カペーナ門の外の森と泉に住むとされた水の女神たち。
カメーナとは何の神様か
カメーナはひとことで言えばローマの泉の女神たちです。
住まいとされたのは、市壁のカペーナ門の外にあった森と泉です。この谷は、女神たちの名で呼ばれてきました。
ウェスタの巫女は、毎日の祭祀に使う水をここから汲んだ。
炉の火を守る巫女が使う水は、水道の水であってはなりませんでした。流れる泉から、手で汲んだ水でなければならない。 その水を汲む場所が、この森でした。
供え物には葡萄酒を用いず、乳を使いました。酒を使わない供え物は、ローマでも古い形にあたります。
王ヌマ・ポンピリウスが夜ごとエーゲリアと会った森も、ここだと伝えられます。
前3世紀にギリシャの詩の女神たちの訳語としてこの名があてられ、以後は詩の女神として通ることになりました。
もとは、水そのものの女神です。
カメーナのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「カメーナ」「カメナ」の表記が使われます。複数の形で呼ばれることも多い女神たちです。
名の由来は、「歌」を意味するラテン語に結びつけて説明されてきました。古い綴りをカスメーナとし、そこから語をたどる説明です。カルメンタという女神の名も、同じ語に結びつけられます。
ただし、この説明が正しいかどうかは確かめられていません。
もう一つ押さえておきたいのは、この名がギリシャの詩の女神たちの訳語として使われたことです。前3世紀の詩人リウィウス・アンドロニクスが、ギリシャの叙事詩をラテン語に訳すときにこの名をあてました。
そのため、後世の詩ではこの名が詩神を指す言葉として使われます。訳語としての用法が、もとの姿を覆い隠しました。
Camena(カメーナ)
ラテン語の単数形。一柱を指すときの形で、詩のなかではこの形がよく使われる。
Casmena(カスメーナ)
古い形と伝えられる綴り。ここから「歌」を意味する語と結びつける説明が立てられた。
Lucus Camenarum(ルークス・カメーナールム)
カペーナ門の外にあった森を指す呼び方。ウェスタの巫女が水を汲んだ場所にあたる。
カメーナの物語
カペーナ門の外 ─ 森と泉のありか
カメーナの森は、ローマの市壁のカペーナ門を出てすぐの谷にありました。
いまも、この一帯はカメーナの谷という名で呼ばれています。カラカラ浴場の北側にあたる、細長い低地です。
ただし、泉そのものの位置は特定されていない。
古代の著述家は森の存在を繰り返し書いていますが、場所を細かく記した文は残っていません。発掘でそれと確かめられた泉も、いまのところありません。
詩人ユウェナリスは、この聖なる森が貧しいユダヤ人に貸し出されていたと皮肉を書きました。
森は貸し出され、そこに住む者たちが籠と藁を家財としていた。
帝政期には、聖域が荒れていたことをうかがわせる一節です。同じ詩人は、大理石で飾られてしまった泉を嘆いてもいます。
聖なる場所が、都の広がりのなかで用途を変えていく。その様子が、この森については具体的に書き残されています。
ウェスタの巫女と乳の供え物 ─ 古い形の祭祀
カメーナの泉には、ローマの国家祭祀にじかにつながる役目がありました。
ウェスタの巫女が、毎日の祭祀に使う水をここから汲みました。
汲んだ水は、地面に置いてはならないとされた。
水は特別な容器で運ばれ、途中で下ろすことが許されませんでした。手順の細かさは、この水がただの水ではなかったことを示しています。
供え物にも決まりがありました。葡萄酒を使わず、乳を用いました。
酒を使わない供え物は、ローマの祭祀のなかでも古い形とされます。同じ扱いを受けた神は多くありません。
なぜ酒を避けたのかは、わかっていません。 水の女神に酒は合わないという説明、酒が入ってくる前の古い祭祀が残ったという説明が立てられていますが、どちらも決め手を欠きます。
祭祀の手順そのものが、この女神たちの古さを語る資料になっています。
詩の女神とされた経緯 ─ 訳語が姿を変える
前3世紀、詩人リウィウス・アンドロニクスがギリシャの叙事詩をラテン語に訳しました。ローマの文学の始まりとされる仕事です。
そのとき、詩をつかさどるギリシャの女神たちの名に、彼はこのカメーナの名をあてました。
訳語を選んだ一度の判断が、女神の性格を変えた。
以後、ローマの詩人は詩神を呼ぶときにこの名を使い続けます。ホラティウスもウェルギリウスもこの名で歌い、後世のヨーロッパの詩でも詩神の言い換えとして残りました。
しかし、もとは泉の女神です。 ウェスタの巫女が水を汲み、乳を供えた相手であって、詩を教える女神ではありませんでした。
なぜこの名が選ばれたのかについては、名を「歌」に結びつける説明が古くからあったためとみられます。泉と歌のあいだに、語のうえの橋がかかっていました。
訳語が定着して、もとの姿が見えにくくなる。 この経緯自体が、ローマの神々に繰り返し起きたことの見本になっています。
名の挙がる女神たちと社の行方
カメーナと呼ばれる女神たちのうち、個々の名が伝わっているものがあります。
カルメンタ、アンテウォルタ、ポストウォルタの三つです。
後の二つは、前を見る者、後ろを見る者という意味に取られてきた。
出産のときに子の向きを見る女神とする説明や、過去と未来を見通す女神とする説明があります。どちらの説明も古代の著述家によるもので、確かめる手立てがありません。
社については、青銅の小さな建物だったと伝えられます。王ヌマが建てたという話もありますが、これは古い祭祀の起こりをこの王に帰す、ローマの決まった語り方によるものです。
その社は、のちにヘルクレス・ムーサ?ールムの神殿へ移されたと伝えられます。この神殿はキルクス・フラミニウスの近くにあり、詩人たちの集まる場所になりました。
泉の女神の社が、詩の神殿に移される。 名の意味の移り変わりが、建物の移動としても起きています。
カメーナの家系図と家族
カメーナの性格と人物像
カメーナには、一柱ずつの性格がありません。
複数でひとまとまりとして扱われ、名の挙がる三柱についても、伝わるのは役目の説明だけです。怒りも恋も、語られていません。
森と泉そのものが、この女神たちの姿です。
研究のうえでは、この女神たちはギリシャの神々に置き換えられる過程を示す例として重んじられます。訳語をあてた時期がはっきりしており、その前後の資料を比べられるためです。
もう一つの見どころは、国家祭祀とのつながりです。ウェスタの巫女が使う水は、この泉から汲まれました。都の中心にある炉の火が、都の外の泉に支えられていたことになります。
詩の女神として名を残しながら、実際の役目は水を出すことでした。 この落差が、この女神たちのいちばんの特徴です。
カメーナを祀った神殿と遺跡
カメーナの祭祀の場は、建物ではなく森と泉でした。
屋根のある神殿ではなく、木立と湧き水そのものが聖域です。
そのため、遺構として残りにくく、泉の位置はいまも特定されていません。 ここに挙げた座標は、目印となるカペーナ門のものです。
青銅の小さな社があったと伝えられ、それはのちにヘルクレス・ムーサールムの神殿へ移されたとされます。
なお、ローマ南郊のカッファレッラ谷にある「エーゲリアの泉」は、この森とは別の場所です。そこに残る建物は2世紀の別荘の泉亭であり、カメーナの森そのものではありません。
カメーナの森と泉(Lucus Camenarum)
ウェスタの巫女が祭祀の水を汲んだ聖なる森
カメーナの森と泉の住所: イタリア ローマ カペーナ門の外の谷(門の位置は北緯41.8840 東経12.4910)
カメーナの森と泉の祀られた神: カメーナ
カメーナの森と泉に残るもの: 泉の位置は特定されていない
カメーナの森と泉のご利益: 清らかな水
カペーナ門を出てすぐの谷にあった森と泉です。カメーナの祭祀の中心にあたります。
ウェスタの巫女がここから毎日の水を汲み、供え物には乳が用いられました。王ヌマがエーゲリアと会った森ともされます。
泉そのものの位置は特定されていません。 ここに挙げた座標は、目印となるカペーナ門の位置です。帝政期には森が貸し出され、荒れていたと詩人が書き残しています。
カラカラ浴場の北側の低地一帯。谷はいまもカメーナの名で呼ばれている。
ヘルクレス・ムーサールム神殿(Aedes Herculis Musarum)
カメーナの青銅の社が移されたと伝えられる神殿
ヘルクレス・ムーサールム神殿の住所: イタリア ローマ キルクス・フラミニウス付近(北緯41.8925 東経12.4786)
ヘルクレス・ムーサールム神殿の祀られた神: ヘルクレスと詩の女神たち
ヘルクレス・ムーサールム神殿に残るもの: 基礎の一部が地下に残る
ヘルクレス・ムーサールム神殿のご利益: 詩と歌
キルクス・フラミニウスの近くにあった神殿です。ヘルクレスと詩の女神たちを祀りました。
カメーナの青銅の社が、ここへ移されたと伝えられます。 泉の女神が詩の神殿に移されたことになり、名の意味の移り変わりが建物の動きとしても現れています。
神殿には詩人たちの組合が置かれ、集まりの場になりました。地上に建物は残っていません。
現在のポルティコ・ドッターヴィア周辺。古代の遺構は地下にある。
カメーナが現代に残した痕跡
カメーナの名は、詩をあらわす言葉として残りました。
カメーナの谷: カラカラ浴場の北側の低地。いまもこの女神たちの名で呼ばれ、公園として整えられている。
詩神の言い換え: ヨーロッパの詩で、詩をつかさどる女神を指す言葉として長く使われてきた。
エーゲリアの泉: ローマ南郊のカッファレッラ谷にある泉亭。ヌマと妖精の伝えに結びつけて語られてきた場所。
ユウェナリスの諷刺詩: 聖なる森が貸し出されていたと書いた一節が、帝政期のローマの姿を伝える資料になっている。
カメーナが司るもの
清らかな水
ウェスタの巫女が祭祀の水を汲んだ泉の女神であり、水の清らかさを守るとされた。
詩と歌
ギリシャの詩の女神たちの訳語にあてられ、後世は詩人が呼びかける相手となった。
出産の見守り
アンテウォルタとポストウォルタは、産のときに子の向きを見る女神と説明された。
カメーナが登場するゲーム・アニメ
カメーナは、作品のなかでは名前として現れます。 姿を描いた作例はほとんどありません。
詩人が呼びかける相手として、名だけが引き継がれました。
近世以降のヨーロッパの詩では、詩神を指す語としてこの名が使われ続けました。ラテン語の詩を学ぶ場では、いまもなじみのある言葉です。
一方、ウェスタの巫女が水を汲んだ泉という本来の姿は、作品にほとんど出てきません。祭祀の記録を読むほうが、この女神たちには近づけます。
カメーナが登場する古代の文学
ホラティウスの詩
詩神への呼びかけとして、この名が繰り返し用いられます。
ユウェナリスの諷刺詩
森が貸し出された様子を皮肉る場面が描かれます。
カメーナが登場する絵画・彫刻
泉の妖精を描いた絵画
ヌマと泉の妖精の場面として描かれることがあります。
詩神を表した近世の彫刻
詩神の言い換えとして、この名が銘に使われる例があります。
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カメーナについてよくある質問
カメーナは詩の女神ですか。
もとは泉の女神です。前3世紀の詩人リウィウス・アンドロニクスが、ギリシャの詩の女神たちの訳語にこの名をあてたため、後世は詩の女神として通るようになりました。訳語としての用法が、もとの姿を覆い隠しています。
カメーナの森はどこにありましたか。
市壁のカペーナ門を出てすぐの谷です。カラカラ浴場の北側にあたり、いまもカメーナの谷と呼ばれています。ただし泉そのものの位置は特定されていません。
ウェスタの巫女と関係がありますか。
あります。巫女は毎日の祭祀に使う水を、この泉から汲みました。水は特別な容器で運ばれ、途中で地面に置くことが許されなかったと伝えられます。
なぜ供え物に葡萄酒を使わなかったのですか。
はっきりした理由はわかっていません。乳を用いる供え物はローマでも古い形にあたり、酒が広まる前の祭祀が残ったとする説明があります。ただし決め手を欠きます。
カメーナと併せて覚えたい言葉・用語
ムーサ(Μοῦσαι)
学問と芸術を司る九人の女神。英語ではミューズ。museum(ムーサの神域)と music(ムーサの技)の語源。