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ギリシャ神話

ヘファイストスとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Ἥφαιστος  / ヘファイストス

オリュンポス十二神

鍛冶と炎の神。オリュンポスで唯一、体に障害を持つ。

ヘファイストスの姿を描いた図

「ヘファイストス」 1878年 / パブリックドメイン 出典

ヘファイストスとは何の神様か

ヘファイストスはひとことで言えば作る神です。鍛冶・炎・工芸を司ります。ローマ名はウルカヌス(火山 volcano の語源)。

オリュンポスの神々のなかで唯一、足が不自由です。理由は書物で分かれます。ヘラが醜さを嫌って天から投げ落としたとも、母をかばってゼウスに投げ落とされたとも伝わります。

神々の武具は、ほぼこの神が作りました。

ゼウスの雷霆、アキレウスの盾、ヘリオスの車、アルテミスの弓、そして人類最初の女性パンドラ

妻はアフロディーテ。オリュンポスで最も美しい女神と、最も醜いとされた神の組み合わせでした。その不貞を知ると、見えない網を作って現場を捕らえ、神々に見せつけます。

もっとも働き、もっとも報われない神です。

ヘファイストスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ἥφαιστος。日本語では「ヘファイストス」で定着しています。「ヘパイストス」とも書かれます。

語源が分かっていません。 ギリシャ語で説明がつかないため、ギリシャ以前からこの地にいた神が取り込まれたと考えられています。とくにレムノス島との結びつきが強く、この島の先住民の神だったとする説があります。

ローマ名ウルカヌスは、火山(volcano)の語源です。火山は、この神の地下の工房から煙が出ているものと考えられました。

Ἥφαιστος(ヘファイストス)

古代ギリシャ語の表記。語源はギリシャ語で説明がつかず、ギリシャ以前の言語に由来する可能性が高い。

Vulcanus(ウルカヌス)

ローマ名。英語では Vulcan(ヴァルカン)。火山 volcano の語源。

Ἀμφιγυήεις(アンフィギュエーエイス)

「両足の不自由な」を意味する枕詞。ホメロスが繰り返し用いる。

Μυλκίβερ(ムルキベル)

ローマでの別名。「和らげる者」の意で、火を鎮める側面を指す。

ヘファイストスの物語

  1. 天から投げ落とされる ─ 出生をめぐる二つの話
  2. 母を椅子に縛る ─ 技術による復讐
  3. 神々の武具を作る ─ すべてこの神の手による
  4. パンドラを作る ─ 人類への罰
  5. 網を仕掛ける ─ 笑いに変える復讐

天から投げ落とされる ─ 出生をめぐる二つの話

この神の生い立ちは、書物によって正反対です。

ヘシオドス『神統記』の説。 ゼウスが単独でアテナを生んだことに対抗し、ヘラが単独でヘファイストスを生みました。 父はいません。生まれた子が醜かったため、

ヘラは、自分の子を天から投げ落とした。

ホメロス『イリアス』の説。 ヘファイストスはゼウスとヘラの子です。母がゼウスに罰せられているとき、

私が母をかばったので、父は私の足を掴んで天の敷居から投げ落とした。
一日じゅう落ち続け、日没とともにレムノス島に落ちた。 息はほとんど残っていなかった。

どちらの説でも、投げ落とされて足が不自由になります。

落ちた先で、海の女神テティスたちに九年間育てられました。そこで鍛冶を覚えます。

捨てられた場所で、この神は技術を身につけました。

母を椅子に縛る ─ 技術による復讐

捨てられたヘファイストスは、復讐しました。ただし暴力ではなく、作品でです。

黄金の玉座を作り、母ヘラへ贈ります。美しい椅子でした。ヘラが腰を下ろすと──

見えない鎖が絡みつき、立てなくなった。

神々の誰にも外せません。ヘファイストス本人を呼ぶしかありませんが、

彼は「母などいない」と言って、オリュンポスへ来ることを拒んだ。

アレスが力ずくで連れ戻そうとしましたが、燃える炭を投げつけられて逃げ帰ります。

成功したのはディオニュソスでした。酒を飲ませて酔わせ、驢馬の背に乗せて連れ帰ったのです。

この場面は古代の壺絵に繰り返し描かれました。驢馬に揺られる鍛冶の神と、それを囲む一行という構図です。

条件と引き換えに母は解放されます。アフロディーテを妻とするという条件でした(別の伝えではアレスの解放)。

神々の武具を作る ─ すべてこの神の手による

ヘファイストスの工房から出たものを並べると、ギリシャ神話の道具のほとんどになります。

ゼウスの雷霆(キュクロプスとの共作)、ヘリオスの太陽の車、アルテミスの弓と矢、エロスの矢、アキレウスの鎧と盾、ハルモニアの首飾り、青銅の巨人タロス、そして人類最初の女性パンドラ。

とくにアキレウスの盾は、『イリアス』第18歌で長々と描写されます。

盾には大地と天と海、太陽と月と星座が刻まれた。二つの町が刻まれ、一方では婚礼と裁判が、もう一方では戦が行われていた。耕地、葡萄畑、牧場、踊りの場が刻まれた。

一枚の盾に、世界のすべてが刻まれています。

この描写は、文学作品のなかで美術作品を詳細に描く手法(エクフラシス)の原点とされ、以後の西洋文学に受け継がれました。

パンドラを作る ─ 人類への罰

プロメテウスが火を盗んで人間に与えたとき、ゼウスは人間への罰も用意しました。

命じられたのはヘファイストスです。

土と水をこねて、乙女の姿を作れ。

神々はそれぞれ贈り物をしました。アテナは織物の技を、アフロディーテは魅力を、ヘルメス偽りの言葉と盗みの心を。

名はパンドラ。「すべての贈り物」を意味します。

彼女はプロメテウスの弟エピメテウスのもとへ送られ、持たされた壺(後世に箱と誤訳されました)を開けます。

あらゆる災いが飛び出した。 病、老い、労苦、悲しみ。

慌てて蓋を閉じたとき、ただひとつ残ったのが「エルピスでした。

この語の解釈は分かれます。「希望」と訳すのが一般的ですが、「予兆(先の見通し)」とも訳せます。

希望だけが残ったのか、予知能力だけが人間に与えられなかったのか。

二千年以上、議論が続いています。

網を仕掛ける ─ 笑いに変える復讐

妻アフロディーテが軍神アレスと通じていることを、太陽神ヘリオスが告げました。

ヘファイストスの対応は、この神らしいものでした。工房にこもります。

蜘蛛の糸より細く、神々の目にも見えず、決して切れない金属の網を鍛えた。

寝台の脚と天井に仕掛け、「レムノス島へ行く」と言って出かけます。

二人が寝台に入った瞬間、網が落ちました。指一本動かせません。

ヘファイストスは戻り、神々を大声で呼び集めます。

見てくれ。 私が足が不自由だからと、妻は私を軽んじ、あの美しく足の速い男を愛している。

神々は集まり、笑いが止まりませんでした。

女神たちは慎み深く来なかった、とわざわざ記されています。

ポセイドンの仲裁で二人は解放されました。

力でも地位でも勝てない相手に、作ったもので勝つ。 この神の戦い方は一貫しています。

ヘファイストスの家系図と家族

ヘファイストスの親: ヘラひとりで生む

ヘファイストスの妻・夫: アフロディーテカリス長女アグライアが鍛冶の神の妻となる

ヘファイストスの性格と人物像

ヘファイストスは、唯一「働く」神です。

オリュンポスの神々は基本的に労働しません。宴を開き、恋をし、戦い、人間の争いに口を出します。この神だけが、汗をかいて何かを作っています。

体に障害があり、母に捨てられ、妻に裏切られる。神々のなかで最も報われない立場です。

それでも、復讐の仕方が独特です。母には黄金の椅子を、妻には見えない網を。 暴力ではなく、必ず作ったもので返します。

注目すべきは、神々全員がこの神を必要としていることです。雷霆も、盾も、矢も、この神なしには存在しません。嘲笑される立場でありながら、いなければ誰も戦えない。

古代ギリシャで職人の地位は決して高くありませんでした。この神の扱いは、そのまま職人への評価でもあります。

そして、アテネのアゴラに残る最も保存状態のよい神殿は、この神のものです。職人街を見下ろす位置に建っています。

書物によってヘファイストスの記述が異なるところ

ギリシャ神話は一冊にまとまっていません。ヘファイストスについても、 書物によって記述が分かれる箇所が1件あります。 どちらか一方に決めず、両方を出典つきで載せています。

記述が分かれるところ

神統記紀元前700年頃

第927〜929行

  • ヘラ ─ ひとりで生む ─ ヘファイストス

ヘシオドス『神統記』は、ゼウスがひとりでアテナを生んだことに対抗して、ヘラがひとりでヘファイストスを生んだと記す。父はいない。

イリアス・オデュッセイア紀元前8世紀頃

イリアス 第1歌

  • ゼウス ─ ゼウスとヘラの子 ─ ヘファイストス

ホメロス『イリアス』では、ヘファイストスはゼウスとヘラの子として描かれる。母をかばって天から投げ落とされたのもゼウスによる、と本人が語る。

ヘファイストスを祀った神殿と遺跡

アテネのヘファイストス神殿が、ギリシャで最も完全な形で残る神殿であるという事実は、この神の性格を考えると示唆的です。

もっとも報われない神の建物が、もっとも壊れずに残りました。 教会として使われ続けたからです。

他の神殿が石材を奪われて崩れていくなか、この建物だけが使われることで守られました。 作る神にふさわしい残り方です。

ヘファイストス神殿(Temple of Hephaestus)

ギリシャで最も保存状態のよい神殿

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ヘファイストス神殿の住所: ギリシャ アテネ 古代アゴラ

ヘファイストス神殿の祀られた神: ヘファイストス・アテナ

ヘファイストス神殿に残るもの: ほぼ完全な形の神殿

ギリシャに現存する神殿のなかで、もっとも保存状態が良い建物です。屋根も柱もほぼ完全に残っています。

理由は、7世紀から1834年まで教会として使われ続けたためです。使われ続けたことが、結果として建物を守りました。

アテネの職人街を見下ろす丘に建っています。周辺からは金属加工の工房跡が多数出土しており、この神を祀る人々が実際にそこで働いていたことが分かります。

工芸の女神アテナと共に祀られていました。

古代アゴラの入場券で見学できる。内部には入れないが外周を歩ける。

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レムノス島(Lemnos)

天から落ちた先とされる島

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レムノス島の住所: ギリシャ 北エーゲ海 レムノス島

レムノス島の祀られた神: ヘファイストス

レムノス島に残るもの: 伝承と地名

天から投げ落とされたヘファイストスが落ちた島とされます。九年間ここで育てられ、鍛冶を学びました。

島にはこの神の信仰が古くからあり、ギリシャ以前の先住民(ペラスゴイ人)の神だったものが取り込まれたと考えられています。

島には火山性の地形があり、火の神の島とされた理由と結び付けられます。

『イリアス』でヘファイストス自身が「私はレムノスへ行く」と語る場面があります。

アテネから空路または船。観光地化されておらず静かな島。

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ヘファイストスが現代に残した痕跡

ヘファイストスの名は、火山とパンドラの箱として残りました。

火山 volcano: ローマ名ウルカヌス(Vulcanus)に由来する。地下の工房から煙が出ていると考えられた。

加硫 vulcanization: ゴムを硫黄と熱で加工する技術。火と鍛冶の神の名にちなむ。

パンドラの箱: この神が作った最初の女性パンドラが開けた容器。原典では壺だが、16世紀の誤訳により箱として広まった。

アキレウスの盾: 文学作品のなかで美術品を詳細に描写する手法(エクフラシス)の原点とされる。

ヘファイストスが司るもの

鍛冶・工芸

金属加工と手仕事の守護神。職人が祀った。

火そのものを司る。ただし破壊ではなく、道具としての火。

火山

ローマ名ウルカヌスは火山 volcano の語源。地下の工房から煙が出ているとされた。

技術による解決

力で勝てない相手に、作ったもので対抗した。

ヘファイストスが登場するゲーム・アニメ

「武器を作る神」という役割で使われることが多い神です。物語のなかで主人公に装備を与える立場として扱いやすいためです。

一方で「捨てられ、裏切られ、それでも作り続けた神」という原典の性格は、あまり描かれません。

ヘファイストスが登場するゲーム

God of War シリーズ

ギリシャ編に登場し、武器を作る神として重要な役目を果たします。

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Hades(ハデス)

恩恵を与える神の一柱として登場します。

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女神転生シリーズ

鍛冶の神として登場します。

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ヘファイストスが登場するアニメ・漫画・映像

西洋絵画

ベラスケス「ヴァルカンの鍛冶場」、ティントレット「ヴァルカンに驚かされたマルスとヴィーナス」など、網の場面がとくに好んで描かれました。

スタートレック

ヴァルカン人という種族名がローマ名に由来します。

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ヘファイストスについてよくある質問

ヘファイストスは何の神様ですか。

鍛冶・炎・工芸を司る神です。神々の武具のほとんどを作りました。オリュンポスで唯一、体に障害を持つ神でもあります。

ヘファイストスのローマ名は何ですか。

ウルカヌス(Vulcanus)です。英語ではヴァルカン。火山 volcano の語源になっています。

ヘファイストスはなぜ足が不自由なのですか。

天から投げ落とされたためです。理由は書物で分かれ、ヘシオドスでは醜さを嫌ったヘラが投げ落とし、ホメロスでは母をかばったためゼウスに投げ落とされたとされます。

ヘファイストスは何を作りましたか。

ゼウスの雷霆、アキレウスの盾、ヘリオスの車、アルテミスの弓、青銅の巨人タロス、そして人類最初の女性パンドラです。神々の道具のほとんどがこの神の作です。

ヘファイストスの妻は誰ですか。

アフロディーテです。ただしその不貞を知り、見えない網を寝台に仕掛けてアレスとの現場を捕らえ、神々を呼んで晒しました。

パンドラの箱は本当は箱ではないのですか。

原典では壺(ピトス)です。16世紀に人文学者エラスムスがラテン語に訳す際、箱(ピュクシス)と取り違えたことから広まりました。