穀物の女神。娘を奪われ、地上を枯らして季節を生んだ。

「万民の神話事典」 1874年 / パブリックドメイン 出典
デメテルとは何の神様か
デメテルはひとことで言えば世界を止めた神です。穀物と農耕を司ります。ローマ名はケレース(穀物 cereal の語源)。
娘ペルセポネをハデスに連れ去られたとき、この女神は捜索の旅に出ました。九日九夜、飲まず食わずで探し続けます。
真実を知ったとき、神々への抗議として、大地を実らせるのをやめました。
種は芽を出さず、牛が幾度鋤を引いても、麦は生えなかった。 人類は飢えて滅びかけた。
ゼウスは折れて返還を命じます。しかしペルセポネは冥界のザクロを口にしていました。
娘が地下にいるあいだ、大地は実らない。 戻れば春が来る。
季節はこうして生まれました。
この物語を核とするエレウシスの秘儀?は、古代ギリシャで最も重要な宗教儀礼のひとつでした。
デメテルのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Δημήτηρ。日本語では「デメテル」で定着しています。
名は「メーテル(母)」を含みます。前半の「デー」は「大地」とも「穀物」とも解され、いずれにせよ母なる神であることは確かです。
ローマ名ケレースは穀物(cereal)の語源です。シリアル食品の名は、この女神にさかのぼります。
別名テスモポロス(掟を運ぶ者)は重要です。農耕が始まると人は定住し、土地の境界と法が必要になります。 この女神は、その転換そのものを表しています。
Δημήτηρ(デメテル)
古代ギリシャ語の表記。「デー(大地または穀物)」+「メーテル(母)」で「大地の母」あるいは「穀物の母」と解される。
Ceres(ケレース)
ローマ名。英語では Ceres。穀物 cereal の語源で、準惑星ケレスの名でもある。
Θεσμοφόρος(テスモポロス)
「掟を運ぶ者」の意。農耕とともに、定住と法をもたらした神としての呼び名。
デメテルの物語
娘を奪われる ─ 大地が割れる
ペルセポネは、友と花を摘んでいました。
とりわけ美しい水仙が咲いていた。娘が手を伸ばしたそのとき──
大地が割れ、黄金の馬車に乗ったハデスが現れ、娘を攫って地下へ消えた。
娘は叫びました。しかし『ホメロス風讃歌』は記します。
誰も聞かなかった。 神々も、人間も。ただヘカテが洞窟のなかで声を聞き、ヘリオスが空から見ていた。
母デメテルは声を聞きつけ、走りました。しかし娘の姿はありません。
九日九夜、松明を手に、飲まず食わずで大地を探し続けた。
十日目、ヘカテとヘリオスが真実を告げます。ゼウスが許可した略奪でした。
父が、母に無断で娘を渡していた。
老女として人間の家に住む ─ 王子を火に入れる
怒ったデメテルはオリュンポスを去り、老女の姿で人間の世界をさまよいました。
エレウシスの井戸のそばに座っていたところ、王女たちに声をかけられ、王家の乳母として雇われます。
育てたのは王子デモポーンでした。女神はこの子を不死にしようとします。
昼は神々の食物を塗り、夜になると、火のなかへ入れた。 人間の部分を焼き尽くすために。
子は日に日に神々しく育ちました。しかしある夜、母親が見てしまいます。
悲鳴をあげ、子を火から取り上げました。
女神は正体を現し、こう告げます。
人間は愚かで、良いことも悪いことも見分けられない。 おまえは取り返しのつかないことをした。この子は不死になれなかった。
そして命じました。私のために神殿を建てよ。
これがエレウシスの聖域の起源です。
世界を止める ─ 人類が滅びかける
神殿にこもったデメテルは、大地に対する務めを放棄しました。
その年は、大地にとってもっとも恐ろしい年になった。
種を蒔いても芽は出ず、牛が幾度鋤を引いても、麦は白い穂をつけなかった。
人類は飢えました。そして──
人間が滅びれば、神々への供物も絶える。
これが決定打でした。神々は供物によって栄誉を受けます。人類が滅べば、神々の存在意義も失われるのです。
ゼウスは使者を次々に送り、贈り物を並べ、名誉を約束しました。デメテルは一切受け付けません。
娘を見るまでは、オリュンポスへ戻らない。大地を実らせもしない。
ついにゼウスは折れ、ヘルメスを冥界へ送りました。
母親一人が、神々全体を屈服させました。
ザクロの粒 ─ 完全には戻らない
ハデスは、ゼウスの命令に従いました。逆らっていません。
ただし、去り際にひとつだけ手を打ちます。
ザクロの実を、こっそり食べさせた。
粒の数は伝えによって異なり、四粒とも、七粒ともされます。
冥界の食べ物を口にした者は、完全には戻れない。これは掟であり、ハデスが作った規則ではありません。
再会した母は、娘に真っ先に尋ねました。
地下で、何か食べたか。
ペルセポネは答えます。食べたと。
そのため、一年のうち一定期間を冥界で過ごすことになりました。三分の一とも、半分とも伝えられます。
娘が地下にいるあいだ、母は嘆き、大地は実らない。
季節は、母の感情の周期です。
エレウシスの秘儀 ─ 二千年続いた儀式
娘が戻ったあと、デメテルは大地を実らせ、そして人間に贈り物をしました。
エレウシスの王子トリプトレモスに、麦の種と、農耕の技術を教えた。
彼は翼のある竜の車で世界を回り、人々に農耕を伝えたとされます。
そしてもうひとつ。秘儀です。
女神は儀式のやり方を教えた。それは口外を許されぬ、恐るべき秘儀であった。
エレウシスの秘儀は、約二千年にわたって続きました。 参加資格は広く、男女・身分・国籍を問いません(ギリシャ語を話し、殺人の罪がなければよい)。
内容は現在も分かっていません。 数万人が参加しながら、誰一人漏らさなかったからです。漏らせば死罪でした。
分かっているのは、参加者が口をそろえて言ったことです。
これを見た者は幸いである。死後の境遇が違う。
392年、ローマ皇帝の命令で終わりました。
デメテルの家系図と家族
デメテルの性格と人物像
デメテルは、交渉しない神です。
他の神なら、ゼウスに抗議し、条件を引き出そうとするでしょう。この女神は違いました。ただ、実らせるのをやめました。
贈り物も名誉も拒否します。要求はひとつだけ。娘を返せ。
そして勝ちます。神々全体が折れました。
注目すべきは、この女神が人間の側に近いことです。老女の姿で人間の家に住み、乳母を務め、農耕と秘儀を人間に与えました。
エレウシスの秘儀が身分を問わなかったことも同じ方向です。奴隷でも女性でも外国人でも参加できました。 古代ギリシャの制度としては異例です。
母であることが、この神のすべてです。
娘を奪われた怒りが季節を生み、その悲しみを共有する儀式が二千年続きました。個人的な感情が、世界の仕組みそのものになった唯一の例です。
デメテルを祀った神殿と遺跡
デメテルの聖域は、穀倉地帯にあります。エレウシスもナクソスも、麦の穫れる平野を見下ろす位置です。
興味深いのは、エレウシスの中心建物が神殿ではなかったことです。テレステリオンは参加者が入って座るための建物でした。
神を拝む場所ではなく、人が体験する場所。
この構造が、秘儀という形式そのものを表しています。
エレウシスの聖域(Eleusis)
二千年続いた秘儀の中心地
エレウシスの秘儀が行われた聖域です。デメテルが老女の姿でたどり着き、神殿を建てよと命じた地とされます。
中心にあるのがテレステリオン、秘儀が行われた巨大な広間です。神殿ではなく集会場の形をしており、数千人が座れる階段状の座席が壁沿いに設けられていました。
聖域の入口近くには「プルートニオン」と呼ばれる洞窟があります。ハデスが娘を連れて地下へ消えた場所とされました。
毎年秋、アテネから約20キロの道を、参加者が行列を組んで歩きました。その道が今も残っています。
アテネから電車とバスで行ける。現在は工業地帯のなかにあり、遺跡の周囲の景観は大きく変わっている。
デメテル神殿(ナクソス島)(Temple of Demeter, Sangri)
大理石で建てられた初期の神殿
デメテル神殿(ナクソス島)の住所: ギリシャ キクラデス諸島 ナクソス島サングリ
デメテル神殿(ナクソス島)の祀られた神: デメテル
デメテル神殿(ナクソス島)に残るもの: 復元された神殿の一部
紀元前530年頃の神殿で、全体が大理石で建てられた最初期の例とされます。ナクソス島は良質の大理石の産地でした。
のちにキリスト教の聖堂に転用され、そのまま残りました。転用が保存につながった例です。
1970年代以降に発掘・復元が進み、元の姿の一部が組み直されています。
穀倉地帯を見渡す丘の上にあり、農耕の女神の神殿としての立地がよく分かります。
小さな博物館が併設されている。ナクソス島の中心部から車で約20分。
デメテルが現代に残した痕跡
デメテルの名は、食べ物と天体に残りました。
シリアル cereal: ローマ名ケレース(Ceres)に由来する。穀物および穀物加工食品全般を指す語になった。
準惑星ケレス: 1801年に発見された、小惑星帯で最大の天体。当初は惑星とされ、のち小惑星、現在は準惑星に分類される。
元素セリウム: 準惑星ケレスの発見直後に見つかった元素で、その名にちなむ。
季節の説明: 娘が地下にいるあいだ大地が実らないという物語は、季節の交替を説明する神話としてもっとも広く知られる。
デメテルが司るもの
豊作
穀物と農耕を司る。種蒔きと収穫の時期に祭が行われた。
母子
娘を探し続けた物語による。母と子の絆を守る神とされた。
定住と法
「掟を運ぶ者」と呼ばれる。農耕が定住と土地の境界、そして法をもたらした。
死後の安心
エレウシスの秘儀を受けた者は、死後の境遇が良くなるとされた。
デメテルが登場するゲーム・アニメ
「季節の由来」の物語として広く知られる神です。娘が地下にいるあいだ冬が来る、という説明は分かりやすく、児童書でも定番になっています。
一方で「神々を屈服させた母」という側面や、エレウシスの秘儀の重要性は、あまり伝わっていません。
デメテルが登場するゲーム
デメテルが登場するアニメ・漫画・映像
西洋絵画
ベルニーニ「プロセルピナの略奪」(ボルゲーゼ美術館)など、娘が攫われる場面が繰り返し彫刻・絵画になっています。
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デメテルについてよくある質問
デメテルは何の神様ですか。
穀物と農耕を司る女神です。娘ペルセポネを奪われたとき大地を実らせるのをやめ、季節が生まれる原因になりました。
デメテルのローマ名は何ですか。
ケレース(Ceres)です。穀物 cereal の語源であり、準惑星ケレスの名でもあります。
なぜ季節ができたのですか。
ペルセポネが冥界のザクロを口にしたため、一年の一定期間を地下で過ごすことになりました。娘が地下にいるあいだ母デメテルが嘆き、大地が実らないためです。
デメテルはどうやってゼウスに勝ったのですか。
大地を実らせるのをやめただけです。人類が滅びれば神々への供物も絶えるため、神々全体が折れました。贈り物も名誉も一切受け付けませんでした。
エレウシスの秘儀とは何ですか。
デメテルとペルセポネの物語を核とする儀式で、約二千年続きました。身分や国籍を問わず参加でき、受けた者は死後の境遇が良くなるとされました。口外は死罪で、内容は現在も分かっていません。
ザクロを何粒食べたのですか。
伝えによって異なり、四粒とも七粒ともされます。粒の数によって冥界で過ごす期間が決まったという説明がなされます。
デメテルと併せて覚えたい言葉・用語
エレウシスの秘儀(エレウシスのひぎ)
デメテルとペルセポネの物語を核とする儀式。約二千年続き、身分や国籍を問わず参加できた。口外は死罪で、内容は現在も分かっていない。