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ギリシャ神話

ピリュラとは何の神様か|家系図・物語

Φιλύρα  / ピリュラ

大地 ティタン神族

馬の姿のクロノスに追われ、半人半馬の賢者ケイロンを産んだ女神。

ピリュラとは何の神様か

ピリュラはひとことで言えば我が子を見て、人であることをやめた母です。

オケアノスの娘とされる水の精。名はそのまま菩提樹を指します。

クロノスに追われ、牝馬に姿を変えて逃げました。クロノスは牡馬になって追いつきます。妻レアの目をあざむくためだったとも伝えられます。

生まれた子は、上半身が人、下半身が馬でした。

ピリュラは我が子の姿に耐えられず、神々に願います。

もう人の姿でいたくない。

願いは聞き届けられ、女神は菩提樹に変えられました。

捨てられたその子が、のちにケイロンと呼ばれます。アキレウス、イアソン、アスクレピオスを育てた賢者です。

母に拒まれた子が、神話でもっとも多くの英雄を育てました。

ピリュラのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Φιλύρα。日本語では「ピリュラ」または「ピリュラー」と書きます。

この名は、菩提樹を指す普通名詞そのものです。日本で言うシナノキの仲間で、初夏に香りの強い花をつけます。

この木の内皮は薄くはがれ、しなやかで丈夫でした。古代には紐や布、書き物の材料として使われています。変身した先の木が、記録を残す道具になったという重なりは、偶然にせよ印象に残ります。

息子ケイロンは、詩のなかでピリュリデス(ピリュラの子)と呼ばれます。父クロノスの名ではなく、母の名で呼ばれる形です。

ギリシャ神話では、父の名で呼ばれるのがふつうです。母の名で呼ばれる英雄は多くありません。 捨てた母の名が、そのまま子の呼び名になっています。

Φιλύρα(ピリュラ)

古代ギリシャ語の表記。菩提樹、すなわちシナノキの仲間を指す普通名詞でもある。その内皮は薄くはがれ、書き物にも使われた。

ピリュラー(ピリュラー)

長音を残した学術的な表記。

ピリュリデス(ピリュリデス)

「ピリュラの子」の意。詩のなかでケイロンを指すときに使われる呼び名で、父ではなく母の名で呼ばれている。

ピリュラの物語

  1. 牝馬に変わって逃げる ─ クロノスの追跡
  2. 生まれた子を拒む ─ 菩提樹への変身
  3. ケイロン ─ 捨てられた子が育てた英雄たち
  4. 菩提樹という名 ─ 木に残った女神

牝馬に変わって逃げる ─ クロノスの追跡

アポロドーロス『ギリシャ神話』第1巻は、ケイロンの出生をこう記します。

クロノスは馬の姿になってピリュラと交わり、 それゆえケイロンは半人半馬として生まれた。

短い記述ですが、要点は押さえられています。父が馬の姿だったから、子が馬の体を持ったという説明です。

他の伝えでは、順序が逆になっています。ピリュラのほうが先に牝馬へ姿を変えて逃げ、クロノスが牡馬になって追いついた、という筋です。

なぜ馬になったのか。妻レアが近づいてきたので、とっさに姿を変えてごまかしたという伝えがあります。

クロノスは、子に王座を奪われることを恐れて我が子を呑み込んだ神です。その同じ神が、妻の目を盗んで別の女神のもとにいます。

ごまかすために取った姿が、生まれる子の形を決めてしまいました。 神話には、こうした取り返しのつかない筋がしばしば現れます。

生まれた子を拒む ─ 菩提樹への変身

生まれた子を見て、ピリュラは受け入れられませんでした。

上半身は人、下半身は馬。母は、この子を育てることを拒みます。そして神々に願いました。

もう人の姿でいたくない。 この体を、別のものに変えてほしい。

願いは聞き届けられ、女神は菩提樹になりました。名がそのまま木の名です。

ギリシャ神話の変身は、たいてい追われた末に起こります。ダプネも、シュリンクスも、逃げる途中で草木になりました。 ところがピリュラの変身は、逃げ切ったあとに起きています。

追跡から逃れるためではなく、産んだ子から離れるための変身でした。神話の変身譚のなかでも、動機がはっきり違います。

捨てられた子は、山に残されました。伝えによれば、拾って育てたのはアポロンだったとも、独りで育ったともされます。

母が去ったあとの記述は、原典によって割れています。

ケイロン ─ 捨てられた子が育てた英雄たち

母に拒まれた子は、ケイロンと呼ばれるようになりました。

ケンタウロスは、ふつう乱暴な種族として描かれます。酒に酔い、婚礼の席で花嫁をさらう。ところがケイロンだけは違います。

医術を知り、音楽を知り、狩りを知り、 星の巡りを知り、正しいことを知っていた。

育てた弟子の名を並べると、その位置がよく分かります。

アキレウストロイア戦争最強の戦士です。イアソン。アルゴ船の指揮を執りました。アスクレピオス。医術の神になりました。ほかにアクタイオンやテセウスの名も挙がります。

神話でもっとも多くの英雄を育てた存在が、母に捨てられた子でした。

最期も知られています。ヘラクレスの毒矢が誤って当たり、不死のために死ねず、苦しみ続けました。ケイロンは不死を手放し、代わりにプロメテウスの解放と引き換える形で息を引き取ります。

産んだ母が育てず、育てられなかった者が育てる側になったという筋です。

菩提樹という名 ─ 木に残った女神

ピリュラの名は、木の名として今も生きています。

菩提樹はシナノキの仲間で、ヨーロッパでは村の広場や街道沿いに植えられました。初夏に強い香りの花をつけ、蜜がよく採れます。

この木の内皮は薄くはがれ、しなやかで丈夫でした。古代には紐、籠、そして書き物の材料として使われています。

変わった先の木が、言葉を残す道具になった。

母は姿を消しましたが、名前は木として残り、その名で子が呼ばれ続けました。

息子ケイロンは、詩のなかで「ピリュラの子」と呼ばれます。ギリシャ神話では父の名で呼ぶのが通例ですから、これは目立つ扱いです。

もう一つ、黒海の南岸に「ピリュラの島」と呼ばれる場所があったと詩に記されています。クロノスとピリュラが出会った場所とされますが、現在の位置を確定できる資料は確かめられませんでした。

ピリュラの家系図と家族

ピリュラの妻・夫: クロノス馬の姿でピリュラに近づき、半人半馬のケイロンをもうけた

ピリュラの性格と人物像

ピリュラは、ギリシャ神話で数少ない「子を拒んだ母」です。

神々の母は、ふつう子を守ります。レトは追われながら産み、クリュメネは死んだ子を探して歩き、デメテルは娘を取り戻すために大地を枯らしました。

ピリュラは反対の方向へ行きます。生まれた子の姿を見て、自分が人であることをやめました。

拒んだのではなく、耐えられなかった。原典の書き方はそちらに近いものです。 我が子を憎んだとは書かれていません。ただ、その姿を受け止められなかったと記されます。

この女神には、台詞がほとんどありません。願いの一言だけです。姿の描写もなく、他の神との関わりもありません。

それでも、この一つの選択は強く残りました。産むことと育てることは別だという、神話にしては生々しい一点を突いているためです。

そして皮肉なことに、その子は誰よりも多くの子を育てました。育てられなかった者が、育てる側の代表になっています。

ピリュラゆかりの地と遺跡

ピリュラを祀った神殿は確かめられませんでした。

この女神には独立した祭祀の記録がありません。水の精に共通する形で、都市の守り神になった形跡もありません。

ゆかりの地として語られるのは二か所です。一つは黒海の南岸にあったとされるピリュラの島で、クロノスと出会った場所とされます。もう一つは、子ケイロンが住んだとされるギリシャ北部のペリオン山の洞窟です。どちらも、いまの位置を確定できる資料は確かめられませんでした。

祀られていない代わりに、この女神の名は木の名として残りました。ヨーロッパの村の広場や街道沿いに植えられてきた菩提樹が、それにあたります。

神殿ではなく、木のほうに名が残った女神です。

ピリュラが現代に残した痕跡

ピリュラの名は、菩提樹を指す言葉として今も使われています。

菩提樹の名: この女神の名は、シナノキの仲間を指す普通名詞そのもの。ヨーロッパでは村の広場や街道沿いに植えられ、初夏に香りの強い花をつける。

書き物の材料: この木の内皮は薄くはがれ、しなやかで丈夫だった。古代には紐や籠のほか、書き物の材料としても使われた。

ケイロンの呼び名: 賢者ケイロンは詩のなかで「ピリュラの子」と呼ばれる。父ではなく母の名で呼ばれる、ギリシャ神話では珍しい形にあたる。

黒海のピリュラの島: クロノスとピリュラが出会った場所として、詩に島の名が記されている。現在の位置は確かめられなかった。

ピリュラが司るもの

木材

名はそのまま菩提樹を指す。内皮は紐や書き物の材料として使われた。

森の守り

菩提樹に変えられた女神。木そのものとして残った例にあたる。

変化

牝馬に変わって逃げ、さらに菩提樹に変えられた。二度の変身を経ている。

医薬

子ケイロンは医術を教えた賢者で、医術の神アスクレピオスの師にあたる。

養育

自らは育てなかったが、その子が神話でもっとも多くの英雄を育てた。

ピリュラが登場するゲーム・アニメ

創作でのピリュラは、ケイロンの出自を説明するためにだけ現れます。母が子を拒んだという筋は重い題材ですが、正面から扱われることは多くありません。

一方、子ケイロンは人気のある存在で、賢者や師の役でくり返し登場します。母の名が出るのは、その出自を語る一行のなかだけです。

ピリュラが登場する絵画・彫刻

ケイロンとアキレウスを描いた図像

賢者が少年に竪琴や弓を教える場面。古代の壁画から近世の絵画まで、くり返し描かれてきた主題です。

変身を描いた作品

木に変わっていく女神の図像はいくつかありますが、この女神と特定できる作品は確かめられませんでした。

ピリュラが登場するゲーム・創作

ギリシャ神話を題材にした作品

ケイロンの母として名が挙がります。単独で登場することはまれです。

ケンタウロスを扱う作品

ケイロンの出自を説明する場面で名が出ます。

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ピリュラについてよくある質問

ピリュラはどんな神ですか。

オケアノスの娘とされる水の精で、名はそのまま菩提樹を指します。馬の姿になったクロノスとの間に、半人半馬の賢者ケイロンを産みました。子の姿に耐えられず、自ら願って菩提樹に変えられたと伝えられます。

なぜケイロンは半人半馬なのですか。

アポロドーロスは、クロノスが馬の姿でピリュラと交わったためだと記しています。妻レアの目をあざむくために馬に変わったという伝えもあり、その姿がそのまま子の形になりました。

ピリュラはなぜ子を拒んだのですか。

生まれた子の姿に耐えられなかったためと伝えられます。憎んだとは書かれておらず、受け止められなかったという書き方です。神々に願って菩提樹に変えられました。

ケイロンはどんな存在ですか。

ケンタウロスのなかで唯一、医術・音楽・狩り・星の巡りに通じた賢者です。アキレウス、イアソン、アスクレピオスなど多くの英雄を育てました。母に捨てられた子が、育てる側の代表になっています。

ピリュラを祀った神殿はありますか。

確かめられませんでした。黒海南岸のピリュラの島や、ケイロンが住んだとされるペリオン山の洞窟がゆかりの地として語られますが、いずれも位置を確定できませんでした。

ピリュラと併せて覚えたい言葉・用語

トロイア戦争(トロイアせんそう)

ギリシャ軍とトロイアの十年に及ぶ戦争。パリスがスパルタ王妃ヘレネを連れ去ったことから始まった。ホメロス『イリアス』はその十年目を描く。