食料庫の神。アイネイアースがトロイアから運んだとされる。
ペナーテースとは何の神様か
ペナーテースはひとことで言えば食料庫の神です。つねに複数形で呼ばれます。
名は、家の奥にある貯蔵室を意味する語からできています。
食べるものがある場所に、神がいる。
ラレースが土地を守るのに対し、ペナーテースは家族そのものに付いていきます。家が移れば、この神も移ります。
そのため、国家にもペナーテースがいるとされました。
ウェルギリウスの『アエネーイス』では、燃えるトロイアからアイネイアースがこの神々を運び出します。
父を背負い、子の手を引き、神々を抱えて。
運ばれた先はラウィニウムです。ローマの執政官は、就任のときと任期の終わりに、この町へ出向いて犠牲を捧げました。
神々をどこに置いたかが、都市の正統性の根拠になっています。
ペナーテースのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ペナテス」「ペナーテース」が使われます。
貯蔵室を意味する語からできた名です。同じ語は、ウェスタ神殿の奥の部屋の名にもなっています。
家の奥。食べるものを置く場所。
ラレースと並べて「ラレースとペナーテース」と呼ばれることが多く、二つの区別は古代でも曖昧でした。
おおまかには、ラレースが場所に付き、ペナーテースが人に付きます。
Penates(ペナーテース)
ラテン語の複数形。単数形はほとんど使われない。
Penus(ペヌス)
家の奥の貯蔵室。この語からペナーテースの名ができた。
Penates Publici(ペナーテース・プブリキー)
国家のペナーテース。
ペナーテースの物語
家に付いていく神 ─ ラレースとの違い
ラレースとペナーテースは、しばしば一緒に呼ばれます。
しかし、性格が違います。
ラレースは土地に付く。家を出れば、そこに残る。
ペナーテースは家族に付く。家族が移れば、一緒に移る。
引っ越すとき、ローマ人はペナーテースを持っていきました。
そのため、この神には決まった像がありません。 家ごとに違うものが祀られました。小さな像であったり、壺であったり、記録されていない何かであったりします。
祀られる場所は、家の奥の貯蔵室です。
食事のときには、火に少しの食べ物を投げ入れます。それが落ちて燃えれば、吉兆とされました。
国家にもペナーテースがいるとされ、その祀り場はウェスタ神殿の奥の部屋でした。
誰も見ることのできない部屋。
中に何があるかは、ウェスタの巫女と大神官しか知りませんでした。
トロイアから運ばれた神々 ─ 正統性の根拠
ウェルギリウスの『アエネーイス』の中心に、この神々があります。
トロイアが落ちる夜、アイネイアースは夢を見ます。
死んだヘクトルが現れ、神々を託した。
「トロイアはおまえに聖なるものを託す。これを連れて、海を渡れ」。
アイネイアースは、父を背負い、子の手を引き、神々を抱えて逃れます。
この場面は、ローマの美術で繰り返し描かれました。
過去(父)、未来(子)、そして神々。三つを同時に運ぶ姿。
運ばれた先はラウィニウムです。
ローマの執政官と法務官は、就任のときと任期の終わりに、この町へ出向いて犠牲を捧げる決まりでした。ローマから南へおよそ30キロメートルの町です。
なぜローマではなくラウィニウムなのか。
神々が最初に置かれた場所だからです。ローマは後からできた町であり、正統性はそちらから引いてくる必要がありました。
動かない神々 ─ アルバ・ロンガの話
ペナーテースについて、変わった伝えが残っています。
アイネイアースの子アスカニオスは、ラウィニウムからアルバ・ロンガへ都を移しました。
そのとき、神々も運びます。
しかし、翌朝には元の場所に戻っていた。
二度運び、二度戻ったと伝えられます。
神々が動くことを拒みました。
そのため、ラウィニウムには神殿が残され、アルバ・ロンガに移ったあとも祭祀だけは続けられました。
同じ形の話は、テルミヌスとユウェンタースにもあります。カピトリウムの神殿を建てるとき、この二柱だけが場所を譲りませんでした。
動かない神。
ローマ人は、この形の話を好みました。
動かないことが、正統性の証拠になります。 神が選んだ場所であれば、そこは動かせません。
ラウィニウムでは、十三の祭壇が並ぶ聖域と、アイネイアースのものとされる塚が見つかっています。
ペナーテースの家系図と家族
ペナーテースのきょうだい: ラレース家をともに守る
ペナーテースの性格と人物像
ペナーテースには、姿も名前もありません。
複数形で呼ばれるだけで、何柱いるかも決まっていません。
家ごとに、祀られるものが違いました。
それでも、ローマ人にとってはもっとも重い神々の一つです。
食べるものがある場所。家族が集まる場所。
そこにいる神だからです。
国家のペナーテースは、トロイアから運ばれたとされました。ローマがトロイアの生き残りの子孫であるという物語の、いちばんの根拠になっています。
姿を持たないものが、国家の正統性を支えていました。
ウェスタ神殿の奥の部屋にあったとされるパラディウムも、この神々と一緒に語られます。これがある限りローマは滅びないと信じられていました。
ペナーテースを祀った神殿と遺跡
国家のペナーテースが祀られたのは、ウェスタ神殿の奥の部屋でした。
誰も見ることのできない部屋。
そこに何があったかは、記録に残っていません。
ウェリアの丘にも神殿があったと記録されますが、位置は特定されていません。
家のペナーテースは、それぞれの家の貯蔵室に祀られました。神殿ではありません。
ここに挙げたのは、住所を確かめられたラウィニウムの聖域です。
ラウィニウムのアイネイアースの塚(Heroon Aeneae)
神々が運ばれた町の聖域
ラウィニウムのアイネイアースの塚の住所: イタリア ラツィオ州 プラティカ・ディ・マーレ(北緯41.6565 東経12.4792)
ラウィニウムのアイネイアースの塚に残るもの: 塚と、その下の墓
ラウィニウムのアイネイアースの塚のご利益: 国家の存続
ラウィニウムにある塚です。アイネイアースの墓、あるいはその霊を祀った場所とされてきました。
前7世紀の墓の上に、前4世紀に塚が築かれています。後の時代に、建国者の墓として作り直されたとみられます。
近くには十三の祭壇が並ぶ聖域があります。ラテン諸都市が共同で祀った場所とされます。
ローマの執政官は、就任と任期の終わりにこの町へ出向いて犠牲を捧げました。
ローマから南へおよそ30キロメートル。海に近い。
ペナーテースが現代に残した痕跡
ペナーテースの名は、家庭を指す言い回しに残りました。
家庭を指す言い回し: ヨーロッパの文学で、自分の家を指すときに「ラレースとペナーテース」という言い方が使われる。
アイネイアースの逃走の図像: 父を背負い子の手を引き神々を抱える姿。ローマの貨幣と彫刻に繰り返し用いられた。
ラウィニウムの十三の祭壇: 1950年代に発見された聖域。ラテン諸都市が共同で祀った場所とされる。
ペナーテースが司るもの
食べるものの守り
家の貯蔵室に祀られ、食事のたびに供え物を受けた。
家族の守り
土地ではなく家族に付き、引っ越しにも同行した。
国家の存続
国家のペナーテースは、トロイアから運ばれたとされた。
ペナーテースが登場するゲーム・アニメ
この神々そのものが描かれることはありません。 姿がないためです。
代わりに、それを運ぶアイネイアースの姿が繰り返し描かれました。
父を背負い、子の手を引き、神々を抱える。
ローマの貨幣にもこの図が刻まれています。正統性を主張する記号として使われました。
ペナーテースが登場する美術
トロイアを逃れるアイネイアース
ベルニーニの彫刻をはじめ、父と子と神々を運ぶ姿が繰り返し造形されました。
ペナーテースが登場するゲーム・アニメ
古代ローマを描いた作品
家の祠が、暮らしの場面に登場します。
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ペナーテースについてよくある質問
ペナーテースとラレースは何が違いますか。
ラレースは土地に付き、家を出れば残ります。ペナーテースは家族に付き、引っ越せば一緒に移ります。ただし、古代でも区別は曖昧でした。
どんな姿をしていますか。
決まった姿がありません。家ごとに祀られるものが違い、小さな像であったり壺であったりしました。国家のペナーテースが何であったかも記録に残っていません。
なぜラウィニウムで祀られたのですか。
アイネイアースが神々を最初に置いた町だからです。ローマは後からできた町であり、正統性をそちらから引いてくる必要がありました。
神々が動くことを拒んだ話とは何ですか。
アスカニオスがアルバ・ロンガへ都を移したとき神々も運びましたが、翌朝には元の場所に戻っていたとされます。二度運び、二度戻ったと伝えられます。