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ローマ神話

サートゥルヌスとは何の神様か|家系図・物語

Saturnus  / サートゥルヌス

大地 十二の主神

種まきの神。その神殿は国庫を兼ね、12月の祭では主人と奴隷が入れ替わった。

サートゥルヌスとは何の神様か

サートゥルヌスはひとことで言えば黄金時代の王です。ギリシャ名はクロノス

ローマの伝えでは、この神はユーピテルに追われてラティウムの地へ逃れ、そこで人々に農耕を教えたとされます。

その治世を、黄金時代と呼ぶ。

争いも所有もなく、大地が自ら実った時代です。

フォルム・ロマーヌムの神殿は、国家の金庫を兼ねていました。

神像の足は羊毛の紐で縛られていました。 一年のうち、祭のあいだだけ紐が解かれます。

12月17日から始まるサートゥルナーリアは、ローマでもっとも人気のある祭でした。

- 裁判も学校も休みになる
- 主人が奴隷に給仕する
- 蝋燭と小さな人形を贈り合う

一年に数日だけ、上下がひっくり返る。 黄金時代をなぞる祭だからです。

サートゥルヌスのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「サトゥルヌス」「サターン」も使われます。サターンは英語読みです。

土星を指す語は、この神の名です。もっとも遅く動く惑星であることから、老いた神に結びつけられました。

土曜日を指す語も同じです。

英語の土曜日だけが、ローマの神の名をそのまま残しています。 他の曜日は北欧の神の名に置き換えられました。

語源は種をまくを意味する語につなげる説がありますが、確かめられていません。 エトルリア語由来とする見方もあります。

Saturnus(サートゥルヌス)

ラテン語。種をまくことを意味する語につなげる説があるが、確かめられていない。

Kronos(クロノス)

ギリシャ名。

サートゥルヌスの物語

  1. 国庫を兼ねた神殿 ─ 金庫としての聖域
  2. 足を縛られた神像 ─ 祭のあいだだけ解く
  3. サートゥルナーリア ─ 上下がひっくり返る数日

国庫を兼ねた神殿 ─ 金庫としての聖域

フォルム・ロマーヌムの西端に、この神の神殿が建っていました。

伝えでは共和政の初め、前497年の奉献とされます。

この神殿の地下には、アエラーリウムと呼ばれる国庫が置かれました。

ローマ国家の金と、公文書がここに納められた。

なぜ神殿が金庫なのか。

一つには、神殿が最も安全な場所だったからです。神域を犯すことは重い罪でした。

もう一つ、黄金時代の王という性格が関わります。所有のなかった時代の神が、国家の財産を預かる。 ローマ人がこの取り合わせをどう考えていたかは分かりません。

軍旗も、ここに納められていました。

現在、基壇と八本の柱が立っています。フォロ・ロマーノでもっとも目を引く遺構の一つです。ただし、いま見えるのは4世紀の再建によるものです。

足を縛られた神像 ─ 祭のあいだだけ解く

サートゥルヌスの神像には、羊毛の紐が巻かれていました。

足を縛る形です。

そして、サートゥルナーリアのあいだだけ、その紐が解かれた。

理由については、いくつかの説明が伝わります。

- 神が逃げていかないように
- 黄金時代が戻ることを願って
- 縛られた時代が終わることを示すため

古代の著述家も、はっきりした理由を書いていません。ローマ人自身が、由来を忘れていた可能性があります。

神像の中は空洞で、油が満たされていたとも伝えられます。

祭の日には、神官が頭を覆わずに犠牲を捧げました。ローマの儀式では、ふつう頭を布で覆います。

この神の祭だけが、ギリシャ風の作法で行われた。

外から来た神として扱われていたことを示す、という見方があります。

サートゥルナーリア ─ 上下がひっくり返る数日

12月17日、サートゥルナーリアが始まります。

はじめは一日でしたが、次第に延び、帝政期には五日から七日になりました。

祭のあいだ、ローマは日常の形を失います。

- 裁判所も学校も閉まる
- 戦を始めてはならない
- 罪人を罰してはならない
- 平服ではなく、くつろいだ衣を着る
- 主人が奴隷に給仕する

さらに、家ごとに「サートゥルナーリアの王」がくじで選ばれました。選ばれた者は、その場で無茶な命令を出すことができます。

贈り物も交わされました。蝋燭と、小さな素焼きの人形です。

なぜ人形なのか、ローマ人にも分かっていませんでした。

古い時代の人身供犠の名残ではないか、という説明が当時からありました。ただし確かなことではありません。

この祭の日付と習わしの一部は、後の冬の祝祭に引き継がれたと考えられています。

サートゥルヌスの家系図と家族

サートゥルヌスの親: ファウヌスサートゥルヌスの血筋とされる

サートゥルヌスのきょうだい: マグナ・マーテル大母神として重ねられる

サートゥルヌスの妻・夫: オプス

サートゥルヌスの性格と人物像

サートゥルヌスは、二つの顔が食い違ったまま残っている神です。

一方は黄金時代の穏やかな王。争いも所有もない時代を治め、人々に農耕を教えた神です。

もう一方はギリシャのクロノス。父を討ち、自分の子を呑み込み、最後は子に倒される神です。

ローマ人はこの二つを、無理に一つにまとめませんでした。

ラティウムの王としてのサートゥルヌスと、呑み込む神としてのクロノス。

両方が並んで語られます。

祭の性格も同じです。もっとも楽しい祭でありながら、その中心には縛られた神像がありました。

黄金時代は過ぎたものであり、戻ってこない。ローマ人はそれを分かったうえで、年に数日だけそれをなぞりました。

サートゥルヌスを祀った神殿と遺跡

サートゥルヌス神殿の住所は、確かめられませんでした。

フォルム・ロマーヌムの西端に建ち、八本の柱がいまも立っています。 フォロ・ロマーノでもっとも目立つ遺構の一つです。

しかし、この神殿を単独で記録した地名の記録に当たることができませんでした。

見えているのに、確かめられない。

そういうことがあります。確かめられないものを、確かめたことにはしません。

神殿はフォロ・ロマーノの入場券で見学できます。

サートゥルヌスが現代に残した痕跡

サートゥルヌスの名は、惑星・曜日・冬の祝祭に残りました。

土星: 肉眼で見える惑星のうち、もっとも遅く動く。老いた神の名が与えられた。

土曜日: 英語の土曜日はこの神の名をそのまま残している。他の曜日が北欧の神に置き換えられたなかで、ここだけが例外。

冬の贈り物の習わし: サートゥルナーリアでは蝋燭と人形を贈り合った。日付と習わしの一部が、後の冬の祝祭に引き継がれたと考えられている。

サートゥルナーリア的: 秩序が一時的に逆転する状態を指す言葉として、社会や文化を論じる場面で使われる。

サートゥルヌスが司るもの

種まきと実り

農耕を教えた神とされ、種をまく時期に祈られた。

財産の守り

神殿が国庫を兼ねた。

解放

祭のあいだ、身分の上下が一時的に取り払われた。

サートゥルヌスが登場するゲーム・アニメ

作品では、ローマ側の穏やかな王より、ギリシャ側の呑み込む神のほうが描かれます。

ゴヤの絵画がその代表です。題名はローマ名ですが、内容はギリシャの物語です。

一方、サートゥルナーリアという語は、社会を論じる場面で今も使われます。

秩序が一時的にひっくり返る状態。

祭の名が、そのまま概念になりました。

サートゥルヌスが登場するゲーム・アニメ

女神転生シリーズ

時と農耕の神として登場します。

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土星を扱う作品

惑星の名を通して、この神の名が使われます。

サートゥルヌスが登場する美術

我が子を食らうサトゥルヌス

ゴヤの絵画。ギリシャのクロノスの物語を、ローマ名の題で描いたものです。

黄金時代を描いた絵画

ルネサンス以降、争いのない時代の主題として繰り返し描かれました。

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サートゥルヌスについてよくある質問

サートゥルヌスとクロノスは同じ神ですか。

同一視されますが、ローマには独自の伝えがあります。ユーピテルに追われてラティウムへ逃れ、人々に農耕を教えて黄金時代を治めたとされました。

なぜ神殿が国庫だったのですか。

神域を犯すことが重い罪だったため、神殿がもっとも安全な保管場所だったからです。ローマ国家の金と公文書、軍旗がここに納められていました。

サートゥルナーリアとはどんな祭ですか。

12月17日から始まる祭です。裁判も学校も休みになり、主人が奴隷に給仕し、蝋燭と人形を贈り合いました。一年に数日だけ身分の上下が取り払われました。

なぜ神像の足が縛られていたのですか。

はっきりしていません。神が逃げないように、黄金時代が戻るように、といった説明が伝わりますが、古代の著述家も理由を書いていません。

土曜日の名はこの神に由来しますか。

英語ではそうです。他の曜日が北欧の神の名に置き換えられたなかで、土曜日だけがローマの神の名をそのまま残しています。