アエネーアースの腹心。忠実な友の代名詞としてヨーロッパの言葉に残った。
アカーテースとは何の神様か
アカー?テースはひとことで言えば主人のそばを離れなかった男です。
『アエネーイス』では「忠実なアカーテース」という句で繰り返し呼ばれます。この言い回しがそのまま、ヨーロッパの言葉で忠実な友を指す慣用句になりました。
忠実なアカーテースが、ただ一人ついて行った。
第1巻で嵐に遭い、アフリカの岸に上がって火をおこすのもこの男です。丘に登って様子を探り、鹿を射て仲間に配り、カルタゴでは使いを務めます。
ところが、せりふはごくわずかです。 生まれも、年齢も、性格も、詩はほとんど書きません。
空白のまま置かれた人物です。 だからこそ後世は、そこに「何も求めず付き従う者」という型を読み込みました。
人物というより、関係の名前になったと言えます。
アカーテースのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「アカーテース」「アカテス」「アカーテス」が使われます。訳書によって長音の付け方が異なりますが、指す人物は同じです。
名は、シチリアの川アカテスに由来するという説があります。
同じ語は瑪瑙を指す語としても使われ、この川の岸で採れたためと説明されます。ただし人物の名がそこから来たのかは確かめられていません。
ヨーロッパの言葉では、「フィドゥス・アカーテース」がひとまとまりの言い回しとして残りました。忠実な連れ、離れない友、という意味で使われます。
人名が普通名詞のように働いた例です。日本語でこれに当たる訳語は定着していません。
Achates(アカーテース)
ラテン語の主格。シチリアの川の名アカテスと同じ語形で、そこから採られたとする説がある。
fidus Achates(フィドゥス・アカーテース)
忠実なアカーテースの意。詩のなかで繰り返される句で、そのまま慣用句として定着した。
Achate(アカーテー)
イタリア語・フランス語などでの形。文学作品で従者を指す語として使われた。
アカーテースの物語
第1巻 ─ 難破した岸で火をおこす
アカーテースが最初に出てくるのは、嵐で船団が散らされた直後です。
アフリカの岸にたどり着いた一行は、濡れて疲れきっていました。
アカーテースが火打ち石から火花を出し、枯葉に受けた。
この一行が、この人物の紹介です。 誰であるかの説明はなく、いきなり手を動かしています。
続いてアエネーアースは丘に登り、船を探します。見つからないまま、代わりに鹿の群れを見つけて七頭を射ました。アカーテースが弓と矢を運んでいたため射ることができました。
その後、二人は霧に包まれてカルタゴの町に入ります。ユーノー神殿の壁に、トロイア戦争?の場面が彫られているのを見つけるのもこのときです。
主人が驚き、嘆き、決心する。そのかたわらに、この男は必ずいます。
せりふの少なさ ─ 二度だけ口を開く
この人物の特徴は、ほとんどしゃべらないことです。
『アエネーイス』全12巻を通して、アカーテースがまとまった言葉を発する場面は数えるほどしかありません。
名は繰り返し呼ばれるのに、その口から出る言葉はごく少ない。
第1巻では、女王ディードーの前で身分が明かされる場面に短く応じます。第8巻や第10巻では、名だけが行動とともに挙げられます。
心の動きも書かれません。 恐れたか、迷ったか、主人の判断をどう思ったか。詩はそこに触れません。
これは書き落としではなく、役目の書き方とみられています。
しゃべらないことが、この人物の内容です。 主人の言葉に注釈を付けない者として置かれているためです。
古代の注釈家も、この寡黙さを指摘しました。ウェルギリウスは登場人物に語らせて性格を作りますが、この一人だけはその方法から外されています。
なぜ記録が少ないのか ─ 型としての従者
アカーテースについてわかっていることは、ごくわずかです。
家族も、故郷の町も、最期も伝えられていません。 『アエネーイス』以外の古い作品にも、独立した話は残っていません。
理由は、この人物がもともと物語の必要から置かれた役だからだと考えられています。
叙事詩の主人公には、傍らに立つ者が要ります。ホメロスの詩でも、主要な英雄には従者や副将が付きます。
一人で歩く主人公は、心のうちを見せる相手を持たない。
ウェルギリウスは、その位置に無名に近い男を置きました。目立たせないことが目的だったわけです。
もう一つ、名の由来がシチリアの川であることも手がかりになります。地名から人名を作るのは、ウェルギリウスがよく使った手です。土地の名を人にして、主人公の旅程に沿わせています。
資料が少ないのは、記録が失われたからではありません。はじめから、多く書かれない人物として作られました。
後世の受け取られ方 ─ 慣用句になった名
この寡黙さが、後世には理想の友情として読まれました。
中世からルネサンスにかけて、「フィドゥス・アカーテース」は書物のなかで繰り返し引かれます。何も求めず、裏切らず、離れない者。
主人と従者の組を語るとき、この名が引き合いに出された。
近世の小説では、主人公の連れを紹介するのに「彼のアカーテース」と書く例が見られます。固有名詞が役割名として働いています。
英語やイタリア語の辞書には、この語が「忠実な友」の意味で載っています。
ただし、こうした読み方は詩そのものより後の理解です。ウェルギリウスの本文は、この男の忠誠を称える言葉をほとんど費やしていません。
繰り返し添えられた一語の形容が、千年をかけて意味を膨らませました。 書かれていない部分が、読む側によって埋められた例です。
アカーテースの家系図と家族
アカーテースの性格と人物像
アカーテースの性格は、ほとんど書かれていません。
わかるのは行動だけです。火をおこす、弓を運ぶ、使いに立つ、主人のかたわらに立つ。
求めた場面も、断った場面も、詩には出てきません。
このため、研究では「性格を持たない人物」として扱われます。説明を必要としない者、と言い換えることもできます。
一方で、この空白は読み手を引き寄せました。何も語らない従者は、読む側がいくらでも中身を入れられる器になります。忠実さの手本として使われたのは、書かれていなかったからです。
第12巻では、傷ついたアエネーアースを支えて立つ場面に名が見えます。医師イアーピュクスが治療にあたるあいだ、この男は槍にもたれて主人を支えていました。
最後まで、位置だけが変わりません。 そこにいることが、この人物の全部です。
アカーテースゆかりの地と遺跡
アカーテースを祀った神殿や祭壇は、記録に残っていません。
叙事詩の登場人物であり、祭祀の対象になった形跡がないためです。碑文にも、暦にも、この名は出てきません。
名は言葉のなかに残り、場所には残りませんでした。
ここに挙げたラーウィーニウムの英雄廟も、この人物のものではありません。トロイアから渡ったとされる人々の記憶が形をとった場所として挙げています。
そのため、この節は「ゆかりの地」としています。祀られた場所ではないことを、はっきりさせておきます。
ラーウィーニウムの英雄廟(Heroon Aeneae)
トロイアから渡った人々の記憶を伝える墳墓と祭壇
ラーウィーニウムの英雄廟の住所: イタリア ラツィオ州 ラーウィーニウム(北緯41.6565 東経12.4792)
ラーウィーニウムの英雄廟の祀られた神: (被葬者は特定されていない)
ラーウィーニウムの英雄廟に残るもの: 前7世紀の墳墓を前4世紀に祭壇へ作り替えた遺構
ラーウィーニウムの英雄廟のご利益: (祀る施設は無い)
アエネーアースの一行が上陸したとされるラーウィーニウムに残る遺構です。
もとは前7世紀の墳墓で、のちに前4世紀に祭壇として作り替えられました。古い墓を、後の世代が祀り直した跡です。
アカーテースを祀ったものではありません。 ここに挙げたのは、この人物が属した集団の記憶が形になった数少ない場所だからです。
近くには十三基の祭壇が並ぶ聖域もあり、ラテン人の共同の祭祀の跡とみられています。
ローマ南方のプラーティカ・ディ・マーレ。遺構は柵の外から見る形になる。
アカーテースが現代に残した痕跡
アカーテースの名は、言葉のなかに残りました。
フィドゥス・アカーテース: 忠実な友を指す慣用句。ヨーロッパの各言語の辞書に、この意味で項目が立てられている。
文学の従者像: 近世以降の小説で、主人公の連れを紹介するときにこの名が比喩として使われた。
瑪瑙を指す語: シチリアの川アカテスに由来する語が宝石の名として残る。人名との関係は確かめられていない。
アエネーイスの挿絵: 嵐のあとの岸辺や鹿を射る場面で、主人公の傍らに立つ人物として描かれてきた。
アカーテースが司るもの
変わらぬ友情
忠実な友の代名詞として、離れずに付き従う者の手本とされた。
旅の道連れ
難破と放浪のあいだ、主人のそばを離れなかった人物として語られる。
手を動かすこと
火をおこし弓を運ぶ場面で紹介され、言葉より働きで示す型となった。
アカーテースが登場するゲーム・アニメ
作品でのアカーテースは、単独で主役になりません。
主人公の隣にいることが役目のため、画面の端や背後に置かれます。描かれ方そのものが、詩での位置をなぞっています。
名前を覚えられないまま、姿だけを見ている人物です。
日本ではこの名を単独で扱った作品はほとんどありません。『アエネーイス』の訳書を通じて知られている状態です。
アカーテースが登場するゲーム
古代ローマを舞台にした戦略ゲーム
副将や部隊長として、主人公の隣に配されることがあります。
叙事詩を題材にした物語ゲーム
主人公に付き従う仲間として、序盤から同行する役回りです。
アカーテースが登場する絵画・彫刻
アエネーイスの挿絵版画
難破の場面や狩りの場面で、主人公の背後に立つ姿が描かれます。
カルタゴ上陸を描いた絵画
霧に包まれて町へ入る二人組の一方として表されています。
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アカーテースについてよくある質問
アカーテースはどんな人物ですか。
アエネーアースにいちばん近く付き従った腹心です。ただし詩のなかでせりふはごくわずかで、生まれも性格もほとんど書かれていません。行動だけが記されています。
なぜ忠実な友の代名詞になったのですか。
詩のなかで繰り返し「忠実なアカーテース」と呼ばれるためです。この句がそのまま慣用句となり、ヨーロッパの各言語で忠実な友を指す言い回しとして辞書に載っています。
アカーテースを祀った場所はありますか。
ありません。叙事詩の登場人物であり、祭祀の対象になった形跡は残っていません。碑文にも暦にもこの名は見えません。
なぜ資料がこれほど少ないのですか。
はじめから多くを書かれない人物として作られたためとみられています。主人公の傍らに立つ役が必要で、そこに目立たない男が置かれました。記録が失われたわけではありません。
アカーテースと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。
トロイア戦争(トロイアせんそう)
ギリシャ軍とトロイアの十年に及ぶ戦争。パリスがスパルタ王妃ヘレネを連れ去ったことから始まった。ホメロス『イリアス』はその十年目を描く。