予言と出産の女神。ラテン文字を伝えたとされ、専属の神官が置かれた。
カルメンタとは何の神様か
カルメンタはひとことで言えばローマ建国よりも前からこの地にいたとされる古い女神です。予言と出産を司ります。
エウアンドロスの母とされ、息子とともにアルカディアからパラティウムの丘へ移り住み、ラテン文字を伝えたと語られます。
名は「歌」「呪文」を意味する語によります。予言は歌の形で語られるものでした。
専属の神官フラーメン・カルメンタリスが置かれました。これは少数の古い神にしか置かれない職で、この女神の古さを示しています。
祭日は1月11日と1月15日の二日で、間が空いているのが特徴です。カルメンターリアと呼ばれ、女たちの祭でした。
元老院が女たちの車の使用を禁じたとき、女たちが子を産むことをやめて抗議し、禁が解かれた記念に二日目が加えられたと伝えられます。
この神域では皮革を持ち込むことが禁じられました。 死んだものを産の場に近づけないためと説明されます。
アンテウォルタ(前を見る)とポストウォルタ(後ろを見る)という二柱を伴いました。
カルメンタのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「カルメンタ」がほぼ唯一の表記です。揺れはほとんど見られません。
ラテン語にはカルメンタとカルメンティスの二つの形があり、古代の著述家も両方を使っています。
名は「歌」「呪文」を意味する語によります。
ローマでは、呪文も予言も詩の形で唱えられました。言葉に節をつけることが、力を持たせる方法だったためです。この女神の名は、その語からできています。
なお、この語からは近代の諸言語で歌や魅力を意味する語も出ています。
ギリシャ側では、エウアンドロスの母をテミスやニコストラテーとする伝えがありますが、ローマではカルメンタとして固有の祭祀を持ちました。 この記事では、その祀られ方を扱います。
Carmenta(カルメンタ)
ラテン語の主格。歌や呪文を意味する語から作られた名で、予言が歌の形で語られたことによる。
Carmentis(カルメンティス)
もう一つの主格の形。古代の著述家はこちらの形も用いており、二つの形が並んで伝えられている。
Carmentalia(カルメンターリア)
この女神の祭の名。1月11日と1月15日の二日にわたり、女たちが担った祭として行われた。
カルメンタの物語
アルカディアから来た母 ─ エウアンドロスと文字
カルメンタは、ローマ建国より前からこの地にいたとされる女神です。
伝えでは、ギリシャのアルカディアから息子エウアンドロスとともに海を渡り、テウェレ川をさかのぼってパラティウムの丘に住み着きました。ロームルスの建国より六十年ほど前のこととされます。
息子は丘に町を開き、母は予言を語りました。
この母子は、ローマの物語のなかで重要な役目を負っています。アエネーアースがイタリアへ着いたとき、エウアンドロスが迎えて味方になりました。 ヘルクレスが怪物カー?クスを退治した話も、この一帯が舞台です。
カルメンタの最大の功績とされるのが、ラテン文字を伝えたことです。ギリシャの文字を、この地の言葉に合うように改めたと語られます。
文字を持ち込んだのが、女神であり母であるという点は、しばしば注目されてきました。
もっとも、これは後世に作られた説明とみる研究者が多くいます。
フラーメン・カルメンタリス ─ 古さの証
カルメンタには、専属の神官が置かれていました。フラーメン・カルメンタリスといいます。
フラーメンとは、特定の神に一生仕える神官のことです。ローマには十五人のフラーメンがいたとされ、その顔ぶれは決まっていました。
ユーピテル、マールス、クゥイリーヌス。上位の三人はこの三柱に仕えます。
残る十二人は、下位のフラーメンです。フローラ、ポモーナ、ウォルカーヌス、そしてカルメンタ。いずれもローマの古い層に属する神々です。
ここが重要な点です。専属の神官が置かれるのは、少数の古い神に限られました。 新しく入ってきた神には置かれません。
つまり、フラーメンがいること自体が、この女神の古さを証明しています。
カルメンタの神官がどんな務めを果たしたのかは、詳しく伝わっていません。祭の日に犠牲を捧げ、産にかかわる祈りを担ったとみられます。
古い神ほど、記録が断片的になります。
一月十一日と十五日 ─ 二日に分かれた祭
カルメンターリアの祭は、1月11日と1月15日の二日にわたって行われました。
間が空いています。 続けて二日ではなく、三日おいて二日目が来ます。ローマの祭のなかでも珍しい形です。
この間隔について、次のような話が伝えられています。
元老院が、女たちの車の使用を禁じました。
これに対し、女たちは子を産むことをやめるという形で抗議したといいます。生まれてくる者がいなくなれば、国が続きません。元老院は禁を解きました。
その記念に、祭の日が一日加えられた。これが二日目の由来とされます。
祭は女たちが担いました。 産にかかわる女神ですから、当然とも言えます。
この話がどこまで史実かはわかりません。ただ、祭の日が二つに分かれている事実は動かず、その説明として古代から語られてきました。
なお、この祭の日にちなんで、女神をアンテウォルタとポストウォルタの名で呼び分ける説明もあります。
皮革の禁と二柱の従者 ─ 産の場の決まり
カルメンタの神域には、はっきりした禁がありました。皮革を持ち込んではならないというものです。
革は、死んだ獣から取ったものです。死んだものを産の場に近づけないためと説明されます。
産と死を、同じ場所に置かない。
この考え方は、ローマの祭祀のあちこちに見られます。ユーピテル専属の神官も、死者に触れることを禁じられていました。
カルメンタには、二柱の従者が伴います。アンテウォルタとポストウォルタです。
名の意味は「前を向く」と「後ろを向く」。二つの解釈が伝えられています。
一つは生まれる子の向きです。頭から生まれるか、足から生まれるか。産の場の女神にふさわしい説明です。
もう一つは時間の向きで、未来を見ることと過去を見ることを指します。予言の女神にふさわしい説明です。
産と予言という二つの役目が、この二柱に振り分けられています。
カルメンタ門は、この女神の名によるものです。
カルメンタの家系図と家族
カルメンタの性格と人物像
カルメンタは、ローマのもっとも古い層に属する女神です。
専属の神官が置かれていたこと、祭が正式な暦に載っていたこと、この二つが古さの証拠になります。新しく入ってきた神には、こうした扱いはされません。
建国より前からこの地にいた、という位置づけです。
役目は二つあります。予言と出産です。一見つながりにくい組み合わせですが、どちらもまだ来ていないものを扱う点で通じています。
生まれてくる子も、これから起きることも、まだここにありません。
従者の名が「前を向く」「後ろを向く」であることも、この見方を支えます。
研究の上では、カルメンタはローマ固有の古い祭祀がどう残ったかを見る材料として扱われます。ギリシャの物語が後から重ねられていますが、神官と祭日と禁忌は、それより古い層のものです。
文字を伝えたという話は、後世の説明とみる見方が有力です。
カルメンタを祀った神殿と遺跡
カルメンタを祀った場所は、カピトリーノの丘のふもと、カルメンタ門のかたわらにあったと伝えられます。
住所の欄には、その一帯にあたるフォルム・ホリトリウムの座標を使いました。
門も聖所も、地上に残っていません。
カルメンタ門の正確な位置についても、いくつかの説があります。 この門は、ウェイイへ向かったファビウス氏族が通ったとされる門でもあり、その一件から不吉な門とみなされた時期がありました。
祭壇があったことは記録から確かめられますが、建物の規模や形については伝えが残っていません。わかっていないことは、わかっていないままにしておきます。
カルメンタの聖所(Sacellum Carmentae)
カルメンタ門のかたわらにあった聖所
カルメンタの聖所の住所: イタリア ローマ フォルム・ホリトリウム一帯(北緯41.8912 東経12.4800)
カルメンタの聖所の祀られた神: カルメンタ
カルメンタの聖所に残るもの: 地上に残っていない
カルメンタの聖所のご利益: 安産
カピトリーノの丘のふもと、カルメンタ門のかたわらにあったと伝えられる聖所です。門の名は、この女神によります。
祭日は1月11日と1月15日。カルメンターリアと呼ばれ、女たちが担う祭でした。
この神域では皮革を持ち込むことが禁じられました。 死んだものを産の場に近づけないためと説明されます。門も聖所も地上に残っておらず、正確な位置は特定されていません。
青物市場の跡の北寄り。カピトリーノの丘のふもとにあたる一帯。
カルメンタが現代に残した痕跡
カルメンタの名は、門の名と文字を伝えた話として残りました。
カルメンタ門: カピトリーノの丘のふもとにあった市門。この女神の名によるもので、位置についてはいくつかの説がある。
ラテン文字を伝えた話: ギリシャの文字を改めてこの地の言葉に合わせたという伝え。中世以降の書物で繰り返し語られた。
フラーメンの一覧: 専属の神官が置かれた十五柱のうちの一柱。ローマの古い神々を見分ける手がかりになっている。
歌を意味する語: ヨーロッパの諸言語で歌や魅力を指す語が、この女神の名と同じラテン語から出ている。
カルメンタが司るもの
安産
生まれてくる子の向きを司るとされ、女たちが祭を担った。
予言
歌の形で先のことを告げる女神とされ、名もその語による。
文字
ギリシャの文字を改めてラテン文字を伝えたと語られる。
カルメンタが登場するゲーム・アニメ
作品でのカルメンタは、文字を作った女性として登場します。
中世からルネサンスにかけて、名高い女性を集めた書物にこの女神の章が置かれました。板に字を刻む姿の挿絵も残っています。
予言者としてではなく、文字の発明者として語られました。
ローマでの実際の祭祀が産にかかわるものだったことは、こうした書物ではほとんど触れられません。
日本で紹介されることはほとんどなく、ローマの祭暦を扱う書物のなかで名が挙がる程度です。
カルメンタが登場する絵画・彫刻
名婦を描いた写本の挿絵
文字を作る女性として、板に字を刻む姿で描かれます。
文字の起源を表す寓意
書字の始まりを示す図像に、この女神が組み込まれます。
カルメンタが登場する文学・地名
ボッカッチョの名婦列伝
ラテン文字を作った女性として、一章が割かれています。
カルメンタ門の名
ローマの古い市門の名として、記録に残り続けました。
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カルメンタについてよくある質問
カルメンタはどんな神ですか。
予言と出産を司るローマの古い女神です。エウアンドロスの母とされ、アルカディアからパラティウムの丘へ移り住んでラテン文字を伝えたと語られます。専属の神官が置かれていました。
なぜ祭日が二日に分かれているのですか。
元老院が女たちの車の使用を禁じたとき、女たちが子を産むことをやめて抗議し、禁が解かれた記念に二日目が加えられたと伝えられます。1月11日と1月15日の二日です。
なぜ皮革を持ち込んではいけないのですか。
革は死んだ獣から取ったものだからです。死んだものを産の場に近づけないためと説明されます。産と死を同じ場所に置かないという考え方は、ローマの祭祀のあちこちに見られます。
アンテウォルタとポストウォルタとは何ですか。
カルメンタに伴う二柱で、名の意味は前を向くことと後ろを向くことです。生まれる子の向きを指すという説明と、未来と過去を見ることを指すという説明が伝えられています。
カルメンタと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。