朝が続く見込みを示した。

Aedes Spei(アエデース・スペイー)

スペースの神殿を指す言い方。青物市場に並んだ三つの神殿のうちの一つで、柱がいまの聖堂の壁に取り込まれている。

スペースの物語

  1. 前258年の誓い ─ 戦のさなかに立てられた希望
  2. 焼けては建て直された神殿 ─ 三つの神殿と聖堂
  3. つぼみを差し出す姿 ─ 定まった図像
  4. スペース・アウグスタ ─ 後継ぎと見込み

前258年の誓い ─ 戦のさなかに立てられた希望

神殿が誓われたのは、第一次ポエニ戦争のただ中でした。

ローマとカルタゴが地中海の西で二十年以上にわたって争った戦いです。ローマにとっては、それまで経験したことのない規模の戦でした。

前258年ごろ、執政官アティリウス・カラティヌスが誓いました。

奉献されたのは、そのあとのことです。場所はフォルム・ホリトリウム、すなわち青物市場でした。

この一帯には神殿が三つ並んでいました。スペースのほか、ユーノー・ソスピタ、ヤーヌスの神殿があったとされます。市場のただ中に神殿が並ぶ光景です。

なぜ希望が神になるのかは、誓われた時期を見るとわかります。 戦の帰趨がわからないとき、ローマ人は結果ではなく見込みそのものを神に預けました。

勝利の女神ではなく、まだ勝っていない段階の神が立てられたところに、この神殿の性格があります。

焼けては建て直された神殿 ─ 三つの神殿と聖堂

スペースの神殿は、たびたび災いに遭いました。

落雷火災で何度も傷み、そのつど建て直されています。市場のそばという立地も、火の回りやすさに関係したとみられます。

希望の神殿が、繰り返し焼けました。

中世に入ると、この一帯の三つの神殿の上に教会が建てられました。サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂です。

この聖堂には見どころがあります。外壁に、古代の神殿の柱がそのまま取り込まれているのです。南側と北側の壁を見ると、円柱が壁のなかから半分だけ顔を出しています。

地下には三つの神殿の基礎が残り、見学できる時間帯もあります。古代の神殿が壊されずに教会の一部になった例として知られています。

どの柱がスペースの神殿のものかについては、位置の解釈が分かれています。確実に言い切れるところまでは決まっていません。

つぼみを差し出す姿 ─ 定まった図像

スペースの姿は、貨幣を通じて広く知られていました。

決まった形があります。衣の裾を左手で軽くつまみ、右手に花のつぼみを差し出して、歩いている姿です。

立ち止まっていません。歩いています。

裾をつまむのは、足を運びやすくするためです。前へ進む途中であることが、姿勢そのもので示されています。

差し出すのは開いていない花です。咲いた花ではありません。まだ開いていないものを差し出す姿が、希望という言葉の絵になっています。

この図像は、ギリシャの古い彫像の型を受け継いだものとみられています。衣のひだの表し方が古風で、ローマの貨幣に彫られた時点ですでに「古い姿」でした。

古めかしい姿を選んだこと自体に意味があります。 新しく作られた神ではなく、昔からある神であるかのように見せる効果があったためです。

スペース・アウグスタ ─ 後継ぎと見込み

帝政に入ると、この女神は皇帝家の後継ぎと強く結びつきました。

貨幣に刻まれた形はスペース・アウグスタです。皇帝の希望、という意味になります。

使われるのは、跡継ぎが生まれたときと、新しい皇帝が立ったときです。

ここでの希望は、王朝が続く見込みを指します。抽象概念の神が、そのまま統治の言葉として使われた例です。

クラウディウス帝の時代から用例が増え、以後の各帝の貨幣にも繰り返し現れます。若い皇子の像とセットで刻まれることもありました。

祭日は8月1日です。この日は、他の神々の記念日とも重なっており、ローマの暦のなかでも行事の多い日にあたります。

共和政の戦のさなかに誓われた神が、帝政では家の続きを保証する神になりました。祀られる理由が、時代とともに移っています。 それでも図像は変わらず、つぼみを差し出す姿のままでした。

スペースの家系図と家族

スペースのきょうだい: コンコルディア望みと和として貨幣に並べられるフォルトゥーナ望みと運を司る神として並べられる

スペースの性格と人物像

スペースには物語がありません。その代わりに、姿がはっきり決まっています。

裾をつまんで歩き、つぼみを差し出す。この形は貨幣から彫像まで一貫していて、名が刻まれていなくても図像だけで見分けられます。

抽象概念の神のなかでも、絵として成功した一柱です。

研究の上では、この女神はローマ人が不確かさをどう扱ったかを見る材料になります。勝敗のわからない戦の最中に、勝利ではなく見込みを神にした。この選び方には、当時の心の動きが表れています。

一方で、神殿での祭祀の中身はよくわかっていません。何が供えられ、どんな祈りがされたのかは記録に残っていません。

わかっているのは、誓われた年と、建て直しの記録と、貨幣の図像です。それでもこの神が長く刻まれ続けたのは、その姿がわかりやすかったためとみられます。

スペースを祀った神殿と遺跡

スペースを祀った場所として住所を確かめられたのは、フォルム・ホリトリウムの神殿と、その上に建つサン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂です。

この二つは、実際には同じ場所を指しています。古代の神殿の上に中世の教会が重なった形です。

神殿は壊されず、教会の壁のなかに残りました。

三つ並んでいた神殿のうち、どれがスペースのものかについては解釈が分かれています。 中央の神殿とする見方が有力ですが、決着していません。

このほか、市の東側に古いスペースと呼ばれた地名が伝えられますが、その位置は特定されていません。

スペースの神殿(Aedes Spei)

希望を祀った共和政期の神殿

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スペースの神殿の住所: イタリア ローマ フォルム・ホリトリウム(北緯41.8912 東経12.4800)

スペースの神殿の祀られた神: スペース

スペースの神殿に残るもの: 基礎と円柱(サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の壁と地下に残る)

スペースの神殿のご利益: 先の見込み

第一次ポエニ戦争のさなか、前258年ごろに執政官アティリウス・カラティヌスが誓ったと伝えられる神殿です。

青物市場の一角に、三つの神殿が並んで建っていました。スペースのほか、ユーノー・ソスピタとヤーヌスの神殿があったとされます。

落雷と火災で何度も傷み、そのたびに建て直されました。 いまは中世の聖堂と一体になっており、どの柱がこの神殿のものかは解釈が分かれています。

テヴェレ川に近い一帯。マルケッルス劇場の南、聖堂のまわりに遺構が見える。

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サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂(Sanctus Nicolaus in Carcere)

三つの古代神殿の上に建てられた聖堂

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サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の住所: イタリア ローマ ヴィア・デル・テアトロ・ディ・マルチェッロ(北緯41.8911 東経12.4799)

サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の祀られた神: スペース(古代の神殿として)

サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂に残るもの: 外壁に取り込まれた古代の円柱と、地下の神殿基礎

サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂のご利益: (古代の神殿としての痕跡)

青物市場に並んでいた三つの神殿の上に建てられた聖堂です。

見どころは外壁です。古代の円柱が壁のなかから半分だけ顔を出しています。 南側と北側の両方で見ることができます。

地下には三つの神殿の基礎が残り、公開されている時間帯には降りて見学できます。古代の建物が壊されずに教会の一部になった例として知られています。

マルケッルス劇場のすぐ南。地下の見学は公開時間が限られるため、事前の確認が要る。

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スペースが現代に残した痕跡

スペースの名は、聖堂の壁に残る柱貨幣の図像として残りました。

聖堂の壁の円柱: サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の外壁から半分だけ顔を出す古代の柱。神殿がそのまま教会に取り込まれた跡。

つぼみを差し出す図像: 裾をつまんで歩き、開いていない花を差し出す姿。貨幣から彫像まで一貫しており、名が無くても見分けられる。

スペース・アウグスタの貨幣: 帝政期に後継ぎの誕生や即位のときに打たれた貨幣。王朝が続く見込みを示す言い方として使われた。

希望の寓意像: 錨や花を持つ女性像として、近世以降の西洋美術で三つの徳のひとつに数えられ描かれ続けている。

スペースが司るもの

先の見込み

結果のわからない事柄について、よい方へ向かう見込みを司るとされた。

子の誕生

帝政期には後継ぎが生まれたときの貨幣に刻まれ、家の続きを示した。

戦の行方

第一次ポエニ戦争のさなかに神殿が誓われ、戦の帰趨に結びつけられた。

スペースが登場するゲーム・アニメ

作品でのスペースは、希望の寓意像として受け継がれました。

ただし、近世の絵画で希望を表す女性像が手にするのは、多くの場合です。ローマの貨幣にあったつぼみの図像とは、持ち物が入れ替わっています。

意味は残り、持ち物は変わりました。

古代の姿を知るには、貨幣か、その貨幣を写した図像集を見ることになります。歩いている姿勢まで残した近世の作例は多くありません。

スペースが登場する絵画・彫刻

希望の寓意像

三つの徳のひとつとして、教会や墓碑の彫刻に置かれます。

貨幣の図像を写した素描

裾をつまんで歩く姿が、近世の図像集に収められています。

スペースが登場する建築・遺跡

サン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂

外壁に古代の柱が埋め込まれた姿を、いまも外から見られます。

フォルム・ホリトリウムの発掘

三つの神殿の基礎が地下に整えられ、公開されています。

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スペースについてよくある質問

スペースはどんな神ですか。

希望を神としたローマの女神です。第一次ポエニ戦争のさなか、前258年ごろに青物市場の神殿が誓われました。祭日は8月1日で、花のつぼみを差し出して歩く姿で貨幣に刻まれています。

なぜつぼみを持っているのですか。

まだ開いていないものを差し出す姿が、希望という言葉の絵になっているためです。咲いた花ではなく、これから咲くものを手にしている点がこの女神の目印になっています。

神殿はいま見られますか。

青物市場の跡に建つサン・ニコラ・イン・カルチェレ聖堂の壁に、古代の柱が取り込まれています。地下には三つの神殿の基礎が残り、公開時間帯には見学できます。

スペース・アウグスタとは何ですか。

帝政期の貨幣に刻まれた形で、皇帝の希望という意味です。跡継ぎが生まれたときや新しい皇帝が立ったときに用いられ、王朝が続く見込みを示しました。