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ギリシャ神話

ポボスとは何の神様か|家系図・物語

Φόβος  / ポボス

原初の神

恐怖そのもの。盾に顔を描かれ、敵を見る前に退かせる神。

ポボスとは何の神様か

ポボスはひとことで言えば恐れて逃げることです。

アレスアフロディテの子。デイモスの兄弟で、二柱はほぼ常に並べて語られます。

この神には、兄弟と違うところが二つあります。

第一に、武具の意匠として名が挙がることです。『イリアス』は、アガメムノンの盾の中央にゴルゴンの顔があり、その周りにこの二柱が置かれていたと書きます。相手が身構える前に退かせるのが、盾のもう一つの働きでした。

第二に、祀られた記録があります。 スパルタには恐怖の神殿があり、市民がここに犠牲を捧げたとプルタルコスが伝えます。

恐れを敵に向けるためではなく、味方の規律に効かせるための祀りだった。

名は、恐怖症を意味する現代語の語源です。閉所や高所への恐れを表す言葉の後半は、すべてこの神の名から来ています。

火星の内側を回る衛星の名でもあります。

ポボスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Φόβος。日本語では「ポボス」と「フォボス」の両方が使われます。天文の分野では後者が定着しました。

この語で興味深いのは、もとの意味が「逃げること」だった点です。恐怖という感情ではなく、恐れて背を向ける動き自体を指していました。

意味が「恐怖」へ移るのは、後の時代です。古い叙事詩では、敗走そのものを指す場面が数多くあります。

現代語での広がりは、この神が抜きん出ています。 閉所、高所、暗所、人前。あらゆる恐怖症の名は、対象を表す語にこの神の名を付けて作られます。医学の用語として、いまも新しい語が作られ続けています。

火星の衛星の名としても知られます。二つの衛星のうち、内側を回る大きいほうがこの名です。

Φόβος(ポボス)

古代ギリシャ語の表記。もとは「逃げること」を意味し、そこから恐怖を指すようになった語である。

フォボス(フォボス)

日本語での別表記。天文の分野では、火星の衛星としてこちらの形が広く使われている。

パウォル(パウォル)

ローマで恐れ・おののきを意味した語。詩人が軍神の従者としてこの語を人格化することがある。

アレスの子(アレスのこ)

『イリアス』はこの神を軍神の子として呼び、父の戦車の支度をする場面をくり返し語る。

ポボスの物語

  1. スパルタの恐怖の神殿 ─ 味方に効かせる
  2. 盾の上の顔 ─ 見せるための神
  3. 恐怖症という語 ─ 名前が医学に入る

スパルタの恐怖の神殿 ─ 味方に効かせる

この神には、祀られた記録があります。 ギリシャの抽象の神としては珍しいことです。

プルタルコスは、スパルタに恐怖の神殿があったと書き残しました。しかも、

恐怖を退けるためではなく、恐怖を尊んで祀った。

という趣旨の説明が添えられています。

理由ははっきりしています。スパルタの軍は、規律で成り立っていました。 命令に背くことへの恐れ、恥をかくことへの恐れが、隊列を保たせます。

都市を支えているのは恐れだ、とスパルタ人は考えた。

恐れを敵に向ける道具ではなく、味方をまとめる力として祀ったことになります。

同じ考え方は、他の場面にも見られます。役人が就任するときや、軍が出るときに、この神へ犠牲が捧げられたと伝えられます。

恐怖に神殿を建てた都市。 ギリシャのなかでもスパルタらしい話として、古代からくり返し語られてきました。

盾の上の顔 ─ 見せるための神

この神のもう一つの残り方が、武具の意匠です。

『イリアス』第11歌、アガメムノンが戦の支度をする場面です。

盾の中央には、恐ろしい目つきのゴルゴンがあり、 その周りにデイモスとポボスが置かれていた。

パウサニアスは、オリンピアに納められていた古い櫃の装飾についても記しています。そこに描かれたアガメムノンの盾には、

獅子の頭をした恐怖が乗っていた。

とありました。擬人化された恐怖に、獣の頭を与えているわけです。

古代ギリシャの盾には、こうした意匠が数多く付けられました。ゴルゴンの顔、獅子、猪、目玉。見た者を怯ませることが目的です。

古代の戦いでは、隊列が崩れた瞬間に勝敗が決まりました。だから、相手に背を向けさせられれば、それだけで勝ちに近づきます。

この神は、祀るより見せるために使われました。 恐怖を絵にして持ち歩くという発想が、そのまま神の姿になっています。

恐怖症という語 ─ 名前が医学に入る

この神の名は、現代の医学用語のなかで生き続けています。

特定のものに対する強い恐れを、恐怖症と呼びます。閉ざされた場所、高い場所、暗いところ、人前。その全ての名が、対象を表す語にこの神の名を付けて作られています。

対象の名 + ポボス。

この形は、いまも新しい語を作り続けています。近年になって名づけられた恐れも、同じ作り方をしています。

注意したいのは、この造語法が古代からあったわけではないことです。医学の用語として整えられたのは、十九世紀以降のことです。

それでも、選ばれたのがこの神の名だった意味はあります。ギリシャ語で恐怖を表す語はほかにもありました。もっとも一般的で、もっとも古い語が選ばれています。

もう一つ、対義の作り方も同じです。何かを好むことを表す語尾と組み合わせると、好悪の両方を同じ形で言い表せます。

神としての記録は乏しいのに、名前としては医学の分類のなかに深く根を張りました。

ポボスの家系図と家族

ポボスの親: アレスアレスとアフロディテの子アフロディーテアレスとアフロディテの子

ポボスのきょうだい: ハルモニアともにアレスとアフロディテの子デイモス必ず対で語られる兄弟

ポボスの性格と人物像

ポボスには、台詞がありません。

父の馬をつなぎ、戦場に付き従い、盾に描かれる。原典に残るのはそれだけです。兄弟のデイモスと切り離して語られる場面も、ほとんどありません。

それでも、この神には兄弟に無いものがあります。 祀られた記録です。

スパルタに神殿があったことは、この神の位置を大きく変えます。恐怖は、退けるべきものであると同時に、都市を保つ力でもあると考えられていました。

もう一つ、この神は姿を与えられています。 オリンピアに納められていた古い櫃には、獅子の頭をした恐怖が盾の上に乗っていたと記録されました。抽象の神としては、はっきりした造形です。

性格として指摘できるのは、味方も敵も選ばないことでしょう。どちらの軍にも等しく訪れます。父アレスと同じで、戦場に均等に働きます。

姉妹にハルモニア(調和)がいることも忘れられません。恐怖と調和が同じ両親から生まれています。

恐れは、戦いにも、都市の秩序にも要る。 ギリシャ人のこの見方が、この神の全てを説明します。

ポボスゆかりの地と遺跡

住所まで確かめられる社はありませんでした。

ただし、祀られていたことは記録に残っています。 プルタルコスは、スパルタに恐怖の神殿があったと書き、しかもそれが恐怖を退けるためではなく、都市を支える力として祀られたものだったと説明しています。

スパルタの遺跡は現在も残りますが、この神殿がどの遺構にあたるかを一次の資料で確かめられなかったため、住所はここに書きません。

この神が最もよく現れるのは、武具の意匠としてです。『イリアス』はアガメムノンの盾に、パウサニアスはオリンピアに納められていた古い櫃の装飾に、それぞれこの神の姿を記しています。

祀るためではなく、見せるために描かれた神でした。神殿の記録より、盾の記録のほうがはるかに多く残っています。

ポボスが現代に残した痕跡

ポボスの名は、恐怖症を表す語として医学のなかに残りました。

恐怖症を表す語尾: 特定のものへの強い恐れを表す語は、対象の名にこの神の名を付けて作られる。十九世紀以降、医学の用語として整えられ、いまも新しい語が作られ続けている。

火星の衛星ポボス: 1877年に見つかった二つの衛星のうち、内側を回る大きいほう。表面にある大きな窪みは、発見者の妻の姓で呼ばれている。

盾に描かれた恐怖: アガメムノンの盾にゴルゴンの顔とともに置かれていたと『イリアス』は書く。オリンピアの古い櫃では、獅子の頭をした姿で描かれていた。

スパルタの祀り: 恐怖の神殿があったとプルタルコスが伝える。恐れを退けるためではなく、都市の規律を保つ力として祀られた。

ポボスが司るもの

魔除け

盾や武具に描かれ、相手を近づけないための意匠として用いられた。

悪いものを退ける

ゴルゴンの顔とともに置かれ、見た者を怯ませる働きが期待された。

災いを退ける力

恐怖そのものを味方につけるという考え方が、この神の使われ方に表れている。

戦の守り

スパルタでは、恐れが軍の規律を保つものとして祀られたとプルタルコスが伝える。

ポボスについてよくある質問

ポボスはどんな神ですか。

恐怖そのものを司る神です。アレスとアフロディテの子で、デイモスの兄弟にあたります。もとの語は「逃げること」を意味し、そこから恐怖を指すようになりました。

恐怖症の語源ですか。

そうです。閉所や高所への恐れを表す語は、対象を表す語にこの神の名を付けて作られています。ただしこの造語法が整えられたのは十九世紀以降で、古代からあったものではありません。

祀られていたのですか。

スパルタに恐怖の神殿があったとプルタルコスが伝えます。恐怖を退けるためではなく、恐れが軍と都市の規律を保つ力だと考えられたためです。

火星の衛星の名前ですか。

そうです。二つの衛星のうち、内側を回る大きいほうがこの名です。表面にある大きな窪みは、発見者の妻の姓で呼ばれています。

デイモスとの違いは何ですか。

はっきりしません。どちらも恐れを意味する語で、原典は二つを厳密に分けていません。ただしこの神のほうには、祀られた記録と、獅子の頭を持つ姿の描写が残っています。

ポボスと併せて覚えたい言葉・用語

プルタルコス(Plutarch)

ギリシャの著述家。『イシスとオシリスについて』を書いた。オシリス神話が一続きの物語として読めるのはこの書だけだが、ギリシャ語で、神話の成立から二千年以上あとの記録である点に注意が要る。