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ローマ神話

ラレースとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Lares  / ラレース

大地 家の神

家と土地の守り神。どの家にも祠があり、毎日の食事で供え物を受けた。

ラレースとは何の神様か

ラレースはひとことで言えば家の守り神です。つねに複数形で呼ばれます。

ローマのどの家にも、ララリウムと呼ばれる祠がありました。

短い衣をひるがえし、片足を上げて踊る若者が二人。
その間に、家長の守り神ゲニウスが立つ。

ポンペイの家からは、この形の祠が数多く見つかっています。

毎日の食事のとき、供え物が捧げられました。家族の節目にも祈られます。

- 子が成人の衣を着るとき
- 花嫁が新しい家に入るとき
- 旅から帰ったとき

家の中だけではありません。

十字路にもいました。 土地の境が交わる場所に祠が置かれ、1月のコンピターリアで祀られます。この祭は奴隷も加わることができました。

アウグストゥスは、この十字路の祠を作り直し、自分の守り神を並べて置かせました。

ラレースのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「ラレス」「ラレース」「ラール」が使われます。

つねに複数形で呼ばれます。 単数形のラールはほとんど使われません。

「一柱の神」ではなく、「その場所にいる守り手たち」という捉え方です。

由来ははっきりしません。死者の霊とする説と、土地の霊とする説があります。

ラールンダというニンフが母だとされる。

オウィディウスがそう伝えていますが、これも他の資料には見えません。

Lares(ラレース)

ラテン語の複数形。単数形のラールはほとんど使われない。

Lararium(ララリウム)

家の中に置かれた祠の名。

Lares Compitales(ラレース・コンピターレース)

十字路のラレース。

ラレースの物語

  1. ララリウム ─ 家の中の祠
  2. 十字路の祠 ─ 奴隷が主役になる祭
  3. アウグストゥスの作り直し ─ 十字路に皇帝を置く

ララリウム ─ 家の中の祠

ローマの家には、ララリウムという祠がありました。

台所のそば、あるいは中庭の壁にあります。小さな神殿の形をした窪みで、扉が付いているものもありました。

中には決まった図が描かれます。

中央に、頭を布で覆った男。家長の守り神ゲニウス
両側に、短い衣をひるがえして踊る若者が二人。それがラレース。
足もとに蛇が一匹。土地の霊とされる。

ポンペイとヘルクラネウムの家から、この形の祠が数多く見つかっています。火山灰に埋もれたため、絵がそのまま残りました。

供え物は、毎日の食事から取り分けられます。

食卓の食べ物を少し、火に投げ入れる。

月の初め、五日目、十三日目には、花輪を掛けました。

家の宗教は、国家の祭祀とは別に、毎日続いていました。

十字路の祠 ─ 奴隷が主役になる祭

ラレースは家の中だけにいるのではありません。

土地の境が交わる場所にもいました。

四つの土地の角が集まる十字路に、四方に開いた祠が置かれます。それぞれの土地から拝めるようにするためです。

1月のコンピターリアが、この祭でした。

祠に、家族の数だけ人形を掛ける。
奴隷の数だけ、毛玉を掛ける。

人と同じ数だけ、身代わりを吊るします。

この祭では、奴隷が中心になりました。 祭を取り仕切るのも奴隷や解放奴隷です。

ローマの公の祭祀から締め出されていた人々が、ここでは役目を持ちました。

そのため、この祭の集まりは政治的にも使われます。 前1世紀には、十字路の組合が街頭の実力集団になりました。

前64年、元老院はこれを解散させます。

アウグストゥスの作り直し ─ 十字路に皇帝を置く

前7年、アウグストゥスはローマを十四の区に分け、さらに小さな街区に分けました。

そして、十字路の祠を作り直します。

ラレース・アウグスティ(アウグストゥスのラレース)。

祠には二柱のラレースと、アウグストゥス自身の守り神ゲニウスが置かれました。

皇帝の守り神が、町のすみずみの祠に入りました。

祠の世話をするのは、その街区に住む解放奴隷です。四人が選ばれ、役職として名を刻むことができました。

公の役職に就けない者に、役目を与える。

解散させられた組合の代わりに、国家の管理下の組織を置いた形です。

各地に残る祠の台座には、世話役の名が刻まれています。

家の宗教が、国家の統治の道具になりました。

ポンペイの広場にも、公のラレースを祀る聖域が残っています。

ラレースの家系図と家族

ラレースの親: メルクリウスラールンダ

ラレースのきょうだい: ペナーテース家をともに守る

ラレースの子・子孫: メルクリウスメルクリウスの子

ラレースの性格と人物像

ラレースには、性格も物語もありません。

姿の決まりだけがあります。踊る二人の若者です。

その代わり、ローマ人の暮らしにもっとも近いところにいました。

毎日の食事で供え物を受ける。
花嫁が家に入るとき、迎える。
旅から帰った者が、まず挨拶する。

国家の神々が年に一度の祭で祀られるのに対し、この神は毎日祀られます。

由来については、二つの説が争っています。

- 死んだ祖先の霊
- 土地に元からいる霊

決着していません。 祠に描かれる蛇が土地の霊とされることから、後者を採る研究者が多くなっています。

もっとも身近で、もっとも由来の分からない神です。

ラレースを祀った神殿と遺跡

ラレースは、神殿に祀る神ではありません。

祀られるのは、家の中の祠十字路の祠です。

どちらも、そこに住む人・そこを通る人のためのもの。

ローマ市内には数百の十字路の祠があったとされます。台座がいくつも見つかっていますが、多くは元の位置が分かりません。

ポンペイとヘルクラネウムでは、家の中の祠がそのまま残りました。火山灰に埋もれたためです。

ポンペイの公のラレースの聖域(Sanctuarium Larum Publicorum)

都市のラレースを祀った聖域

地図で開く

ポンペイの公のラレースの聖域の住所: イタリア カンパニア州 ポンペイ遺跡 広場の東側(北緯40.7498 東経14.4850)

ポンペイの公のラレースの聖域の祀られた神: ラレース・プブリキー

ポンペイの公のラレースの聖域に残るもの: 中庭を囲む壁と、後陣の構造

ポンペイの公のラレースの聖域のご利益: 都市の守り

ポンペイの広場の東側にある聖域です。62年の地震のあとに建てられたとみられています。

家の中の祠ではなく、都市そのもののラレースを祀りました。

中央に開いた中庭があり、およそ18メートル×21メートルの大きさです。

屋根がなく、開かれた造りである点が、十字路の祠と共通しています。

ポンペイ遺跡の広場に面している。

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ラレースが現代に残した痕跡

ラレースの名は、家庭や炉辺を指す言い回しに残りました。

家庭を指す言い回し: ヨーロッパの文学で、自分の家や故郷を指すときにこの神の名が使われる。

ポンペイの祠: 火山灰に埋もれて絵がそのまま残り、ローマの家の宗教を知る最大の資料になっている。

十字路の祠: アウグストゥスが作り直した制度。皇帝の守り神を町のすみずみに置く仕組みになった。

ラレースが司るもの

家内安全

家の中の祠で毎日祀られた。

土地の守り

十字路の祠で、土地の境を守った。

旅の無事

旅から帰った者は、まずこの神に挨拶した。

ラレースが登場するゲーム・アニメ

この神は、遺跡の写真を通して知られています。

ポンペイの家の祠は、古代ローマを紹介する本にほぼ必ず載ります。

踊る二人の若者と、その間の家長の守り神。

一方、十字路の祠が政治に使われたという経緯は、歴史を扱う場面でしか出てきません。

ラレースが登場するゲーム・アニメ

古代ローマを描いた作品

家の中の祠が、暮らしの場面に繰り返し登場します。

家を守る精霊を扱う作品

家ごとに守り神がいるという設定の下敷きに使われます。

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ラレースについてよくある質問

ラレースは何の神ですか。

家と土地の守り神です。つねに複数形で呼ばれ、どの家にもララリウムという祠がありました。十字路にも祠が置かれています。

死んだ祖先の霊ですか。

説が分かれています。祖先の霊とする説と、土地に元からいる霊とする説があり、決着していません。祠に描かれる蛇が土地の霊とされることから、後者を採る研究者が多くなっています。

コンピターリアとは何ですか。

1月の十字路の祭です。家族の数だけ人形を、奴隷の数だけ毛玉を祠に掛けました。奴隷や解放奴隷が祭を取り仕切る、珍しい祭でした。

アウグストゥスは何を変えたのですか。

前7年に十字路の祠を作り直し、二柱のラレースに自分の守り神を並べて置かせました。世話役には解放奴隷を選び、公の役職に就けない者に役目を与えています。

ラレースと併せて覚えたい言葉・用語

ニンフ(Νύμφη)

山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。