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ギリシャ神話

ヒュギエイアとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Ὑγίεια  / ヒュギエイア

原初の神

健康そのものである女神。医神の娘で、名は「衛生」という語になった。

ヒュギエイアとは何の神様か

ヒュギエイアはひとことで言えば病気にならない状態です。

医神アスクレピオスの娘。姉妹には「すべてを癒す者」パナケイアらがいます。

父と娘の受け持ちは、はっきり分かれています。父は病を治し、娘は病にならないようにする。 治療と健康が、親子として分けられていました。

医師の誓いは「アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイアにかけて」という呼びかけで始まります。二千数百年前の文書に、この名が並んで残っています。

像は決まった形をしています。

片手に杯を持ち、その杯から蛇に水を飲ませている。

この図柄は、いまも薬局の記号として世界中で使われています。

名は「健やかであること」を意味し、そのまま衛生を指す語になりました。手を洗うことを表す現代語は、この女神の名の子孫です。

ヒュギエイアのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ὑγίεια。日本語では「ヒュギエイア」と書きます。

この名は、現代語のなかにそのまま生きています。 衛生を意味する語、公衆衛生や口腔衛生といった言い方の元になっているのは、この女神の名です。神の名が学校の教科名になった、珍しい例です。

もう一つ注意したいのが、アテナ・ヒュギエイアとの区別です。アテナイのアクロポリスには「健康のアテナ」という添え名の祀りがあり、こちらはアテナの一面です。

プルタルコスによれば、神殿の工事で職人が落ちて重傷を負ったとき、ペリクレスの夢に女神が現れて治し方を教え、礼にアテナ・ヒュギエイアの像が建てられたといいます。

ローマではサルースと重ねられました。個人の健康だけでなく、国家が無事であることまで含む言葉です。

Ὑγίεια(ヒュギエイア)

古代ギリシャ語の表記。「健やかであること」を意味する普通名詞でもあり、そこから衛生を指す近代語が作られた。

ヒュゲイア(ヒュゲイア)

日本語での別表記。天文や学術の分野ではこちらの形も見られる。

サルース(サルース)

ローマで対応させられた女神の名。健康と無事を意味し、国家の安泰を祈る対象でもあった。

アテナ・ヒュギエイア(アテナ・ヒュギエイア)

「健康のアテナ」という添え名。アテナイのアクロポリスで祀られ、この女神とは別に立てられた神格である。

ヒュギエイアの物語

  1. 医神の娘 ─ 治すことと、病まないこと
  2. 杯と蛇 ─ 薬局の記号になった図
  3. 医師の誓いに残る名 ─ いまも読み上げられる一行

医神の娘 ─ 治すことと、病まないこと

アスクレピオスには複数の娘がいたと伝えられます。名前がそのまま働きになっています。

ヒュギエイア(健康)、パナケイア(すべてを癒す者)、 イアソ(癒し)、アケソ(治療)。

そのなかで、この女神だけが別の側に立っています。

他の姉妹が「治すこと」を分け持つのに対し、ヒュギエイアが受け持つのはそもそも病まないことです。病気を治す神の家に、病気にならないための神が同居していました。

ギリシャの医学には、食事・運動・入浴・睡眠を整えて健康を保つという考え方が早くからありました。診断や薬と同じ重さで、生活の整え方が論じられます。

この女神は、その考え方が形になったものです。

紀元前四世紀の詩人アリプロンは、この女神への讃歌を残したと伝えられます。

幸いある者たちのなかで、もっとも尊いのはあなただ。

健康を、神々のなかで最も尊いものとして歌う。 治療より予防が上に置かれています。

杯と蛇 ─ 薬局の記号になった図

この女神の像は、ほぼ例外なく同じ形をしています。

立ったまま、腕に蛇を巻きつけ、 片手の浅い杯から、その蛇に飲ませている。

蛇は父アスクレピオスの印でもあります。脱皮して若返ると信じられたためで、古代の医療の場では、実際に無毒の蛇が飼われていました。

父の像では、蛇は杖に巻きついています。娘の像では、蛇は餌を与えられる側にいます。この違いが、二柱の役目の違いをそのまま表しています。

この図柄は近代に受け継がれました。杯と蛇の意匠は、いまもヨーロッパを中心に薬局や薬学部の記号として使われています。

まぎらわしいのは、杖に一匹の蛇が巻きついた図(父のもの)と、杖に二匹の蛇と翼が付いた図ヘルメスのもの)の混同です。医療の記号として本来正しいのは前者ですが、後者が使われている例も少なくありません。

三つの図が近代に混ざり合った結果です。

医師の誓いに残る名 ─ いまも読み上げられる一行

西洋医学の出発点とされる文書の冒頭には、四柱の神の名が並びます。

医神アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイア、 そしてすべての神々にかけて、私は誓う。

この一行のために、ヒュギエイアの名は医学の世界から消えませんでした。

文書そのものは紀元前四世紀ごろにさかのぼるとされます。誓いを立てる相手として神が呼ばれているのは、当時の医術が神の領域と地続きだったことを示しています。

現代の医学部でも、形を変えた宣誓が行われる国があります。神の名は削られていることが多いものの、原文にこの名があること自体は広く知られています。

もう一つ、この女神は名前の側からも医学に残りました。衛生を意味する語です。

十九世紀に、手を洗うこと、水を分けること、下水を整えることが病を防ぐと分かったとき、その分野を呼ぶ名として選ばれたのがこの女神の名でした。

治療の神ではなく、予防の女神の名が使われた。 言葉の選び方として、正確です。

ヒュギエイアの家系図と家族

ヒュギエイアの親: アスクレピオス医神の娘アポロンアポロンの孫にあたるコロニス医神の家系。コロニスの孫にあたる

ヒュギエイアの性格と人物像

ヒュギエイアには、物語がありません。

恋も争いも旅もなく、神話のなかで事件を起こしません。系譜と、像の形と、祈りの言葉だけが残っています。

それでいて、祀られた回数なら主要な神に引けを取りません。 医療の聖域では父と並んで立ち、奉納の碑文には二柱の名が繰り返し刻まれました。病を治してもらった礼を言う相手として、父と同じだけ呼ばれています。

性格として言えるのは、受け身ではないことでしょう。像のなかでこの女神は、蛇に手ずから水を与えています。座って待つのではなく、世話をしている姿です。

健康とは放っておいて得られるものではなく、日々の手入れの結果である。この一点が、像の形として残されています。

もう一つ、時代が下るとこの女神の像は父より多く作られるようになったと言われます。人々が求めたのが、治してもらうことより病まないことだったからです。

願いの中身がそのまま形になった神と言えます。

ヒュギエイアを祀った神殿と遺跡

ヒュギエイアは、単独の神殿より、父の聖域のなかで祀られることが多い女神でした。

住所まで確かめられるのは、エピダウロスと、アテネのアクロポリス南斜面の二か所です。どちらも父アスクレピオスの聖域で、この女神は並んで祀られました。快復した者の奉納碑文に二柱の名が並ぶ例が数多く見つかっています。

このほか、ペロポネソス半島のティタネにも古い祀りがあり、像は女たちが捧げた髪と衣で覆われていて姿が見えなかったとパウサニアスは記しています。ただし、その場所の住所は確かめられませんでした。

アクロポリスの上にあった「アテナ・ヒュギエイア」は、この女神ではなくアテナの一面です。混同しないよう注意が要ります。

エピダウロスのアスクレピオスの聖域(エピダウロスのアスクレピオスのせいいき)

古代ギリシャで最も名高い医療の聖域

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エピダウロスのアスクレピオスの聖域の住所: ギリシャ ペロポネソス半島 エピダウロス遺跡

エピダウロスのアスクレピオスの聖域の祀られた神: アスクレピオス、ヒュギエイア

エピダウロスのアスクレピオスの聖域に残るもの: 神殿・円形建築・参籠所・劇場

病を得た者が各地から集まり、聖域に泊まって夢のお告げを受けた場所です。

父アスクレピオスの聖域ですが、ヒュギエイアもここで並んで祀られました。 快復した者が納めた碑文には、二柱の名が繰り返し刻まれています。

参籠所、円形建築、そして音の良さで知られる大きな劇場が残ります。病を治す場所に劇場があるのは、心身をまとめて整えるという考え方によります。

遺跡はユネスコの世界遺産に登録されている。劇場はいまも上演に使われる。

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アテネのアスクレピオスの聖域(アテネのアスクレピオスのせいいき)

アクロポリス南斜面に置かれた治療の聖域

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アテネのアスクレピオスの聖域の住所: ギリシャ アテネ アクロポリス

アテネのアスクレピオスの聖域の祀られた神: アスクレピオス、ヒュギエイア

アテネのアスクレピオスの聖域に残るもの: 柱廊の基礎と泉の跡

アクロポリスの南斜面、劇場の西隣にあります。紀元前五世紀の末に、エピダウロスから医神の祀りを移して開かれた聖域です。

参籠のための柱廊と、岩から湧く泉の跡が残ります。水が湧く場所が選ばれているのは、この聖域の性格をよく表しています。

パウサニアスは、アクロポリスの上にアスクレピオスの娘ヒュギエイアの像があったとも記しています。

アクロポリス南麓の遊歩道から、ディオニュソス劇場と続けて見られる。

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ヒュギエイアが現代に残した痕跡

ヒュギエイアの名は、衛生という言葉になって、いまも毎日使われています。

衛生を意味する語: 公衆衛生・口腔衛生といった言い方の元になっている語で、この女神の名から作られた。十九世紀に予防医学の分野の名として選ばれた。

ヒュギエイアの杯: 杯と蛇を組み合わせた意匠。ヨーロッパを中心に、薬局や薬学部の記号として今も使われている。

医師の誓い: 西洋医学の出発点とされる文書の冒頭に、アポロン・アスクレピオス・パナケイアと並んでこの名が呼ばれる。

小惑星ヒュギエア: 1849年に発見された小惑星10番の名。小惑星帯のなかでも大きなものの一つに数えられる。

クリムトの天井画: ウィーン大学のために描かれた「医学」の画面下方に、杯と蛇を持つこの女神が大きく描かれた。作品は1945年に城の火災で失われ、写真だけが残る。

ヒュギエイアが司るもの

健康

名がそのまま健やかであることを意味する。病を治すのではなく、病まない状態を司る。

病気平癒

医療の聖域では父アスクレピオスと並んで祀られ、快復の礼を受けた。

疫病除け

疫病が流行した都市がこの女神への祀りを新たに立てた例が伝えられる。

健康長寿

食事・運動・睡眠を整えて保つという古代の考え方が、この女神の姿になっている。

医薬

杯と蛇の意匠は、いまも薬局や薬学の記号として使われている。

ヒュギエイアについてよくある質問

ヒュギエイアはどんな神ですか。

健康そのものを司る女神で、医神アスクレピオスの娘です。父が病を治す神であるのに対し、この女神は病にならない状態を受け持ちます。杯から蛇に水を飲ませる姿で表されます。

衛生という言葉と関係がありますか。

あります。衛生を意味する語は、この女神の名から作られました。十九世紀に、手洗いや上下水道が病を防ぐと分かったとき、その分野を呼ぶ名として選ばれています。

薬局の杯と蛇の記号は何ですか。

この女神の像の形がそのまま記号になったものです。杖に一匹の蛇が巻きついた図は父アスクレピオスのもので、翼と二匹の蛇の図はヘルメスのものです。三つはしばしば混同されます。

医師の誓いに名前が出るのは本当ですか。

本当です。冒頭で「アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイア、そしてすべての神々にかけて」と呼びかけます。紀元前四世紀ごろにさかのぼる文書とされています。

祀られた場所は残っていますか。

エピダウロス遺跡と、アテネのアクロポリス南斜面にある聖域が残ります。どちらも父アスクレピオスの聖域で、この女神は並んで祀られました。

ヒュギエイアと併せて覚えたい言葉・用語

プルタルコス(Plutarch)

ギリシャの著述家。『イシスとオシリスについて』を書いた。オシリス神話が一続きの物語として読めるのはこの書だけだが、ギリシャ語で、神話の成立から二千年以上あとの記録である点に注意が要る。