舌を抜かれたニンフ。黙らされたまま、家の守り神を生んだ。
ラールンダとは何の神様か
ラールンダはひとことで言えば黙らされた女神です。ラレースの母とされます。
オウィディウスの『祭暦』が、その次第を伝えています。
ユーピテルがニンフ?のユートゥルナに近づこうとしたとき、この娘が黙っていられませんでした。
ユートゥルナに知らせ、さらにユーノーにも告げ口をした。
怒ったユーピテルは、娘の舌を引き抜き、メルクリウスに命じて冥界へ送らせます。
道中、メルクリウスがこの娘を犯し、生まれたのがラレースでした。
以後、この娘はタキタ(黙る女)、ムタ(口のきけない女)と呼ばれます。
2月21日のフェラーリアには、老婆が三本指で香を捧げ、魚の頭を糸で縫い閉じて焼く儀式が行われました。
敵の口を閉じる呪い。
黙らされた女神に、他人を黙らせることを願う祭です。
ラールンダのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ラルンダ」「ラールンダ」「ララ」が使われます。
ラレースの名と同じ語幹とされます。母と子の名が同じ形をしています。
タキタは「黙る」、ムタは「口がきけない」を意味します。
名前そのものが、罰の内容になっている。
オウィディウスは、この娘の本来の名をララとし、おしゃべりを意味するギリシャ語に結びつけて説明しています。 ただし、これは語呂合わせによる後づけとみられます。
Larunda(ラールンダ)
ラテン語。ラレースの名と同じ語幹とされる。
Lara(ララ)
短い形の名。
Tacita Muta(タキタ・ムタ)
「黙る女、口のきけない女」。舌を抜かれたあとの呼び名。
ラールンダの物語
告げ口の罰 ─ 舌を抜かれる
オウィディウスの『祭暦』2月の巻に、この物語があります。
ユーピテルが、ニンフのユートゥルナに近づこうとしました。
ユートゥルナは水に潜って逃げます。そこでユーピテルは、川のニンフたちを集めて頼みました。
あの娘が水に入ろうとしたら、引き止めてくれ。
ニンフたちは承知します。ところが、ララだけが黙っていられませんでした。
ユートゥルナのところへ行き、逃げるように告げた。
さらにユーノーのところへ行き、夫の企てを告げた。
ユーピテルは激怒します。
この娘の舌を引き抜け。
そして、メルクリウスに命じて冥界へ連れて行かせました。
道中、メルクリウスがこの娘を犯します。
生まれた双子が、ラレースでした。
家を守る神が、こうして生まれたことになっています。 ローマの神話には、こうした暗い由来を持つものがいくつもあります。
魚の口を縫う ─ 敵を黙らせる呪い
2月21日のフェラーリアは、死者を祀る日です。
その日、オウィディウスは奇妙な儀式を目撃したと書いています。
老婆が娘たちに囲まれて座り、
三本の指で三粒の香を取り、鼠の穴の下に置く。
そして、糸を巻き、鉛の板をこすり、魚の頭を七つ取り出しました。
頭の口を糸で縫い閉じ、脂を垂らして焼く。
葡萄酒を注ぎ、残りを自分と娘たちで飲む。
老婆は言いました。
敵の舌と、敵意ある口を、われらは縛った。
この女神の名でその呪いが行われました。
黙らされた女神に、他人を黙らせることを願う。筋は通っています。
ローマには、鉛の板に呪いを刻んで埋める習わしがありました。この儀式も、その系統に属します。
公の祭祀には現れない、暮らしの中の宗教。
記録が少ない神 ─ なぜ残らなかったのか
ラールンダについて、まとまった記録はほとんどありません。
オウィディウスの『祭暦』が、ほぼ唯一の資料です。
ウァロが名を挙げているほかは、断片的な言及があるだけです。
なぜ記録が少ないのか。
一つには、この女神の祭が公の祭祀ではなかったことがあります。
老婆が娘たちと行う、家の中の儀式。
国家の暦に載る祭ではありません。
もう一つ、フラーメン・クィリナーリスがこの女神の祭を司ったという記録があります。三大神官の一人です。
位の高い神官が出る祭でありながら、中身がほとんど伝わっていません。
ローマの古い祭祀には、この形のものが数多くあります。
神官の職だけが制度として残り、祭の中身が失われた。
クゥイリーヌス自身も、同じ状態にありました。
ラールンダの家系図と家族
ラールンダの性格と人物像
ラールンダは、罰として名を変えられた女神です。
ララ(おしゃべり)から、タキタ・ムタ(黙る女、口のきけない女)へ。
名前そのものが、罰の記録になっています。
ローマの神話には、こうした暗い話がいくつもあります。ただし、その多くはオウィディウスが書いたものです。
この詩人は、ギリシャの物語の作り方を使って、ローマの祭の由来を説明し直しました。
祭の名や作法から逆算して、話を組み立てる。
そのため、この物語がどこまで古いものかは分かりません。
一方、黙らされた者に、黙らせる力を願うという発想は古い層に属します。
声を奪われた者が、声を奪う神になる。 呪いの論理としては、よくできています。
ラールンダを祀った神殿と遺跡
ラールンダの聖域は、住所を確かめられませんでした。
ウェリアの丘に祠があったとする記録があります。
しかし、位置は特定されていません。
そもそも、この女神の祭は公の祭祀ではありませんでした。
老婆が娘たちと行う、家の中の儀式。
行われた場所も決まっていません。祀る場所より、祀る手順だけが伝えられた神です。
ラールンダが現代に残した痕跡
ラールンダの名は、ラレースの由来として残りました。
ラレースの母: ローマの家の守り神の由来として、この女神の名が語られる。
沈黙を意味する語: タキタ(黙る女)の語幹から、無言・暗黙を意味する語が生まれた。
呪いの鉛板: ローマ帝国各地から見つかる呪いの板は、この女神の祭と同じ系統の習わしに属する。
ラールンダが司るもの
悪口を封じる
敵の口を閉じる呪いに名が用いられた。
死者の鎮め
2月の死者を祀る期間に祭が置かれた。
家の守り
ラレースの母とされる。
ラールンダが登場するゲーム・アニメ
この女神が作品に出ることは、ほとんどありません。
記録がオウィディウスの一書?にほぼ限られるためです。
一方、声を奪われた者が、声を奪う力を持つという発想は、物語の型として広く見られます。
黙らされた者に、黙らせることを願う。
呪いの論理として、よくできています。
ラールンダが登場するゲーム・アニメ
沈黙を扱う作品
声を奪われた存在の設定に、この物語が用いられることがあります。
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ラールンダについてよくある質問
ラールンダとは何者ですか。
ニンフです。ユーピテルの企てを告げ口したために舌を引き抜かれ、冥界へ送られる道中でメルクリウスとの間にラレースを生んだとされます。
なぜタキタ・ムタと呼ばれるのですか。
「黙る女、口のきけない女」という意味です。舌を抜かれたあとの呼び名で、名前そのものが罰の記録になっています。
魚の口を縫う儀式とは何ですか。
2月21日のフェラーリアで行われた呪いです。老婆が魚の頭の口を糸で縫い閉じ、脂を垂らして焼き、敵の舌と口を縛ったと唱えました。
なぜ記録が少ないのですか。
公の祭祀ではなかったためです。国家の暦に載る祭ではなく、家の中で行われる儀式でした。オウィディウスの『祭暦』がほぼ唯一の資料です。
ラールンダと併せて覚えたい言葉・用語
ニンフ(Νύμφη)
山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。
一書(あるふみ)
日本書紀が本文とは別に併記する異伝。「一書に曰く」の形で複数載る。