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ギリシャ神話

アドニスとは何の神様か|家系図・物語

Ἄδωνις  / アドニス

大地 英雄

没薬の木から生まれ、猪に殺された美青年。血からアネモネが咲いた。

アドニスとは何の神様か

アドニスはひとことで言えば毎年よみがえる若者です。

名はギリシャ語ではありません。を意味する西アジアの語に由来します。生粋のギリシャの神ではなく、東から入ってきた存在です。

出生からして異様です。母ミュラは父を欺いて交わり、露見して逃げ、罰として没薬の木に変えられました。その幹が裂けて生まれたのがアドニスです。

香りの木から、赤子が転がり出た。

赤子の美しさに驚いたアフロディテは、箱に隠してペルセポネに預けます。ところが預かった女神が中を見て、返さなくなりました。

裁定により、一年は三つに分けられます。三分の一を冥界で、三分の一を地上で、残りは自分の好きなように。

狩りの最中、猪の牙に貫かれて死にました。流れた血からアネモネが咲きます。春に咲いてすぐ散る花が、この青年の名で呼ばれ続けました。

アドニスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ἄδωνις。ただし、この名はギリシャ語ではありません。

西アジアのセム系の言葉で「」「わが主」を意味する語が、そのまま名前になっています。神を直接の名で呼ばず、称号で呼ぶ習わしから生まれた形です。

名前ではなく、呼びかけの言葉が名前になった。

フェニキアやシリアで祀られていた若い神が、ギリシャに入ってこの名で呼ばれるようになりました。 メソポタミアのタンムズ、その源にあるドゥムジと、同じ型の物語を持っています。

どれも共通しているのは、若くして死に、女神が嘆き、季節とともに戻るという筋です。作物が枯れて実る繰り返しを、人の姿で語ったものだと考えられています。

現代語には、美しい若い男を指す普通名詞として残りました。神話を離れて、そのまま人を形容する言葉になっています。

Ἄδωνις(アドニス)

古代ギリシャ語の表記。ギリシャ語ではなく、西アジアで「主」を意味する語に由来する。

アドーニス(アドーニス)

長音を残した学術的な表記。

タンムズ(タンムズ)

メソポタミアで同じ型の物語を持つ神の名。若くして死に、季節とともに戻るとされた。アドニスの源流に位置づけられる。

アドニアの祭(アドニアのまつり)

夏の盛りに女たちが行った祭の名。屋上で植物を早く芽吹かせ、枯れたところで嘆いた。

アドニスの物語

  1. 没薬の木から生まれる ─ 罪から始まる出生
  2. 一年を三つに分ける ─ 冥界と地上の取り決め
  3. 猪の牙とアネモネ ─ 死んだあとに咲くもの
  4. 屋上の枯れる庭 ─ アドニアの祭

没薬の木から生まれる ─ 罪から始まる出生

アドニスの物語は、母の罪から始まります。

キュプロス王キニュラスの娘ミュラは、父に恋してしまいました。理由は、アフロディテを侮ったことへの罰だとされます。

乳母の手を借り、暗がりで正体を隠して、娘は父と交わります。十二夜のあと、父は灯りをかざして相手を見ました。

剣を取った父から、娘は夜のなかへ逃げた。

逃げ続けた娘は、もはや生者にも死者にもなりたくないと願います。神はその願いを聞き、身を没薬の木に変えました。没薬は、樹脂を採る香木です。

幹から涙のように樹脂がしたたる。 それが没薬になった。

月が満ちると幹が裂け、赤子が生まれます。罪から生まれた子が、この神話でもっとも美しい若者になりました。

オウィディウスは『変身物語』第十巻でこの一連を語り、語り手をオルフェウスに務めさせています。 妻を失った詩人が、報われない愛の物語を続けて歌う構成です。

一年を三つに分ける ─ 冥界と地上の取り決め

赤子の美しさに驚いたアフロディテは、箱に入れてペルセポネに預けました。誰にも見られないようにするためです。

ところが、冥界の女王は箱を開けてしまいます。そして、返さなくなりました。

育てたのは私だ。 いや、見つけたのは私だ。

争いは裁定に持ち込まれます。アポロドーロスはゼウスが裁いたと記し、別の伝えではムーサカリオペが裁定を任されたとされます。

結果は、一年を三つに分けること。 三分の一は冥界でペルセポネと、三分の一は地上でアフロディテと、残る三分の一はアドニス自身の好きなように。

アドニスは、自分の分もアフロディテと過ごすことを選びました。一年の三分の二を地上で過ごすことになります。

この取り決めは、ペルセポネ自身の境遇とよく似ています。冥界と地上を行き来する存在が、もう一人増えた形です。

季節の巡りを、行ったり来たりで説明する。 地中海の東側に広く見られる語り方が、ここにも現れています。

猪の牙とアネモネ ─ 死んだあとに咲くもの

アドニスの最期は、狩りの場面です。

アフロディテは、猛獣を狩ってはいけないと繰り返し止めました。それでも青年は猪を追い、牙で腿を貫かれて死にます。

猪の正体には諸説あります。アポロドーロスはアルテミスの怒りによるものとし、後代にはアレスが嫉妬して猪に化けたとする伝えも生まれました。

女神が駆けつけたときには、もう息がなかった。

アフロディテは血にネクタルを注ぎます。すると泡が立ち、そこから花が咲きました。アネモネです。

風が咲かせ、風が散らす花。

この花は咲いてすぐ散ります。名の元になったのは「風」を意味する語です。 若くして死んだ者を悼む花として、これ以上ふさわしいものはありません。

流れた血からバラが生まれたとする伝えもあります。あるいは、駆けつけた女神が茨で足を切り、その血が白いバラを赤くしたとも語られます。

死んだ場所に花が咲く。 ヒュアキントスも、ナルキッソスも、同じ型を持っています。ただしアドニスだけは、毎年戻ってくるという一点で他と違います。

屋上の枯れる庭 ─ アドニアの祭

アテネでは、夏の盛りにアドニアの祭が行われました。担い手は女たちです。

浅い鉢や壊れた壺のかけらに土を入れ、麦やレタスやウイキョウの種をまきます。それを屋上に並べるのです。

日ざしが強いので、芽はすぐ出る。 根を張る深さがないので、すぐ枯れる。

これが「アドニスの園」と呼ばれました。八日ほどで枯れる庭を、わざと作るのです。

枯れたところで、女たちは声を上げて嘆き、鉢を海か泉に投げ込みました。屋上では嘆きの歌が夜通し続いたといいます。

プラトンは『パイドロス』で、この祭を引き合いに出しています。書き言葉は、真面目な農夫が種をまくのとは違い、八日で枯れる庭のようなものだという文脈です。当時のアテネ人なら誰でも知っている光景でした。

この祭には、実りへの祈願がありません。 収穫を願う祭ではなく、早く育って早く枯れることを、その通りに見せる祭でした。

若くして死ぬということを、都市の女たちが年に一度、屋上で再現していたことになります。

アドニスの家系図と家族

アドニスの妻・夫: アフロディーテ赤子のうちから隠して育て、長じて愛したペルセポネ預かった子を返さず、一年の一部をともに過ごす

アドニスの性格と人物像

アドニスには、自分の言葉がほとんどありません。

生まれ方も、育て方も、一年の分け方も、すべて他人が決めています。自分で選んだと書かれているのは二つだけです。残る三分の一をアフロディテと過ごすと決めたことと、止められても猪を追ったこと。

そして、その二つ目が命取りになりました。

止められて、聞かなかった。

これがアドニスの唯一の意思表示です。若さそのものと言えます。

この人物を、他の変身譚と比べると輪郭がはっきりします。ヒュアキントスは事故で死に、花になって終わります。ナルキッソスは自分に見入って死にます。アクタイオンは過失で罰せられ、犬に噛み殺されて終わります。

アドニスだけが、戻ってきます。 一年の三分の一を冥界で、残りを地上で過ごす。死んだあとも往復を続ける存在です。

この違いは、出自から来ています。もともと東方の植物の神でした。作物は毎年枯れ、毎年芽を出します。神も同じように、死んで戻ります。

ギリシャに入ってからは、その性格が薄れ、美しくて早く死んだ若者という面が前に出ました。現代語で美青年を指す普通名詞になったのは、その延長です。

神としては循環する存在、物語としては散る存在。 二つの読み方が重なったまま伝わっています。

アドニスを祀った神殿と遺跡

住所を確かめられた神殿はありませんでした。 ただし、この存在が実際に祀られていたことははっきりしています。

アテネでは夏の盛りにアドニアの祭が行われました。神殿での儀式ではなく、女たちが自分の家の屋上で行う祭です。 浅い鉢に種をまき、すぐ芽吹いてすぐ枯れる庭を作り、枯れたところで嘆きました。

源流にあたるフェニキアやシリアにも、同じ型の若い神への祭祀が広く伝わります。レバノン地方には、この神の名を持つ川があるとされ、春に赤く濁ることが流された血に結び付けられました。

神殿を中心とする祭ではなく、家と屋上と嘆きの祭でした。 恒久的な建物が残りにくい形式です。

遺構の位置を一次の資料で確かめられなかったため、この欄は空にしています。

アドニスが現代に残した痕跡

アドニスの名は、美しい若者を指す普通名詞として現代に残りました。

美青年を指す言葉: 神話を離れ、容姿の整った若い男を指す普通名詞として各国語に定着している。

アネモネ: 流れた血から咲いたとされる花。名は「風」を意味する語から作られ、咲いてすぐ散ることに由来する。

福寿草の学名: キンポウゲ科の一群に、この名が属名として使われている。早春に咲き、赤い花を付ける種があることによる。

「アドニスの園」という言い回し: すぐ枯れる浅はかなものを指す表現。プラトンが書き言葉をたとえるのに使った。

アドニスが司るもの

再生

一年の一部を冥界で、残りを地上で過ごす。死んだあとも往復を続ける存在である。

生まれ変わり

東方の植物の神に由来し、作物が枯れて芽吹く繰り返しを人の姿で語ったものと考えられている。

現代語では、美しい若い男を指す普通名詞として使われている。

恋愛

アフロディテとペルセポネが取り合った青年。裁定によって一年が三つに分けられた。

花と実り

流れた血からアネモネが咲いた。咲いてすぐ散る、風の名を持つ花である。

アドニスが登場するゲーム・アニメ

アドニスは、名前が普通名詞になって独立した数少ない例です。 美しい若い男を指す言葉として、神話を知らない人にも通じます。

絵画では、狩りへ出ようとする青年を女神が引き止める場面が繰り返し描かれました。これから死ぬと分かっている別れという構図が、画家を引きつけたのだと考えられます。

アドニスが登場する絵画・彫刻

ティツィアーノ「ウェヌスとアドニス」

狩りに出ようとする青年を、女神が引き止める場面を描いた作。同じ主題の作例が複数残ります。

ルーベンス「ウェヌスとアドニス」

別れの場面を大きく描いた作。犬と槍が、これから起きることを示しています。

アドニスが登場する文学・創作

オウィディウス『変身物語』第十巻

母ミュラの物語から死とアネモネまでを、オルフェウスの語りとして続けて歌います。

シェイクスピア「ヴィーナスとアドーニス」

1593年の長詩。求める女神と拒む青年という構図で書かれています。

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アドニスについてよくある質問

アドニスはどんな存在ですか。

アフロディテに愛され、猪に殺された美青年です。名は西アジアで「主」を意味する語に由来し、生粋のギリシャの神ではありません。若くして死に、季節とともに戻る東方の神の型を受け継いでいます。

アドニスはどうやって生まれたのですか。

母ミュラが父を欺いて交わり、罰として没薬の木に変えられました。その幹が裂けて生まれています。オウィディウスは『変身物語』第十巻でこの一連を語っています。

一年を三つに分けたのはなぜですか。

アフロディテとペルセポネがこの青年を取り合ったためです。三分の一を冥界で、三分の一を地上で、残る三分の一は自分の好きなように過ごすと定められました。アドニスは残りもアフロディテと過ごすことを選んでいます。

アネモネはアドニスの花ですか。

流れた血から咲いたと伝えられます。名は「風」を意味する語から作られ、咲いてすぐ散ることに由来します。バラが生まれたとする別の伝えもあります。

他の変身譚とどこが違うのですか。

戻ってくる点です。ヒュアキントスもナルキッソスも、死んで花になったまま終わります。アドニスだけが一年の一部を地上で過ごし、往復を続けます。もともと東方の植物の神だったためと考えられています。