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ローマ神話

ディードーとは何の神様か|家系図・物語

Dido  / ディードー

大地 アエネーイスの人々

カルタゴを建てた女王。アエネーアースに去られ、自ら火に入った。

ディードーとは何の神様か

ディードーはひとことで言えば都市を建て、恋に敗れて燃えた女王です。別名をエリッサといいます。

もとはテュロスの王女でした。兄ピュグマリオンが財を狙って夫シュカエウスを祭壇の前で殺したため、彼女は宝を船に積み、従う者とともに海へ逃れます。

女ひとりが船団を率いて、海を渡りました。

たどり着いた北アフリカの岸で土地を求め、牛一頭の皮で囲めるだけという約束を取りつけました。彼女は皮を糸のように細く裂き、丘をまるごと囲ってしまいます。

『アエネーイス』第1巻では、嵐で流れ着いたアエネーアースを城に迎えます。狩りの日、にわか雨に追われて入った洞窟で二人は結ばれました。

しかしユッピテルの命が下り、男は船を出します。女王は薪を積み、渡された剣で自らを貫き、火の中で息絶えました。

その死にぎわの呪いが、のちのポエニ戦争を指すものとして読まれてきました。

ディードーのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「ディードー」「ディド」の両方が使われます。歌劇の題名としては「ディドとエネアス」の形が定着しており、こちらでは短く書かれます。

英語読みでは「ダイドー」に近くなります。海外の作品を紹介する文章では、この形も見かけます。

名が二つあるのは、伝えの筋が二つあるためです。

エリッサは、より古い形とされます。フェニキア側から伝わった話ではこちらの名が用いられ、ローマの詩に入ってからディードーの名が前に出ました。

古代の書き手は、ディードーという名をさすらう女を意味するフェニキアの語と結びつけて説明しています。土地を捨てて海を渡った経歴に合わせた説明で、確かなことはわかっていません。

夫の名シュカエウス、兄の名ピュグマリオンも、日本語では表記が揺れます。

Dido(ディードー)

ラテン語の主格。この名はフェニキアの言葉で「さすらう女」を意味するという古代からの説明がある。

Elissa(エリッサ)

もうひとつの名。より古い形とされ、フェニキア側の伝えではこちらが本来の名にあたる。

Sychaeus(シュカエウス)

テュロスでの夫の名。兄に殺され、夢に現れて逃亡と隠された財のありかを妻に告げた。

ディードーの物語

  1. テュロスからの逃亡 ─ 兄が夫を殺す
  2. 牛の皮の土地 ─ ビュルサの丘
  3. 洞窟と別れ ─ アエネーイス第4巻
  4. 骨から立つ復讐者 ─ 呪いと沈黙

テュロスからの逃亡 ─ 兄が夫を殺す

生まれはフェニキアの都市テュロス。王の娘であり、夫は町一番の富を持つシュカエウスでした。

父が死ぬと、兄ピュグマリオンが位に就きます。この兄は、妹の夫の財に目をつけました。

兄は、祭壇の前で妹の夫を刺した。

そして死を長く隠し、妹には希望を持たせる作り話を続けます。

夜、夢に夫の霊が現れました。青ざめた顔で、胸の傷を示し、祭壇での殺害を告げます。そして逃げよと言い、地中に隠した銀と金のありかを教えました。

彼女は兄を憎む者を集め、たまたま港にあった船を奪います。財を積み込み、船出しました。

逃げる者の側に、財がありました。 兄の欲は、そのまま国の富を失う結果になります。

船は地中海を西へ渡り、北アフリカの岸に着きます。ここから、都市を建てる話が始まります。

牛の皮の土地 ─ ビュルサの丘

岸に着いた一行は、土地の人々に住む場所を求めました。

答えは、こうだったと伝えられます。牛一頭の皮で囲めるだけの広さなら譲ろう。

一枚の皮で囲める土地は、家一軒分にもなりません。彼女はその条件を、そのまま受けました。

皮を、糸のように細く裂いた。

つないだ皮の紐は長く伸び、丘をまるごと囲みました。約束は約束です。土地は引き渡されました。

その丘はビュルサと呼ばれます。この名を、皮を意味するギリシャ語に結びつける説明が古くからありました。もっとも、砦を意味するフェニキアの語が先で、あとから皮の話が作られたとみる説のほうが有力です。

この一場面が、女王の人物像を決めています。 力ではなく、言葉の解釈で土地を得た人です。

こうして築かれた町がカルタゴになりました。城壁が伸び、港が掘られ、劇場の柱が立ち始めます。アエネーアースが着いたのは、まさに工事の途中でした。

洞窟と別れ ─ アエネーイス第4巻

トロイアを逃れたアエネーアースの船団が、嵐でカルタゴの岸に流れ着きます。

女王は一行を城に迎え、宴を開いて、七年におよぶ漂泊の話を聞きました。その夜、彼女は妹アンナに打ち明けます。

亡き夫のほかに、心を動かされたのはこの人が初めてです。

女神たちの計らいで、狩りの日に嵐が来ました。二人はひとつの洞窟に入り、そこで結ばれます。

女王はこれを結婚と考えました。男のほうは、そう考えていませんでした。

やがてユッピテルが使いを送り、イタリアへ向かうよう命じます。船の支度が始まったのを知った女王は、王宮で激しく責めました。

男は、自分の意志ではないと答えます。 この一言が、彼女を決定的に傷つけました。

「私はあなたを引き止めない。行きなさい。」 彼女はそう告げ、中庭に薪を積ませます。かつて贈られた品と、男が置いていった剣を積み上げさせました。

骨から立つ復讐者 ─ 呪いと沈黙

夜明け、沖へ出た船団の帆を城壁から見た女王は、薪の山に上りました。

そして、太陽と神々に向かって呪いをかけます。両者のあいだに永久の憎しみを置け、海と海、武器と武器を相争わせよ、と。

私の骨から、復讐者が立ち上がれ。

古代の読み手は、この一行にハンニバルを見ました。ローマとカルタゴが三度戦い、最後にカルタゴが消えるまでの歴史が、この呪いの成就として読まれたのです。

言い終えると、彼女は渡された剣で自らを貫きました。薪に火が回り、その煙は沖の船からも見えたとされます。

第6巻に、続きがあります。 冥界へ下ったアエネーアースは、嘆きの野で彼女に出会い、去ったのは自分の意志ではなかったと訴えました。

女王は目を伏せたまま、一言も答えません。 背を向け、亡き夫シュカエウスの影のもとへ歩み去ります。

沈黙が、どんな返答よりも強く働く場面です。 ローマの詩がたどり着いた、もっとも静かな結末のひとつとされています。

ディードーの家系図と家族

ディードーの性格と人物像

ディードーは、有能な統治者として登場します。 城壁を築き、港を掘り、法を定め、民に仕事を割り振る姿が第1巻に描かれます。

その人物が、第4巻で崩れていきます。工事は止まり、塔は途中で伸びなくなりました。 詩人はこの一行で、恋が国に及ぼした影響を示しています。

建てる人が、建てるのをやめる。

ローマ人にとって、この女王は敵国の始祖でした。それでいて、『アエネーイス』はほとんど同情をもって彼女を描いています。敵の側にこれほど心を寄せた例は、古代の叙事詩でも多くありません。

なお、ウェルギリウス以前の古い形では、話がまったく違います。歴史家ユスティヌスが伝える形では、恋の相手は現れません。隣国の王が求婚し、断れば戦になるという場面で、彼女は亡き夫への誓いを守るために自ら火に入ります。

恋を理由に死ぬ女王も、貞節を守って死ぬ女王も、同じ名で伝わってきました。

ディードーゆかりの地と遺跡

ディードーを祀った場所で、住所を確かめられたものはありません。

カルタゴでは彼女が英雄として祀られていたとする説が古くから伝えられています。町を建てた者が神に準じて祀られるのは、地中海では珍しくない形です。

ただし、この説を確かめられる場所を特定できていません。

そのため、この節には何も挙げていません。無いものを書かないためです。

彼女の町カルタゴの跡は、チュニジアの首都チュニスの郊外に広がっています。ビュルサと呼ばれる丘には博物館が建ち、周囲には港の跡や住居址が残ります。

ただし、地上に見えるものの多くはローマがこの地を再建したのちの遺構です。女王の時代の層は、その下に埋もれています。

『アエネーイス』の舞台としてこの丘に立つことはできますが、祀られた場所として案内できる地点はありません。

ディードーが現代に残した痕跡

ディードーの名は、歌劇と絵画の題材として広く残りました。

ディドとエネアス: パーセルの歌劇。終幕の哀歌「私が土に横たわるとき」は、今日もっとも歌われる古楽の一曲になっている。

ビュルサの丘: カルタゴ跡の中心の丘。牛の皮の逸話に結びつけられ、いまは博物館と遺構が置かれている。

呪いとハンニバル: 骨から復讐者が立ち上がれという言葉。ローマとカルタゴの三度の戦いを予告するものとして読まれ続けた。

冥界の沈黙: 再会しても一言も答えない場面。文学のなかで沈黙が持つ力を示す例として、繰り返し論じられている。

ディードーが司るもの

町を興すこと

海を渡って新しい都市を建てた者として、開拓の物語に引かれた。

知恵の交渉

牛の皮の逸話から、条件を読み替えて目的を果たす知恵の例とされた。

誓いを守ること

古い形の伝えでは、亡き夫への誓いを守り通した女性として語られた。

ディードーが登場するゲーム・アニメ

ディードーは、ローマ神話の登場人物のなかでも作品数が際立って多い人物です。恋と死という主題が、そのまま舞台に向くためです。

なかでも歌劇の題材として選ばれ続けました。

パーセルの終幕の哀歌は、原曲の文脈を離れて演奏される機会も多く、追悼の場で歌われることがあります。

絵画では、二つの場面に分かれます。建設する女王と、薪の上で果てる女王です。前者は繁栄を、後者は情念を表す題材として描き分けられてきました。

日本では歌劇の上演と古楽の録音を通じて知られ、名は「ディド」の形で紹介されることが多くなっています。

ディードーが登場する音楽・歌劇

ディドとエネアス

パーセルの歌劇。終幕の哀歌が単独でも広く演奏されています。

トロイアの人々

ベルリオーズの大作。後半がカルタゴでの二人の物語にあてられます。

ディードーが登場する絵画・彫刻

カルタゴを建設するディド

ターナーの絵。朝の光のなかで工事の進む港が描かれます。

ディドの死

グエルチーノの絵。薪の上に倒れた女王と嘆く人々を描いています。

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ディードーについてよくある質問

ディードーとエリッサは同じ人ですか。

同じ人物です。エリッサのほうが古い形とされ、フェニキア側から伝わった話ではこちらの名が使われます。ローマの詩に取り入れられてから、ディードーの名が前に出るようになりました。

牛の皮の話とは何ですか。

北アフリカの岸で土地を求めたとき、牛一頭の皮で囲めるだけという条件を出されました。彼女は皮を糸のように細く裂いてつなぎ、丘をまるごと囲ったと伝えられます。この丘がビュルサと呼ばれました。

なぜ自ら死んだのですか。

アエネーアースが神の命によってイタリアへ去ったためです。薪を積ませ、置いていかれた剣で自らを貫き、火の中で息絶えました。ただし恋を扱わない古い形の伝えでは、隣国の王の求婚を拒み、亡き夫への誓いを守るために火に入ったとされます。

骨から復讐者が立ち上がれとは誰のことですか。

ハンニバルを指すものとして古代から読まれてきました。ローマとカルタゴのあいだの三度の戦いを、この呪いの成就として受け取る読み方です。詩が書かれた時点では、すでに結末まで知られていました。

ディードーを祀った場所はありますか。

カルタゴで英雄として祀られていたとする説は伝わりますが、確かめられる場所を特定できていません。カルタゴ跡はチュニス郊外に広がり、ビュルサの丘に博物館がありますが、地上の遺構の多くはローマによる再建後のものです。