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ギリシャ神話

テミスとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Θέμις  / テミス

大地 ティタン神族

掟そのものである女神。ゼウスの傍らに立ち、神々の集まりを開かせる。

テミスとは何の神様か

テミスはひとことで言えば決まりごとそのものです。人が作った法ではなく、世界にはじめから据えられていた定めを指します。

ウラノスガイアの娘で、ティタン神族の一柱。ゼウスヘラを娶る前の、二番目の妻でした。

生んだのは二組の三姉妹です。

季節の女神ホーライエウノミア・ディケ・エイレネ)。 運命の女神モイライクロトラケシスアトロポス)。

秩序と運命が、同じ母から出ています。 ギリシャ人にとって、決まりを守ることと定めに従うことは、切り離せないものでした。

オリュンポスでの役目もはっきりしています。神々の集会を招集し、席順を定め、宴を始めさせるのはこの女神でした。『イリアス』では、ゼウスの命を受けて神々を呼び集めています。

さらに、デルフォイの神託をアポロンの前に司っていたとも伝えられます。

テミスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Θέμις。日本語では「テミス」で定着しています。

この名は、神の名であると同時に普通の単語でもあります。「テミス」は「掟」「慣習として正しいこと」を意味する語で、ホメロスの詩では女神を指さずに使われる箇所が数多くあります。

神の名がそのまま日常語だったという点で、ギリシャの神々のなかでも珍しい存在です。

もう一つ紛らわしいのが、ノモスとの違いです。ノモスは人が定めた法、テミスは人より前からある定めを指します。裁判所の像が「テミス」と呼ばれるのは、法の上にさらに正しさがあるという考えを表しています。

法学部の紋章や法律書の題名に「テミス」が使われるのも同じ理由です。

Θέμις(テミス)

古代ギリシャ語の表記。「据える」を意味する動詞から派生した語で、「据えられたもの」が原義。慣習・掟・裁定を指す普通名詞でもある。

テミース(テミース)

長音を残した学術的な表記。事典類ではこちらの形も使われる。

Iustitia(ユスティティア)

ローマで正義を司った女神。テミスと重ねて語られ、目隠しと天秤の像はこの二柱が合わさってできた。

テミス・イクタイア(テミス・イクタイア)

「嘆願者のテミス」の意。助けを求める者を守る神格として呼ばれた添え名。

テミスの物語

  1. ゼウスの二番目の妻 ─ 秩序と運命を産んだ母
  2. 神々の集会を開く ─ オリュンポスの進行役
  3. デルフォイの神託 ─ アポロンの前にいた者
  4. 目隠しと天秤 ─ 像の姿はいつできたか

ゼウスの二番目の妻 ─ 秩序と運命を産んだ母

ヘシオドス『神統記』は、ゼウスの妻を順に挙げていきます。最初がメティス次がテミス、最後がヘラです。

ゼウスは輝くテミスを娶った。 彼女はホーライを生み、モイライを生んだ。

ホーライはエウノミア(良い秩序)・ディケ(正義)・エイレネ(平和)。季節の女神でありながら、名前はすべて政治の言葉です。

モイライはクロト(紡ぐ者)・ラケシス(配る者)・アトロポス(変えられない者)。人の寿命を測る三姉妹です。

この並びには意味があります。良い秩序があるところに季節が正しく巡り、そこにだけ人の生涯が安んじて置かれる。 古代の人はそう考えました。

ヘシオドスは別の詩『仕事と日』で、裁きの曲がった町には飢饉と疫病が来ると書いています。テミスの子らが去るからです。

神々の集会を開く ─ オリュンポスの進行役

テミスには、他の神にない具体的な役目があります。集会を招集し、宴の席を整えることです。

『イリアス』第20歌では、ゼウスの命でテミスが全ての神を呼び集めます。『オデュッセイア』では「テミスが人の集会を解き、また開く」と語られます。

集まりを開くことも、閉じることも、この女神の手にある。

話し合いの場が成り立つこと自体が、この女神の働きだと考えられていました。

さらにテミスは、ゼウスの傍らに座って助言する神でもあります。トロイア戦争の原因となった、テティスとペレウスの結婚を勧めたのもこの女神だという伝えがあります。

テティスが産む子は父を超える。 だから神ではなく人間に嫁がせよ。

ゼウスが海の女神テティスをあきらめたのは、この忠告によります。 最高神の危機を、二度も知恵で救った形になります。

デルフォイの神託 ─ アポロンの前にいた者

デルフォイの神託は、はじめからアポロンのものだったわけではありません。

アイスキュロスの悲劇『エウメニデス』の冒頭で、巫女がこう語ります。

はじめに大地ガイアが預言した。 次にその娘テミスがこの座を継いだ。 三番目にポイベが受け、そして生まれた子アポロンへ贈られた。

血を流さずに受け渡された聖域は、ギリシャ神話ではほとんど例がありません。 ゼウスもアポロンも、ふつうは力で奪います。

ただし別の伝えもあります。アポロンは大蛇ピュトンを退治して神託所を奪ったという話です。こちらでは、ピュトンはガイアかテミスの守り手でした。

受け継いだのか、奪ったのか。原典は二つに割れています。

いずれにせよ、デルフォイに「テミスの座」があったことは、複数の書物が一致して伝えています。ギリシャ最大の神託所の下に、掟の女神の層があったことになります。

目隠しと天秤 ─ 像の姿はいつできたか

裁判所に置かれる「正義の女神」の像は、剣と天秤を持ち、目を布で覆っています。この姿は、古代ギリシャのテミス像ではありません。

古代の像は、目隠しをしていません。ラムヌス遺跡から出た像も、アテネの奉納像も、目は開いています。

目隠しが加わるのは十六世紀以降のヨーロッパです。当初は「法は盲目だ」という皮肉の絵として描かれ、のちに「相手が誰かを見ないで裁く」という肯定の意味に変わりました。

天秤は量ること、剣は決めたことを執行すること、 目隠しは相手を見ないこと。

三つの持ち物がそろうのは、テミスとローマのユスティティアが混ざったあとの姿です。

いま世界中の法廷に立っている像は、ギリシャの女神とローマの女神と近世の寓意が重なった、三重の産物です。

日本の最高裁判所にも同じ像があり、そこでは目隠しがありません。国によって細部が違うのは、この由来のためです。

テミスの家系図と家族

テミスの親: ウラノスウラノスとガイアの娘として生まれた

テミスのきょうだい: ムネモシュネともにウラノスとガイアの娘にあたる

テミスの妻・夫: ゼウスゼウスの二番目の妻となり、ホーライとモイライを生んだ

テミスの子・子孫: クロトゼウスとの間に生んだモイライの一柱ラケシスゼウスとの間に生んだモイライの一柱アトロポスゼウスとの間に生んだモイライの一柱ホーライゼウスとの間に生んだ季節の三女神エウノミアホーライの一柱エイレネホーライの一柱

テミスの性格と人物像

テミスは、怒らない神です。

ギリシャの神々は、侮辱されれば人を石にし、疫病を送り、都市を焼きます。テミスにはそういう場面がありません。

代わりにこの女神がするのは、助言すること場を整えることだけです。ゼウスに「テティスを娶るな」と忠告し、神々を集め、席を定め、宴を始めさせる。働きはすべて、他の神が動くための下ごしらえです。

もう一つの特徴は、負けても消えないことです。ティタン神族はゼウスに敗れてタルタロスへ落とされましたが、テミスはオリュンポスに残りました。プロメテウスの母をテミスとする伝えもあり、そこでは息子に未来を教える役を果たします。

新しい支配者に必要とされたので、生き延びた神と言えます。掟は、誰が王になっても要るものだからです。

この神には恋愛の話も、復讐の話もありません。性格として語れるのは、一貫して落ち着いていることだけです。それがこの女神の性格そのものでもあります。

テミスを祀った神殿と遺跡

テミスを祀った場所は、アテネのアクロポリス南斜面と、アッティカ地方のラムヌスの二か所が確かめられます。

デルフォイにも「テミスの座」があったと複数の書物が伝えますが、いま地上に見えるのはアポロンの神殿とその周辺の建物で、テミス専用の建物として確定した遺構はありません。

テミスは、単独の大きな神殿を持つより、他の神の神域のなかに小さく祀られることの多い神でした。掟は、どの神域にも要るものだからです。

アテネのテミスの聖域(テミスのせいいき)

アクロポリスの南斜面にある小さな聖域

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アテネのテミスの聖域の住所: ギリシャ アテネ アクロポリス南斜面

アテネのテミスの聖域の祀られた神: テミス

アテネのテミスの聖域に残るもの: 基壇と区画の跡

アクロポリスの南斜面、ディオニュソス劇場へ向かう道沿いにあります。掟の女神に捧げられた聖域と伝えられ、いまは基壇と囲いの跡が残ります。

規模は小さく、見落としやすい場所です。アテネの中心に、法の女神の場所が確かにあったことを示す遺構です。

座標は東経23.726・北緯37.971。アクロポリス南麓の遊歩道から見える。

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ラムヌスの神域(ラムヌスのしんいき)

ネメシス神殿と並ぶ古い神域

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ラムヌスの神域の住所: ギリシャ アッティカ地方 ラムヌス遺跡

ラムヌスの神域の祀られた神: ネメシス、テミス

ラムヌスの神域に残るもの: 二つの神殿の基壇

アテネの北東、エウボイア海峡に面した古代の集落跡です。大きなネメシス神殿の隣に、小さな神殿が並んで立っています。

この小神殿がテミスのものとされ、境内からテミスの座像が出土しました。像はいまアテネ国立考古学博物館にあります。

報いの女神ネメシスと、掟の女神テミスが隣り合っている配置は、この二柱の関係をよく表しています。

座標は東経24.027・北緯38.219。海に面した高台にあり、遺跡は現在も発掘が続く。

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テミスが現代に残した痕跡

テミスの名は、法の世界の言葉として現代に残りました。

法廷の「正義の女神」像: 天秤と剣を持ち、目を布で覆った像。テミスとローマのユスティティアが重なってできた姿で、世界中の裁判所に立つ。日本の最高裁判所の像は目隠しをしていない。

法学の名としてのテミス: 法律書の題名、法学部の紋章、法律事務所の名前に広く使われる。ドイツやフランスの古い法律雑誌にも同じ名がある。

小惑星テミス: 1853年に発見された小惑星24番の名。これに似た軌道を持つ一群は「テミス族」と呼ばれる。

土星の環に関わる語: 土星の衛星として19世紀に報告された「テミス」は、のちに存在しないと分かった。天文学史では有名な誤りの例として残っている。

テミスが司るもの

人が定めた法の、さらに上にある正しさを司る。法廷の像として今も立つ。

公正な裁き

相手が誰かを問わずに量ること。天秤はその働きを表す。

秩序

集まりを開き、席を定め、話し合いの場を成り立たせる。

神託

デルフォイの神託を、アポロンの前に司っていたと伝えられる。

弱者の救済

嘆願する者を守る神格(テミス・イクタイア)として呼ばれた。

テミスが登場するゲーム・アニメ

創作でのテミスは、神というより像として現れます。法廷が舞台の作品で背景に置かれる天秤の女神が、ほぼ例外なくこの神です。

物語の登場人物にはなりにくく、しかし目にする機会はもっとも多い女神です。 怒りも恋も無い神は、話を動かす役に向かないためです。

テミスが登場する絵画・彫刻

ラムヌス出土のテミス座像

紀元前3世紀ごろの大理石像。アテネ国立考古学博物館が所蔵し、テミス像としてもっともよく知られています。

各国裁判所の正義の女神像

ロンドンの中央刑事裁判所の屋上像は、目隠しをしていません。制作者が「法は目を開いている」と述べたためです。

テミスが登場するゲーム・創作

法や裁判を扱う作品の女神像

法廷を舞台にした作品では、天秤を持つ像が背景に置かれることが多く、そのほとんどがこの女神の姿です。

女神転生シリーズ

掟と秩序を司る存在として登場します。

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テミスについてよくある質問

テミスはどんな神ですか。

掟と正しさを司るティタン神族の女神です。ウラノスとガイアの娘で、ゼウスの二番目の妻となり、季節の女神ホーライと運命の女神モイライを生みました。オリュンポスでは神々の集会を招集する役目を持ちます。

裁判所の目隠しの像はテミスですか。

テミスとローマの女神ユスティティアが重なった姿です。目隠しは古代ギリシャの像には無く、十六世紀以降のヨーロッパで加えられました。日本の最高裁判所の像には目隠しがありません。

テミスとディケの違いは何ですか。

ディケはテミスの娘です。テミスが世界にはじめから据えられた定めを指すのに対し、ディケは人と人の間で実際に行われる裁きを指します。ディケは正義の女神アストライアと同一視されました。

テミスはなぜティタンなのにタルタロスへ落とされなかったのですか。

原典は理由を書きません。ただしテミスはゼウスの妻となり、助言者として仕えています。ティタン神族でも、オケアノスやヘカテのようにゼウスの側に残った神は複数います。

テミスの神殿はどこにありますか。

アテネのアクロポリス南斜面に聖域の跡があり、アッティカ地方のラムヌス遺跡にはネメシス神殿と並ぶ小神殿が残ります。ラムヌスからは大理石のテミス座像が出土し、アテネ国立考古学博物館に納められています。

テミスと併せて覚えたい言葉・用語

ティタン神族(ティタンしんぞく)

ウラノスとガイアの子である十二柱の神々。クロノスを王とし、ゼウスとの十年戦争に敗れてタルタロスへ落とされた。「タイタン」とも表記する。

モイライ(Μοῖραι)

運命の三女神。クロトが命の糸を紡ぎ、ラケシスが長さを測り、アトロポスが断つ。ゼウスですら逆らえない。

トロイア戦争(トロイアせんそう)

ギリシャ軍とトロイアの十年に及ぶ戦争。パリスがスパルタ王妃ヘレネを連れ去ったことから始まった。ホメロス『イリアス』はその十年目を描く。