アルバ・ロンガとの決着を三対三の決闘で担ったローマの三つ子。
ホラーティウス三兄弟とは何の神様か
ホラーティウス三兄弟は、戦争のかわりに決闘で決着をつけたという物語の主役です。第三代の王トゥッルス・ホスティーリウスの時代とされます。
ローマとアルバ・ロンガは、もとは同じ血筋の町でした。両軍とも、全面戦争を避けたがっていました。
そこで、双方から三つ子の兄弟を出し、三対三の決闘で決めることにします。相手はアルバの三つ子クリアーティウス兄弟でした。
ローマ側は二人が倒れ、残ったのは一人。手負いの敵三人に囲まれたその男は、わざと逃げて相手を引き離し、一人ずつ討ち取ります。
帰路、妹が敵の一人の許嫁だったと知って嘆いたため、兄はその場で妹を刺しました。
この殺害が裁判にかけられ、上訴の権利の始まりとして語り継がれます。
ホラーティウス三兄弟のローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ホラーティウス三兄弟」と呼ばれるのがふつうです。「ホラティウス兄弟」とも書かれます。
神ではなく人です。祀られた記録もありません。
生き残った一人の名は、伝えによって違います。
プブリウス・ホラーティウスとする形がもっとも多く伝わります。
なお、同じ橋を守ったホラーティウス・コクレスは別の人物です。片目のホラーティウスとして知られ、テウェレ川の橋でエトルリア軍を食い止めた話で有名になりました。混同されやすいので注意が要ります。
詩人のホラーティウス(ホラティウス)も同じ氏族名ですが、時代も人物もまったく別です。
Horatii(ホラーティイー)
ラテン語の複数形。ホラーティウス氏族の三兄弟を指す。
Curiatii(クリアーティイー)
相手方のアルバ・ロンガの三つ子。同じく氏族の名にあたる。
sororium tigillum(ソローリウム・ティギッルム)
姉妹の梁。生き残った兄がくぐらされた木の梁。
ホラーティウス三兄弟の物語
決闘で決める ─ 全面戦争を避ける
ローマとアルバ・ロンガの争いは、互いの土地から家畜を奪い合ったことに始まったとされます。
両軍は向かい合いましたが、どちらも踏み切れません。近隣のエトルリア人が、疲れた側を狙っているのが見えていたためです。
そこでアルバ側の指揮官が提案しました。
双方から数人を出し、その勝敗に従おう。
たまたま、両軍に同じ年ごろの三つ子がいました。ローマのホラーティウス兄弟と、アルバのクリアーティウス兄弟です。
両家は縁続きでした。 ホラーティウスの妹が、クリアーティウスの一人と婚約していました。
条約が結ばれ、フェーティアーレースの神官が儀式を行います。勝った側の町が、負けた側を治める。 それが取り決めでした。
決闘 ─ 逃げて勝つ
六人が両軍のあいだに進み出ました。
打ち合いのすえ、ローマ側の二人が倒れます。 アルバ側は三人とも生きていましたが、いずれも傷を負っていました。
アルバ軍から歓声が上がります。
残ったローマの一人は、無傷だった。
三人を同時に相手にはできません。そこで彼は、背を向けて走りました。
追う三人は、傷の重さに応じて距離が開きます。
彼は振り返り、追いついた順に一人ずつ討ち取りました。
三人目に向かうとき、こう叫んだと伝えられます。
二人は弟たちに送った。三人目は、この戦のために送る。
ローマの勝ちが決まり、アルバ・ロンガはローマに従うことになりました。
妹殺し ─ 凱旋の直後
生き残った兄は、討ち取った三人の武具を担いで凱旋しました。
門のところで妹が待っています。その武具のなかに、婚約者の外套があったと伝えられます。 妹が自ら縫ったものでした。
妹は髪を解き、婚約者の名を呼んで嘆きました。
勝利の日に泣く声を、兄は許さなかった。
兄はその場で剣を抜き、妹を刺します。
そして、こう言ったと伝えられます。
ローマの敵を悼む者は、女であれ、こうなる。
この一言が、ローマ人にとっての難問になりました。 国のために戦った者が、国のために身内を殺した。称えるべきか、裁くべきかが分かれます。
リウィウスは、この場面を称賛と嫌悪が入り混じるものとして書いています。
裁判と上訴 ─ 民に訴える道
王トゥッルス・ホスティーリウスは、この殺害を裁くために二人の判事を立てました。
判決は死刑です。縛って木に吊るす刑が言い渡されました。
そこで王が助言します。
民会に訴えよ。
父が民の前に立ち、息子三人のうち二人をすでに失っていること、この一人がローマを勝たせたことを訴えました。
民会は無罪としました。ローマ人はこの一件を、上訴の権利の始まりとして語り継ぎます。
ただし、無罪ではあっても清めが必要とされました。父が犠牲を捧げ、道に一本の梁を渡します。
生き残った兄は、頭を覆ってその下をくぐりました。これが姉妹の梁です。
この梁は、帝政期まで公費で建て替えられ続けました。 物語の細部が、実際の建物として残った例です。
ホラーティウス三兄弟の家系図と家族
ホラーティウス三兄弟の性格と人物像
ホラーティウス三兄弟は、個人としてはほとんど描かれていません。
三人まとめて一つの単位として扱われ、生き残った一人だけが名を持ちます。
描かれるのは、彼が何をしたかだけです。
その行いは二つに割れています。知恵で勝った兵であり、妹を殺した兄です。
ローマの著述家は、この二つを並べたまま伝えました。称えるだけでも、裁くだけでも済ませていません。
近代では、ダヴィッドの絵によって国家への忠誠の象徴として広く知られるようになりました。父の前で三人が剣に手を伸ばす場面です。
ただし、この場面は古代の資料にはありません。 画家が作り出した構図です。いちばん有名な場面が、記録に無いという例です。
ホラーティウス三兄弟ゆかりの地と遺跡
ホラーティウス三兄弟を祀った神殿はありません。
神ではなく、王政期の物語のなかの人物として伝えられました。そのため、この節の見出しを「ゆかりの地」としています。
残ったのは、清めの梁だけです。
姉妹の梁は帝政期まで建て替えられ続けましたが、いま地上に遺構はありません。
アルバー?ノに残る「ホラーティウスとクリアーティウスの墓」は、実際には共和政末期の墓とみられています。年代が合いませんが、古くからこの名で呼ばれてきました。
決闘が行われた場所も、特定されていません。
姉妹の梁(Sororium Tigillum)
生き残った兄が清めのためくぐった梁
姉妹の梁の住所: イタリア ローマ 聖なる道からオッピウスの丘へ上がる道筋(北緯41.8934 東経12.4965)
姉妹の梁の祀られた神: ユーノー・ソローリア/ヤーヌス・クリアーティウス
姉妹の梁に残るもの: 地上に残っていない
姉妹の梁のご利益: 穢れを落とすこと
道に渡された木の梁です。妹を殺した兄が、頭を覆ってこの下をくぐりました。
両側にユーノー・ソローリア(姉妹のユーノー)とヤーヌス・クリアーティウスの祭壇が置かれていました。
帝政期まで公費で建て替えられ続けたと伝えられます。物語の細部が、実際の建物として残った珍しい例です。
ローマ人は、血の穢れを落とす作法をこの一件に結びつけて説明しました。
フォロ・ロマーノの東、コロッセオ寄りの一帯。地上に遺構は残っていない。
ホラーティウスとクリアーティウスの墓(Sepulcrum Horatiorum et Curiatiorum)
決闘の戦死者の墓と伝えられる建物
ホラーティウスとクリアーティウスの墓の住所: イタリア ラツィオ州 アルバーノ・ラツィアーレ(北緯41.7238 東経12.6636)
ホラーティウスとクリアーティウスの墓の祀られた神: (祭神は置かれていない)
ホラーティウスとクリアーティウスの墓に残るもの: 四隅に円錐を立てた石造の墓
ホラーティウスとクリアーティウスの墓のご利益: (祀る施設は無い)
アルバーノ・ラツィアーレの街道沿いに立つ石造の墓です。古くからこの決闘の戦死者の墓と呼ばれてきました。
四角い台の四隅に円錐形の塔を立てた、独特の形をしています。
実際には共和政末期の墓とみられており、決闘の伝えとは年代が合いません。それでも、この名で長く親しまれてきました。
決闘の場は、ローマとアルバ・ロンガのあいだの野とされます。正確な場所は特定されていません。
アルバーノ・ラツィアーレの市街。アッピア街道沿いで、道からすぐ見える。
ホラーティウス三兄弟が現代に残した痕跡
ホラーティウス三兄弟の名は、一枚の絵によって近代に広く知られました。
ダヴィッドの「ホラティウス兄弟の誓い」: 1784年の作。父の前で三人が剣に手を伸ばす場面。ただしこの場面は古代の資料に無い。
姉妹の梁: 清めのための梁。帝政期まで公費で建て替えられ、物語の細部が建物として残った例になった。
上訴の権利: この裁判が民会に訴える権利の始まりとされ、ローマ法の議論で繰り返し引かれた。
コルネイユの悲劇: 17世紀の戯曲「オラース」。妹の側から見た葛藤を主題に据えている。
ホラーティウス三兄弟が司るもの
勝利
数の不利を知恵で覆した戦い方として、繰り返し引かれた。
上訴の権利
この裁判が、民会に訴える権利の始まりとして語り継がれた。
清めの作法
梁の下をくぐる清めが、血の穢れを落とす作法として残された。
ホラーティウス三兄弟が登場するゲーム・アニメ
作品でのホラーティウス三兄弟は、ダヴィッドの絵を通して知られています。
父の前で三人が剣に手を伸ばし、右手で女たちが泣き崩れる構図です。
この場面は、古代の資料にはありません。
画家が物語から組み立てた構図が、そのまま「この物語の絵」として定着しました。いちばん有名な場面が、記録に無いという例です。
ホラーティウス三兄弟が登場するゲーム
ローマを舞台にした物語作品
一騎討ちで決着をつける場面として扱われます。
歴史をあつかう戦略ゲーム
アルバ・ロンガ併合の出来事として言及されます。
ホラーティウス三兄弟が登場する絵画・舞台
ダヴィッドの「ホラティウス兄弟の誓い」
新古典主義を代表する一枚。国家への忠誠の図像として広まりました。
コルネイユの「オラース」
妹カミーユの立場から、忠誠と情の対立を描いた悲劇です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
ホラーティウス三兄弟についてよくある質問
ホラーティウス三兄弟の物語はどういう話ですか。
ローマとアルバ・ロンガが全面戦争を避け、双方の三つ子による三対三の決闘で決着をつけた話です。ローマ側は一人だけが生き残り、わざと逃げて敵を引き離し一人ずつ討ち取りました。
なぜ妹を殺したのですか。
妹が敵の一人の許嫁で、凱旋の日にその名を呼んで嘆いたためです。兄はローマの敵を悼む者は許さないと言って刺しました。この殺害は裁判にかけられました。
ダヴィッドの絵の場面は史実ですか。
古代の資料にはありません。父の前で三人が剣に手を伸ばす構図は、画家が物語から組み立てたものです。それでもこの物語の代表的な場面として定着しました。
橋を守ったホラーティウスと同じ人ですか。
別の人物です。テウェレ川の橋でエトルリア軍を食い止めたのはホラーティウス・コクレスで、同じ氏族名ですが時代も話も異なります。
ホラーティウス三兄弟と併せて覚えたい言葉・用語
バー(bꜣ/人格・魂)
人の頭を持つ鳥の姿で描かれる、その人の人格にあたる部分。昼は墓を出て動き、夜は遺体へ戻るとされた。