ローマを建てた初代の王。死後に神となり、クゥイリーヌスと呼ばれた。
ロームルスとは何の神様か
ロームルスはひとことで言えばローマという都市そのものの始まりです。マールスとレア・シルウィアの子とされます。
生まれてすぐ川に流され、牝狼に乳をもらい、牧人に育てられました。
川に捨てられ、獣に救われ、王を倒して国を建てる。
この筋書きは、地中海の各地に似た形が伝わっています。ローマだけの話ではありません。
伝えでは前753年4月21日に、パラティウムの丘に鋤で溝を引き、そこを市壁の線としました。この日は牧人の祭パリーリアの日にあたります。
在位は37年。元老院を置き、民を区分けし、軍の骨組みを定めたと語られます。ローマ人は、自分たちの制度のほとんどをこの王に帰しました。
最後は演習中の嵐に紛れて姿を消し、神クゥイリーヌスになったとされます。
ロームルスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ロムルス」「ロームルス」の両方が使われます。長音を書き分けない表記のほうが広く通じます。
弟の名レムスと並べて「ロムルスとレムス」と呼ばれることが多く、二人まとめて一つの主題として扱われます。
名前が先か、都市が先か。
ローマという地名から、建国者の名が後から作られたとする見方が有力です。ラテン語では都市の名がローマ、建国者がロームルスで、語の作り方が説明の順序を逆にたどっています。
神になってからの名クゥイリーヌスは、サビニ人の丘クィリナーリスや、市民を意味する語と結びつけて説明されます。
Romulus(ロームルス)
ラテン語の主格。ローマという都市名から逆に作られた名とみる説が強い。
Quirinus(クゥイリーヌス)
神になったのちの名。古い三柱神の一柱として祀られた。
Romulus Quirinus(ロームルス・クゥイリーヌス)
二つを並べた形。碑文や祈りの言葉に見える。
ロームルスの物語
双子の誕生 ─ 流された王家の子
アルバ・ロンガの王ヌミトルは、弟のアムーリウスに位を奪われました。
アムーリウスは兄の娘レア・シルウィアをウェスタの巫女にします。巫女は結婚を許されません。王家の血を絶つための処置でした。
ところが彼女は双子を産みます。父はマールスとされました。
王は双子を籠に入れ、テウェレ川に流させた。
籠は増水した川の岸に流れ着き、いちじくの木の根もとで止まります。そこへ牝狼が現れて乳を与えました。この場所がルペルカー?ルと呼ばれる洞です。
牧人ファウストゥルスが二人を拾い、妻とともに育てます。
成長した兄弟は素性を知り、アムーリウスを討って祖父を王位に戻しました。そのうえで、自分たちの町を新しく建てることにします。
建国 ─ 壁の線と、弟の死
どちらが町を建てるかは、鳥占いで決めることになりました。
ロームルスはパラティウムの丘に、レムスはアウェンティヌスの丘に立ちます。
先に鳥を見たのはレムス、多く見たのはロームルス。
判定が割れました。 争いのすえ、ロームルスが線を引きます。
その線をレムスが飛び越えたため、兄は弟を討ちました。伝えられる言葉は次のとおりです。
この壁を越える者は、みなこうなる。
討ったのは兄ではないという伝えもあります。ケレルという配下が手を下したという説です。ローマ人自身、どちらとも決めかねていました。
新しい町には人が足りません。ロームルスはカピトリウムの木立に逃れてきた者を受け入れる場所を設けました。罪を犯した者も、逃げた奴隷も来ました。寄せ集めから始まったという自覚が、ローマ人にはありました。
サビニの女たち ─ 略奪から共同統治へ
人は集まりましたが、女がいませんでした。 近隣の町に縁組を申し入れても、どこも断ります。
そこでロームルスは祭を催し、近隣の人々を招きました。宴の最中に合図が出て、若者たちがサビニ人の娘を担いで走ります。
サビニ王ティトゥス・タティウスが軍を起こしました。カピトリウムの砦は守将の娘タルペーイアの裏切りで落ちます。
決戦の場に、奪われた女たちが割って入りました。
一方には父、一方には夫。どちらが倒れても、私たちは失う。
戦は止まり、二つの民は一つになります。二人の王による共同統治が始まりました。
タティウスは5年後にラーウィーニウムで殺され、ロームルスの単独の治世に戻ります。
消失と神格化 ─ 王から神へ
在位37年目、カプラエの沼で軍の閲兵をしていたとき、にわかに嵐が起きました。
雲が晴れると、王の座は空でした。
元老院議員たちは「神々のもとへ迎えられた」と告げます。しかし民は納得しません。議員が殺して衣の下に切り分けて運び出したという噂が流れました。
そこへユリウス・プロクルスという人物が現れ、こう証言します。
道の途中でロームルスに会った。ローマは世界の頭になる、と告げられた。
この証言で騒ぎは収まり、王は神クゥイリーヌスとして祀られました。
ローマ人はこの二つの話を、どちらも消さずに書き残しています。国の始まりに殺人の疑いが残る形を、彼らは書き換えませんでした。
ロームルスの家系図と家族
ロームルスの性格と人物像
ロームルスは、きれいな英雄として描かれていません。
弟を討ち、近隣の娘を奪い、逃亡者を集めて国を作った。伝えられる事績は、ほとんどが荒っぽいものです。
それでもローマ人は、この王を父祖として仰ぎました。
後世の政治家が自らをロームルスになぞらえるとき、それは「新しい秩序を力で立てた者」という意味でした。アウグストゥスがロームルスの名を継ぐ案を検討したという話も伝わります。
一方で、制度の作り手としての顔があります。元老院・民の区分け・軍団の骨格。ローマ人はこれらの起こりを、すべてこの王に置きました。
実在したかどうかは確かめられていません。 前8世紀のパラティウムに人が住んでいたことは発掘でわかっていますが、そこから個人の名にはたどり着けません。
ロームルスゆかりの地と遺跡
ロームルスは、人としての事績を伝える場所と、神として祀られた神殿の両方を持ちます。
ルペルカールとパラティウムの小屋は前者です。ここで祈られたのはロームルス本人ではありません。
神殿を持つのは、クゥイリーヌスという名になってからです。
そのため、この節はまとめて「ゆかりの地」としています。祀られた場所と、物語の舞台を混ぜないためです。
なお、フォロ・ロマーノにある「ロームルス神殿」と呼ばれる円形の建物は、4世紀の皇族ウァレリウス・ロムルスにちなむもので、建国者とは関係がありません。
ルペルカール(Lupercal)
牝狼が双子に乳を与えたとされる洞
ルペルカールの住所: イタリア ローマ パラティウムの丘の北西麓(北緯41.8893 東経12.4871)
ルペルカールの祀られた神: ファウヌス・ルペルクス
ルペルカールに残るもの: 洞とされる空間(保存作業のため通常は非公開)
ルペルカールのご利益: 子授け
牝狼が双子を見つけたとされる洞です。2月15日のルペルカーリアの祭は、ここから始まりました。
裸の若者が山羊の皮の鞭を持って走り、道で会った女を打つ祭です。打たれると子を授かると信じられていました。
2007年にパラティウムの丘の下で装飾のある空間が見つかり、ルペルカールではないかと報じられました。ただし、そう断定できる証拠は出ていません。
パラティウムの丘の見学路から、位置を外から見ることができる。
ロームルスの小屋(Tugurium Romuli)
建国者の住居とされた小屋
ロームルスの小屋の住所: イタリア ローマ パラティウムの丘南西 スカラエ・カキ付近(北緯41.8893 東経12.4849)
ロームルスの小屋の祀られた神: (祭神は置かれていない)
ロームルスの小屋に残るもの: 鉄器時代の小屋の柱穴
ロームルスの小屋のご利益: 始まりを思い起こすこと
ロームルスが住んだとされた藁ぶきの小屋です。実際には何度も建て替えられ、古い姿のまま帝政期まで保たれていました。
わざと粗末なまま残された建物です。ローマ人は、豪華になった都のただ中に、始まりの貧しさを置いておきました。
発掘では前8世紀の小屋の柱穴が見つかっています。伝えの年代と重なりますが、そこに住んだ人物の名まではわかりません。
パラティウムの丘の見学路から柱穴の位置を見ることができる。
クゥイリーヌス神殿(Templum Quirini)
神となったロームルスを祀った神殿
クゥイリーヌス神殿の住所: イタリア ローマ クィリナーレの丘(北緯41.9000 東経12.4833)
クゥイリーヌス神殿の祀られた神: クゥイリーヌス
クゥイリーヌス神殿に残るもの: 地上に残っていない
クゥイリーヌス神殿のご利益: 国の守り
神になったロームルスを祀った神殿です。前293年にルキウス・パピリウス・クルソルが建てました。
76本の円柱が並ぶ大きな建物だったと伝えられます。アウグストゥスが前16年に建て直しました。
いまはクィリナーレ宮殿の一帯にあたり、地上に古代の建物は残っていません。
クィリナーレ広場の周辺。神殿そのものは見学できない。
ロームルスが現代に残した痕跡
ロームルスの名は、都市の名そのものとして残りました。
カピトリウムの牝狼: 双子に乳を与える牝狼の青銅像。ローマ市の標章として、いまも市章や記念物に使われている。
ローマの誕生日: 4月21日。市の各所で行事が行われ、フォロ・ロマーノでも催しがある。
パラティウムの発掘: 前8世紀の小屋の跡が出ており、伝えの年代と重なることが繰り返し議論されている。
建都紀元: 前753年を元年とする年の数え方。古代の著述家が年代を示すのに用いた。
ロームルスが司るもの
国の始まり
都市の創建者として、境界を引く儀式の起源とされた。
軍の守り
神クゥイリーヌスとして、武装した市民の姿を司るとされた。
境の守り
市壁の線は越えてはならないものとされ、境界の神聖さの由来となった。
ロームルスが登場するゲーム・アニメ
作品でのロームルスは、建国者としての力強さが強調されます。
弟殺しの場面は、日本で紹介されるときにはあまり前に出てきません。
狼に育てられた双子、という絵づらの強さが先に立ちます。
歴史ものの映像作品では、建国そのものより牝狼の像が背景として使われることのほうが多くなっています。
ロームルスが登場するゲーム
歴史をあつかう戦略ゲーム
ローマの建国者として、初期の指導者に配されることがあります。
ロームルスが登場する絵画・彫刻
カピトリウムの牝狼
双子の像は近世に足されたものとされ、狼の制作年代には議論があります。
サビニの女たちの略奪
ジャンボローニャの群像やプッサンの絵など、繰り返し描かれた場面です。
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ロームルスについてよくある質問
ロームルスは実在した人物ですか。
確かめられていません。前8世紀のパラティウムの丘に集落があったことは発掘でわかっていますが、個人の名にはたどり着けません。ローマという地名から建国者の名が後から作られたとする見方が有力です。
なぜ弟のレムスを殺したのですか。
引いたばかりの市壁の線をレムスが飛び越えたためと伝えられます。境界を侵すことへの罰という形です。ただし、手を下したのはケレルという配下だとする別の伝えもあり、一つに定まっていません。
ロームルスとクゥイリーヌスは同じですか。
神になったあとの名がクゥイリーヌスとされます。ただしクゥイリーヌスはもともとサビニ系の古い神で、後からロームルスと結びつけられたとみる説が有力です。
ロームルスの最期はどう伝えられていますか。
嵐のなかで姿を消し神になったという話と、元老院議員に殺されて運び出されたという話の二つが伝わります。ローマの著述家はどちらも消さずに書き残しました。
ロームルスと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。