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ギリシャ神話

メルポメネとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Μελπομένη  / メルポメネ

原初の神

悲劇の仮面と厚底靴のムーサ。セイレーンの母とする伝えがある。

メルポメネとは何の神様か

メルポメネはひとことで言えば歌う女神です。名は「歌い舞う女」を意味し、もとは悲劇に限られた名ではありませんでした。

ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘で、九柱のムーサの一柱。

後世の整理では悲劇を受け持ちます。口を引き結んだ仮面、舞台で背を高く見せる厚底靴、そして英雄の受難を表す棍棒を持つ姿で描かれます。この分担はローマ時代以降のもので、ヘシオドスの段階では九柱はまとめて歌う一団でした。

アポロドーロスは、河神アケロオスとの間にセイレーンを生んだと記します。歌で船人を惑わし、聞いた者を死なせる海の怪物です。

歌の女神から、歌う怪物が生まれた。

セイレーンは後に、その歌でムーサに挑んで負け、羽をむしり取られたと伝えられます。母の姉妹たちに敗れた娘たちという形になります。

メルポメネのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Μελπομένη。日本語では「メルポメネ」または「メルポメネー」と書きます。

この名は、動詞の分詞がそのまま名前になったものです。元の動詞は「歌う」「歌に合わせて舞う」を意味し、合唱歌全般を指しました。悲しい歌に限りません。

名の意味は、ただ「歌っている女」。

悲劇の女神という札は、あとから貼られたものです。 名前のなかに悲しみの要素は一つも入っていません。

ギリシャ語の「悲劇」に当たる語は、「山羊」と「歌」を合わせた形をしています。由来ははっきりせず、山羊が賞品だったから、山羊の皮を着た合唱隊が歌ったからなど、古代から説が分かれていました。

悲劇はもともと、合唱で歌われるものでした。 その意味で、歌う女という名を持つ女神が悲劇に結び付けられたのは、まったく的外れではありません。

Μελπομένη(メルポメネ)

古代ギリシャ語の表記。「歌い舞う」を意味する動詞の女性分詞そのもので、「歌っている女」と読める。

メルポメネー(メルポメネー)

長音を残した学術的な表記。

メルポメーネ(メルポメーネ)

長音の位置を変えた別の学術表記。事典によって揺れる。

悲劇のムーサ(ひげきのムーサ)

後世の分担にもとづく呼び方。もとの名に悲劇の意味はない。

メルポメネの物語

  1. セイレーンの母 ─ 歌が人を殺す側に回るとき
  2. 厚底靴と棍棒 ─ 悲劇の女神の持ち物
  3. 悲劇はなぜ神の領分だったのか ─ 見て泣く場所

セイレーンの母 ─ 歌が人を殺す側に回るとき

アポロドーロスは、セイレーンの親をこう記します。父は河神アケロオス、母はメルポメネ。

セイレーンは、上半身が女で下半身が鳥の姿をした怪物です。島の岸で歌い、通りかかった船人を惹きつけ、そのまま死なせました。

骨が積み上がり、皮が乾いていた。

オデュッセウスは部下の耳に蝋を詰め、自分は帆柱に縛りつけさせて、生きたままその歌を聞いた唯一の人間になりました。

この系譜の面白さは、歌の女神から、歌で殺す者が生まれるという点にあります。同じ技が、人を生かす側にも殺す側にも回る。 ムーサの歌もセイレーンの歌も、聞いた者を我を忘れさせる力です。

さらに、セイレーンは歌でムーサに挑んで負けたと伝えられます。羽をむしり取られ、その羽で女神たちは冠を作ったといいます。

母の姉妹たちに、娘が敗れた。 ムーサに技で挑んだ者が必ず負ける、というこの神話の型が、身内にも容赦なく適用されています。

ただし、セイレーンの母をテルプシコレとする伝えもあります。原典は割れています。

厚底靴と棍棒 ─ 悲劇の女神の持ち物

メルポメネの図像は、九柱のなかでもっとも重々しいものです。

手に持つのは、口を引き結んだ悲劇の仮面。足にはコトゥルノスと呼ばれる厚底の靴。舞台で背を高く見せ、遠くの席からも人物が大きく見えるようにするための履き物です。

さらに、棍棒を持つ姿もあります。これはヘラクレスの武器で、英雄が受ける苦しみを表す印とされました。

大きく見せる靴。 感情を固めた仮面。 英雄の受難を示す棍棒。

どれも、生身の人間より一段大きな存在を演じるための道具です。 ギリシャ悲劇の主人公は、王か英雄か神の血を引く者でした。

喜劇のタレイアと対にされ、笑う仮面と泣く仮面が並ぶ図案が生まれます。この対は今も劇場の看板や緞帳に使われています。

面白いのは、この対が古代の劇場そのものには無かったことです。二つの仮面を並べる図案が広く使われるようになるのは、ずっと後、近世ヨーロッパ以降のことでした。

悲劇はなぜ神の領分だったのか ─ 見て泣く場所

アテネの悲劇は、娯楽ではありませんでした。ディオニュソスの祭りの一部として、市民が総出で見る行事です。

上演は年に一度、数日にわたって行われ、劇作家が競い合いました。審査があり、順位が付き、記録が石に刻まれました。

見に行くのではなく、参加するもの。

アリストテレスは、悲劇を見た者のなかで憐れみと怖れが起こり、それが浄められると論じました。この考え方は今も演劇論の出発点にあります。

泣くために人が集まる場所が、都市の中心に置かれていたことになります。

ムーサとの関係は、少し込み入っています。劇場に祀られたのはディオニュソスで、ムーサではありません。悲劇の女神という札がメルポメネに貼られたのは、後代の整理の結果です。

それでも、この結びつきには理由があります。悲劇の中心は合唱隊の歌でした。歌う女という名を持つ女神が選ばれたのは、その一点で筋が通っています。

分担の表は後世のものですが、まったくの思いつきではありません。 名前の意味を手がかりに割り振られた跡が、ここには残っています。

メルポメネの家系図と家族

メルポメネの親: ムネモシュネ記憶の女神が生んだ九柱の一人ゼウスムーサ九柱の父

メルポメネのきょうだい: タレイアムーサ九柱のきょうだいテルプシコレムーサ九柱のきょうだい

メルポメネの子・子孫: セイレーン河神アケロオスとの間にセイレーンを生んだとする伝え

メルポメネの性格と人物像

メルポメネには、単独で動いた場面がほとんどありません。

怒りも恋も、原典には書かれていません。九柱そろってタミュリスを盲目にし、ピエリデスをカササギに変えた話には数えられますが、この女神ひとりの行いとしては何も残っていません。

唯一の手がかりが、セイレーンの母という系譜です。そしてその娘たちは、母の姉妹に挑んで敗れました。

母がその争いで何をしたかは、どの書物にも書かれていません。 娘の側に立ったとも、女神たちの側に立ったとも記されない。ただ黙っています。

この沈黙が、悲劇という領分によく合っています。ギリシャ悲劇の登場人物は、たいていどちらを選んでも間違いになる位置に立たされます。娘か姉妹か。母は選ばずに、記録から消えました。

図像のうえでも、この女神は笑いません。 九柱のうち、表情がはっきり固定されている数少ない一柱です。仮面は口を引き結び、視線はやや下を向きます。

演じる者ではなく、見て受け止める者の顔をしています。悲劇を作る神ではなく、悲劇が起きる場に立ち会う神。そう読むのが、残された材料にはいちばん近いと思います。

メルポメネを祀った神殿と遺跡

メルポメネひとりを祀った神殿は確かめられませんでした。 ムーサは九柱そろって祀られるのが古代の形です。

代表となるのが、ボイオティア地方ヘリコン山麓のムーサの谷で、祭壇・劇場・柱廊の跡が残ります。

見落とされやすいのは、悲劇が上演された劇場に祀られていたのはディオニュソスであって、ムーサではないことです。アテネの劇場の中央には、この神の祭壇が置かれていました。

悲劇の女神という結びつきは、祭祀の場ではなく、後代の図像と分類のなかで作られたものです。

ムーサの聖域(ムーサのせいいき)

ヘシオドスが歌ったムーサ九柱の聖域

地図で開く

ムーサの聖域の住所: ギリシャ ボイオティア地方 ヘリコン山麓 ムーサの谷

ムーサの聖域の祀られた神: ムーサ九柱

ムーサの聖域に残るもの: 祭壇・劇場・柱廊の跡

ヘリコン山の北側の谷にひらけた聖域です。九柱はここでまとめて祀られました。

聖域には劇場の跡があり、数年ごとに詩と音楽の競技が開かれたとパウサニアスは記します。ただし、ここで上演されたのは悲劇の競演ではなく、詩と音楽の競技でした。

メルポメネひとりを祀った祭壇は、この聖域にも伝わっていません。

古代の町テスピアイの跡が近くにある。

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メルポメネが現代に残した痕跡

メルポメネの名は、演劇の看板として現代に残りました。

悲劇の仮面: 泣く口の仮面と笑う口の仮面を対にした図案は、演劇そのものを表す印になった。泣く側がこの女神を表す。

劇場・劇団の名: ヨーロッパ各地の劇場や劇団に、この女神の名が付けられている。

小惑星メルポメネ: 1852年に発見された小惑星18番の名。

ヘロドトスの巻の名: 『歴史』全九巻に付けられたムーサの名のうち、第四巻がこの女神の名を負う。

メルポメネが司るもの

演劇

悲劇を受け持つとされる。仮面と厚底靴は舞台のための道具である。

嘆き

悲劇は憐れみと怖れを起こし、それを浄めるものだとアリストテレスは論じた。

詩と歌

名は「歌い舞う女」を意味し、もとは合唱歌全般を指す語だった。

定めを受け入れる

ギリシャ悲劇の主人公は、どちらを選んでも間違いになる位置に立たされる。

メルポメネが登場するゲーム・アニメ

メルポメネもまた、人物としてより図案として広がった女神です。 泣く仮面ひとつで演劇を表す記号になり、劇場の入口に置かれ続けました。

原典に単独の事件がないため、登場人物としてはほとんど使われません。名前は劇場と劇団に残っています。

メルポメネが登場する絵画・彫刻

ローマ時代のムーサ像群

悲劇の仮面を掲げ、厚底靴を履いた立像として、九柱そろいの彫刻群に置かれます。九柱のなかでいちばん背が高く見える姿です。

劇場建築の装飾像

近世以降の劇場では、正面や屋根にこの女神とタレイアを対で置く例が多く見られます。

メルポメネが登場する演劇・創作

二つの仮面の図案

笑いと泣きの仮面を並べた記号は、この女神と喜劇のタレイアの対から生まれました。

セイレーンを扱う作品

海の怪物の出自が語られるとき、母としてこの女神の名が挙がることがあります。

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メルポメネについてよくある質問

メルポメネはどんな神ですか。

ムーサ九柱の一柱で、ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘です。名は「歌い舞う女」を意味し、後世の整理では悲劇を受け持つとされます。

セイレーンの母はメルポメネですか。

アポロドーロスは河神アケロオスとメルポメネの子と記します。ただし母をテルプシコレとする伝えもあり、原典は割れています。

メルポメネの名に悲劇の意味はありますか。

ありません。名はただ「歌っている女」を意味する分詞です。悲劇という担当は、ローマ時代以降の整理で貼られた札です。

劇場の二つの仮面は古代からあるのですか。

笑う仮面と泣く仮面を対にして並べる図案が広く使われるのは、近世ヨーロッパ以降です。古代の劇場そのものにこの対の図案は見られません。

メルポメネを祀った神殿はありますか。

この女神ひとりを祀った神殿は確かめられませんでした。悲劇が上演された劇場に祀られていたのはディオニュソスで、ムーサではありません。

メルポメネと併せて覚えたい言葉・用語

ムーサ(Μοῦσαι)

学問と芸術を司る九人の女神。英語ではミューズ。museum(ムーサの神域)と music(ムーサの技)の語源。