光・音楽・予言・医術の神。デルフォイの神託を下した。

「万民の神話事典」 1874年 / パブリックドメイン 出典
アポロンとは何の神様か
アポロンはひとことで言えば言葉を与える神です。光・音楽・詩・予言・医術を司ります。ローマ名もアポロで変わりません。
ゼウスとレトの子で、アルテミスの双子の兄。ヘラに追われた母が、どこの土地にも受け入れられず、浮島デロスでようやく産みました。
この神を決定づけるのがデルフォイの神託です。大蛇ピュトンを退治してこの地を得ました。
古代ギリシャでもっとも重んじられた神託であり、国家の決定にも用いられた。
持ち物は竪琴と弓。音楽と、遠くから射る死。相反する二つを同時に司ります。
恋では報われません。 ダフネは月桂樹に姿を変えて逃れ、カサンドラには予言の力を与えたうえで「誰にも信じられない」呪いを添えました。
太陽神ヘリオスとは本来別の神ですが、後世に同一視されました。
アポロンのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Ἀπόλλων。日本語では「アポロン」で定着しています。アポロはローマ名ですが、実はギリシャ名とほぼ同じです。
ローマ固有の名を持たない珍しい神です。ゼウス→ユピテル、ヘラ→ユノーのように置き換わらず、ギリシャからそのまま取り入れられました。
別名ロクシアス(曲がった言葉を語る者)は重要です。デルフォイの神託は、つねに多義的でした。 どうとでも解釈できる形で下され、外れたことにならない仕組みになっていました。
Ἀπόλλων(アポロン)
古代ギリシャ語の表記。語源は定まっておらず、「滅ぼす者」「集める者」など諸説ある。
Apollo(アポロ)
ローマ名。ギリシャ名がほぼそのまま用いられた珍しい例で、ローマ固有の名を持たない。
Φοῖβος(ポイボス)
「輝く者」の意。ホメロスが繰り返し用いる呼び名で、太陽との結びつきを示す。
Λοξίας(ロクシアス)
「曲がった言葉を語る者」の意。神託があいまいで多義的だったことによる。
アポロンの物語
浮島で生まれる ─ 産む場所がない
母レトがゼウスの子を身ごもったとき、ヘラは呪いをかけました。
陽の当たるいかなる土地も、レトに産所を与えてはならない。
レトは臨月の体でさまよいます。どの土地も女神の怒りを恐れて拒みました。
ようやく受け入れたのが、海に漂う小島デロスでした。海底に固定されていない浮島だったため、「土地」に当たらないと解されたのです。
さらにヘラは、出産の女神エイレイテュイアを引き止めました。レトは九日九夜苦しみます。
女神たちが黄金の首飾りで出産の女神を誘い出し、ようやくアルテミスが生まれ、その姉が母を助けてアポロンが生まれました。
生まれた瞬間、島は黄金に輝き、四本の柱が海底から生えて島を固定したと伝えられます。
デロス島は以後、もっとも聖なる島とされ、島内での出産と埋葬が禁じられました。
ピュトンを討つ ─ デルフォイを得る
生まれてわずか数日で、アポロンは弓を取りました。狙ったのは、母レトを追い回した大蛇ピュトンです。
ピュトンはパルナッソス山の麓に住み、ガイアの神託所を守っていました。
アポロンは矢を放ち、これを討ちます。そして神託所を自分のものにしました。
ただし、代償がありました。大地の子を殺した罪により、八年間の追放と浄めが課されます。この期間を経てはじめて、神託の主となりました。
地名デルフォイ、神託を告げる巫女の名ピュティアは、いずれもこの蛇に由来します。四年ごとのピュティア競技祭も同じです。
もとはガイアの聖域だった。 アポロンは後から来て、力で奪いました。
ギリシャ神話の神託所は、たいてい前の持ち主がいます。
デルフォイの神託 ─ 国家が従った言葉
デルフォイの神託は、古代ギリシャでもっとも権威がありました。
巫女ピュティアが三脚の椅子に座り、地の裂け目から立ち上る気を吸って託宣を述べます。神官がそれを詩の形に整えて伝えました。
神殿の入口には、有名な言葉が刻まれていました。
汝自身を知れ。
度を越すなかれ。
神託はつねにあいまいでした。有名な例がリュディア王クロイソスです。ペルシャへの遠征を問うと、
大河を渡れば、大きな国が滅びるだろう。
王は自国の勝利と解し、遠征して自分の国を滅ぼしました。
ソクラテスを「もっとも賢い者」と告げたのもこの神託です。
外れない仕組みを持ちながら、実際に国家の決定を動かしました。言葉の神にふさわしい形です。
ダフネを追う ─ 月桂樹になる
アポロンは、恋で報われない神です。
ピュトンを討った直後、幼いエロスが弓をもてあそぶのを見て笑いました。
弓は私のものだ。おまえのような子どもが持つものではない。
怒ったエロスは二本の矢を放ちます。恋に落ちる黄金の矢をアポロンへ、恋を拒む鉛の矢をニンフ?ダフネへ。
アポロンは追い、ダフネは逃げました。追いつかれる寸前、彼女は父である河の神に祈ります。
この姿を変えてください。
体は硬直し、皮膚は樹皮に、髪は葉に、足は根になりました。月桂樹です。
アポロンは木を抱いて言いました。
妻にできないなら、せめて私の木となれ。
以後、月桂冠はこの神の象徴になります。ピュティア競技祭の勝者も、詩人も、月桂樹の冠を戴きました。
勝利の冠は、逃げた女性の姿です。
カサンドラの呪い ─ 信じられない予言
もうひとつ、報われなかった恋があります。相手はトロイアの王女カサンドラでした。
アポロンは彼女に惹かれ、予言の力を与えると約束します。カサンドラは受け取りました。そして拒みました。
与えたものは取り消せません。そこでアポロンは、呪いを付け加えます。
おまえの予言は、決して誰にも信じられない。
カサンドラはトロイアの滅亡を予言しました。木馬を城内に入れてはならないと叫びました。 兄の死も、自分の最期も見えていました。
誰も信じませんでした。 狂人として扱われ、予言のとおりに国は滅び、彼女は連れ去られて殺されます。
知っていて、何も変えられない。 ギリシャ悲劇でもっとも重い役どころのひとつです。
「カサンドラ」は現在、正しい警告を無視される人を指す言葉として使われています。
アポロンの家系図と家族
アポロンのきょうだい: アルテミス双子
アポロンの性格と人物像
アポロンは、理性と残酷さが同居する神です。
デルフォイに刻まれた「汝自身を知れ」「度を越すなかれ」は、節度と自己認識を説きます。ギリシャ的な理性の象徴とされてきました。
一方で、罰は容赦がありません。
笛の腕を競ったサテュロスのマルシュアスは、負けたのち生きたまま皮を剥がれました。 母レトを侮ったニオベは、アルテミスとともに十四人の子を全員射殺されています。
恋も、ほぼすべて失敗します。 ダフネは木になり、カサンドラは呪われ、少年ヒュアキントスは円盤の事故で死にました。
注目すべきは、その死や変身が必ず何かを残すことです。ダフネは月桂樹に、ヒュアキントスはヒヤシンスの花に、マルシュアスは川になりました。
この神が関わると、人は形を変えて残る。 光と音楽の神でありながら、触れたものを変えてしまう神でもあります。
アポロンを祀った神殿と遺跡
アポロンの聖域は、神託所として作られました。デルフォイ、デロス、ディディマ、クラロス。いずれも人が答えを求めて訪れる場所です。
ギリシャ人にとって、この神は「聞きに行く相手」でした。戦争を始めるか、植民市をどこに作るか、罪をどう贖うか。国家の判断がこの神殿で下されていました。
デルフォイのアポロン神殿(Temple of Apollo, Delphi)
古代世界の中心とされた神託所
デルフォイのアポロン神殿の住所: ギリシャ ポキス地方 デルフォイ(パルナッソス山麓)
デルフォイのアポロン神殿の祀られた神: アポロン
デルフォイのアポロン神殿に残るもの: 神殿の基壇と柱、劇場、競技場
古代ギリシャでもっとも権威のあった神託所です。ここは「世界のへそ(オンファロス)」とされました。
ゼウスが世界の東西の果てから二羽の鷲を放ち、出会った地点がここだったという伝えによります。その場所を示す石が今も残っています。
神殿の入口には「汝自身を知れ」「度を越すなかれ」が刻まれていました。
山の斜面に、神殿・劇場・競技場が段になって並びます。眺望が非常に良く、遺跡としての完成度が高い場所です。世界遺産。
アテネから日帰りバスツアーがある。併設博物館の「御者像」は必見とされる。
デロス島(Delos)
アポロンとアルテミスの生誕地
アポロンとアルテミスが生まれた島とされ、島全体が聖域でした。
あまりに聖なる場所とされたため、島内での出産と埋葬が禁じられました。 産気づいた者、死にかけた者は隣の島へ移されます。
有名なのはライオンのテラスです。参道に大理石のライオン像が並んでいました(現在立っているのは複製で、実物は博物館)。
現在も無人島です。宿泊は禁止されており、日中しか滞在できません。世界遺産。
ミコノス島から船で約30分。最終便を逃すと帰れないため時間管理が要る。
ディディマのアポロン神殿(Temple of Apollo, Didyma)
小アジア最大級の神託所
ディディマのアポロン神殿の住所: トルコ アイドゥン県ディディム
ディディマのアポロン神殿の祀られた神: アポロン
ディディマのアポロン神殿に残るもの: 巨大な列柱(一部は完全な高さで現存)
小アジア(現在のトルコ)にあった大神殿です。デルフォイに次ぐ規模の神託所でした。
完成することなく工事が続き、柱の一部は未完成のまま残っています。加工前の石材がそのまま見られる、珍しい遺跡です。
メドゥーサの巨大な頭部彫刻が地面に置かれており、写真でよく知られています。
保存状態がよく、柱の高さがそのまま体感できます。
ミレトス、プリエネと合わせて回る一日ツアーが一般的。
アポロンが現代に残した痕跡
アポロンの名は、宇宙開発と言葉に残りました。
アポロ計画: アメリカの月面着陸計画。「弓を引く神が矢を放つように、宇宙船を月へ送る」という着想から命名された。
月桂冠: 勝者と詩人に与えられる冠。ダフネが月桂樹に変わった物語に由来する。ノーベル賞受賞者を laureate(月桂冠を戴く者)と呼ぶのも同じ。
カサンドラ: 正しい警告を発しながら誰にも信じられない人を指す言葉。経営やリスク管理の分野で「カサンドラ現象」として使われる。
「汝自身を知れ」: デルフォイの神殿に刻まれた言葉。ソクラテスがこれを哲学の出発点に据えたことで、西洋思想の基本命題になった。
アポロンが司るもの
予言・託宣
デルフォイの神託を司る。国家の決定にも用いられた。
音楽・詩
竪琴の神。ムーサたちを率い、詩人に霊感を与える。
医術
病を治し、また疫病を送る両面を持つ。医神アスクレピオスの父。
弓・光
「遠くから射る者」と呼ばれる。後世には太陽神と同一視された。
アポロンが登場するゲーム・アニメ
「太陽神アポロン」として知られていますが、これは後世の同一視です。原典の太陽神はヘリオスであり、アポロンは光・音楽・予言の神でした。
創作では美形の若者として描かれることが多く、罰の残酷さ(マルシュアスの皮剥ぎなど)はほとんど描かれません。
アポロンが登場するゲーム
アポロンが登場するアニメ・漫画・映像
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アポロンについてよくある質問
アポロンは何の神様ですか。
光・音楽・詩・予言・医術を司る神です。デルフォイの神託を通じて、古代ギリシャの国家的な決定に関わりました。
アポロンは太陽神ですか。
本来は違います。太陽神はヘリオスという別の神で、アポロンは光・音楽・予言の神でした。後世に同一視され、現在は太陽神として知られています。
アポロンのローマ名は何ですか。
アポロ(Apollo)です。ギリシャ名がほぼそのまま用いられた珍しい神で、ローマ固有の名を持ちません。
デルフォイの神託とは何ですか。
アポロンが下した託宣です。巫女ピュティアが述べた言葉を神官が詩に整えて伝えました。つねに多義的で、どうとでも解釈できる形になっていたのが特徴です。
月桂冠はなぜアポロンの象徴なのですか。
愛したニンフのダフネが、追われて月桂樹に姿を変えたためです。アポロンは「妻にできないなら、せめて私の木となれ」と言い、以後この木を自らの象徴としました。
カサンドラの呪いとは何ですか。
アポロンが予言の力を与えたあと拒まれたため、「その予言は誰にも信じられない」という呪いを加えたものです。カサンドラはトロイアの滅亡を予言しましたが、誰も信じませんでした。
アポロンと併せて覚えたい言葉・用語
ニンフ(Νύμφη)
山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。