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ギリシャ神話

カリスとは何の神様か|家系図・物語

Χάριτες  / カリス

原初の神

輝き・喜び・花咲きの三姉妹。人を美しく見せる働きそのもの。

カリスとは何の神様か

カリスはひとことで言えば人を美しく見せる働きです。

ゼウスと海の女神エウリュノメの娘たち。三姉妹の名は、そのまま働きを言い表しています。

アグライア ─ 輝き。 エウプロシュネ ─ 喜び。 タレイア ─ 花咲き。

総称の語は「恵み」「喜ばしさ」「ありがたく思う気持ち」を一語で指します。贈る側の気前よさと、受けた側の感謝が、同じ一語で呼ばれています。

三姉妹はアフロディテに付き従い、女神を湯浴みさせ、油を塗り、衣を着せます。美そのものではなく、美を仕上げる手つきを司る女神たちです。

長女アグライアは、鍛冶の神ヘパイストスの妻になりました。

ボッティチェリ「春」で輪になって踊る三人、ラファエロ「三美神」の三人が、この女神たちです。裸身で輪になり、一人だけ背を向ける構図は古代から続いています。

カリスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Χάριτες。単数形の Χάρις(カリス)が、日本語ではそのまま総称として使われています。

この語は、神の名である前に普通の単語です。意味の幅が広く、一語で次のすべてを指しました。

人を惹きつける美しさ。 気前よく与えること。 与えられて嬉しく思うこと。 そのお返し。

贈ることと感謝することが、同じ言葉で呼ばれています。 与えて、喜ばれて、返される。その循環そのものを一語にしたのがカリスです。

この語は、後にキリスト教で「神の恵み」を表す語として使われ、そこから神から与えられた特別な力を意味する現代語が生まれました。人を惹きつける魅力を指す言葉です。

また、感謝を意味する語として、教会の儀式の名にも残りました。女神の名が、まったく別の宗教の中心語彙になった珍しい例です。

Χάριτες(カリテス)

古代ギリシャ語の複数形。単数は Χάρις(カリス)で、恵み・喜ばしさ・感謝を意味する普通名詞でもある。

カリテス(カリテス)

複数形をそのまま写した日本語表記。三姉妹をまとめて指すときに使われる。

グラティアエ(グラティアエ)

ローマで対応させられた三女神の名。美術では「三美神」の題でよく知られる。

カリスたち(カリスたち)

日本語では単数形をそのまま総称に使うことが多い。地域によって二柱とも三柱とも数えられた。

カリスの物語

  1. 三人の名前 ─ 輝き・喜び・花咲き
  2. 何人いるのか ─ 地域で違った数
  3. 輪になって踊る三人 ─ 図像が生き残った理由

三人の名前 ─ 輝き・喜び・花咲き

ヘシオドス『神統記』は、三姉妹の名を並べます。

ゼウスはエウリュノメを娶り、 美しい頬のカリスたちを生ませた。 アグライア、エウプロシュネ、そして愛らしいタレイア。

名の意味は、それぞれ輝き喜び花咲きです。三つ合わせると、人が美しく見えるときの条件がそろいます。 つやがあること、機嫌がよいこと、盛りであること。

注意したいのは、これが美の定義ではないことです。美そのものはアフロディテの領分です。カリスが司るのは、その美を人が受け取れる形にすること。

もう一つ、タレイアという名はムーサにもあります。 どちらもゼウスの娘ですが、母が違い、持ち物も違います。喜劇の仮面を持つならムーサ、輪になって踊る三人の一人ならカリスです。

この図鑑では、カリスのタレイアを独立の記事にしていません。 伝わる事績が三姉妹としてのものに限られ、分けて書くと同じ話が二度並ぶためです。

何人いるのか ─ 地域で違った数

「優美の三女神」という呼び方は定着していますが、三人とは限りませんでした。

パウサニアスは、地域ごとの違いを丁寧に書き残しています。

スパルタでは二柱。 アテネでも二柱。 ボイオティアのオルコメノスでは三柱。

名前も違います。アテネではアウクソ(育てる者)とヘゲモネ(導く者)、スパルタではクレタ(音)とパシテアの二柱でした。

数も名前も土地ごとに違い、三人に固まったのはヘシオドスの系譜が広まった結果です。

もっとも古い信仰の地とされるのがオルコメノスです。パウサニアスによれば、そこでは像ではなく天から落ちてきた石が祀られていました。人の形をとる前の、古い信仰の形が残っていたことになります。

この町では四年ごとに音楽の競技も開かれました。カリスは、美の女神であると同時に、祭りと歌の女神でもあったことが分かります。

ホメロスの詩では、カリスは単数で出てくることもあります。ヘパイストスの妻を、名前ではなく「カリス」とだけ呼ぶ箇所です。

輪になって踊る三人 ─ 図像が生き残った理由

カリスの図像には、二千年変わらない型があります。

三人の女性が並び、腕を絡め、両端の二人がこちらを向き、中央の一人が背を向ける。 手には花か、果実か、香油の壺を持ちます。

この構図は古代のレリーフや壺絵に現れ、ポンペイの壁画に受け継がれ、ルネサンスの画家たちがそのまま採用しました。

ボッティチェリ「春」の左側で輪になる三人。 ラファエロ「三美神」。 カノーヴァの大理石像。

なぜこの型が生き残ったのか。理由の一つは、前と後ろが同時に見えることです。人体を三方向から見せられる構図は、彫刻家と画家にとって格好の練習でもありました。

もう一つは、意味の読みやすさです。ルネサンスの学者たちは、この三人に「与える・受け取る・返す」の循環を読み込みました。名の意味そのものが、贈与の循環だからです。

神話の物語はほとんど残らなかったのに、姿だけが残った。 カリスは、その代表例です。

カリスの家系図と家族

カリスの親: エウリュノメ優美の三女神カリスの母ゼウス優美の三女神の父

カリスの妻・夫: ヘファイストス長女アグライアが鍛冶の神の妻となる

カリスの性格と人物像

カリスには、個人としての物語がありません。

三人まとめて動き、まとめて描かれます。台詞を持つのは、『イリアス』でヘパイストスの妻として客を迎える場面くらいです。

客をもてなし、椅子を勧め、夫を呼びに行く。

この短い場面が、この女神たちの性格をよく表しています。自分が主役になる場面が、一つもありません。

付き従う相手も決まっています。アフロディテを装わせ、ムーサとともに歌い、婚礼の席を整える。いつも誰かの脇にいて、その場を良くしています。

ギリシャの神々には珍しく、怒りの記録がありません。 侮辱されて罰した話も、争った話も伝わっていません。復讐の物語を持たない神は、この神話ではごくわずかです。

もう一つの特徴は、断らないことです。頼まれれば装い、頼まれれば歌います。眠りの神ヒュプノスが妻に望んだカリスの一人を、ヘラが約束して差し出す場面が『イリアス』にありますが、当人が拒んだとは書かれていません。

与えることそのものである神が、断る場面を持たないのは筋が通っています。 ただしそれは、この女神たちに意思が無いという意味ではありません。ギリシャ人は、恵みとは惜しまずに出すことだと考えました。その考えが、そのまま神の姿になっています。

カリスを祀った神殿と遺跡

カリスを祀った場所の住所は確かめられませんでした。 ただし、この女神たちが実際に祀られていたことは、はっきりしています。

パウサニアスは、ボイオティア地方のオルコメノスにもっとも古いカリスの聖所があったと書いています。そこでは人の形の像ではなく、天から落ちてきたとされる石が祀られていました。 四年ごとに音楽の競技も開かれたと伝えられます。

スパルタとアテネにもカリスの聖域があり、それぞれ二柱として祀られていました。名前も土地ごとに違います。

遺構の位置を一次の資料で確かめられなかったため、この欄は空にしています。 関係の薄い有名な神殿で埋めることはしません。

本文で述べたとおり、カリスは単独の大きな神殿を持つより、他の神の神域のなかで祀られることの多い女神でした。

カリスが現代に残した痕跡

カリスの名は、恵みと魅力を表す言葉として現代に残りました。

人を惹きつける力を指す語: 神から与えられた特別な力を意味する語として使われ、そこから現代語の「人を惹きつける魅力」が生まれた。

感謝の儀式を指す語: 感謝を意味するギリシャ語が、キリスト教の儀式の名として使われている。語根はカリスと同じである。

三美神という画題: 輪になって立つ三人の女性像は、ヨーロッパ美術で最も繰り返し描かれた主題の一つ。

小惑星群の名: アグライア、エウプロシュネ、タレイアの名は、それぞれ小惑星の名として使われている。

カリスが司るもの

美そのものではなく、美を人が受け取れる形に仕上げる働きを司る。

喜び

三姉妹の一柱エウプロシュネの名がそのまま喜びを意味する。

和合

与え、喜ばれ、返される循環を一語で表す名を持つ。

人間関係

婚礼や宴の席を整え、贈り物のやり取りを司る女神とされた。

容姿端麗

アフロディテを湯浴みさせ、油を塗り、衣を着せる役を務める。

カリスが登場するゲーム・アニメ

カリスは、物語ではなく構図として生き残った女神です。 輪になって立つ三人という型が、古代から近代まで途切れずに描き継がれました。

個々の名前はあまり知られていません。「三美神」という呼び方のほうが通りがよく、そのなかの誰がアグライアなのかを気にする鑑賞者は多くありません。姿が名前を追い越した例です。

カリスが登場する絵画・彫刻

ボッティチェリ「春」

画面の左側で輪になって踊る三人がカリスです。ウフィツィ美術館が所蔵しています。

ラファエロ「三美神」

小さな板絵に、それぞれ球を手にした三人が描かれています。古代の構図をほぼそのまま受け継いだ作例です。

カノーヴァ「三美神」

十九世紀初めの大理石像。寄り添う三人を彫った作で、古代以来の型を近代の彫刻に移しました。

カリスが登場する文学・創作

婚礼と宴の場面

神々の宴や婚礼を描く物語では、席を整え装いを助ける役としてこの女神たちが現れます。

美術の教科書の作例

人体を三方向から見せる構図の代表例として、繰り返し取り上げられてきました。

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カリスについてよくある質問

カリスはどんな神ですか。

ゼウスとエウリュノメの娘とされる優美の三女神です。アグライア(輝き)、エウプロシュネ(喜び)、タレイア(花咲き)の三姉妹で、アフロディテに付き従い、装いを整える役を務めます。

カリスは何人いるのですか。

土地によって違います。ヘシオドスは三人としますが、スパルタとアテネでは二柱として祀られ、名前も違いました。三人に固まったのはヘシオドスの系譜が広まった結果です。

ムーサのタレイアと同じ神ですか。

別です。カリスのタレイアはエウリュノメの娘、ムーサのタレイアはムネモシュネの娘で、母が違います。喜劇の仮面を持つならムーサ、輪になって踊る三人の一人ならカリスです。

三美神の絵はカリスですか。

そうです。ボッティチェリ「春」の三人も、ラファエロ「三美神」も、カノーヴァの彫刻もこの女神たちを描いています。両端が正面、中央が背を向ける構図は古代から続くものです。

カリスを祀った神殿はどこですか。

住所を確かめられた場所はありませんでした。ボイオティア地方のオルコメノスに最も古い聖所があり、天から落ちた石が祀られていたとパウサニアスは伝えています。

カリスと併せて覚えたい言葉・用語

ムーサ(Μοῦσαι)

学問と芸術を司る九人の女神。英語ではミューズ。museum(ムーサの神域)と music(ムーサの技)の語源。