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ギリシャ神話

サテュロスとは何の神様か|家系図・物語

Σάτυρος  / サテュロス

原初の神

酒神につき従う森の精霊。古い時代の姿は山羊ではなく馬だった。

サテュロスとは何の神様か

サテュロスはひとことで言えば節度を持たない側の存在です。神々の秩序の外にいて、酒と踊りと欲だけで動きます。

ディオニュソスの一行に加わり、信女マイナスたちとともに山を巡りました。手には葡萄酒の杯か、笛か、葡萄の房を持ちます。

ここで一つ、広く誤解されている点があります。

山羊の脚と角を持つ姿は、後の時代のものである。

紀元前の壺絵に描かれたサテュロスは、獅子鼻の男に馬の耳と馬の尾が付いた姿でした。山羊になるのは、牧神パンやローマのファウヌスと混ざってからです。

年老いた頭目をシレノスと呼びます。ディオニュソスの養い親で、いつも酔っており、驢馬から落ちないよう支えられています。

そして、この存在は演劇の一形式に名を残しました。 アテネの悲劇の上演では、三本の悲劇のあとにサテュロスが合唱隊を務める一本が必ず添えられました。

サテュロスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Σάτυρος、複数形は Σάτυροι です。日本語では「サテュロス」が定着しています。

語源は分かっていません。 ギリシャ語のなかで説明が付かず、外から入った語とする見方があります。

ローマでは、もともと別にいた森の神ファウヌスと重ねられました。英語のフォーン(faun)はこの系統です。山羊の脚を持つ姿は、この重なりから生まれたもので、ギリシャの古い時代の姿ではありません。

注意したい点がひとつあります。風刺を意味する英語(satire)は、この名から来た語ではありません。 ラテン語で「盛り合わせ」を意味する別の単語が語源です。綴りが似ているため古くから混同され、いまも誤って説明されることがあります。

Σάτυρος(サテュロス)

古代ギリシャ語の表記。複数形はサテュロイ。語源は定まっておらず、ギリシャ語以外から入った語とする見方もある。

Faunus(ファウヌス)

ローマで重ねられた神の名。英語ではフォーン(faun)。もとは別の森の神だったが、サテュロスと同一視された。山羊の脚という姿はこの融合の産物である。

Σειληνός(シレノス)

年長のサテュロスを指す語。ディオニュソスの養い親とされる老人で、驢馬に乗った姿で描かれる。複数形はシレノイ。

サテュロス劇(サテュロスげき)

古代アテネで、三本の悲劇のあとに上演された一本の劇。合唱隊をサテュロスが務めた。完全な形で残るのはエウリピデス『キュクロプス』一本だけである。

サチュロス(サチュロス)

日本語での別表記。「サテュロス」「サテュルス」も使われる。

サテュロスの物語

  1. 馬だった時代 ─ 山羊になるまで
  2. 酒神の一行 ─ 何をしていたのか
  3. シレノスの答え ─ 酔った老人の暗い言葉
  4. サテュロス劇 ─ 悲劇のあとに笑う
  5. なぜ祀られなかったのか ─ 神ではない存在の位置

馬だった時代 ─ 山羊になるまで

サテュロスの姿は、時代によってはっきり変わります。

紀元前6世紀から5世紀の壺絵に描かれるサテュロスは、次の形です。

人間の体。禿げ上がった額と獅子鼻。 馬の耳と、馬の尻尾。 脚は人間のまま。

山羊の角も、山羊の脚もありません。この時代のサテュロスは、山羊ではなく馬でした。

変わったのは、ヘレニズム期からローマ期にかけてです。牧神パン(山羊の脚と角を持つ)と、ローマのファウヌスが同一視され、姿が混ざりました。

山羊の脚、山羊の角、人間の上半身。

いま「サテュロス」と聞いて思い浮かぶのは、ほぼこちらの姿です。ヨーロッパの絵画も、日本の創作も、この後発の形を受け継いでいます。

古い形を見たいなら、壺絵を見ることになります。 各地の考古学博物館に収蔵された黒絵式・赤絵式の壺には、馬の尾を付けたサテュロスが踊っています。

酒神の一行 ─ 何をしていたのか

サテュロスは単独では動きません。ディオニュソスの一行(ティアソス)の一員として現れます。

一行の構成は決まっています。

先頭に酒神ディオニュソス。 信女マイナスたちが、蔦を巻いた杖を持って続く。 その周りをサテュロスが跳ね回る。

することは三つです。飲むこと、踊ること、女を追うこと。 壺絵に描かれる姿もほぼこの三つに尽きます。

葡萄の収穫と葡萄酒造りの場面にも、必ず描かれます。桶で葡萄を踏み、酒を樽に移すのはサテュロスの仕事でした。労働の場面に登場する数少ない神話の存在です。

一方で、戦いません。 怪物退治にも遠征にも加わらず、英雄と戦った記録もありません。

この点が、ケンタウロスとの違いです。同じく人と獣の混じった存在でも、ケンタウロスは戦って討たれます。サテュロスは討たれません。戦いの外にいるからこそ、笑いの役を担えました。

シレノスの答え ─ 酔った老人の暗い言葉

サテュロスたちの頭目がシレノスです。老いて太り、いつも酔い、驢馬に乗って若い者に支えられています。

この老人には、ひとつだけ重い逸話があります。

プリュギアの王ミダスが、酔って迷い込んだシレノスを捕らえ、手厚くもてなしました。返礼にディオニュソスが「望みを言え」と言い、ミダスは「触れたものが黄金になる力」を求めます。触れた食べ物まで黄金になり、王は飢えました。

もうひとつ、捕らえられたシレノスが問われた話が伝わります。人間にとって最善は何か。

答えは、ふざけた老人のものとは思えないものでした。

最善は、生まれてこないこと。 次に善いのは、生まれたらすぐに死ぬこと。

笑わせる役の存在に、もっとも暗い言葉を言わせている。 ギリシャの喜劇と悲劇の距離の近さが、ここに出ています。

この言葉は、後の時代の哲学や文学で繰り返し引かれてきました。

サテュロス劇 ─ 悲劇のあとに笑う

古代アテネの春の祭りでは、悲劇の上演に決まった順序がありました。

一人の作者が、悲劇を三本続けて上演する。 そのあとに、サテュロス劇を一本上演する。

サテュロス劇の合唱隊は、必ずサテュロスたちが務めます。話の筋は神話から取りますが、扱いは軽く、下品な冗談が入ります。

重い三本を見たあと、同じ観客が同じ日に笑って帰る。 そういう仕組みでした。

完全な形で残っているサテュロス劇は、エウリピデスの『キュクロプス』一本だけです。『オデュッセイア』の一つ目巨人の話を、シレノスとサテュロスたちを加えて喜劇に仕立てたものです。

ソポクレスの『イクネウタイ(追跡者たち)』は、20世紀初めにエジプトで見つかった写本によって、かなりの部分が読めるようになりました。生まれたばかりのヘルメスが牛を盗んだ跡を、サテュロスたちが追う筋です。

大量に書かれ、ほとんど失われた。 サテュロス劇の現状はこの一言に尽きます。

なぜ祀られなかったのか ─ 神ではない存在の位置

サテュロスの神殿はありません。願をかけた記録もありません。理由ははっきりしています。

この存在は、祈る相手ではなく、祭りの中に現れる者だったからです。

ディオニュソスの祭りでは、人がサテュロスの扮装をしました。馬の尾を付け、仮面をかぶり、行列に加わります。祀られる側ではなく、演じる側にいました。

もうひとつ、個体として名前を持たないことが大きく効いています。ゼウスアポロンは一柱の神ですが、サテュロスは種族です。誰に祈るのかを決められません。

例外はシレノスで、こちらは名を持ち、逸話も持ちます。それでも神殿は伝わっていません。

かわりに残ったのが造形です。壺絵、彫刻、噴水の口。とくに眠るサテュロスを彫った大理石像は、ローマ期の複製が各地に残り、近世ヨーロッパの美術に大きく影響しました。

祈られなかったが、いちばん多く彫られ描かれた。 神殿の有無と、残存量は比例しません。

サテュロスの家系図と家族

サテュロスの性格と人物像

サテュロスの性格は、一言でまとまります。我慢しない。

欲しいものは取りに行き、飲めるだけ飲み、疲れたら寝ます。企みも復讐もありません。悪意がないまま迷惑である、という位置に置かれています。

ギリシャの神々は、たいてい何かを司ります。掟、戦、知恵、婚姻。サテュロスは何も司りません。役目を持たない存在です。

それでも神話に不可欠なのは、対比の役を担うからです。オリュンポスの神々が秩序を代表するなら、サテュロスは秩序の外を代表します。酒神ディオニュソスが「日常を外れる時間」の神である以上、その一行には節度のない者が要りました。

見落とされがちなのは、技芸を持つことです。笛を吹き、踊り、葡萄酒を造ります。粗野なだけの存在ではありません。マルシュアスのように、神と競うほどの笛の名手も出ています。

欲望と芸能が同じ体に入っている。 サテュロスの造形は、その二つを切り離さなかったところに面白さがあります。

サテュロスゆかりの地と遺跡

サテュロスを祀った神殿はありません。 祈願の対象ではなく、祭りのなかで人が扮装して演じる存在だったためです。

種族の名であって個体の名でないことも大きく効いています。誰に祈るのかを決められません。

ただし、姿を刻んだ遺物はきわめて多く残りました。壺絵、大理石像、噴水の吐水口、劇場の装飾。ギリシャ美術のなかで、もっとも数多く描かれた存在の一つです。

サテュロス劇が上演された劇場そのものは各地に残ります。アテネではアクロポリスの南側斜面に劇場があり、春の祭りの上演はここで行われました。ただしこれはディオニュソスに捧げられた劇場であって、サテュロスを祀った施設ではありません。

年長のシレノスについては名も逸話もありますが、こちらにも神殿は伝わっていません。

サテュロスが現代に残した痕跡

サテュロスの名は、演劇・美術・生物名として現代に残りました。

サテュロス劇という形式: 三本の悲劇のあとに一本添えられた喜劇。完全に残るのはエウリピデス『キュクロプス』のみで、演劇史の用語としていまも使われる。

ジャノメチョウの仲間の分類名: 蝶の一群にこの名が与えられている。森の下草を好み、翅に目玉模様を持つ仲間である。

「バルベリーニの牧神」: 眠るサテュロスを彫った大理石像。ローマで見つかり、現在はドイツのミュンヘンにあるグリュプトテークが所蔵する。

ローマ期の「休息するサテュロス」の複製群: 原作はプラクシテレスとされる。ローマ時代の複製が数多く作られ、各地の美術館に残っている。

医学用語のサテュリアシス: 男性の過剰な性衝動を指す語として、この名が用いられた。

ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」: 1894年初演の管弦楽曲。マラルメの詩をもとにしており、題の牧神はローマのファウヌスを指す。

サテュロスが司るもの

葡萄酒

酒神ディオニュソスにつき従う存在で、葡萄を踏み、酒を造る場面に必ず描かれた。

踊り

祭りの行列で跳ね回る姿が造形の中心にある。人がその扮装をして行列に加わった。

音楽

笛の名手として描かれる。葦笛と横笛のいずれも、この存在の持ち物とされた。

豊穣

大地の実りと生命力に結び付けられた森の精霊であり、葡萄の収穫と結び付けて語られた。

笑い

サテュロス劇は、三本の悲劇のあとに笑って帰るための一本だった。

サテュロスが登場するゲーム・アニメ

創作で使われるのは、ほぼ山羊の脚を持つ後発の姿です。 古い時代の馬の耳と馬の尾を採る作品は、ほとんどありません。

もうひとつ抜け落ちるのが、演劇との結び付きです。原典でのサテュロスは、笑いを担当する舞台上の存在でした。創作では森の妖精や敵として扱われ、劇場との関係は残りません。

シレノスの「最善は生まれてこないこと」という言葉も、まず使われません。

サテュロスが登場するゲーム

女神転生シリーズ

山羊の脚を持つ姿の悪魔として登場します。後発の造形がそのまま採られています。

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God of War シリーズ

酒神に従う敵として登場します。

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Hades(ハデス)

酒神ディオニュソスの周辺の存在として言及されます。

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各種ロールプレイングゲームの森の敵

笛を吹き、踊りで惑わすという性質が、そのまま能力として使われています。

サテュロスが登場するアニメ・漫画・映像

ナルニア国ものがたり

傘を持ったフォーンのタムナス氏が登場します。ローマのファウヌス系の姿です。

ディズニー「ファンタジア」

田園交響曲の場面に、酒神の一行として現れます。

パーシー・ジャクソンシリーズ

主人公の相棒がサテュロスとして設定されています。

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サテュロスについてよくある質問

サテュロスとは何ですか。

酒神ディオニュソスにつき従う森の精霊です。酒と踊りと笛を好み、女性を追い回す存在として描かれました。個体の名を持つ神ではなく、種族として語られます。

サテュロスのローマ名は何ですか。

ファウヌス(Faunus)です。英語ではフォーン(faun)。もとは別の森の神でしたが、サテュロスと同一視されました。山羊の脚という姿は、この融合から生まれています。

サテュロスは山羊ですか、馬ですか。

古い時代は馬です。紀元前の壺絵では、馬の耳と馬の尻尾を持つ人間の姿で描かれています。山羊の脚と角を持つ姿は、牧神パンやローマのファウヌスと混ざった後の時代のものです。

シレノスとサテュロスの違いは何ですか。

シレノスは年長のサテュロスを指す語です。とくにディオニュソスの養い親とされる老人を指し、太って酔い、驢馬に乗った姿で描かれます。

サテュロス劇とは何ですか。

古代アテネで、三本の悲劇のあとに上演された一本の劇です。合唱隊をサテュロスが務め、神話を題材にしながら下品な冗談を交えました。完全な形で残るのはエウリピデス『キュクロプス』一本だけです。

風刺を意味する英語はサテュロスが語源ですか。

違います。ラテン語で「盛り合わせ」を意味する別の単語が語源です。綴りが似ているため古くから混同されてきましたが、別系統の語です。

サテュロスを祀った神殿はありますか。

ありません。祈願の対象ではなく、祭りのなかで人が扮装して演じる存在でした。種族の名であって個体の名ではないため、祈る相手を決められないという事情もあります。