一つ目の巨人。雷霆を鍛えた鍛冶とも、掟を持たない羊飼いともいう。
キュクロプスとは何の神様か
キュクロプスはひとことで言えば同じ名で別の一族が語られている存在です。名は「丸い目」を意味します。ローマでもキュクロプスのまま使われました。
ヘシオドス『神統記』のキュクロプスは、ウラノスとガイアの子である三兄弟です。
ブロンテス(雷)、ステロペス(電光)、アルゲス(閃光)。 額のまんなかに、丸い目がひとつあった。
腕のよい鍛冶で、ゼウスの雷霆、ポセイドンの三叉の矛、ハデスの姿を消す兜を作りました。
一方、ホメロス『オデュッセイア』のキュクロプスは、まったく違います。
畑を耕さず、種も蒔かず、集会も掟も持たない。 それぞれが山の洞窟に住み、互いに関心を持たない。
羊飼いの一族で、その一人ポリュペモスはポセイドンの子。オデュッセウス一行を洞窟に閉じ込め、次々に食いました。
さらに第三の伝えがあります。ミケーネやティリンスの巨石の城壁を積んだのは、この巨人たちだとされました。 「キュクロプス式石積み」という建築用語は、いまも使われています。
キュクロプスのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Κύκλωπες(複数形)。一人を指すときは単数形になります。日本語では複数形のまま「キュクロプス」と呼ぶのが定着しています。
名の意味は「丸い目」です。ただし、この語源にも別の説があります。 「羊の群れを丸く囲う者」と解する読み方で、ホメロスの羊飼いの一族には、そのほうが合うとも言われます。
ローマでも綴りが変わるだけで、別の名には置き換わりませんでした。
日本語では「キュクロプス」と「サイクロプス」の両方が使われます。前者がギリシャ語読み、後者が英語読みで、神話を説明するときはキュクロプス、創作ではサイクロプスという使い分けが多く見られます。
Κύκλωπες(キュクロプス)
古代ギリシャ語の複数形。単数はキュクロプス(Κύκλωψ)。「丸い」と「目」を組み合わせた語と解される。
Cyclopes(キュクロペス)
ローマでの綴り。名は置き換えられず、そのまま使われた。英語では「サイクロプス」に近い読みになる。
Πολύφημος(ポリュペモス)
ホメロスの語る一つ目の巨人の名。「多くを語られる者」を意味する。ポセイドンの子とされる。
サイクロプス(サイクロプス)
日本語での別表記。英語読みに寄せた形で、創作ではこちらも多く使われる。
キュクロプスの物語
- 雷霆を鍛えた三兄弟 ─ 二度閉じ込められた者たち
- ポリュペモスの洞窟 ─ 「誰でもない」という名
- 城壁を積んだ者たち ─ 建築用語になった名
- アポロンの報復 ─ 鍛冶が射殺される
- なぜ目が一つなのか ─ 答えの出ていない問い
雷霆を鍛えた三兄弟 ─ 二度閉じ込められた者たち
ヘシオドス『神統記』のキュクロプスは、たった三人です。
ブロンテス、ステロペス、アルゲス。 心は驕っていたが、手の技はすべての神に並ぶものがなかった。
名はそれぞれ「雷」「電光」「閃光」を意味します。雷を三つの側面に分けた名前です。
この三人の生涯は、閉じ込められることの繰り返しでした。
父ウラノスは、生まれた子らを憎み、大地の底へ押し込めました。クロノスが父を討ったあと、いったん解放されますが、クロノスもまた同じように縛り直します。
解放したのはゼウスでした。ティタン神族?との戦争が十年決着せず、ガイアの助言に従って地下から出したのです。
礼は、武器でした。
ゼウスには雷霆を。 ポセイドンには三叉の矛を。 ハデスには姿を消す兜を。
世界を三分した三兄弟の武器は、すべてこの三人が鍛えたものです。戦況は一変し、ティタン神族はタルタロスへ落とされました。
二代にわたって閉じ込められていた者を味方にしたことが、勝敗を決めています。
ポリュペモスの洞窟 ─ 「誰でもない」という名
『オデュッセイア』第9歌のキュクロプスは、鍛冶ではありません。羊を飼い、乳を搾り、チーズを作る巨人です。
オデュッセウス一行は、その洞窟に入り込みました。戻ってきたポリュペモスは、入口を巨大な岩で塞ぎます。
部下を二人つかんで地に叩きつけ、そのまま食った。
剣で刺せば、岩をどける者がいなくなります。力で解決できない状況が、はじめから設定されています。
オデュッセウスは強い葡萄酒を勧め、名を聞かれてこう答えました。
私の名は「誰でもない」という。
酔って眠った巨人の目を、一行は焼いた杭で潰します。悲鳴を聞いた仲間の巨人たちが外から呼びかけました。
誰かがお前を殺そうとしているのか。
ポリュペモスは叫びます。「誰でもないが私を殺そうとしている」。仲間は病気だと思って帰りました。
翌朝、羊の腹にしがみついて脱出します。しかし船が沖に出たところで、オデュッセウスは本名を名乗ってしまいました。
ポリュペモスは父ポセイドンに祈ります。この呪いが、十年に及ぶ帰還の遅れを生みました。
城壁を積んだ者たち ─ 建築用語になった名
第三の伝えは、建築に関わるものです。
ペロポネソス半島のミケーネとティリンスには、青銅器時代の城壁が残っています。使われている石は巨大で、加工もほとんどされていません。
こんな石を積める人間がいるはずがない。
古代ギリシャの人々はそう考えました。自分たちより前の時代の遺跡であり、誰が作ったか分からなかったのです。
そこで、一つ目の巨人が積んだと説明されました。地理学者ストラボンと旅行家パウサニアスが、この伝えを書き留めています。ティリンスの城壁については、リュキアから呼ばれた七人のキュクロプスが築いたと記されます。
この説明が、そのまま学術用語として現代に残りました。 巨大な自然石を、ほとんど加工せずに積み上げる工法を「キュクロプス式石積み」と呼びます。地中海世界だけでなく、世界各地の同種の石積みにこの語が使われます。
ミケーネとティリンスは、いま世界遺産に登録されています。有名な獅子門も同じ城壁の一部です。
説明のつかない遺跡に、神話の存在を当てはめる。 この形は各地に見られますが、用語として定着した例はほかにあまりありません。
アポロンの報復 ─ 鍛冶が射殺される
キュクロプス三兄弟の最期は、まったく無関係に見える事件から訪れます。
医術の神アスクレピオスが、死者を蘇らせました。冥界の王ハデスが訴え、ゼウスは雷霆を放ってこの神を討ちます。
殺されたのはアポロンの子でした。
父であるゼウスに、手は出せない。
そこでアポロンが向かったのは、雷霆を作った者たちでした。
アポロンは、キュクロプスを射殺した。
武器を作った者に責任を求めたことになります。直接の下手人ではなく、道具を作った側が討たれました。
ゼウスはアポロンをタルタロス?へ落とそうとしますが、母レトの願いで減刑され、代わりに一年のあいだ人間の王のもとで牧人として働く罰を受けます。神が人に仕えた、珍しい場面です。
ただし、この筋にも異なる伝えがあります。射殺されたのはキュクロプス本人ではなく、その子らだったとするものです。三兄弟は不死とされることもあり、書物によって扱いが揺れています。
後代の詩人たちは、彼らをヘファイストスの工房で働く職人として描くようになりました。エトナ山の下で槌をふるい、山鳴りはその音だとされます。
なぜ目が一つなのか ─ 答えの出ていない問い
目が一つである理由を、原典は説明していません。
ヘシオドスは「額のまんなかに丸い目がひとつあった」と書くだけで、なぜそうなのかには触れません。ホメロスに至っては、目が一つだと明言する箇所すら曖昧で、「片目を潰されて盲目になった」という描写から、目が一つだと読まれてきたという経緯があります。
後の時代に、いくつかの説明が試みられてきました。
鍛冶が火花から目を守るため、片目を覆っていたからだとする説。 額に第三の目を持つ者という古い観念に由来するとする説。 頭骨の鼻腔がひとつの穴に見える動物の化石を見たためだとする説。
いずれも確かめる手段がありません。 どれか一つが正しいと書ける段階にはなく、ここでは「分かっていない」と書いておきます。
重要なのは、この造形が後世に途方もない影響を与えたことです。一つ目の巨人という姿は、ヨーロッパ各地の民話に取り込まれ、いまも怪物の定型として使われ続けています。
理由が説明されていないからこそ、いくらでも解釈できる。 この存在が長く生き延びたのは、そのためかもしれません。
キュクロプスの家系図と家族
キュクロプスの性格と人物像
キュクロプスに、一貫した人物像はありません。書物ごとに別の一族だからです。
ヘシオドスの三兄弟は、技術者です。心は驕っていたと書かれますが、行動は一貫しています。閉じ込められ、解放され、礼として最高の武器を作りました。恩に報いる者として描かれています。
ホメロスのポリュペモスは、正反対です。
掟を知らず、客人をもてなす習慣も持たない。 神々を恐れず、自分のほうが強いと言い放つ。
古代ギリシャで、客人をもてなさないことは最大級の非難でした。ゼウスは客人を守る神だからです。ポリュペモスは、ギリシャ人が考える「文明の外」そのものとして造形されています。
ただし、この巨人にも情の場面があります。脱出のあと、羊にこう語りかけます。
私の羊よ、なぜ今日は最後に出ていくのか。 お前も主人の目を悲しんでいるのか。
食われた側の視点で読むと怪物ですが、この一節を読むと、単純な悪役ではなくなります。 ホメロスはそう書きました。
後代の詩人は、さらに人間らしくします。海のニンフ?ガラテイアに片思いし、下手な歌を歌う滑稽な姿として描かれるようになりました。
書物によってキュクロプスの記述が異なるところ
ギリシャ神話は一冊にまとまっていません。キュクロプスについても、 書物によって記述が分かれる箇所が1件あります。 どちらか一方に決めず、両方を出典つきで載せています。
記述が分かれるところ
神統記紀元前700年頃
第139〜146行
- ウラノス ─ 三兄弟として生まれる ─ キュクロプス
ヘシオドス『神統記』のキュクロプスは、ウラノスとガイアの子である三兄弟である。ブロンテス、ステロペス、アルゲスといい、腕のよい鍛冶としてゼウスの雷霆を鍛えた。
イリアス・オデュッセイア紀元前8世紀頃
オデュッセイア 第9歌
- ポセイドン ─ ポリュペモスの父 ─ キュクロプス
ホメロス『オデュッセイア』のキュクロプスは、法も掟も持たない羊飼いの一族として描かれる。その一人ポリュペモスはポセイドンの子であり、鍛冶とはまったく結び付かない。同じ名で別の一族が語られている。
キュクロプスゆかりの地と遺跡
キュクロプスを祀った神殿はありません。 巨人であり、信仰の対象になった記録も残っていません。
かわりに残ったのは、彼らが作ったとされた構造物です。ペロポネソス半島のミケーネとティリンスの城壁がそれにあたります。巨石の積み方に、そのまま「キュクロプス式」という名が付きました。
ポリュペモスの洞窟については、シチリア島の東岸がその舞台とされてきました。エトナ山の沖に並ぶ岩礁は、巨人が投げた岩だと伝えられています。ただし、ホメロスが実在のシチリアを指して書いたという確実な証拠はなく、同一視は後代のものです。ここでは伝承として触れるにとどめます。
後代の詩人が語る「エトナ山の下の工房」も、遺構として確かめられるものではありません。
ミケーネとティリンスの城壁(Mycenae and Tiryns)
キュクロプスが積んだと伝えられた巨石の城壁
ミケーネとティリンスの城壁の住所: ギリシャ ペロポネソス半島 アルゴリス
ミケーネとティリンスの城壁の祀られた神: (祀られた神はいない。伝承地)
ミケーネとティリンスの城壁に残るもの: 城壁、獅子門、地下通路
青銅器時代の城塞遺跡です。使われている石は巨大で、ほとんど加工されていません。
古代ギリシャの人々は、人間にこんな石は積めないと考え、一つ目の巨人の仕事だと説明しました。地理学者ストラボンと旅行家パウサニアスが、この伝えを書き留めています。
ここから、巨大な自然石をほとんど加工せずに積む工法を「キュクロプス式石積み」と呼ぶようになりました。神話の説明が、そのまま建築用語になった例です。
キュクロプスを祀った施設ではありません。 彼らが築いたと考えられた遺跡です。世界遺産(ミケーネとティリンスの古代遺跡群)に登録されています。
所在はユネスコ世界遺産の登録情報(whc.unesco.org/en/list/941)で確認した。
キュクロプスが現代に残した痕跡
キュクロプスの名は、建築用語・気象・生物名として現代に残りました。
キュクロプス式石積み: 巨大な自然石をほとんど加工せずに積み上げる工法。ミケーネやティリンスの城壁を彼らの仕事とした古代の伝えが、そのまま学術用語になった。
熱帯低気圧を指す語: インド洋などの熱帯低気圧を指す語は「輪」を意味するギリシャ語から作られており、この巨人の名と語根を共有する。
ミジンコの仲間の学名: 目が一つに見える小型の甲殻類に、この巨人の名が与えられている。
一つ目の怪物という造形: ヨーロッパ各地の民話に取り込まれ、いまも怪物の定型として使われ続けている。原典が理由を説明していないため、解釈の余地が大きい。
シチリア島沖の岩礁: エトナ山の沖に並ぶ岩は、ポリュペモスが投げた岩だと伝えられてきた。
キュクロプスが司るもの
祈願の対象ではありません
巨人であり、古代に祀られた記録は残っていない。城壁を積んだとされたが、そこで信仰が行われた形跡はない。
キュクロプスが登場するゲーム・アニメ
創作では、ほぼ「一つ目の巨人」という種族として扱われます。 原典の三兄弟が持っていた腕のよい鍛冶という性質は、ほとんど採られません。
描かれるのは、ホメロスの側です。洞窟に住み、人を襲い、目を潰される。物語として動くのはこちらだからです。
一方、ゼウスの雷霆を作ったのが彼らであるという点は、神話の骨格に関わる重要な事実です。オリュンポスの三兄弟の武器は、すべてこの三人の手から出ています。
キュクロプスが登場するゲーム
各種ロールプレイングゲームの巨人
一つ目の巨人という区分そのものが、この存在から広まりました。
アサシン クリード オデッセイ
古代ギリシャを舞台にした作品で、伝承として言及されます。
キュクロプスが登場するアニメ・漫画・映像
映画「シンドバッド」シリーズ
一つ目の巨人が見せ場として登場し、後の映像作品に影響を与えました。
パーシー・ジャクソンシリーズ
ポリュペモスが原典どおりの役どころで登場します。
各種の神話解説書
雷霆を鍛えた三兄弟と、羊飼いのポリュペモスが、別々に紹介されることが多くあります。
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キュクロプスについてよくある質問
キュクロプスとは何ですか。
額のまんなかに丸い目がひとつある巨人です。ただし書物によってまったく別の一族が語られています。ヘシオドスでは雷霆を鍛えた三兄弟、ホメロスでは掟を持たない羊飼いの一族です。
キュクロプスのローマ名は何ですか。
ローマでも同じくキュクロプス(Cyclopes)です。名は置き換えられませんでした。英語読みでは「サイクロプス」に近くなり、日本語でもこの表記が使われます。
キュクロプスは何を作ったのですか。
ゼウスの雷霆、ポセイドンの三叉の矛、ハデスの姿を消す兜です。ティタン神族との戦争のとき、地下から解放してくれたゼウスへの礼として鍛えました。世界を三分した三兄弟の武器は、すべてこの三人の手によります。
ポリュペモスとはどういう関係ですか。
ホメロス『オデュッセイア』に登場する一つ目の巨人で、ポセイドンの子です。オデュッセウス一行を洞窟に閉じ込めて食いましたが、「誰でもない」と名乗った策で目を潰され、逃げられました。ヘシオドスの三兄弟とは別の系統です。
キュクロプス式石積みとは何ですか。
巨大な自然石を、ほとんど加工せずに積み上げる工法です。ミケーネやティリンスの城壁を見た古代ギリシャ人が、人間には積めないと考えて一つ目の巨人の仕事だと説明したことに由来します。この説明がそのまま建築用語として現代に残りました。
キュクロプスの目はなぜ一つなのですか。
原典は理由を説明していません。鍛冶が火花から目を守るためだとする説、額の第三の目という古い観念によるとする説、動物の化石を見たためとする説などがありますが、いずれも確かめる手段がありません。分かっていない、というのが正確です。
キュクロプスはどうなりましたか。
アポロンに射殺されたと伝わります。自分の子アスクレピオスをゼウスの雷霆が討ったため、その雷霆を鍛えた者たちに報復したものです。ただし、射殺されたのは本人ではなく子らだったとする伝えもあり、書物によって扱いが揺れています。
キュクロプスと併せて覚えたい言葉・用語
ティタン神族(ティタンしんぞく)
ウラノスとガイアの子である十二柱の神々。クロノスを王とし、ゼウスとの十年戦争に敗れてタルタロスへ落とされた。「タイタン」とも表記する。
タルタロス(Τάρταρος)
冥界よりさらに深い奈落。神々に逆らった者が落とされる。ティタン神族が封じられている。青銅の金床を天から落とせば大地まで九日、大地からここまでさらに九日かかるとされる。
ニンフ(Νύμφη)
山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。