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ギリシャ神話

プルートスとは何の神様か|家系図・物語

Πλοῦτος  / プルートス

大地 原初の神

富の神。目が見えないので、誰に富を配るか選べない。

プルートスとは何の神様か

プルートスはひとことで言えば目の見えない富です。

名は「富」を意味する普通名詞でもあります。

ヘシオドス『神統記』では、デメテルが英雄イアシオンとの間に生んだ子とされます。生まれた場所はクレタ島の、三度耕された畑です。富とは、まず穀物のことでした。

よく知られているのは目が見えないという設定で、アリストパネスの喜劇がその理由を語ります。

ゼウスがこの神の目を潰した。 善い者と悪い者を見分けられないようにするためである。

劇では、この神の目を治すと富が正しい者にだけ集まり、世の中がひっくり返ります。

図像では、幼子として描かれることが多くあります。平和の女神エイレネや運の女神テュケが、腕に抱く姿です。

冥界の王ハデスの別名プルートンとは、名前が似ていますが別の神です。

プルートスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Πλοῦτος。日本語では「プルートス」「プルトス」と書きます。

もっとも注意が要るのは、冥界の王ハデスとの混同です。

ハデスは、名を直接呼ぶことが避けられ、代わりにプルートン(富める者)と呼ばれました。地下からは作物も金銀も宝石も出てくるから、冥界の王は富の神でもある、という理屈です。

プルートスは、富そのもの。 プルートンは、冥界の王の別名。

語源は同じですが、別の神です。 冥王星を指す語や、ローマ名プルートは、後者から来ています。

もう一つ、この語からは財閥富裕層による支配を意味する語が作られました。政治学でいまも使われる用語です。

地質学や鉱物学にも、この語根を含む用語があります。地下深くで固まった岩を指す言葉で、「地下の富」という発想がそのまま学術用語になった例です。

Πλοῦτος(プルートス)

古代ギリシャ語の表記。富・財を意味する普通名詞でもある。

プルトス(プルトス)

長音を省いた表記。日本語の資料では両方が使われる。

Πλούτων(プルートン)

冥界の王ハデスの別名。「富める者」の意で語源は同じだが、別の神である。ローマ名プルートはこちらから来ている。

ラテン語綴り(プルトゥス)

ローマではギリシャ名がほぼそのまま用いられ、独自の神格は作られなかった。

プルートスの物語

  1. 三度耕された畑で ─ デメテルの子
  2. 目を潰された神 ─ アリストパネスの喜劇
  3. 抱かれる幼子 ─ 像のなかのプルートス
  4. 冥界の王との混同 ─ 名前が似ているだけ

三度耕された畑で ─ デメテルの子

プルートスの生まれは、ヘシオドス『神統記』に短く記されています。

輝くデメテルは、英雄イアシオンを愛し、 三度耕されたクレタの豊かな畑で交わった。 そして良き子プルートスを生んだ。 この神は地上と広い海のいたるところを行き、 出会った者、手のなかに入った者を、 富める者にし、多くの幸いを与える。

母は穀物の女神です。 この一点が、この神の性格を決めています。

ギリシャ人にとって、富とはまず穀物でした。金銀ではありません。畑が実り、蔵が満ちることが富です。

三度耕された畑」という言い方も具体的です。よく手入れされた、いちばん良い畑を指します。富は、耕したところに生まれるという考えが込められています。

ただし、続く一行が重要です。

出会った者、手のなかに入った者を、富める者にする。

出会った者です。選んではいません。この時点ですでに、富が誰に来るかは行き当たりばったりだと書かれています。 目が見えないという設定は、後の時代に加わったものですが、発想の芽はヘシオドスにありました。

エレウシスの秘儀とも関わりが深く、デメテルとペルセポネの物語のなかで、豊かさをもたらす存在として語られます。

目を潰された神 ─ アリストパネスの喜劇

プルートスをもっとも詳しく描いたのは、神話ではなく喜劇です。

アリストパネスの『プルートス』は、紀元前四世紀の初めに上演されました。筋はこうです。

貧しい正直者クレミュロスが、神託に従って一人の盲目の老人を家に連れ帰ります。その老人が、富の神プルートスでした。

なぜ目が見えないのか。神自身が語ります。

子どものころ、私は正しい者と賢い者と、 まっすぐな者のところにだけ行くと言った。 それでゼウスが私の目を潰した。 神々をねたむからである。

善悪を見分けられないようにされた、というのです。

クレミュロスは、この神を医神アスクレピオスの神殿へ連れて行き、目を治します。すると世の中が一変します。

正直者の家に富が流れ込み、悪人が貧しくなる。誰も神に供物を捧げなくなり、神々が困り果てます。

作中には貧乏の擬人化も登場し、鋭い反論をします。

皆が豊かになれば、誰が働くのか。 職人も農夫もいなくなるだろう。

この議論に、劇は答えを出しません。

富が正しく配られたら、世の中はよくなるのか。 アリストパネスは、二千四百年前にこの問いを舞台に載せました。

抱かれる幼子 ─ 像のなかのプルートス

美術のプルートスは、喜劇の老人とは姿が違います。幼子です。

もっとも有名なのが、彫刻家ケピソドトスの作った像です。

平和の女神エイレネが立ち、腕に幼子を抱いている。 幼子は豊穣の角を持ち、女神は顔を下へ向けて見ている。

戦いが止むと富が育つ、という考えを一つの像にしたものです。

パウサニアスは、テーバイにも運の女神テュケが同じ幼子を抱く像があったと記しました。こちらは「運が富をもたらす」という組み合わせになります。

同じ幼子を、二柱の女神が抱いています。

この構図の巧みさは、富がまだ幼いという点にあります。大人ではなく、抱かれる大きさの子です。育ちきっていないから、守る者が要ります。

エレウシスの秘儀に関わる浮き彫りにも、豊穣の角を持つ少年の姿が現れます。デメテルとペルセポネのそばに立つ形です。

喜劇では盲目の老人、美術では抱かれる幼子。 同じ神が、まったく違う姿で表されました。

共通するのは、自分では動けないという一点です。 老人は手を引かれ、幼子は抱かれます。富は、誰かが運ぶものとして描かれています。

冥界の王との混同 ─ 名前が似ているだけ

プルートスについて、いちばん多い誤解を整理しておきます。

冥界の王ハデスとは別の神です。

ハデスは、名を直接呼ぶことが避けられました。恐れられたからです。代わりに用いられた呼び名がプルートン、「富める者」という意味です。

地下からは作物も、金銀も、宝石も出てくる。 だから冥界の王は、富の神でもある。

この理屈で、ハデスに富の性格が加わりました。ローマ名プルートはこの呼び名から来ており、冥王星の名もここに由来します。

一方、プルートスはデメテルの子です。母は穀物の女神で、姉にあたるのがペルセポネ

つまり、プルートスから見ると、ハデスは姉の夫にあたります。 名前が似ているうえに、親族です。混同されるのも無理はありません。

古代でも、二柱を重ねて語る例がありました。エレウシスの秘儀では、両者の区別が曖昧になる場面があります。

それでも、原典上の区別ははっきりしています。

プルートスは富そのもの。目が見えない。 プルートンは冥界の王。姿を消す兜を持つ。

片方は幼子または盲目の老人、もう片方は冥界を治める王です。 日本語の資料でも取り違えが見られるので、確かめる価値のある区別です。

プルートスの家系図と家族

プルートスの親: デメテルクレタ島の三度耕された畑で、イアシオンとの間に生んだ

プルートスのきょうだい: ペルセポネともにデメテルの子

プルートスの性格と人物像

プルートスの性格は、二つの姿から読み取るしかありません。

一つは、アリストパネスの喜劇に出てくる盲目の老人です。おどおどしていて、決断ができず、人に手を引かれて歩きます。

自分がどこへ行くのか、この神は知らない。

富の神でありながら、富を配る先を選べません。 これがこの神の最大の特徴です。

もう一つは、美術に現れる幼子です。女神に抱かれ、豊穣の角を持ち、まだ育ちきっていません。

姿はまるで違いますが、共通点があります。自分では動けないということです。老人は手を引かれ、幼子は抱かれます。

富は、それ自体では動かない。 誰かが運び、誰かが守らなければ、そこに留まりません。ギリシャ人がこの神を通して言おうとしたのは、そういうことだと思われます。

もう一点。この神には悪意がありません。 目が見えないのは罰の結果であって、意地悪をしているのではありません。

喜劇では、目が治ったとたんに正直者のところへ行きます。本来は正しく配りたかった神として描かれています。

配りたいのに配れない。 選びたいのに選べない。

富が偏ることを、神の性格ではなく神の障りとして説明した。 ギリシャ人の言い方は、そういう形を取りました。

プルートスゆかりの地と遺跡

プルートスだけを祀った神殿は確かめられませんでした。

この神は、単独ではなく他の神の祭祀のなかで祀られる存在でした。もっとも深く関わるのが、アテネ近郊で行われたエレウシスの秘儀です。デメテルとペルセポネを中心とする祭りで、豊かさをもたらす少年として浮き彫りに現れます。

ただし、その像や祭壇の位置を現在の地図の上で確定できる資料は見つかりませんでした。 この図鑑では、確かめられない住所を書かない方針を取っています。

姿を伝えるのはのほうです。彫刻家ケピソドトスの作った、平和の女神エイレネが幼子を抱く像。原作は失われましたが、ローマ時代の模作が伝わっています。

パウサニアスは、テーバイにも運の女神テュケが同じ幼子を抱く像があったと記しました。

単独の神殿は無くとも、抱かれる姿として各地に残った神です。

プルートスが現代に残した痕跡

プルートスの名は、富に関わる用語として現代に残りました。

富裕層による支配を指す語: この語根から作られ、政治学でいまも使われる。財閥を指す語も同じ系統である。

地下深くで固まった岩を指す語: 地質学の用語にこの語根が含まれる。「地下の富」という発想が学術用語になった例である。

ケピソドトスの像: 平和の女神が幼子の富を抱く像。母と子の構図で抽象概念を表す型は、この作品から広がったと言われる。

冥王星の名との関係: 冥王星の名は、冥界の王ハデスの別名プルートンから来ている。語源は同じだが、富の神プルートスとは別の神である。

プルートスが司るもの

名がそのまま富を意味する。出会った者、手のなかに入った者を富める者にするとヘシオドスは書いた。

金運

目が見えないため誰に来るか分からない、という考えが古代から語られてきた。

五穀豊穣

母は穀物の女神デメテル。生まれた場所はクレタ島の三度耕された畑である。

豊かさ

平和の女神エイレネの腕に抱かれる幼子として表され、戦いが止むと育つものとされた。

商売繁盛

ヘシオドスは、この神が地上と海のいたるところを行くと記している。

プルートスが登場するゲーム・アニメ

創作でのプルートスは、目が見えないという一点で使われます。 富が理不尽に偏ることを、そのまま図にできるためです。

姿は作品によって分かれます。盲目の老人か、抱かれる幼子か。前者はアリストパネスの喜劇、後者は彫刻の伝統によります。

冥界の王ハデスと取り違えられる例も少なくありません。名前が似ているうえに、姉ペルセポネの夫にあたるため、系譜のうえでも近い位置にいます。

プルートスが登場する絵画・彫刻

ケピソドトス「エイレネとプルートス」

紀元前四世紀の作。平和の女神が幼子を抱く姿で、原作は失われ、ローマ時代の模作が伝わります。

エレウシスの浮き彫り

デメテルとペルセポネのそばに、豊穣の角を持つ少年が立つ図像が知られています。

プルートスが登場する文学・演劇

アリストパネス『プルートス』

紀元前四世紀の初めに上演された喜劇です。目の見えない富の神を治すと、富が正しい者にだけ集まり、世の中がひっくり返ります。

富の配分を扱う作品

「富が正しく配られたら世の中はよくなるのか」という問いは、いまも繰り返し取り上げられます。

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プルートスについてよくある質問

プルートスはどんな神ですか。

富そのものを神格化した神です。ヘシオドス『神統記』では、穀物の女神デメテルが英雄イアシオンとの間に生んだ子とされます。生まれた場所はクレタ島の三度耕された畑で、富とはまず穀物のことでした。

なぜ目が見えないのですか。

アリストパネスの喜劇によれば、ゼウスが目を潰したためです。子どものころ「正しい者のところにだけ行く」と言ったので、善い者と悪い者を見分けられないようにされました。神々をねたむからだ、と神自身が語ります。

冥界の王ハデスと同じ神ですか。

別の神です。ハデスは名を呼ぶのを避けられ、代わりにプルートン(富める者)と呼ばれました。語源は同じですが、プルートスは富そのもの、プルートンは冥界の王の別名です。プルートスから見ると、ハデスは姉ペルセポネの夫にあたります。

女神に抱かれている幼子は何ですか。

この神です。彫刻家ケピソドトスの作では、平和の女神エイレネが腕に抱いています。戦いが止むと富が育つ、という考えを一つの像にしたものです。パウサニアスは、テーバイに運の女神テュケが同じ幼子を抱く像があったとも記しています。

プルートスを祀った神殿はありますか。

この神だけを祀った神殿は確かめられませんでした。単独ではなく、エレウシスの秘儀などデメテルを中心とする祭祀のなかで祀られる存在でした。像や祭壇の位置を現在の地図の上で確定できる資料は見つかりませんでした。

プルートスと併せて覚えたい言葉・用語

エレウシスの秘儀(エレウシスのひぎ)

デメテルとペルセポネの物語を核とする儀式。約二千年続き、身分や国籍を問わず参加できた。口外は死罪で、内容は現在も分かっていない。