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ローマ神話

ウェーヨウィスとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Veiovis  / ウェーヨウィス

冥界 エトルリア由来の神

カピトリーノの丘に祀られた神。害をなす側のユーピテルとされた。

ウェーヨウィスとは何の神様か

ウェーヨウィスはひとことで言えばユーピテルの裏側にあたる神です。

カピトリーノの丘の、二つの木立のあいだにあった神殿の神で、前192年に奉献されました。

姿は若い男で、矢を持ち、山羊を伴います。ユーピテルが年長の姿で描かれるのに対し、こちらは若い姿です。

名は「小さなユーピテル」あるいは「ユーピテルならざる者」と解されます。

そこから、害をなす側のユーピテルとして説明されてきました。恵みを与える神の反対の面です。

祭日は1月1日・3月7日・5月21日の三日。犠牲には山羊が用いられ、これを「人に代わるもの」として捧げたと伝えられます。

オウィディウスは、この木立をロームルスが逃亡者を受け入れた場所だと説明しています。

もとはエトルリア系の神とみる説が有力です。

そしてこの神殿は、いまも実際に残っています。

ウェーヨウィスのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「ウェーヨウィス」「ウェイオウィス」「ウェディオウィス」の表記が使われます。ラテン語の綴りに二つの形があるためです。

名の作りは、否定または小ささを表す語頭と、ユーピテルの古い形の組み合わせとみられています。

そこから二通りの読み方が出ています。

一つは「小さなユーピテル」、もう一つは「ユーピテルならざる者」です。どちらが正しいかは決着していません。

前者なら若い姿と結びつき、後者なら害をなす側という説明と結びつきます。古代の書き手も、両方の説明を並べていました。

なお、この神をギリシャの神と結びつける説明は行われません。ローマとエトルリアの側だけで語られる神です。

Veiovis(ウェーヨウィス)

ラテン語の主格。ウェディオウィスとも綴られ、碑文では複数の形が見られる。

Vediovis(ウェディオウィス)

別の綴り。ユーピテルの古い形と、否定または縮小を表す語頭を組み合わせた形とみられている。

Vedius(ウェディウス)

短くした形。同じ神を指すとされ、地方の碑文にこの形が見える。

ウェーヨウィスの物語

  1. 二つの木立のあいだ ─ 前192年の神殿
  2. 害をなす側のユーピテル ─ 名と姿
  3. 山羊を人の代わりに ─ 祭日と犠牲
  4. いま残る神殿 ─ タブラリウムの下層

二つの木立のあいだ ─ 前192年の神殿

カピトリーノの丘には、二つの高まりがありました。そのあいだの窪みに木立があり、二つの木立のあいだと呼ばれます。

ここに、前192年、ウェーヨウィスの神殿が奉献されました。

戦の前に立てられた誓いが、数年後に神殿として果たされる。

ローマではよくある形です。将軍が戦の前に神殿の建立を誓い、勝ったあとで実際に建てます。

この場所には、もう一つの伝えがあります。ロームルスが逃亡者を受け入れた木立だという話です。

オウィディウスは『祭暦』でこの説明を書きました。罪を犯した者も、逃げた奴隷も、ここに集まって新しい町の民になったとされます。

逃げ場としての木立と、害をなす神の神殿が、同じ場所に重なっています。

追われた者が身を寄せる場所は、恐ろしい神の場所でもありました。 両方の性格が、この一角に集まっています。

害をなす側のユーピテル ─ 名と姿

ウェーヨウィスは、若い男の姿で表されました。

手にはを持ち、傍らに山羊を伴います。ユーピテルが年長で、雷を持ち、鷲を伴うのと対になる形です。

若い姿、矢、山羊。三つとも、ユーピテルとは違います。

矢は病をもたらす道具とみられました。そこから、この神は害をなす側のユーピテルとして説明されるようになります。

古代の書き手は、名の作りからこの説明を導きました。否定を表す語頭が付いているなら、恵みを与える神の反対だという読みです。

ただし、これが元からの性格だったかはわかりません。 名の説明が先にあって、性格が後から付けられた可能性もあります。

一方で、若い姿は「まだ大きくなる前のユーピテル」とも読めます。小さなユーピテルという読み方です。

こちらなら、害をなす神ではなく、育ちかけの神ということになります。

山羊を人の代わりに ─ 祭日と犠牲

この神の祭日は三日あります。1月1日・3月7日・5月21日です。

年のはじめの日が含まれている点は見逃せません。暦のうえで重い位置を占めていたことがわかります。

犠牲には山羊が用いられました。ここに、この神の祭祀のいちばん独特な点があります。

山羊は、人に代わるものとして捧げられた。

ゲッリウスがそう書き残しています。人身の犠牲の代わりに、山羊を差し出す形という説明です。

ローマでは、人を犠牲にする祭祀は早い時期に姿を消しました。しかし、その記憶を伝える手続きはいくつか残っています。

山羊を人の代わりとする作法も、その一つとみられています。

矢を持つ神、害をなす側の神、そして人の代わりの犠牲。この三つが揃うと、恐ろしい神という像が立ち上がります。

ただし古代の書き手は、この神を怖がって書いてはいません。手続きとして淡々と記録しています。

いま残る神殿 ─ タブラリウムの下層

ウェーヨウィスの神殿について、いちばん驚かされるのはいまも残っていることです。

カピトリーノの丘の下、タブラリウムと呼ばれる建物の下層に、神殿の内陣がそのまま保たれています。

20世紀の調査で、この一角から神殿の跡が現れました。

見つかったのは、横に広い内陣です。ふつうの神殿は奥行きのほうが長くなりますが、この神殿は横長でした。場所が狭かったためとみられます。

同じ場所から、大きな若い男の像も出ています。この神の像とみられていますが、頭部の様子から別の神とする説もあり、確定していません。

タブラリウムは共和政期の公文書館で、その下に古い神殿が取り込まれる形になりました。新しい建物が古い神殿を包み込んで残したわけです。

いまはカピトリーニ美術館の見学路の一部になっており、実際に見ることができます。

ウェーヨウィスの家系図と家族

ウェーヨウィスの性格と人物像

ウェーヨウィスには、物語がほとんどありません。

伝わっているのは、姿と、祭日と、犠牲の作法、そして名の説明です。

何をした神かという逸話は残っていません。

それでもこの神が印象に残るのは、ユーピテルとの対比がはっきりしているためです。年長と若年、雷と矢、鷲と山羊、恵みと害。

一柱の神の反対側を、別の名で立てる。 ローマの祭祀にはこうした組み立てがしばしば見られます。

研究上の位置づけとしては、エトルリア由来の神とみる説が有力です。名の作りや、若い姿での表し方が、エトルリアの神々と近いためです。

ただし、エトルリア側にこの名がそのまま見つかっているわけではありません。 推定にとどまります。

わかっていることが少ないぶん、残っている神殿の実物が大きな手がかりになっています。

ウェーヨウィスを祀った神殿と遺跡

ウェーヨウィスの神殿は、ローマの神殿のなかでも保存の良い例にあたります。

前192年に奉献され、のちに公文書館タブラリウムの下層へ取り込まれました。新しい建物が、古い神殿を包み込んで残した形です。

内陣がそのまま保たれており、いまも見ることができます。

もう一か所、テヴェレ島にも同じ神の神殿があったと伝えられます。ただしこちらは位置が特定されていないため、欄には入れていません。

なお、丘そのものを二件目に挙げたのは、木立とその神殿が同じ一角にあったためです。別の神を祀った場所を並べているわけではありません。

ウェーヨウィス神殿(Aedes Veiovis)

ウェーヨウィスを祀った神殿

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ウェーヨウィス神殿の住所: イタリア ローマ カピトリーノの丘 タブラリウムの下層(北緯41.8928 東経12.4836)

ウェーヨウィス神殿の祀られた神: ウェーヨウィス

ウェーヨウィス神殿に残るもの: 内陣と基壇(カピトリーニ美術館の見学路から見ることができる)

ウェーヨウィス神殿のご利益: 災いを避ける

前192年に奉献された神殿です。二つの木立のあいだと呼ばれた場所に建てられました。

いちばんの特徴は、いまも建物が残っていることです。共和政期の公文書館タブラリウムの下層に取り込まれる形で保たれ、内陣がそのまま見られます。

内陣は奥行きより横幅が長い、めずらしい形をしています。建てられる場所が狭かったためとみられます。

同じ場所から大きな若い男の像も出ていますが、この神の像かどうかは確定していません。

カピトリーニ美術館の館内から、タブラリウムの下層へ降りる見学路がある。

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二つの木立のあいだ(Inter duos lucos)

神殿が建てられた木立

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二つの木立のあいだの住所: イタリア ローマ カピトリーノの丘(北緯41.8926 東経12.4822)

二つの木立のあいだの祀られた神: ウェーヨウィス

二つの木立のあいだに残るもの: 丘そのもの。木立は残っていない

二つの木立のあいだのご利益: 逃れる者の守り

カピトリーノの丘の二つの高まりのあいだにあった窪地です。ここに木立があり、ウェーヨウィスの神殿はその中に建てられました。

オウィディウスは、この木立をロームルスが逃亡者を受け入れた場所だと説明しています。罪を犯した者も逃げた奴隷も、ここに集まって新しい町の民になったとされます。

逃げ場としての木立と、害をなす神の神殿が、同じ一角に重なっていました。

いま木立は残っておらず、丘の上は広場と美術館になっています。

カンピドリオ広場から神殿の跡まで、丘の上を歩いてたどることができる。

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ウェーヨウィスが現代に残した痕跡

ウェーヨウィスの名は、残った神殿そのものとして伝わっています。

タブラリウム下層の神殿: 内陣がそのまま残り、カピトリーニ美術館の見学路から実際に見ることができる。

横長の内陣: 奥行きより横幅が長いという珍しい形が、狭い場所に建てた工夫の例として引かれる。

若い男の大理石像: 神殿跡から出た大きな像。この神を表すとみられているが、確定していない。

アシュルムの伝え: ロームルスが逃亡者を受け入れた木立という説明が、後世まで語り継がれた。

ウェーヨウィスが司るもの

災いを避ける

害をなす側の神として、災いを向けないよう祈る対象とされた。

逃れる者の守り

ロームルスが逃亡者を受け入れた木立の神とされ、身を寄せる場と結びついた。

身代わり

山羊を人に代わるものとして捧げる作法が伝えられ、災いの肩代わりと結びついた。

ウェーヨウィスが登場するゲーム・アニメ

作品でのウェーヨウィスは、名前が出ること自体がまれです。

物語が伝わっていないため、描く場面がありません。

一方で、神殿そのものは見学の対象として知られています。

カピトリーニ美術館を訪れた人が、地下でこの神殿に出会うという形が多くなっています。作品より、実物のほうが有名な神といえます。

ウェーヨウィスが登場するゲーム

神話を扱う対戦型ゲーム

ユーピテルの裏側にあたる神として、名前が登場することがあります。

ローマを扱う歴史戦略ゲーム

カピトリーノの丘の建物として、神殿が現れることがあります。

ウェーヨウィスが登場する絵画・彫刻

神殿跡出土の若い男の像

カピトリーニ美術館に収められている大理石像。この神を表すとみられています。

山羊を伴う神の図

矢と山羊という組み合わせが、古代の小像や貨幣に見られます。

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ウェーヨウィスについてよくある質問

ウェーヨウィスはどんな神ですか。

カピトリーノの丘に祀られた神で、若い男の姿で矢を持ち、山羊を伴います。名は小さなユーピテル、あるいはユーピテルならざる者と解され、害をなす側のユーピテルとして説明されてきました。

神殿はいまも見られますか。

見られます。カピトリーノの丘の下、タブラリウムの下層に内陣がそのまま残っており、カピトリーニ美術館の見学路から見ることができます。前192年に奉献された神殿です。

なぜ山羊を捧げたのですか。

山羊を人に代わるものとして捧げたと伝えられます。人身の犠牲の代わりという説明で、ローマに残った古い作法の記憶とみられています。

ユーピテルとはどういう関係ですか。

名の作りから、ユーピテルの否定形または縮小形とみられています。年長と若年、雷と矢、鷲と山羊というように、姿の面でも対になる形で表されました。

エトルリアの神なのですか。

エトルリア系とみる説が有力ですが、エトルリア側にこの名がそのまま見つかっているわけではありません。名の作りや若い姿での表し方からの推定にとどまります。