戦の女神。神殿前の柱に槍を投げ込むことが宣戦の合図とされた。
ベローナとは何の神様か
ベローナはひとことで言えばローマの戦の女神です。名は「戦」を意味する語によります。
マールスの妻とも、姉妹とも、戦車の御者ともされ、伝えは一つに定まっていません。
神殿は前296年、エトルリア人との戦いのさなかにアッピウス・クラウディウス・カエクスが誓ったものです。キルクス・フラミニウスの近く、市壁の外に建てられました。
市壁の外という位置が、この神殿の役目を決めています。
市内に入れない外国の使節や、凱旋を待って市に入れない将軍と元老院が、ここで会見しました。
神殿の前にはコルムナ・ベッリカ(戦の柱)が立っていました。宣戦のとき、フェーティアーレースという神官がこの柱の向こうへ槍を投げ込みます。敵地が遠くなってからは、柱の先の地面を敵地に見立てて槍を投げました。
帝政期には、小アジアのカッパドキアから来た女神マーと重ねられます。その神官たちは自らの腕を傷つけ、流れた血を捧げる荒々しい儀式を行いました。
ベローナのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ベローナ」「ベッローナ」の両方が見られます。ラテン語では二つ目の音を重ねて読みます。
名は戦を意味する語から作られました。古い形ではドゥエッローナと記されます。この古形と、決闘を意味する語がつながっている点は、ラテン語の音の変化を知る手がかりとしてよく取り上げられます。
戦そのものが女神になっている名です。
マールスとの関係は伝えによって違います。妻とも、姉妹とも、戦車の御者ともされ、一つに定まっていません。
帝政期には、小アジアから来た女神マーと重ねられ、マー・ベローナの形で呼ばれました。ここから祭祀の性格が大きく変わります。
なお、ローマ固有の戦の女神であり、ギリシャ由来の神ではありません。
Bellona(ベローナ)
ラテン語の主格。戦を意味する語から作られた名で、女性形の語尾を持つ。古い形ではドゥエッローナとも記された。
Duellona(ドゥエッローナ)
この女神の古い形。戦を意味するラテン語の古形にあたり、のちに音が変わって現在の形になったとされる。
Ma Bellona(マー・ベローナ)
小アジアのカッパドキアから来た女神マーと重ねられた形。帝政期に用いられ、血を捧げる荒々しい儀式を伴った。
ベローナの物語
前296年の誓い ─ 盲目のアッピウス
ベローナの神殿を誓ったのは、アッピウス・クラウディウス・カエクスです。
ローマ史でよく知られた人物で、アッピア街道とローマ最初の水道を作らせたことで名を残しています。カエクスとは「盲目の」という意味で、晩年に視力を失ったことによります。
前296年、エトルリア人との戦いのさなかでした。
戦いの最中に神殿を誓い、勝利ののちに建てました。戦の女神に、戦の場で誓うという形です。
場所はキルクス・フラミニウスの近く、市壁の外でした。この位置には、はっきりした理由があります。
神殿の前にはコルムナ・ベッリカと呼ばれる柱が立ち、宣戦の儀式に使われました。
戦を始める手続きの場所として、市の外に神殿が置かれました。
アッピウスは晩年、目が見えなくなってからも元老院に担ぎ込まれ、ピュッロスとの講和に反対する演説を行ったと伝えられます。
市壁の外にあること ─ 使節と将軍の会見の場
ベローナの神殿がなぜ市壁の外にあったのか。ここがこの神殿を理解する要点です。
ローマには、市の内と外を分ける宗教上の境ポメリウムがありました。武装した軍は、この境の内側に入れません。
戦を終えて戻った将軍も、凱旋の許しが出るまで市に入れませんでした。
そのため、元老院が将軍と話す必要があるときは、外に出て会うしかありません。その場所として使われたのが、この神殿でした。
外国の使節も同じです。敵対する国から来た使節や、市内に入ることを許されない相手とは、ここで会見しました。
つまりこの神殿は、内と外の境で交渉が行われる建物でした。
凱旋式を認めるかどうかの議論も、しばしばここで行われています。将軍にとっては、市に入れるかどうかが決まる場所でした。
戦の女神の前で、戦の始末が話し合われました。
コルムナ・ベッリカ ─ 槍を投げて戦を始める
神殿の前には、コルムナ・ベッリカ(戦の柱)と呼ばれる柱が立っていました。
ローマが戦を始めるとき、この柱が使われます。フェーティアーレースという神官団の仕事でした。
フェーティアーレースは、宣戦と講和の手続きを司る神官です。
本来のやり方はこうでした。神官が相手の国の境まで出向き、要求を伝え、期限を切ります。応じなければ、その国の土地へ血に染めた槍を投げ込みます。 これが宣戦の合図でした。
ところが、ローマの領土が広がると、この手続きが難しくなります。イタリア半島の外へ攻めるとき、神官が境まで行くには何か月もかかるためです。
そこで、代わりの形が作られました。神殿の前の柱の向こうの地面を「敵地」と見立て、そこへ槍を投げ込む。
儀式を守るために、ローマの地面の一部を敵地ということにしました。
この土地は、ピュッロスとの戦いのときに捕らえた兵から買い取ったものだと伝えられます。
マーとの重なり ─ 血を捧げる神官たち
帝政期に入ると、ベローナの祭祀は姿を変えます。
小アジアのカッパドキアから来た女神マーと重ねられたためです。マーは戦と月にかかわる女神で、その祭祀は激しいものでした。
神官たちは、自らの腕を傷つけました。
流れた血を捧げ、その血で予言をしたと伝えられます。黒い衣をまとい、太鼓や角笛を鳴らしながら、市中を練り歩きました。
ローマ本来の祭祀とは、まったく性格が違います。 フェーティアーレースの儀式が手続きの厳密さを重んじたのに対し、こちらは恍惚と流血を伴いました。
この祭祀を行う場所はベッロナリウムと呼ばれ、市外に置かれました。
古代の著述家のなかには、この儀式を野蛮なものとして書き残した者もいます。同じ女神の名のもとに、性格の異なる二つの祭祀が並んでいました。
3月24日は血の日と呼ばれ、この祭祀にかかわる日とされます。
ベローナの家系図と家族
ベローナの性格と人物像
ベローナは、戦の手続きを司る神でした。
戦場での荒々しさというより、戦を始め、終わらせるための決まりにかかわります。柱に槍を投げるのも、使節と会うのも、凱旋を待つ将軍と話すのも、すべて手続きです。
ローマは、戦を始めるにも作法を求めました。
正しい手続きを踏んだ戦だけが正しい戦とされ、そうでない戦は神々の助けを得られないと考えられていました。この考え方の中心に、ベローナの神殿とその前の柱があります。
一方で、帝政期にマーと重ねられてからは、まったく違う顔が加わります。腕を傷つけて血を捧げる祭祀です。
同じ名のもとに、手続きの神と恍惚の神が同居していました。
マールスとの関係が一つに定まらないのも、この女神の輪郭がはっきりしないことの表れとみられます。妻、姉妹、御者。どの伝えも、マールスの傍らに置くという点だけは一致しています。
ベローナを祀った神殿と遺跡
ベローナを祀った場所として住所を確かめられたのは、キルクス・フラミニウスの一帯にあった神殿です。
この神殿は、市壁の外に置かれていた点が重要です。戦にかかわる手続きが、市の内側では行えなかったためです。
神殿の前に立っていた戦の柱も、同じ理由で外にありました。
柱そのものは残っておらず、その正確な位置もわかっていません。
帝政期にマーと重ねられてからの祭祀は、ベッロナリウムと呼ばれる別の場所で行われました。こちらも市外に置かれたと伝えられますが、位置は特定されていません。そのため住所の欄には挙げていません。
ベローナ神殿(Aedes Bellonae)
戦の女神を祀った市壁外の神殿
ベローナ神殿の住所: イタリア ローマ キルクス・フラミニウス付近(北緯41.8925 東経12.4786)
ベローナ神殿の祀られた神: ベローナ
ベローナ神殿に残るもの: 基礎の一部(マルケッルス劇場の北側一帯)
ベローナ神殿のご利益: 戦の始まり
前296年、エトルリア人との戦いのさなかにアッピウス・クラウディウス・カエクスが誓った神殿です。
市壁の外に建てられました。武装した軍が市に入れないため、凱旋を待つ将軍と元老院はここで会見しました。市内に入れない外国の使節との会見も行われています。
神殿の前にはコルムナ・ベッリカが立ち、宣戦のとき神官が柱の向こうへ槍を投げ込みました。いま地上に見えるのは基礎の一部だけです。
マルケッルス劇場の北側。アポッロ・ソシアヌス神殿の隣接地にあたる。
ベローナが現代に残した痕跡
ベローナの名は、戦の比喩として文学に残りました。
戦を意味する語: ヨーロッパの諸言語で好戦的なことを指す語が、この女神と同じラテン語の根から出ている。
槍を投げる宣戦の儀式: フェーティアーレースの手続き。正しい戦とそうでない戦を区別する考え方の実例として引かれ続けている。
キルクス・フラミニウスの遺構: マルケッルス劇場の北側一帯に基礎が残り、神殿の位置を知る手がかりになっている。
文学での比喩: 戦の激しさを語るときに、この女神の名を引く言い回しが近世の文学に受け継がれた。
ベローナが司るもの
戦の始まり
柱に槍を投げる宣戦の儀式を司るとされた女神。
交渉の場
市壁の外で使節や将軍と元老院が会見する場を担った。
兵士の守り
マールスの傍らに置かれ、戦場での加護を求められた。
ベローナが登場するゲーム・アニメ
作品でのベローナは、戦そのものの擬人像として登場します。
兜をかぶり、槍か松明を持ち、しばしば髪を乱した姿で描かれます。平和の寓意像と対に置かれる構図が定番です。
落ち着いたマールスに対し、荒れた側を担わされました。
ローマでの実際の役目が手続きの神だったこととは、ずいぶん離れた扱いです。
日本ではゲームや小説で戦女神として名が使われることがありますが、市壁の外の神殿や槍を投げる儀式まで触れられることは多くありません。
ベローナが登場する絵画・彫刻
戦の寓意像
兜と槍、松明を持つ女性像として、宮殿や庁舎の装飾に置かれます。
ルーベンスの寓意画
戦の擬人像として、平和と対をなす構図に描かれます。
ベローナが登場する文学・演劇
シェイクスピアの戯曲
この女神の花婿という言い回しが、勇将を讃える台詞に使われます。
近世の叙事詩
戦の激しさを示す比喩として、名が繰り返し引かれます。
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ベローナについてよくある質問
ベローナはどんな神ですか。
ローマ固有の戦の女神です。名は戦を意味する語によります。前296年にキルクス・フラミニウス近くの市壁の外に神殿が建てられ、宣戦と交渉の場となりました。
なぜ神殿が市壁の外にあったのですか。
武装した軍は市の内側に入れなかったためです。凱旋を待つ将軍と元老院の会見や、市内に入れない外国の使節との会見が、この神殿で行われました。
コルムナ・ベッリカとは何ですか。
神殿の前に立っていた戦の柱です。宣戦のとき、フェーティアーレースの神官が柱の向こうへ槍を投げ込みました。敵地が遠くなってからは、柱の先の地面を敵地に見立てました。
マールスとの関係はどうなっていますか。
妻とも姉妹とも戦車の御者ともされ、一つに定まっていません。どの伝えでも、マールスの傍らに置かれるという点だけは共通しています。