ユーピテルの妃。国家の守り手であり、女性の一生を通して寄り添う女神。
ユーノーとは何の神様か
ユーノーはひとことで言えばローマの女性たちの女神です。ギリシャ名はヘラ。
ユーピテルの妃であり、カピトリウムの三柱神の一柱でもあります。
ギリシャのヘラは、夫の浮気に怒る話でよく知られます。ローマのユーノーは違います。
称号ごとに、まったく別の役目を持っていた。
- ユーノー・レーギーナ(女王)… 国家の守り手
- ユーノー・ルーキーナ(光へ導く者)… 出産を助ける
- ユーノー・モネータ(忠告する者)… カピトリウムの砦に祀られる
- ユーノー・ソスピタ(救う者)… 山羊の皮をかぶり、槍と盾を持つ
とくにモネータの神殿には造幣所が置かれました。貨幣を意味する語は、この称号から生まれています。
3月1日のマートローナーリアは既婚女性の祭で、夫が妻に贈り物をしました。
ユーノーのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ユノ」「ユーノー」「ジュノー」の表記が使われます。ジュノーは英語読みです。
6月を指す語は、この女神の名によります。
6月の花嫁は幸せになる。
この言い伝えは、結婚を司る女神の月だから、という説明で語られることが多いものです。ただしローマでは、5月は結婚を避け、6月の後半に行うのがよいとされていました。理由は5月に死者の祭があったためで、6月そのものを祝ったわけではありません。
モネータという称号は、忠告する・思い出させるという意味の語から出ています。ここから貨幣を指す語が生まれ、さらに金銭を意味する語につながりました。
Iuno(ユーノー)
ラテン語の主格。
Iuno Moneta(ユーノー・モネータ)
「忠告する者」。この称号から貨幣を指す語が生まれた。
Hera(ヘラ)
ギリシャ名。
ユーノーの物語
鵞鳥が国を救う ─ モネータの由来
前390年ごろ、ガリア人がローマに攻め入りました。市街は落ち、人々はカピトリウムの丘に立てこもります。
ある夜、ガリア人が崖をよじ登ってきました。見張りも犬も気づきません。
だが、ユーノーの神域で飼われていた鵞鳥が鳴いた。
その声で目を覚ましたマンリウスが敵を突き落とし、丘は守られました。
以後、ローマでは鵞鳥が国家の恩人として扱われます。毎年、飾り立てた鵞鳥が担がれて練り歩き、その隣で犬が罰として磔にされました。
「忠告する者」を意味するモネータの称号は、この出来事に結びつけて語られます。ただし、この由来が正しいかどうかははっきりしません。
丘の上のこの神殿には、のちに造幣所が置かれました。貨幣を指す語が、女神の称号から生まれた理由です。
ラヌウィウムの蛇 ─ 山羊の皮をかぶる女神
ローマの南、ラヌウィウムの町には、変わった姿のユーノーが祀られていました。
ユーノー・ソスピタ。救う者という意味です。
山羊の皮を頭からかぶり、槍と盾を持ち、先の尖った靴をはいている。
戦う女神の姿です。ローマの穏やかな女王の像とは、まったく違います。
この聖域には洞窟があり、蛇が棲んでいるとされました。年に一度、目隠しをした少女が食べ物を持って入ります。
蛇が食べれば、その年は豊作。少女が貞潔でなければ、蛇は口をつけない。
前338年、ローマはラヌウィウムを併合しますが、この神殿だけは共同で祀ることにしました。 土地の信仰をそのまま残した例です。
神殿の跡はいまも残り、住所を確かめることができます。
女性の一生に沿う ─ 出産と結婚の祭
ユーノーは、女性の一生の節目ごとに別の名で呼ばれました。
出産を司るのがユーノー・ルーキーナです。名は「光へ導く者」を意味し、子を光の中へ出す働きを指します。
産室では、母親を縛るものをすべて解きました。結び目が出産を妨げると考えられていたためです。
3月1日のマートローナーリアは、既婚女性の祭でした。
女たちが髪を解き、帯を緩めて神殿へ行く。
夫は妻に贈り物をし、家では女主人が奴隷に食事を出す。
サートゥルナーリアで主人と奴隷が入れ替わるのと同じ形が、女性の側にも用意されています。
さらに、ローマ人は女性一人ひとりに守り神がいると考えました。男性の守り神をゲニウスと呼ぶのに対し、女性のそれをユーノーと呼びます。
女神の名が、そのまま「女性の魂」を指す普通名詞になっていました。
ユーノーの家系図と家族
ユーノーの性格と人物像
ローマのユーノーは、ギリシャのヘラよりずっと穏やかに描かれます。
嫉妬に狂って夫の相手を追いつめる話は、ギリシャ神話から入ってきたものです。ローマの国家祭祀の中では、そうした顔はほとんど出てきません。
ただし、ウェルギリウスの『アエネーイス』だけは違います。この叙事詩でのユーノーは、トロイアの生き残りであるアイネイアースを執拗に妨げます。
カルタゴを愛するがゆえに、その敵となるローマの祖を憎む。
物語の推進力そのものが、この女神の怒りです。
国家祭祀の女神と、叙事詩の女神は、同じ名でありながら別の顔をしています。 ローマ人はその両方を受け入れていました。
ユーノーを祀った神殿と遺跡
ユーノーの聖域は、称号ごとに別々の場所にありました。
カピトリウムのレーギーナ、その隣の頂のモネータ、エスクィリーヌスのルーキーナ、そしてラヌウィウムのソスピタ。
同じ名の女神でありながら、行く場所によって願う内容が違った。
ローマ市内には他にも多くの神殿がありましたが、住所を確かめられたのはここに挙げた三か所です。
ユーノー・モネータ神殿(Templum Iunonis Monetae)
造幣所が置かれた神殿
ユーノー・モネータ神殿の住所: イタリア ローマ カピトリーノの丘(北緯41.8939 東経12.4832・サンタ・マリーア・イン・アラチェリ聖堂の下)
ユーノー・モネータ神殿の祀られた神: ユーノー・モネータ
ユーノー・モネータ神殿に残るもの: 遺構は聖堂の下に埋もれているとみられる
ユーノー・モネータ神殿のご利益: 国家の守り
カピトリーノの丘の北側の頂にあった神殿です。前344年の奉献と伝えられます。
この神殿に造幣所が置かれました。 貨幣を指す語は、ここから生まれています。
ガリア人の襲撃を鵞鳥が告げた話も、この神域に結びつけられています。
現在この場所にはサンタ・マリーア・イン・アラチェリ聖堂が建っており、神殿の遺構はその下にあるとみられています。
カピトリーノ広場から長い階段で聖堂へ上がることができる。
ユーノー・ソスピタ神殿(Templum Iunonis Sospitae)
ラテン人の古い聖域
ユーノー・ソスピタ神殿の住所: イタリア ラツィオ州 ラヌーヴィオ(北緯41.6779 東経12.6988)
ユーノー・ソスピタ神殿の祀られた神: ユーノー・ソスピタ
ユーノー・ソスピタ神殿に残るもの: 基壇と柱の一部
ユーノー・ソスピタ神殿のご利益: 豊作・守護
山羊の皮をかぶった戦う姿のユーノーを祀った聖域です。
前338年にローマがこの町を併合したのちも、ローマと現地が共同で祀り続けました。
洞窟に棲む蛇へ少女が食べ物を運ぶ行事が伝えられます。蛇が食べれば豊作とされました。
執政官は就任の年にこの神殿へ犠牲を捧げる決まりでした。
ローマ市街から南へおよそ30キロメートル。丘の上に遺構が残る。
ガビイのユーノー聖域(Sanctuarium Iunonis Gabinae)
ラテン人の都市の主神殿
ガビイのユーノー聖域の住所: イタリア ラツィオ州 ガビイ遺跡(北緯41.8869 東経12.7158)
ガビイのユーノー聖域の祀られた神: ユーノー・ガビーナ
ガビイのユーノー聖域に残るもの: 神殿の基壇と階段状の座席
ガビイのユーノー聖域のご利益: 都市の守り
ローマの東にあったラテン人の都市ガビイの中心の聖域です。
神殿の前に階段状の座席が設けられており、祭のときに人々が座って見物できる造りになっていました。
ローマ市内の神殿と違い、都市の広場と一体になった配置が残っています。ラテン人の町の作りを知るうえで重要な遺跡です。
プレネスティーナ街道沿い。発掘調査が続いている。
ユーノーが現代に残した痕跡
ユーノーの名は、月の名・貨幣の語・宇宙探査機に残りました。
6月: ラテン語の6月の名がこの女神に由来する。英語・フランス語・イタリア語の6月はいずれも同じ語源。
貨幣を指す語: 称号モネータの神殿に造幣所が置かれたことから、貨幣・金銭を意味する語がヨーロッパの諸言語に広がった。
木星探査機ジュノー: 2011年に打ち上げられた木星探査機。夫の正体を雲ごしに見抜いた女神の名が、木星を観測する機体に与えられた。
小惑星ジュノー: 1804年に発見された小惑星。発見の順に神々の名が付けられた時期のもの。
ユーノーが司るもの
安産
ユーノー・ルーキーナとして出産を助ける。産室では結び目を解いた。
結婚
マートローナーリアは既婚女性の祭。夫が妻に贈り物をした。
国家の守り
ユーノー・レーギーナとして、カピトリウムで国家を守る。
ユーノーが登場するゲーム・アニメ
作品ではヘラと同じ神として扱われることが多く、嫉妬深い妃という描かれ方が定着しています。
一方、ローマ側の特徴である称号ごとの役割分担やマートローナーリアが作品に出ることは、ほとんどありません。
物語として面白いのはギリシャ側、暮らしに結びついていたのはローマ側。
探査機の名前のように、現代に残っているのはローマ側の名のほうです。
ユーノーが登場する文学・映像
アエネーイス
この叙事詩では、主人公を妨げ続ける存在として物語を動かします。
古代ローマを描いた作品
女性の祭や出産の場面で名が呼ばれます。
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ユーノーについてよくある質問
ユーノーとヘラは同じ神ですか。
同一視されますが、由来は別です。ローマのユーノーは称号ごとに役目が分かれ、出産・結婚・国家の守りをそれぞれ別の名で担いました。
なぜ貨幣のことをこの女神の称号で呼ぶのですか。
カピトリーノの丘のユーノー・モネータ神殿に造幣所が置かれたためです。称号のモネータが、そのまま貨幣を指す語になりました。
6月の結婚がよいとされるのはこの女神のためですか。
そう説明されることが多いのですが、ローマでは5月に死者の祭があったために5月を避け、6月の後半を選んだというのが実際の理由です。
ユーノー・ソスピタとはどんな姿ですか。
山羊の皮を頭からかぶり、槍と盾を持ち、先の尖った靴をはいた戦う姿です。ラヌウィウム(現在のラヌーヴィオ)で祀られました。
ローマ人は女性一人ひとりにユーノーがいると考えたのですか。
そうです。男性の守り神をゲニウスと呼ぶのに対し、女性のそれをユーノーと呼びました。女神の名が普通名詞として使われていました。