前と後ろに顔を持つ、始まりと門の神。ギリシャに対応する神がいない。
ヤーヌスとは何の神様か
ヤーヌスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ヤヌス」「ヤーヌス」「ジャヌス」が使われます。ジャヌスは英語読みです。
1月を指す語は、この神の名です。年の入口の月であることによります。
門・扉を指す語も同じ語源から出ています。
ヤヌス的という言い方は、一つのものが相反する二つの顔を持つ状態を指す言葉として、いまも使われます。
ローマの家では、玄関の内側の扉を守る神ともされました。入口そのものが神格化された形です。
Ianus(ヤーヌス)
ラテン語。門・通り道を意味する語につながる。
Ianus Geminus(ヤーヌス・ゲミヌス)
「二重のヤーヌス」。フォルムの門の建物を指す呼び名。
Ianus Bifrons(ヤーヌス・ビフロンス)
「二つの額を持つヤーヌス」。二つの顔を持つ姿を指す。
ヤーヌスの物語
戦のあいだ開く門 ─ 閉じられた回数
フォルム・ロマーヌムの北寄りに、小さな建物がありました。
神殿というより、両端に扉のある通路です。
ローマが戦っているあいだ、この扉は開いている。
国中に平和が戻れば、閉じられる。
伝えでは、ヌマ王がこの決まりを定めたとされます。
しかし、ローマはほとんどつねに戦っていました。
リウィウスによれば、建国から自分の時代までに閉じられたのは二度だけでした。ヌマの治世と、前235年です。
アウグストゥスは、自らの治世に三度閉じたと『業績録』に書いています。
扉が閉まっていること自体が、記録に値する出来事でした。
なぜ戦時に開くのか。軍を送り出した道が塞がらないように、という説明が伝わりますが、古代の著述家も理由を確かめられずにいます。
建物そのものは現存しません。貨幣に刻まれた図から、姿がおおよそ分かるだけです。
すべての祈りの最初に ─ 名を呼ぶ順序
ローマの祭祀には、神の名を呼ぶ順序がありました。
その最初が、ヤーヌスです。
どの神への祈りであっても、まずこの神の名を呼ぶ。
ユーピテルより先です。始まりを司る神であるため、祈りという行為の入口を開ける役目を持っていました。
そして、最後に呼ばれるのがウェスタです。
始まりのヤーヌス、終わりのウェスタ。
祭りは門で始まり、竈で終わる。ローマ人の祭祀の形が、この二柱に挟まれています。
家ごとの祭でも同じでした。食事の前には、まずこの神に酒を注ぎます。
神々の順位ではなく、手続きの順序でした。 ヤーヌスが最高神なのではありません。最初に来る神なのです。
専属の神官は置かれず、代わりにレクス・サクロールム(祭祀の王)が担当しました。王がいなくなったあと、その祭祀上の役目だけを引き継いだ職です。
1月と一年の始まり ─ 暦が動いたとき
ローマのもっとも古い暦では、一年は3月に始まりました。
軍を動かし始める月です。
1月と2月は、そもそも月として数えられていませんでした。冬のあいだは農事も戦もないためです。
のちに、この二か月が暦に加えられた。
そして前153年、執政官の就任日が1月1日に移されます。
これによって、1月が年の始まりとして定着しました。
ヤーヌスの名が付いた月が、年の入口になります。神の性格と月の位置が、あとから一致した形です。
1月1日には、縁起のよいことをする習わしがありました。
- 良い言葉だけを使う
- 少しだけ仕事をする
- 蜜と棗と無花果を贈り合う
一年の初めの日が、一年全体を決める。
そう考えられていたためです。この考え方は、いまも各地の年始の習わしに残っています。
ヤーヌスの家系図と家族
ヤーヌスの性格と人物像
ヤーヌスは、ローマの神々のなかでもっとも「ローマらしい」神です。
物語がありません。恋も争いもしません。
代わりにあるのは、位置です。
入口にいる。始まりにいる。過去と未来の境にいる。
ローマ人は、こうした「あいだ」に神を置きました。境の神テルミヌス、門の神ヤーヌス、境を越える神メルクリウス。
どこかとどこかの継ぎ目に、必ず神がいます。
伝えでは、この神は黄金時代のラティウムを治め、サートゥルヌスを迎え入れた王だったともされます。神と王のあいだが、ここでも曖昧です。
古代のローマ人自身、この神の由来を説明しきれていませんでした。 オウィディウスは『祭暦』で神に直接尋ねる形をとり、神に自分の由来を語らせています。
ヤーヌスを祀った神殿と遺跡
ヤーヌスの祀られ方は、神殿より門そのものでした。
ローマ市内には、この名で呼ばれるアーチ状の通路が各所にありました。市場の一角にもあり、両替商が集まる場所として知られています。
神殿ではなく、通り抜ける場所が聖域だった。
家の扉にも、この神がいるとされました。入口という機能そのものが神格化されています。
住所を確かめられたのは、フォルムの門の一か所だけです。
ヤーヌス神殿(Ianus Geminus)
戦時に開き、平時に閉じた門
ヤーヌス神殿の住所: イタリア ローマ フォロ・ロマーノ北寄り(北緯41.8933 東経12.4851)
ヤーヌス神殿の祀られた神: ヤーヌス
ヤーヌス神殿に残るもの: 現存しない
ヤーヌス神殿のご利益: 平和
両端に扉のある小さな建物です。神殿というより通路の形をしていました。
戦のあいだは開き、平和になれば閉じる。
ヌマ王が定めたと伝えられます。建国からリウィウスの時代までに閉じられたのは二度だけでした。
アウグストゥスは自らの治世に三度閉じたと記録しています。
建物は現存しません。 貨幣に刻まれた図から姿がおおよそ分かるだけです。
遺構は残っていない。位置はフォロ・ロマーノの中と推定されている。
ヤーヌスが現代に残した痕跡
ヤーヌスの名は、1月・門を指す語・比喩に残りました。
1月: ヨーロッパの諸言語の1月は、いずれもこの神の名に由来する。年の入口の月であることによる。
門・扉を指す語: 守衛や管理人を指す語も、同じ語源から生まれた。
ヤヌス的: 一つのものが相反する二つの顔を持つ状態を指す比喩。社会や制度を論じる場面で使われる。
二面の顔の意匠: 古代の貨幣に刻まれた二つの顔の図像が、いまも記章や商標に用いられている。
ヤーヌスが司るもの
物事の始まり
すべての祈りの最初に名を呼ばれた。新しいことを始めるときに祈られた。
門と入口の守り
家の扉を守る神でもあった。
平和
門の扉が閉じることが、国中の平和を意味した。
ヤーヌスが登場するゲーム・アニメ
ギリシャに対応する神がいないため、この神だけはローマ名でしか呼ばれません。
作品では、二つの顔という視覚的な特徴がそのまま使われます。
表と裏、過去と未来、善と悪。
門の神・始まりの神という本来の役目より、二面性の記号として扱われることがほとんどです。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
ヤーヌスについてよくある質問
ヤーヌスに対応するギリシャの神はいますか。
いません。ローマの神の多くはギリシャの神と重ねられましたが、この神だけは対応する相手が見つかりませんでした。ローマ固有の神です。
なぜ祈りの最初にこの神を呼ぶのですか。
始まりを司る神だからです。祈りという行為の入口を開ける役目を持っていました。最後に呼ばれるのはウェスタです。
神殿の扉はいつ閉じられましたか。
リウィウスによれば、建国から彼の時代までに二度だけです。ヌマの治世と前235年でした。アウグストゥスは自らの治世に三度閉じたと記録しています。
1月の名はこの神に由来しますか。
そうです。ただし、ローマの古い暦では一年は3月に始まりました。前153年に執政官の就任日が1月1日に移り、1月が年の始まりとして定着しました。