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ギリシャ神話

ハデスとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Ἅιδης  / ハデス

冥界 オリュンポス十二神

冥界の王。悪神ではなく、死者の国を治める厳格な統治者。

ハデスの姿を描いた図

「万民の神話事典」 1874年 / パブリックドメイン 出典

ハデスとは何の神様か

ハデスはひとことで言えば誤解されている神です。

冥界の王ですが、悪魔でも死神でもありません。 死者を治める役目に忠実で、掟を破ることもない。むしろギリシャの神々のなかでもっとも約束を守る神のひとりです。

ゼウスの兄で、くじ引きによって地下の国を得ました。ローマ名はプルート(冥王星 Pluto)。

恐れられたため、名を直接呼ぶことが避けられました。代わりに用いられたのがプルートン(富める者)です。

地下からは作物も、金銀も、宝石も出てくる。だから冥界の王は富の神でもある。

持ち物は姿を消す兜。番犬ケルベロスが門を守ります。

この神が地上に出た数少ない場面が、ペルセポネを連れ去ったときです。それが季節を生みました。

ハデスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ἅιδης。日本語では「ハデス」で定着しています。

語源は「見えない者」とする説が有力です。姿を消す兜を持つことと対応します。

重要なのは、この名が場所の名でもあることです。「ハデスへ行く」と言えば冥界へ下ることを意味します。神と国が同じ名である点は、北欧のヘルと共通します。

古代ギリシャ人は、この名を口にすることを避けました。名を呼べば注意を引くと考えたためです。代わりに「富める者(プルートン)」と呼びました。

Ἅιδης(ハデス)

古代ギリシャ語の表記。「見えない者」を意味するとする説が有力。冥界そのものを指す語としても使われる。

Πλούτων(プルートン)

「富める者」の意。名を直接呼ぶことを避けた婉曲表現で、こちらのほうが日常的に使われた。

Pluto(プルート)

ローマ名。プルートンから来ている。冥王星の名でもある。

Dis Pater(ディス・パテル)

もうひとつのローマ名。「富める父」を意味し、プルートンの直訳にあたる。

ハデスの物語

  1. くじで冥界を得る ─ 最も損な取り分
  2. ペルセポネを連れ去る ─ 季節が生まれる
  3. オルフェウスに折れる ─ 一度だけの例外
  4. 冥界の構造 ─ 罰する場所ではない
  5. ケルベロスを奪われる ─ ヘラクレスの十二番目

くじで冥界を得る ─ 最も損な取り分

ティタノマキアのあと、三兄弟がくじで世界を分けました。

ゼウスが天、ポセイドンが海、ハデスが霧深い闇。

明らかに損な取り分です。しかしハデスは異議を唱えませんでした。

以後この神は、ほとんど地上に現れません。オリュンポスの会議にも出席せず、十二神に数えられないこともあります。

持ち物は、キュクロプスが作った姿を消す兜(キュネエー)です。ペルセウスがメドゥーサを討つときに借りるなど、他の神や英雄に貸し出されることもありました。

自分の国から出ず、与えられた役目だけを果たす。 ギリシャの神々のなかで、これほど職務に忠実な神は多くありません。

ペルセポネを連れ去る ─ 季節が生まれる

ハデスが地上へ出た、数少ない場面です。

花を摘んでいたペルセポネを見初め、ゼウスの許しを得て(母デメテルには無断で)、大地を割って連れ去りました。

母デメテルは娘を探して世界中をさまよい、ついに大地を実らせるのをやめます。

種は芽を出さず、人類は飢えて滅びかけた。

ゼウスは折れて返還を命じます。ハデスは従いました。逆らっていません。

ただし、去り際にひとつだけ手を打ちます。

ザクロの実を、いくつか食べさせた。

冥界の食べ物を口にした者は、完全には戻れない。これは掟であり、ハデスが作った規則ではありません。

そのためペルセポネは、一年の一部を冥界で過ごすことになりました。

娘が地下にいるあいだ、大地は実らない。

季節はこうして生まれました。

オルフェウスに折れる ─ 一度だけの例外

冥界の掟は「出た者はいない」です。しかし一度だけ、例外が認められかけました。

竪琴の名手オルフェウスは、妻エウリュディケを蛇に噛まれて失いました。彼は冥界へ下り、竪琴を弾きながら歌います。

その音に、責め苦を受けていた者たちの苦しみが止まった。 岩を押し上げるシシュポスは岩に腰かけ、水を汲むダナイスたちは手を止めた。

ハデスとペルセポネも心を動かされます。 王妃が取りなし、王は条件をつけて許しました。

地上に出るまで、決して振り返ってはならない。

オルフェウスは歩きます。妻の足音が聞こえない。不安になり、あと一歩というところで振り返りました。

妻は闇へ引き戻され、二度と会えませんでした。

ハデスは約束を破っていません。 破ったのは人間のほうです。

冥界の構造 ─ 罰する場所ではない

ハデスの国は、地獄ではありません。

死者はステュクス(あるいはアケロン川)を渡って入ります。渡し守カロンに船賃を払う必要があり、そのため死者の口に硬貨を入れて葬る習わしがありました。

払えない者は、百年のあいだ岸をさまよう。

門を守るのが三つ首の犬ケルベロスです。入る者は通すが、出る者は通さない。

国の中は分かれています。

アスポデロスの野 ─ ほとんどの死者が行く場所。善でも悪でもなかった者たちが、影のように過ごす。
エリュシオン ─ 英雄と善き者が行く楽園。
タルタロス ─ 神々に逆らった者が落とされる最も深い場所。ティタン神族もここにいる。

行き先を決めるのは三人の裁判官であり、ハデス本人ではありません。王は国を治めるだけで、裁きは別の者が行います。

ケルベロスを奪われる ─ ヘラクレスの十二番目

ヘラクレスの十二の難業の最後が、ケルベロスを地上へ連れ出すことでした。

不可能な命令です。冥界から生きたまま出た者はほとんどいません。

ヘラクレスは冥界へ下り、ハデス本人に直接許しを求めました。

王の答えは意外なものでした。

武器を使わずに捕らえられるなら、連れて行ってよい。

許可しています。 追い返しもせず、罠にかけもしません。条件を出しただけです。

ヘラクレスは素手でケルベロスを組み伏せ、地上へ連れ出しました。命令したエウリュステウス王は、それを見て壺に隠れます。

そして、ヘラクレスはケルベロスを冥界へ返しました。

約束どおりです。 この一件は、ハデスという神の性格をよく示しています。

ハデスの家系図と家族

ハデスの親: クロノス呑まれた子レアニュクス生んだ子らが冥界の役目を担うメリノエ冥界の系統に属する

ハデスのきょうだい: ゼウス世界を三分する

ハデスの妻・夫: ペルセポネ連れ去って妃とするメンテ冥界の王に愛された

ハデスの性格と人物像

ハデスは、もっとも誤解されている神です。

悪神として描かれるのは、後世のキリスト教的な地獄観が重ねられたためです。原典のハデスは、

- 掟を守り、破らない
- 職務に忠実で、自分の国から出ない
- 頼まれれば条件をつけて認める
- 裁きは他の者に任せる

むしろギリシャの神々のなかで、もっとも公正です。ゼウスのような不貞もなく、ポセイドンのような執念深さもありません。

唯一の例外がペルセポネの略奪ですが、ゼウスの許可を得ています。 そして返還を命じられたときも従いました。

新エッダの北欧のヘル、日本のイザナミと同様に、死者の国の主は、死そのものであって悪ではない。

古代ギリシャ人が恐れたのは、この神の性格ではなく、誰もが必ずそこへ行くという事実のほうでした。

ハデスを祀った神殿と遺跡

ハデスを祀った神殿はほとんどありません。 理由は単純で、誰もこの神に何かを願いたくなかったからです。

供物を捧げるときも、他の神とは作法が違いました。他の神には手を上げて祈りますが、この神には地面を叩いて呼びかけます。 犠牲の獣も黒いものが選ばれ、顔を背けて捧げました。

それでも、エレウシスの秘儀という形で、死後への向き合い方は制度になっていました。

ネクロマンテイオン(Necromanteion of Acheron)

死者と交信するための神託所

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ネクロマンテイオンの住所: ギリシャ イピロス地方 アケロン川沿い

ネクロマンテイオンの祀られた神: ハデス・ペルセポネ

ネクロマンテイオンに残るもの: 地下室と迷路状の通路

死者の霊を呼び出すための神託所とされた遺跡です。アケロン川は冥界へ通じる川と考えられていました。

訪れる者は暗い通路を進み、断食と特殊な食事を経て地下室へ導かれました。そこで死者と会えるとされました。

地下室と、迷路のような通路の構造が残っています。

ただし、この遺跡が本当に神託所だったのか、要塞化した農家だったのかについては議論があります。

発掘者の解釈に異論があることは、現地の説明にも記されている。

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エレウシスの聖域(Eleusis)

ペルセポネの物語を核とする秘儀の地

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エレウシスの聖域の住所: ギリシャ アッティカ地方 エレフシナ

エレウシスの聖域の祀られた神: デメテル・ペルセポネ

エレウシスの聖域に残るもの: テレステリオン(秘儀の間)の跡

エレウシスの秘儀が行われた聖域です。デメテルが娘を探してたどり着いた地とされます。

秘儀の内容は口外が固く禁じられ、漏らせば死罪でした。そのため何が行われたのか、現在も正確には分かっていません。

分かっているのは、参加者が死後の恐怖から解放されたと感じたことです。ハデスの国が恐ろしい場所ではないと知る儀式だったと考えられています。

約二千年にわたって続き、392年にローマ皇帝の命令で終わりました。

アテネから電車とバスで行ける。併設の博物館がある。

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ハデスが現代に残した痕跡

ハデスの名は、惑星・元素・言葉として残りました。

冥王星 Pluto: ローマ名プルートによる。1930年の発見時、暗く遠い天体にふさわしい名として11歳の少女が提案した。

プルトニウム(元素94番): ウラン(天王星)、ネプツニウム(海王星)に続く元素として、冥王星にちなんで命名された。

「カロンの渡し賃」: 死者の口に硬貨を入れて葬る習俗。ギリシャの墓からは実際に硬貨が出土する。冥王星の衛星カロンの名もここから。

ケルベロスという語: 厳重な番人を指す比喩として各国語で使われる。

ハデスが司るもの

死者の統治

死者すべてを受け入れ、治める。行いによる差別はない。

富・鉱物

「富める者(プルートン)」と呼ばれた。地下から出る作物と鉱物を司る。

約束を守ること

一度出した条件は必ず守る。神話のなかで掟を破った場面がない。

ハデスが登場するゲーム・アニメ

創作では悪役にされることがほとんどです。原典との落差が、ギリシャの神のなかで最も大きい神といえます。

原典のハデスは掟を破らず、頼まれれば条件付きで認め、約束を守ります。悪ではなく、ただ死者の国を治めているだけです。

ハデスが登場するゲーム

Hades(ハデス)

冥界そのものを舞台にした作品で、主人公の父として登場します。原典に近い「厳格だが不当ではない王」として描かれ、近年もっとも原典に忠実な例です。

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God of War シリーズ

ギリシャ編の敵として登場します。

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女神転生シリーズ

冥界の王として登場します。

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ハデスが登場するアニメ・漫画・映像

聖闘士星矢 冥王ハーデス編

シリーズ最大の敵として描かれます。日本でこの神が「最強の悪役」として知られた最大の要因です。

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ディズニー「ヘラクレス」

完全な悪役として描かれます。原典のハデスはヘラクレスにケルベロスの持ち出しを許可しており、敵対していません。

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ハデスについてよくある質問

ハデスは何の神様ですか。

冥界を治める王です。ゼウスの兄で、くじ引きによって地下の国を得ました。あわせて地下から出る富を司り「プルートン(富める者)」と呼ばれます。

ハデスは悪い神様ですか。

違います。掟を守り、職務に忠実で、頼まれれば条件をつけて認めます。神話のなかで約束を破った場面がありません。悪役として描かれるのは後世の創作によるものです。

ハデスのローマ名は何ですか。

プルート(Pluto)です。ギリシャ語の婉曲表現プルートン(富める者)から来ています。冥王星の名もこれによります。

ハデスはなぜペルセポネを連れ去ったのですか。

見初めたためで、ゼウスの許しを得ています(母デメテルには無断でした)。返還を命じられたときは従いましたが、去り際にザクロを食べさせました。冥界の食べ物を口にした者は完全には戻れないという掟によるものです。

冥界は地獄ですか。

違います。ほとんどの死者はアスポデロスの野で影のように過ごし、英雄はエリュシオンへ、神々に逆らった者だけがタルタロスへ落ちます。行き先を決めるのは三人の裁判官で、ハデス本人ではありません。

ハデスはオリュンポス十二神ですか。

数え方によります。冥界に住みオリュンポスの会議に出ないため、十二神に含めず、代わりにヘスティアやディオニュソスを入れる数え方が一般的です。

ハデスと併せて覚えたい言葉・用語

ケルベロス(Κέρβερος)

冥界の門を守る三つ首の犬。入る者は通すが、出る者は通さない。テュポーンとエキドナの子。

ティタノマキア(Titanomachia)

ゼウス率いるオリュンポスの神々と、クロノス率いるティタン神族の戦争。十年続き、解放されたキュクロプスとヘカトンケイルの加勢で決着した。

ティタン神族(ティタンしんぞく)

ウラノスとガイアの子である十二柱の神々。クロノスを王とし、ゼウスとの十年戦争に敗れてタルタロスへ落とされた。「タイタン」とも表記する。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

エレウシスの秘儀(エレウシスのひぎ)

デメテルとペルセポネの物語を核とする儀式。約二千年続き、身分や国籍を問わず参加できた。口外は死罪で、内容は現在も分かっていない。