火の神。焼け落ちることを恐れて、神殿は市壁の外に置かれた。
ウゥルカーヌスとは何の神様か
ウゥルカー?ヌスはひとことで言えば焼き尽くす火の神です。ギリシャ名はヘファイストス。
ギリシャのヘファイストスは、鍛冶の職人として語られます。武器を作り、罠を仕掛け、笑いを取る神です。
ローマのウゥルカーヌスは違います。
恐れる対象だった。
そのため、神殿は市壁の外に置くのが習わしでした。火の神を町の中に入れない、という考え方です。
もっとも古い聖所はウォルカナールと呼ばれ、フォルム・ロマーヌムの一角に屋根のない形で開かれていました。ローマの広場そのものより古いとされます。
8月23日のウォルカナーリアは、夏のもっとも乾いた時期に置かれました。
人々は生きた魚を火に投げ入れました。自分の身代わりを火に渡すしぐさとされます。
ウゥルカーヌスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ウルカヌス」「ヴァルカン」も使われます。ヴァルカンは英語読みです。
火山を指す語は、この神の名から生まれました。シチリア沖のウルカーノ島が火を噴いていたことによります。
島の下に神の鍛冶場がある。
そう考えられていました。
古い綴りはウォルカーヌスで、碑文にはこの形が多く残ります。語源は分かっていません。 エトルリア語に由来するという説がありますが、確かめられていません。
Volcanus(ウォルカーヌス)
古い綴り。碑文ではこの形が多い。
Vulcanus(ウゥルカーヌス)
後代の綴り。日本語ではこちらから訳されることが多い。
Hephaistos(ヘファイストス)
ギリシャ名。
ウゥルカーヌスの物語
市壁の外に置く ─ 火を町に入れない
ローマには、火の神の神殿を市壁の外に置くという習わしがありました。
理由ははっきりしています。
火の神を町の中に招けば、町が焼ける。
ウィトルウィウスの建築書にも、この配置の原則が書かれています。
ローマは木造の建物が密集した都市で、火事は最大の災厄でした。
64年の大火では市街の大半が焼けています。この火事のあと、焼けた場所を記念する祭壇が各所に建てられました。
祭壇の碑文には、毎年8月23日に犠牲を捧げるべきことが刻まれています。ウォルカナーリアの日です。
火の神をなだめる祭を、火事の記念日に重ねる。罰する神と、鎮める祭が一つになっていました。
ウォルカナール ─ 広場より古い聖所
フォルム・ロマーヌムの一角に、ウォルカナールという聖所がありました。
屋根も壁もない、開かれた場所です。
ローマの広場そのものより古い。
そう考えられています。ローマの中心が湿地だったころから、この場所は聖域だったとされます。
ここには青銅の板が置かれ、ローマの古い記録が刻まれていたと伝えられます。
すぐ隣にはラピス・ニゲル(黒い石)と呼ばれる場所があります。黒い石で舗装された一角で、その下からはローマ最古級のラテン語の碑文が見つかりました。
碑文には王を意味する語が読み取れますが、全体の意味は今も定まっていません。
ローマ人自身、この場所をロームルスの墓だと考えていたようです。ただし、確かなことではありません。
生きた魚を火に投げる ─ 8月23日の祭
ウォルカナーリアは8月23日です。
一年でもっとも乾き、火事の起きやすい時期にあたります。
祭では、人々がティベリス川で捕れた生きた小魚を火に投げ入れました。
人の身代わりとして。
そう説明されます。神に生きたものを渡し、そのかわり自分たちを見逃してもらう。
もう一つの習わしがあります。この日から、夕方に灯りをつけて仕事をする季節が始まりました。
日が短くなり始めるため。
火を恐れる祭の日に、火を使い始める。ローマの祭には、こうした折り返しの日が多くあります。
また、この日は穀倉の口を開ける日でもありました。ウゥルカーヌスの妻とされるマイアへ、司祭が犠牲を捧げます。
ウゥルカーヌスの家系図と家族
ウゥルカーヌスの性格と人物像
ウゥルカーヌスには、ローマ独自の物語がほとんどありません。
足が不自由で妻に裏切られるという話は、すべてギリシャのヘファイストスから来たものです。
ローマ側にあるのは、祭と配置の原則だけと言ってよいほどです。
市壁の外に置く。8月23日に魚を投げる。
しかし、この二つはローマ人の火に対する感じ方をよく示しています。
火は道具ではなく、災いだった。
ギリシャの神が「作る火」を司るのに対し、ローマの神は「燃やす火」を司ります。同じ神と重ねられながら、性格は正反対でした。
配偶の女神はマイア、あるいはマイエスタとされます。ただし、この関係も記録によって食い違います。
ウゥルカーヌスを祀った神殿と遺跡
ウゥルカーヌスの神殿は、原則として市壁の外にありました。
そのため、市街の発展とともに埋もれ、位置が分からなくなったものが多くあります。
町の外に置いた神殿が、町が広がって呑み込まれた。
ここに挙げたのは、住所を確かめられた三か所です。
ウォルカナール(Volcanal)
ローマ最古級の聖所
ウォルカナールの住所: イタリア ローマ フォロ・ロマーノ(北緯41.8916 東経12.4869)
ウォルカナールの祀られた神: ウォルカーヌス
ウォルカナールに残るもの: 舗装の一部と祭壇の跡
ウォルカナールのご利益: 火除け
フォルム・ロマーヌムの西端、カピトリーノの丘の斜面にあった屋根のない聖所です。
広場そのものより古いとされます。
火の神の神殿は市壁の外に置くのが原則でしたが、この聖所だけは市の中心にありました。もっとも古い時代からの場所だったためです。
すぐ隣にラピス・ニゲル(黒い石)があり、ローマ最古級のラテン語碑文が出土しています。
フォロ・ロマーノの入場券で見学できる。
ラピス・ニゲル(Lapis Niger)
ローマ最古級の碑文が出土した聖所
ラピス・ニゲルの住所: イタリア ローマ フォロ・ロマーノ(北緯41.8927 東経12.4850)
ラピス・ニゲルに残るもの: 黒い石の舗装、石柱、碑文
黒い石で舗装された一角です。ウォルカナールに隣り合っています。
下から見つかった石柱には、ローマ最古級のラテン語の碑文が刻まれていました。
王を意味する語が読み取れますが、全体の意味は定まっていません。
ローマ人自身は、この場所をロームルスの墓と考えていたようです。
現在は屋根がかけられ、上から覗く形で見学する。
ネロの大火の祭壇(Arae incendii Neroniani)
64年の大火を記念する祭壇
ネロの大火の祭壇の住所: イタリア ローマ クイリナーレの丘(北緯41.9004 東経12.4893)
ネロの大火の祭壇の祀られた神: ウォルカーヌス
ネロの大火の祭壇に残るもの: 祭壇の基部と碑文
ネロの大火の祭壇のご利益: 火除け
64年のローマ大火を記念して建てられた祭壇の一つです。
碑文には、毎年8月23日に犠牲を捧げるべきことが刻まれています。ウォルカナーリアの日です。
火事の記念日に、火の神をなだめる祭を重ねたものでした。
元の数は分かっていません。 現在確認されているのはごく一部です。
クイリナーレの丘の一角にある。
ウゥルカーヌスが現代に残した痕跡
ウゥルカーヌスの名は、火山という語そのものに残りました。
火山: シチリア沖のウルカーノ島が噴火していたことから、火を噴く山を指す語になった。ヨーロッパのほぼすべての言語で用いられている。
加硫: ゴムに硫黄を加えて熱する工程を指す語。火の神の名から作られた。
幻の惑星バルカン: 19世紀に、水星の内側にあると考えられた惑星の名。存在は否定された。
ウゥルカーヌスが司るもの
火除け
火事を起こさないよう祈られた。8月23日に犠牲を捧げた。
鍛冶と手わざ
ギリシャのヘファイストスと重ねられてから加わった役目。
穀物の守り
ウォルカナーリアの日は、穀倉の口を開ける日でもあった。
ウゥルカーヌスが登場するゲーム・アニメ
作品ではヘファイストスと同じ神として扱われ、鍛冶の神としての姿がほとんどです。
ローマ側の特徴である焼き尽くす火への恐れが作品に現れることは、まずありません。
作る火は物語になる。燃やす火は災害でしかない。
その違いがそのまま出ています。
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ウゥルカーヌスについてよくある質問
ウゥルカーヌスとヘファイストスは同じ神ですか。
同一視されますが、性格が逆です。ギリシャのヘファイストスは物を作る職人の神ですが、ローマのウゥルカーヌスは焼き尽くす火として恐れられました。
なぜ神殿を市壁の外に置いたのですか。
火の神を町の中に招けば町が焼けると考えられたためです。ウィトルウィウスの建築書にもこの配置の原則が書かれています。
ウォルカナーリアでは何をしましたか。
8月23日に、生きた小魚を火に投げ入れました。人の身代わりを火に渡すしぐさとされます。同じ日から夕方に灯りをつけて働く季節が始まりました。
火山という語はこの神に由来しますか。
そうです。シチリア沖のウルカーノ島が噴火していたことから、火を噴く山を指す語になりました。
ウゥルカーヌスと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。