讃歌のムーサ。唇に指をあて、黙って物思う姿で描かれる。
ポリュヒュムニアとは何の神様か
ポリュヒュムニアはひとことで言えば黙っているムーサです。
ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘で、九柱の一柱。名は「多くの」と「讃歌」を合わせた語で、神に捧げる歌を数多く持つ者を意味します。
後世の整理では讃歌を受け持ちます。ところが図像だけが、九柱のなかで際立って異質です。
楽器を持たない。 衣に深く包まれる。 唇に指をあてて、下を向いている。
八柱が何かを手にしているのに、この一柱だけが手ぶらです。 讃歌の女神が、歌う姿ではなく黙る姿で表されているのです。
この姿から、後代には身ぶりだけで演じる無言の技の守り手ともされました。声を使わずに物語を伝える演者が、この女神を自分たちの神としたのです。
さらに、瞑想、記憶術、幾何学とも結び付けられます。沈黙という一点から、あとの意味がすべて枝分かれしています。
ポリュヒュムニアのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Πολύμνια、あるいは Πολυύμνια。同じ名前に、母音を省く綴りと省かない綴りの二通りが古代から並んで伝わっています。 日本語表記が「ポリュヒュムニア」と「ポリュヒュムニア」に割れるのは、このためです。
名の後半にある語はヒュムノス、神への讃えの歌を指します。現代語で讃美歌を意味する語は、ここからまっすぐ来ています。
前半は「多い」を表す接頭語で、多くの神を意味する語や、多くの技を持つ者を意味する語にも同じ形が付きます。
つまり名の意味は「たくさんの讃歌を持つ女」。ずいぶん賑やかな名前です。
それなのに、姿は黙っています。 名と図像がこれほど食い違う神は、九柱のなかでこの一柱だけです。古代の像を作った人が何を考えたのかは、書き残されていません。
Πολύμνια(ポリュヒュムニア)
古代ギリシャ語の表記。「多くの」を意味する語と「讃歌」を意味する語を合わせた名。
Πολυύμνια(ポリュヒュムニア)
同じ名の、母音を省略しない古い綴り。どちらも古代から用いられている。
ポリュムニアー(ポリュムニアー)
長音を残した学術的な表記。
ポリュヒュムニア(ポリュヒュムニア)
長い綴りにもとづく日本語表記。既存の資料ではこちらも広く使われる。
ポリュヒュムニアの物語
手ぶらの女神 ─ 沈黙という持ち物
ムーサ?九柱を見分ける方法は、持ち物です。仮面、巻物、笛、竪琴、天球儀。ところがポリュヒュムニアは、何も持っていません。
典型的な姿はこうです。厚い衣で体を包み、片肘を柱か岩に載せ、その手の指を唇にあてて、やや下を向いている。
何も持たないことが、この女神の目印になった。
面白いのは、手ぶらであることが、かえって見分けやすさを生んだことです。九柱を並べたとき、一人だけ手ぶらの像がいれば、それがポリュヒュムニアです。
この姿がいつできたのかは、はっきり分かっていません。ローマ時代の彫刻群にはすでに現れており、そこから近世の図像へ受け継がれました。
讃歌との結びつきも、この姿から説明されます。神に捧げる歌は、楽器で飾り立てるものではなく、言葉そのもので届けるものだという考え方です。
もう一つ、祈りの前の沈黙という読み方もあります。ギリシャの祭儀では、供物を捧げる前に「言葉を慎め」と告げる決まりがありました。祈りは、静けさから始まります。
身ぶりの技 ─ 声を使わない演者の神
ローマ時代に、身ぶりだけで物語を演じる芸が大いに流行しました。演者は台詞を言わず、仮面をつけ、体の動きだけで役を演じ分けます。歌と楽器は別の者が担当しました。
この芸の担い手が、自分たちの守り神として選んだのがポリュヒュムニアです。
声を出さずに、すべてを伝える。
理由は明らかで、この女神が黙っているからです。 名の意味とは関係なく、姿だけで選ばれました。
古代の詩には、この女神が「手で語る」と書かれたものがあります。指を唇にあてる仕草が、そのまま芸の看板になったのです。
ここには、神話の分担がどう決まるかがよく表れています。ヘシオドスの九つの名に中身を入れたのは、後の時代の必要でした。 讃歌の女神という札があり、黙る図像があり、そこへ無言劇の演者が自分たちを重ねた。
三つの層が積み重なって、いまのポリュヒュムニア像ができています。どの層も古代のものですが、同じ時代のものではありません。
なぜ受け持ちが揺れるのか ─ 讃歌・瞑想・幾何学
ポリュヒュムニアの担当は、書物によってかなり違います。讃歌とするもの、無言の技とするもの、瞑想とするもの、さらに幾何学や農耕を割り当てるものまであります。
揺れの理由は二つあります。
一つは、九柱の分担がもともと存在しなかったことです。ヘシオドスは名を並べただけで、担当も持ち物も書いていません。割り振りは後の時代の作業で、しかも一通りではありませんでした。
もう一つは、この女神の図像が何にでも読めることです。手ぶらで物思う姿は、祈りにも、考えごとにも、測ることにも見えます。持ち物がないぶん、解釈の幅が広いのです。
巻物を持てば歴史にしかならない。 何も持たなければ、何にでもなる。
中世からルネサンスにかけて、ムーサ九柱を学問の分類に当てはめる試みが繰り返されました。そのたびに、この女神には余った分野が割り当てられます。
分類が変わるたびに担当が変わる。 ポリュヒュムニアは、九柱のなかでもっとも後世の都合を映しやすい一柱でした。
ポリュヒュムニアの家系図と家族
ポリュヒュムニアの性格と人物像
ポリュヒュムニアには、事績が一つもありません。
恋も、怒りも、子も伝わっていません。九柱そろっての行いには数えられますが、この女神ひとりの物語は原典に見当たりません。
性格として語れるのは、姿勢だけです。そしてその姿勢が、驚くほど多くを語ります。
衣に深く包まれ、肘をつき、指を唇にあてて下を向く。これは、話す前の姿ではなく、話さないと決めた姿です。 何かを考えている、あるいは何かを聞いている。
他の八柱は、みな外へ出す神です。歌い、奏で、踊り、記す。ポリュヒュムニアだけが内へ向かっています。
讃歌の女神が、声を出さない。
この矛盾は、たぶん矛盾ではありません。神に向かう歌は、聞き手に聞かせる歌とは向きが違うからです。祈りは、人に届かせるものではありません。
もう一つ、この女神には挑まれた記録もありません。 タミュリスもピエリデスもセイレーンも、歌で九柱に挑みました。技を競うには、相手が技を見せていなければなりません。
見せない者には、挑みようがない。 九柱のなかで、この一柱だけが争いの外に立っています。
ポリュヒュムニアを祀った神殿と遺跡
ポリュヒュムニアひとりを祀った神殿は確かめられませんでした。 ムーサは九柱そろって祀られるのが古代の形です。
代表となるのが、ボイオティア地方ヘリコン山麓のムーサの谷で、祭壇・劇場・柱廊の跡が残ります。
讃歌そのものは、特定の神殿に属するものではありませんでした。どの神の祭りでも、その神に向けた讃歌が歌われます。 讃歌の女神に固有の場所が生まれにくかったのは、そのためだと考えられます。
ギリシャ各地に他のムーサの聖所も伝わりますが、位置を確定できる資料は見つかりませんでした。
ムーサの聖域(ムーサのせいいき)
ヘシオドスが歌ったムーサ九柱の聖域
ヘリコン山の北側の谷にある聖域です。九柱はここでまとめて祀られました。
パウサニアスは、聖域に並ぶ像と、数年ごとに開かれた詩と音楽の競技について記しています。神に捧げる讃歌も、そうした競技の演目に含まれていました。
ポリュヒュムニアひとりを祀った祭壇は、この聖域にも伝わっていません。
古代の町テスピアイの跡が近くにある。
ポリュヒュムニアが現代に残した痕跡
ポリュヒュムニアの名は、讃美歌を意味する語と、黙って物思う女性像として残りました。
讃美歌を意味する語: 名の後半にある語は、神への讃えの歌を意味する。英語やフランス語で讃美歌を指す語は、ここから来ている。
物思う女性像: 衣に包まれ、指を唇にあてて肘をつく姿の像。近世以降、思索や沈黙の寓意として広く使われた。
小惑星ポリュヒュムニア: 1854年に発見された小惑星33番の名。長いほうの綴りが採られている。
ヘロドトスの巻の名: 『歴史』全九巻に付けられたムーサの名のうち、第七巻がこの女神の名を負う。
ポリュヒュムニアが司るもの
正しい祈り
讃歌を受け持つとされる。ギリシャの祭儀は「言葉を慎め」の合図から始まった。
もの言わぬ技
声を使わず身ぶりだけで演じる芸の守り神とされ、演者が自分たちの神として選んだ。
記憶
黙って物思う姿から、記憶術と結び付けて語られるようになった。
音楽
讃歌は神に捧げる歌であり、楽器で飾らず言葉で届けるものとされた。
ポリュヒュムニアが登場するゲーム・アニメ
ポリュヒュムニアは、姿だけが独立して広まった女神です。 指を唇にあてる仕草は神話から切り離され、「静かに」という合図の図像になりました。
人物としての登場はほとんどありません。原典に事績がなく、台詞も残っていないためです。名前は讃美歌を意味する語のほうに引き継がれました。
ポリュヒュムニアが登場する絵画・彫刻
ローマ時代のムーサ像群
厚い衣に包まれ、肘をついて指を唇にあてた姿で置かれます。九柱のうち、ただ一柱だけ手ぶらであることが目印です。
沈黙の寓意像
指を唇にあてる仕草は、近世以降「静かに」を意味する図像として独立し、図書館や墓碑の装飾に使われました。
ポリュヒュムニアが登場する舞台・創作
無言劇の守り神として
ローマ時代に流行した、身ぶりだけで演じる芸の担い手がこの女神を自分たちの神としました。
合唱団・聖歌隊の名
讃歌に由来する名として、合唱団や聖歌隊に使われる例があります。
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ポリュヒュムニアについてよくある質問
ポリュヒュムニアはどんな神ですか。
ムーサ九柱の一柱で、ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘です。名は「多くの讃歌を持つ者」を意味し、後世の整理では讃歌を受け持つとされます。
なぜ何も持っていないのですか。
理由は書き残されていません。ローマ時代の像ではすでに手ぶらで、指を唇にあてる姿になっています。九柱のうち一柱だけ手ぶらであることが、かえって見分けの目印になりました。
ポリュヒュムニアとポリュヒュムニアはどちらが正しいのですか。
どちらも正しい形です。母音を省く綴りと省かない綴りが、古代から並んで伝わっています。日本語表記が二通りあるのはそのためです。
受け持ちが書物によって違うのはなぜですか。
九柱の分担がもともと存在しなかったためです。加えて、この女神の図像は持ち物がないぶん何にでも読めるため、時代ごとの分類で余った分野が割り当てられてきました。
ポリュヒュムニアを祀った神殿はありますか。
この女神ひとりを祀った神殿は確かめられませんでした。九柱そろってのムーサの聖域で祀られ、ボイオティア地方ヘリコン山麓のムーサの谷にその跡が残ります。
ポリュヒュムニアと併せて覚えたい言葉・用語
ムーサ(Μοῦσαι)
学問と芸術を司る九人の女神。英語ではミューズ。museum(ムーサの神域)と music(ムーサの技)の語源。