盗人が声を出さずに祈ったと伝えられる女神。
ラウェルナとは何の神様か
ラウェルナはひとことで言えば盗人の女神です。
ローマには、盗みという行いにも神がいました。望むことがあれば、それがどんな望みでも、対応する神がいる。 ローマの祭祀は、そういう作りをしています。
アウェンティーノの丘にラウェルナ門と呼ばれる門があり、その近くに聖域があったと伝えられます。門の名は、この女神によるとされます。
詩人ホラティウスは『書簡詩』で、人前では正しく振る舞いながら、ひそかにこう祈る者を描きました。
「ラウェルナよ、私に人をだます力を与え、正しい者に見せてください。」
この祈りは、声に出さずに唱えるものとされました。 盗みが露見しないよう願う祈りだからです。
冥界の女神とする説があります。地の下にかかわる古い神が、のちに盗人と結びつけられたという見方です。
残された資料は、数行しかありません。
ラウェルナのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ラウェルナ」「ラベルナ」の表記が使われます。ラテン語のウの音をどう書くかの違いです。
名の由来ははっきりしません。「利得」を意味する語に結びつける説明と、「隠す」を意味する語に結びつける説明があります。
どちらも古代の著述家によるもので、確かめる手立てがありません。
盗人を指す語としてラウェルニオーという形が伝えられており、女神の名から生まれたと説明されます。神の名が、その神に願う者たちの呼び名になった形です。
アウェンティーノの丘のラウェルナ門も、この女神の名を負っています。門の名として残ったことが、この女神の存在を確かめる手がかりの一つになっています。
Laverna(ラウェルナ)
ラテン語の主格。ホラティウスの詩では呼びかけの形で用いられている。
Porta Lavernalis(ポルタ・ラウェルナーリス)
アウェンティーノの丘にあった門の名。この女神の名によるとされる。
Lavernio(ラウェルニオー)
盗人を指す語として伝えられる形。女神の名から派生したと説明される。
ラウェルナの物語
盗人の祈り ─ ホラティウスが写した一場面
この女神についてもっとも詳しい資料は、詩人ホラティウスの『書簡詩』の一節です。
そこに描かれるのは、人前では正しい人物として通っている男です。神殿で大きな声で祈りを捧げ、まわりの目を集めます。
ところが、唇だけを動かしてつぶやく祈りがある。
その祈りが、この女神へのものでした。
「ラウェルナよ、私に人をだます力を与え、正しい者に見せてください。悪事の上に夜と雲をかけてください。」
盗みそのものではなく、露見しないことを願っています。
声に出さない祈りが問題にされたのは、ホラティウスだけではありません。口に出せない願いを神に向けることは、ローマでたびたび批判されました。
この一節がなければ、ラウェルナがどんな神かは伝わらなかったでしょう。 詩人が皮肉のために書き留めた場面が、そのまま祭祀の記録になっています。
ラウェルナ門 ─ 名が残った場所
アウェンティーノの丘に、ラウェルナ門と呼ばれる門がありました。
古い市壁に開いた門の一つで、名はこの女神によるとされます。近くに聖域があったという伝えもあります。
門の名は、その近くにあるものから付けられることが多い。
そのため、この門の名は聖域が実際にあった証しとして扱われてきました。
ただし、門そのものの位置がわかっていません。アウェンティーノの丘の一帯とされますが、遺構が確かめられていないためです。
丘の性格も見ておく価値があります。アウェンティーノは長く市壁の外に置かれ、平民の丘と呼ばれました。都の中心から外れた場所です。
盗人の女神の聖域が、都の中心ではなく外れの丘にあったこと。それ自体が、この神の立ち位置を示しています。
なお、この門は市外へ出る道筋にあたり、人と荷の行き来が多い場所でした。
冥界の女神とする説 ─ 地の下との結びつき
ラウェルナを冥界の女神とする説があります。
根拠はいくつか挙げられます。第一に、犠牲を捧げるときの作法です。地の下の神には、手を下に向けて捧げるという決まりがローマにありました。この女神への作法がそれにあたるという説明です。
盗人が地の下の神に祈るのは、隠すためではないか。
第二に、盗みという行いそのものが闇と結びつく点です。夜に行われ、隠され、明るみに出ることを避けます。地の下の神との相性がよいという読み方です。
第三に、聖域が市外の丘にあったことです。冥界にかかわる神は、市壁の内側に祀られないのが原則でした。
ただし、どれも決め手にはなりません。 古代の資料に、この女神を冥界の神と明記したものはありません。
この女神については、確かめられることより推し量られることのほうが多いのが実情です。
そのことを承知したうえで読むのが、この神との正しい付き合い方になります。
なぜ記録が少ないのか ─ 書けない神
ラウェルナについて残る資料は、数行しかありません。理由は三つ考えられます。
第一に、祈りが声に出されなかったからです。ローマの祭祀の記録は、唱えられた言葉と手順の記録です。声に出さない祈りは、書き留めようがありません。
記録に残らないことが、この祭祀の条件でした。
第二に、公の祭祀ではなかったからです。国家が費用を出し、神官が担う祭りには、暦にも碑文にも記録が残ります。個人がひそかに祈る神には、その道筋がありません。
第三に、書き手が扱いたがらなかったからです。盗みを助ける神を真面目に論じることは、ローマの著述家にとって気の進まない仕事でした。ホラティウスも皮肉として書いています。
それでも、この女神は忘れられませんでした。 門の名として残り、盗人を指す語として残り、詩の一節として残りました。
記録の少なさそのものが、この神の性格を語っています。
ラウェルナの家系図と家族
ラウェルナの性格と人物像
ラウェルナには、姿の描写がありません。 像も、神殿の記述も伝わっていません。
わかっているのは、どんな願いを向けられたかということだけです。うまく盗むこと、そして見つからないこと。
神に隠しごとを頼む、という祈りです。
ここに、ローマの祭祀の考え方がよく出ています。神は善悪を裁く存在ではなく、願いに応じて働く相手でした。盗人には盗人の神がいます。
研究のうえでは、この女神は公の祭祀に載らない信仰を知る手がかりとして扱われます。暦にも碑文にも出てこない神が、実際には祈られていた。そのことを示す数少ない例です。
国家の祭祀だけを見ていては、ローマ人の信仰の全体は見えません。 門の名と詩の一節に残ったこの女神は、その外側があったことを教えてくれます。
書かれなかったものの存在を示す、貴重な一柱です。
ラウェルナを祀った神殿と遺跡
ラウェルナを祀った聖域の位置は、特定されていません。
アウェンティーノの丘のラウェルナ門の近くにあったと伝えられますが、その門の位置も確かめられていません。
門の名が残っただけで、建物の記録はありません。
祭壇があったとする記述もありますが、場所を細かく記した文は伝わっていません。発掘でそれと確かめられた遺構もありません。
そのため、この節に挙げられる場所はありません。推し量って座標を書くことはしません。
この女神への祈りは、そもそも声に出さずに唱えるものとされました。公の場に建物を構える性格の祭祀ではなかった見込みがあります。記録が乏しいこと自体が、この神の性格に合っています。
ラウェルナが現代に残した痕跡
ラウェルナの名は、門の名と詩の一節に残りました。
ラウェルナ門: アウェンティーノの丘にあった門の名。この女神の名を負い、近くに聖域があったと伝えられる。
ホラティウスの書簡詩: 盗人がひそかに唱える祈りを写した一節。この女神を知るいちばん詳しい資料になっている。
盗人を指す語: ラウェルニオーという語が盗人を指す言葉として伝えられ、女神の名から生まれたと説明される。
声に出さない祈り: 口を動かすだけの祈りが古代に批判された例として、この女神への祈りが引かれてきた。
ラウェルナが司るもの
露見しないこと
悪事が明るみに出ないよう願う相手とされ、声に出さない祈りが向けられた。
利得
名を「利得」を意味する語に結びつける説があり、儲けを求める祈りに結ばれた。
闇の守り
冥界の女神とする説があり、夜と地の下にかかわる守りとされた。
ラウェルナが登場するゲーム・アニメ
ラウェルナを主題にした作品は、ほとんどありません。 姿が伝わっていないため、描きようがないという事情もあります。
名が使われるのは、盗人の守り神という設定のなかです。
近年の遊戯や小説で、盗みにかかわる存在として名が引かれることがあります。その多くは、ホラティウスの一節をもとにしたものです。
もとの資料が数行しかない神であるため、作品での扱いは作り手の想像に頼るところが大きくなります。
ラウェルナが登場するゲーム
神話を題材にしたカードゲーム
盗みや隠密にかかわる役として名が使われることがあります。
古代を舞台にした探索ゲーム
盗人の守り神として設定に取り入れられる例があります。
ラウェルナが登場する古代の文学
ホラティウスの書簡詩
ひそかな祈りを写した場面が、この女神の姿を伝えています。
古代の注釈書
詩の一節に付された注として、名の由来の説明が残されています。
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ラウェルナについてよくある質問
ラウェルナはどんな女神ですか。
盗人の女神です。アウェンティーノの丘のラウェルナ門の近くに聖域があったと伝えられます。盗みがうまくいくことと、それが露見しないことを願う相手とされました。
なぜ声に出さずに祈ったのですか。
願いの中身が人に知られてはならないものだったためです。ホラティウスは、人前で大きな声で祈る男が、唇だけを動かしてこの女神に祈る場面を書きました。口に出せない祈りは古代に批判されています。
冥界の女神なのですか。
そう見る説があります。犠牲の捧げ方や聖域が市外にあった点が根拠に挙げられますが、決め手はありません。古代の資料にこの女神を冥界の神と明記したものはありません。
なぜ資料が少ないのですか。
祈りが声に出されず、公の祭祀でもなかったためです。国家の暦や碑文に記録が残る道筋がありませんでした。書き手の側も、盗みを助ける神を真面目に論じたがりませんでした。