ティタンの王。父を倒し、自分の子を呑み込み、その子に倒された。

「万民の神話事典」 1874年 / パブリックドメイン 出典
クロノスとは何の神様か
クロノスはひとことで言えば繰り返した神です。
ティタン神族?の末子で、その王。父ウラノスを鎌で討って支配者になりました。
しかし、その父から予言を受けます。
お前も、自分の子に倒されるだろう。
対処は単純でした。妻レアが産む子を、生まれるたびに呑み込んだのです。
レアは末子ゼウスだけを隠し、代わりに石を布でくるんで呑ませました。
育ったゼウスが薬を飲ませると、呑まれた兄姉が生きたまま出てきます。続くティタノマキア?に敗れ、タルタロスへ落とされました。
時の神クロノス(Chronos)とは本来別の神です。名が似ているため古代から混同され、
大鎌を持つ老人=「時の翁(Father Time)」
という西洋美術の図像が生まれました。
クロノスのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Κρόνος。日本語では「クロノス」で定着しています。
もっとも重要な注意点が、時の神との混同です。
Κρόνος(クロノス) = ティタンの王
Χρόνος(クロノス) = 時間そのものを神格化した別の存在
綴りが違います。 頭の文字が K と Χ で別です。
それでも古代から混同され、ルネサンス以降の西洋美術で決定的になりました。
大鎌を持つ老人という「時の翁」の図像は、
父を切った鎌と時間の神が混ざってできたものです。
死神が大鎌を持つ図像も、この混同の延長にあります。
ローマ名サートゥルヌスは、土星と土曜日(Saturday)の語源です。
Κρόνος(クロノス)
古代ギリシャ語の表記。語源は不明。「切る」を意味する語と関連づける説がある。
Χρόνος(クロノス(時))
「時間」を意味する別の語であり、別の神。綴りも発音も微妙に異なるが、古代から混同された。
Saturnus(サートゥルヌス)
ローマ名。英語では Saturn(サターン)。土星と土曜日 Saturday の語源。
クロノスの物語
父を討つ ─ ただ一人手を挙げる
ウラノスは、生まれた子を大地の底へ押し込め続けました。苦しんだガイアは鎌を作り、子らを集めます。
父に報いてくれる者はいないか。
誰も答えませんでした。 恐怖に囚われ、声を出す者すらいません。
ただ一人、末子クロノスが進み出ます。
母よ、私がやりましょう。 あの父を、私は敬いません。
『神統記』は、この場面でクロノスを「よこしまな心を持つ」と形容します。英雄としては描かれていません。
待ち伏せ、夜に降りてきた父を掴み、鎌で切り落とし、後ろへ投げ捨てました。
支配者になります。
しかし去り際、父は言い残しました。
その報いは、いずれ来るだろう。
子を呑み込む ─ 予言を避けようとして
石を呑まされる ─ 妻の裏切り
六人目を身ごもったレアは、両親ガイアとウラノスに相談しました。
二柱は運命を告げ、レアをクレタ島へ送ります。そこでゼウスが生まれ、ガイアが赤子を受け取って隠しました。
そしてレアは、夫のもとへ戻ります。
産着に包んだ大きな石を差し出した。
クロノスは疑いませんでした。
手に取り、腹へ収めた。 愚かにも、その石の代わりに息子が生き残り、やがて自分を打ち負かすことを知らなかった。
この一計が、すべてを決めます。
隠されたゼウスは山羊の乳で育ち、泣き声が父に届かないようクレタの若者たちが盾を打ち鳴らして音を消したと伝えられます。
呑まされた石は、のちに吐き出されてデルフォイに置かれました。世界の中心を示す石として、後世まで実際に見ることができました。
ティタノマキアに敗れる ─ 十年の戦争
成長したゼウスは父に薬を飲ませ、呑まれた兄姉を吐き出させました。
戦争が始まります。
十年続いても、決着はつかなかった。
クロノス側には、ティタン神族の大半がつきました。ゼウス側には、吐き出された五柱。
転機はガイアの助言でした。タルタロス?に閉じ込められている者たちを解放せよ。
一つ目の巨人キュクロプスと、百の腕を持つヘカトンケイル。ウラノスとクロノスが二代にわたって閉じ込めていた者たちです。
解放された彼らは、
ゼウスに雷霆を、ポセイドンに三叉の矛を、ハデスに姿を消す兜を与えた。
そしてヘカトンケイルが、一度に三百の岩を投げ続けました。
大地は震え、海は沸き立ち、天そのものが軋んだ。
ティタン神族は敗れ、タルタロスへ落とされます。 ヘカトンケイルが番人になりました。
閉じ込めた者たちが、閉じ込めた者を閉じ込めた。
黄金時代の王 ─ もうひとつの顔
ここまでとはまったく違う伝えもあります。
ヘシオドスは別の作品『仕事と日々』で、人類の時代を五つに分けました。その最初が黄金時代です。
クロノスが天を治めていたころ、人間は神々のように暮らした。心に憂いなく、労苦も悲しみもなかった。
大地はひとりでに豊かな実りをもたらし、人々は争わず、老いることもなく、眠るように死んだ。
理想の時代の王として描かれています。
ローマではこの側面が強く受け継がれました。サートゥルヌスとして農耕の神とされ、
十二月の祭サートゥルナーリアでは、主人と奴隷の立場が入れ替わった。
黄金時代を一時的に再現する祭です。この祭がクリスマスの習俗の一部の源流とされます。
子を呑む恐ろしい神と、理想の時代の王。 同じ神の、二つの顔です。
クロノスの家系図と家族
クロノスの性格と人物像
クロノスは、同じことを繰り返した神です。
父は子を大地に押し込めました。クロノスは子を腹に呑みました。方法が違うだけで、やっていることは同じです。
そして同じ結末を迎えます。末子に討たれました。
注目すべきは、予言を避けようとした行動が、予言を実現させたことです。
子を呑まなければ、レアは夫を裏切らなかった。
裏切らなければ、ゼウスは隠されなかった。
隠されなければ、討たれなかった。
恐れが、恐れたものを呼び寄せました。
もうひとつの顔である黄金時代の王は、この神の複雑さを示します。ローマのサートゥルナーリア祭では、主人と奴隷が入れ替わりました。
秩序が反転する日の神。
父を倒して秩序を作り、子に倒されて秩序を渡す。この神自身が、反転そのものでした。
クロノスを祀った神殿と遺跡
クロノスの神殿は、ギリシャよりローマに残っています。
ギリシャでは父を切り、子を呑んだ神として恐れられ、祀られることが少なかったためです。
一方ローマではサートゥルヌスとして農耕と富の神になり、国庫を預かるほど信頼されました。
同じ神が、渡った先で正反対の扱いを受けた。
アレス/マルスと同じ構図です。
サートゥルヌス神殿(Temple of Saturn)
ローマ国庫が置かれた神殿
フォロ・ロマーノの西端に、8本の柱が立っています。ローマでもっとも古い神殿のひとつです。
重要なのは、ここが国庫(アエラリウム)だったことです。ローマの公金と公文書が、この神殿の地下に保管されていました。
農耕と豊穣の神であることから、富を守る神とされたためです。
毎年十二月、この神殿を起点にサートゥルナーリア祭が始まりました。主人と奴隷が入れ替わり、贈り物を交換する祭です。
フォロ・ロマーノの入場券で見学できる。コロッセオとの共通券がある。
クレタ島イダ山の洞窟(Idaean Cave, Crete)
ゼウスが隠されて育ったとされる洞窟
クレタ島イダ山の洞窟の住所: ギリシャ クレタ島 プシロリティス山(イダ山)
クレタ島イダ山の洞窟の祀られた神: ゼウス(クロノスから隠された地)
クレタ島イダ山の洞窟に残るもの: 洞窟と大量の奉納品の出土
クロノスから隠されたゼウスが育ったとされる洞窟です。クレタ島の最高峰にあります。
発掘では、青銅の盾を含む大量の奉納品が出土しました。ゼウスの泣き声を消すために若者たちが盾を打ち鳴らした、という伝承と対応します。
この洞窟は紀元前2000年頃から祭祀に使われており、神話より古い信仰の場でした。
ゼウス生誕の洞窟としては、東部のディクテ洞窟を挙げる伝えもあります。どちらが本当かは決着していません。
標高1,500m付近にあり、車で近くまで行ける。冬季は積雪で近づけないことがある。
クロノスが現代に残した痕跡
クロノスの名は、土曜日・土星・時間の図像に残りました。
土星 Saturn/土曜日 Saturday: ローマ名サートゥルヌスによる。曜日名に神の名が残る例のひとつ。
「時の翁(Father Time)」: 大鎌を持つ老人の図像。時の神クロノス(Chronos)との混同から生まれた。死神が大鎌を持つ図像もこの延長にある。
サートゥルナーリア祭とクリスマス: 十二月の祭で、主人と奴隷が入れ替わり贈り物を交換した。クリスマスの習俗の一部の源流とされる。
ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」: プラド美術館所蔵。ゴヤが自宅の壁に直接描いた「黒い絵」の一枚で、西洋絵画でもっとも知られたこの神の像。
クロノスが司るもの
農耕
ローマ名サートゥルヌスは農耕の神。鎌は本来、収穫の道具である。
黄金時代
労苦も争いもない理想の時代の王とされた。
時(後世の混同による)
時の神クロノス(Chronos)と混同され、大鎌を持つ「時の翁」の図像が生まれた。
クロノスが登場するゲーム・アニメ
「子を食う神」の絵として広く知られています。ゴヤの作品の影響が圧倒的です。
一方で「黄金時代の王」というもうひとつの顔は、ほとんど知られていません。ローマではこちらが主流でした。
クロノスが登場するゲーム
サターン(ゲーム機の名)
セガサターンの名は土星に由来し、その土星の名はこの神によります。
クロノスが登場するアニメ・漫画・映像
ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」
1823年頃。子を呑む場面を描いた絵画としてもっとも有名で、美術史に残る作品です。
ルーベンス「サトゥルヌス」
プラド美術館所蔵。同じ場面をより古典的な様式で描いています。
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クロノスについてよくある質問
クロノスは何の神様ですか。
ティタン神族の王です。父ウラノスを討って支配者になりましたが、自分も子ゼウスに倒されました。ローマではサートゥルヌスとして農耕の神とされます。
クロノスと時の神クロノスは同じですか。
別の神です。ティタンの王は Κρόνος、時の神は Χρόνος で綴りが違います。ただし古代から混同され、大鎌を持つ「時の翁」の図像が生まれました。
クロノスはなぜ子を呑み込んだのですか。
「自分の子に倒される」と父ウラノスとガイアに予言されたためです。ティタンの王としての地位を誰にも渡すまいとして、生まれた子を次々に呑み込みました。
呑み込まれた子は死んだのですか。
死んでいません。神は死なないため腹の中で生き続け、ゼウスが薬を飲ませたときに生きたまま出てきました。
クロノスのローマ名は何ですか。
サートゥルヌス(Saturnus)です。土星 Saturn と土曜日 Saturday の語源になっています。
黄金時代とは何ですか。
クロノスが治めていたとされる理想の時代です。労苦も争いもなく、大地がひとりでに実り、人は老いずに眠るように死んだとヘシオドスは記します。
クロノスと併せて覚えたい言葉・用語
ティタン神族(ティタンしんぞく)
ウラノスとガイアの子である十二柱の神々。クロノスを王とし、ゼウスとの十年戦争に敗れてタルタロスへ落とされた。「タイタン」とも表記する。
ティタノマキア(Titanomachia)
ゼウス率いるオリュンポスの神々と、クロノス率いるティタン神族の戦争。十年続き、解放されたキュクロプスとヘカトンケイルの加勢で決着した。
タルタロス(Τάρταρος)
冥界よりさらに深い奈落。神々に逆らった者が落とされる。ティタン神族が封じられている。青銅の金床を天から落とせば大地まで九日、大地からここまでさらに九日かかるとされる。