ローマ人の父祖とされた戦の神。三月の名の由来で、農地も守った。
マールスとは何の神様か
マールスはひとことで言えばローマ人の父です。ギリシャ名はアレス。
ギリシャのアレスは、神々からも人からも嫌われる神として描かれます。ローマのマールスはまったく違います。
ロームルスとレムスの父。すなわちローマ人の祖。
ユーピテルに次ぐ重い神として、専属の神官フラーメン・マルティアーリスが置かれました。
3月の月名はこの神によります。冬が明けて軍を動かし始める月です。
その3月には、サリイという神官団が楯を打ち鳴らしながら市中を踊り歩きました。
もう一つの顔は農地の守り手です。大カトーの農書には、畑の周りを行列で回り、この神に家畜と作物の無事を祈る言葉が残っています。
戦の神が、同時に畑の神でもある。 ローマのマールスの特徴です。
マールスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「マルス」「マールス」の両方が使われます。
火星を指す語は、この神の名によります。赤く見えることから、血と戦の神に結びつけられました。
3月を指す語も、この神の古い形マーウォルスから生まれています。
火曜日を指す語も、多くのヨーロッパの言語でこの神の名です。
一方、マーチという英語の3月と、行進を意味する語は別の由来です。混同されやすいところです。
Mars(マールス)
ラテン語の主格。属格はマルティスとなる。
Mavors(マーウォルス)
古い形の名。3月の月名はこの形から生まれた。
Ares(アレス)
ギリシャ名。
マールスの物語
楯を打ち鳴らす神官 ─ サリイの踊り
3月になると、サリイという神官団が市中を練り歩きました。
十二人が一組で、古い形の兜と鎧を着け、八の字にくびれた楯を持ちます。
この楯を杖で打ち鳴らしながら、跳ねるように踊る。
サリイという名も「跳ねる者」を意味します。
楯はアンキーリアと呼ばれ、十二面ありました。伝えでは、そのうち一面は空から降ってきたもので、ヌマ王の治世に落ちたとされます。
この楯があるかぎり、ローマは滅びない。
そう告げられたため、盗まれないように同じ形の楯を十一面作らせ、どれが本物か分からなくしたと伝えられます。
行列は市中の決まった場所で止まり、そのたびに古い歌を唱えました。その歌詞は、共和政の末期にはローマ人自身にも意味が分からなくなっていました。
3月に始まった行列は、10月に楯を納めて終わります。軍を動かす季節と、そのまま重なっていました。
畑を守る神 ─ 農書に残る祈りの言葉
マールスには、農地を守る神としての顔があります。
大カトーの『農業論』には、畑の周りを行列で回る儀式と、そのときに唱える言葉が丸ごと残っています。
父マールスよ、私と私の家と家の者たちのために祈る。
見えるもの、見えないものすべての病を退け、荒れと損なわれを退け、
作物と穀物と葡萄と若木が良く育つように。
行列では、豚・羊・牛を引いて畑を三度回り、そのあと犠牲にしました。
戦の神になぜ畑を祈るのか。 これについては二つの見方があります。
一つは、もともと農耕と土地の神であり、戦の神は後から加わったという見方。もう一つは、土地の境を守ることが、そのまま戦うことだったという見方です。
どちらが正しいかは決着していません。ただ、ローマ人が畑と戦を切り離して考えていなかったことは確かです。
マールス・ウルトル ─ 復讐を果たした神殿
前44年、カエサルが暗殺されます。
養子のオクタウィアヌスは、仇を討つと誓いました。復讐を果たしたら、マールスに神殿を建てる。
前42年のピリッピの戦いで誓いは果たされます。しかし神殿ができたのは、それから40年後でした。
前2年、アウグストゥスのフォルムにマールス・ウルトル(復讐者マールス)の神殿が奉献された。
この神殿は、単なる戦勝の記念ではありません。
- 元老院は、戦争と凱旋についてここで審議する
- 属州へ赴く将軍はここから出発する
- 戦利品はここに納める
戦に関わる手続きの中心が、この神殿に移されました。
奪われていた軍旗をパルティアから取り戻したとき、その軍旗もここに納められています。
いまも高い壁と三本の柱が立ち、遺構を見ることができます。
マールスの家系図と家族
マールスの性格と人物像
マールスを祀った神殿と遺跡
マールスの古い聖所は、市壁の外にありました。
武装した神を市中に入れないという考え方によります。カンプス・マルティウス(マールスの野)という名の平原は、もともとこの神に捧げられた土地で、軍の訓練場でもありました。
兵を集める場所が、そのまま神の土地だった。
アウグストゥスの神殿は、その原則を破って市の中心に建てられています。戦の手続きを国家の中心に置くという意図がありました。
マールス・ウルトル神殿(Templum Martis Ultoris)
戦に関わる手続きの中心
マールス・ウルトル神殿の住所: イタリア ローマ アウグストゥスのフォルム(北緯41.8943 東経12.4869)
マールス・ウルトル神殿の祀られた神: マールス・ウルトル
マールス・ウルトル神殿に残るもの: 基壇・三本の柱・背後の高い壁
マールス・ウルトル神殿のご利益: 勝利
前2年に奉献された神殿です。カエサルの仇を討つという誓いを果たしたものでした。
元老院はここで戦争と凱旋を審議し、属州へ赴く将軍はここから出発しました。
パルティアから取り戻した軍旗もここに納められています。
三本の柱と、背後の巨大な壁がいまも立っています。 壁は火災を防ぐために築かれたものです。
フォーリ・インペリアーリ通りから見学できる。
アウグストゥスのフォルム(Forum Augusti)
マールス神殿を中心とした広場
アウグストゥスのフォルムの住所: イタリア ローマ フォーリ・インペリアーリ(北緯41.8942 東経12.4866)
アウグストゥスのフォルムの祀られた神: マールス・ウルトル
アウグストゥスのフォルムに残るもの: 広場の敷石・柱廊の一部・囲壁
マールス・ウルトル神殿を中心に造られた広場です。前2年に開かれました。
左右の柱廊には、ローマの歴史上の人物の像が並べられ、それぞれの功績を記した銘板が添えられていました。
一方の側にアイネイアースの子孫、もう一方の側にローマの偉人。広場そのものが、ローマの歴史を歩いて読む作りになっていました。
夜間の照明で遺構が見やすくなっている。
マールスが現代に残した痕跡
マールスの名は、惑星・月名・曜日に残りました。
火星: 赤く見えることから、血と戦の神の名が与えられた。日本語の「火星」は五行の割り当てによる別の由来。
3月: ローマの古い暦では3月が年の始まりだった。軍を動かし始める月であることによる。
火曜日: フランス語・イタリア語・スペイン語の火曜日は、いずれもこの神の名に由来する。
カンプス・マルティウス: ローマの平原の名。現在のローマ中心部のカンポ・マルツィオ地区として名が残っている。
マールスが司るもの
勝利
軍を出す前と、凱旋の際に祈られた。
土地と作物の守り
畑を行列で回り、病と荒れを退けるよう祈った。
境界の守り
土地の境を守る神として、農地の外周を清める儀式が行われた。
マールスが登場するゲーム・アニメ
作品ではアレスと同じ神として扱われるか、火星の名として現れるかのどちらかです。
ローマ側の特徴であるサリイの踊りや畑を守る祈りは、作品にはまず出てきません。
戦の神が畑を守るという組み合わせは、物語にしにくい。
しかし、ローマ人にとってはこちらが日常でした。
マールスが登場するアニメ・漫画
火星を舞台にした作品
惑星の名を通して、この神の名が繰り返し現れます。
戦いを司る人物の名
強さを表す名として人物名に用いられます。
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マールスについてよくある質問
マールスとアレスは同じ神ですか。
同一視されますが、扱いが正反対です。ギリシャのアレスは嫌われ者として描かれますが、ローマのマールスはローマ人の父祖であり、ユーピテルに次ぐ重い神でした。
なぜ戦の神が畑を守るのですか。
はっきりしていません。もともと農耕と土地の神だったという見方と、土地の境を守ることがそのまま戦うことだったという見方があります。
サリイの楯とは何ですか。
八の字にくびれた十二面の楯です。うち一面は空から降ってきたもので、これがあるかぎりローマは滅びないとされました。盗まれないよう同じ形を十一面作らせたと伝えられます。
マールスの神殿は残っていますか。
ローマのアウグストゥスのフォルムにあるマールス・ウルトル神殿の遺構が残っています。三本の柱と背後の高い壁を見ることができます。
3月の名はこの神に由来しますか。
そうです。古い形の名マーウォルスから生まれました。ローマの古い暦では3月が年の始まりで、軍を動かし始める月でもありました。