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ギリシャ神話

イリスとは何の神様か|家系図・物語

Ἶρις  / イリス

原初の神

虹そのものである女神。神々の言葉を運び、誓いの水を汲みに行く。

イリスとは何の神様か

イリスはひとことで言えば天と地をつなぐ道です。虹そのものであり、その虹を渡る使者でもあります。

親は海の老神タウマスと、大洋の娘エレクトラ。ローマでも名は変わりません。

『イリアス』でこの女神がすることは、ほぼ一つに絞られます。言葉を運ぶことです。

ゼウスの命令を戦場のアキレウスへ。 老王プリアモスに、息子の遺体を引き取りに行けという指示を。

ヘルメスが伝令として知られますが、戦場の伝令はほぼこの女神の仕事でした。

もう一つ、世界の仕組みに関わる役目があります。神々が争ったとき、

黄金の壺を持って冥界へ下り、ステュクスの水を汲んで戻る。

その水にかけて神々は誓い、偽れば罰を受けます。神々が嘘をつけない仕組みを、この女神が支えていました。

恋も争いも語られません。名は、目の虹彩、花のアイリス、金属イリジウムとして残りました。

イリスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ἶρις。これは女神の名であると同時に、「虹」という普通の単語です。日本語では「イリス」、英語読みに寄せて「アイリス」とも書かれます。

ローマでも名は置き換わりませんでした。ラテン語には虹を指す別の語(アルクス、「弓」と同じ語)がありましたが、女神としてはギリシャ名がそのまま使われています。

名の残り方は、ギリシャの神々のなかでも特異です。

目の虹彩。花のアイリス(アヤメの仲間)。金属のイリジウム。

いずれも「虹」「多彩な色」という原義から付けられました。イリジウムは、その化合物が多様な色を示すことによります。

神話を知らずに毎日使っている語が、この女神の名から出ています。

Ἶρις(イリス)

古代ギリシャ語の表記。「虹」を意味する普通名詞がそのまま名になっている。「語る」を意味する語と結び付ける説もある。

Iris(イリス)

ローマでの綴りと読み。名は置き換えられず、そのまま使われた。ローマの詩でも、女神ユノーの使いとして登場する。

Arcus(アルクス)

ラテン語で虹そのものを指す語。「弓」と同じ語で、虹の形から来ている。神の名としてではなく、自然現象を指すときに使われた。

イーリス(イーリス)

日本語での別表記。長音を入れた形で、翻訳によって使い分けられる。

アイリス(アイリス)

英語読みに寄せた表記。花の名や、機械の絞りの名としてはこちらが定着している。

イリスの物語

  1. 虹が道である ─ 現象そのものが神になる
  2. 誰の使いか ─ 時代で持ち主が変わる
  3. 誓いの水を汲む ─ 神々が嘘をつけない仕組み
  4. なぜ物語が無いのか ─ 役目に徹した神
  5. 目と花と金属 ─ 名だけが濃く残った

虹が道である ─ 現象そのものが神になる

ギリシャの神々には、自然現象そのものであるという一群がいます。夜のニュクス、闇のエレボス、夜明けのエオス、そしてこの女神です。

虹は、天と地を結んで架かります。それだけで使者にふさわしいことになります。

神が地上へ降りるとき、その通り道が空に見える。

古代の人にとって、虹は珍しく、短く、必ず消えるものでした。現れて、伝えて、消える。 伝令の性質とそのまま重なります。

ホメロスは、この女神を「足の速い」「風のように速い」と呼びます。速さがこの神の第一の属性です。

翼を持つ姿で描かれるのは、その速さを目に見える形にしたためです。壺絵では、翼を広げ、伝令の杖を持ち、走る姿勢で描かれます。アテネのパルテノン神殿の帯状彫刻にも、その姿があるとされます。

面白いのは、虹の色や形について神話がほとんど語らないことです。七色という数え方も、ギリシャのものではありません。語られるのは、もっぱら速さと、運んだ言葉の中身です。

誰の使いか ─ 時代で持ち主が変わる

この女神が誰に仕えていたかは、書物によって変わります。

ホメロス『イリアス』では、ゼウスの使いです。

ゼウスが命じ、イリスが戦場へ降り、そのまま言葉を伝える。

ところが『オデュッセイア』には、この女神が出てきません。伝令はすべてヘルメスが務めます。同じ作者の名で伝わる二篇で、担当が入れ替わっています。

さらに時代が下ると、ヘラの使いとして定着します。ローマの詩では、女神ユノー(ヘラ)が命じ、イリスが虹を伝って降りてくる形が繰り返し描かれました。

死にきれずに苦しむ女王のもとへ降り、髪をひと房断って、その魂を解き放った。

神々の側近は、時代とともに配置が変わります。 主神の伝令から、女王の侍女へ。地位が下がったとも読めますし、女性の神の世界に専属したとも読めます。

どちらの読み方を採るにせよ、この女神の仕事は最後まで「運ぶこと」でした。

誓いの水を汲む ─ 神々が嘘をつけない仕組み

ヘシオドス『神統記』に、この女神のもっとも重い仕事が書かれています。

神々のあいだで争いが起きると、ゼウスはこの女神を送ります。

遠い道を渡って、黄金の壺に冷たい水を汲みに行く。 その水は、高い岩から滴り落ちるステュクスの流れである。

持ち帰った水にかけて、神は誓いを立てます。偽れば罰は重いものでした。

一年のあいだ、息もつけずに横たわる。 そののち九年、神々の集まりから遠ざけられる。

神は死にません。 だから、嘘をついても死をもって罰することができません。そこで用意されたのが、この長い謹慎でした。

嘘をつけない仕組みを支える運搬役が、この女神です。 水を汲みに行く者がいなければ、誓いは成立しません。

地味な役ですが、神々の秩序はここに依存しています。 ゼウスでさえ、この水にかけた誓いは破れません。

なぜ物語が無いのか ─ 役目に徹した神

イリスには、恋も、争いも、復讐も、罰もありません。

ギリシャの神々は、たいてい厄介な逸話を持ちます。ゼウスの浮気、ヘラの嫉妬、アポロンの失恋。この女神には、そのどれもがありません。

記録に残るのは運んだ言葉の中身だけで、本人が何を考えたかは書かれません。

理由は二つ考えられます。

一つは、現象そのものであること。虹には意志がありません。エレボスやニュクスと同じで、現象を神格化した存在は、物語を持ちにくくなります。

もう一つは、役目が説明を要しないことです。運ぶ神に必要なのは速さだけで、性格の設定は要りません。

伝令には、個性がないほうが都合がよい。

後代の詩人が、この女神を西風の神ゼピュロスの妻とし、愛の神エロスの母としたという伝えもあります。しかし主流にはなりませんでした。語られなかったことが、この神の性質です。

物語が無いのは資料が失われたからではありません。はじめから書かれていません。

目と花と金属 ─ 名だけが濃く残った

神話での扱いは軽いのに、名の残り方は主神級です。

目の虹彩。眼球の色を決める、瞳孔を囲む膜。 花のアイリス。アヤメ・ハナショウブ・ジャーマンアイリスを含む属の名。 金属のイリジウム。もっとも腐食しにくい元素の一つ。

虹彩は、その色の多様さから名付けられました。花は、青・紫・黄・白と色が豊富なことによります。イリジウムは、その化合物が多様な色を示すことから19世紀に命名されました。

さらに、カメラや顕微鏡の絞りを「アイリス」と呼びます。虹彩が光の量を調節する仕組みと同じだからです。

光沢が見る角度で変わる現象を指すイリデッセンス(虹色光沢)も、同じ語から来ています。玉虫、シャボン玉、真珠の輝きを説明するときに使われる用語です。

神話で語られなかった女神が、光と色に関わる語をこれだけ独占しています。 名がそのまま「虹」という普通名詞だったことが、後の時代にとって使いやすかったのだと考えられます。

イリスの家系図と家族

イリスの親: タウマス虹の女神の父

イリスの性格と人物像

イリスの人物像は、書かれていないという形で書かれています。

台詞はあります。ただしそのほとんどが、他の神から預かった言葉の復唱です。自分の意見を述べる場面はごくわずかしかありません。

断ることもしません。ヒュプノスはヘラの頼みを一度断り、報酬を求めてから引き受けました。この女神は、そういう交渉をしません。命じられたら行く。それだけです。

これを従順と呼ぶこともできますが、原典の書き方はもう少し中立です。運ぶという役目が、そのまま存在の全体になっているという書かれ方をしています。

注目したいのは、行き先を選ばないことです。オリュンポスへも、戦場へも、海の底へも、そして冥界へも行きます。ステュクスの水を汲みに行けるのは、死の国へ降りて戻ってこられるからです。

境界を越えられる神は多くありません。ヘルメスとこの女神だけです。

物語を持たないことと、どこへでも行けることは、おそらく同じ性質の裏表です。どこにも属さないから、どこへでも行けました。

イリスゆかりの地と遺跡

イリスを祀った神殿は確認できていません。 ギリシャ各地の遺跡にも、この女神に捧げられた建物の跡は見つかっていません。

理由は、この女神の位置にあると考えられます。祈って何かをしてもらう相手ではなく、他の神の言葉を運ぶ役だったからです。願いごとは、命じる側の神に向けられました。

ただし、姿を刻んだ遺構は残っています。アテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿の帯状彫刻には、翼を持つこの女神が刻まれているとされます。ただし人物の同定には議論があり、確定した説明ではありません。

壺絵では、翼を広げ、伝令の杖を持って走る姿が数多く描かれました。建物ではなく、絵のなかに残った神です。

虹そのものが聖なる印と受け取られたという記述もありますが、特定の場所と結び付いた信仰の記録は残っていません。

イリスが現代に残した痕跡

イリスの名は、体の器官・花・元素・光学として現代に残りました。

虹彩(目の器官): 瞳孔を囲み、目に入る光の量を調節する膜。色が人によって違うことから、この名が付けられた。

アイリス(アヤメ属): アヤメ・カキツバタ・ハナショウブを含む植物の属名。花の色が多彩なことによる。

イリジウム(元素): 19世紀初めに発見された金属。その化合物が多様な色を示すことから命名された。腐食に極めて強く、精密機器の部品に使われる。

カメラや顕微鏡の絞り: 光の量を調節する仕組みを「アイリス」と呼ぶ。目の虹彩と同じ働きをするため。

イリデッセンス(虹色光沢): 見る角度で色が変わる光沢を指す語。玉虫の翅、シャボン玉、真珠の輝きの説明に使われる。

ゲランの香水「アイリス」系の名: アヤメの根から取る香料は古くから高価な材料として知られ、花の名がそのまま香料の名になっている。

イリスが司るもの

導き

神々の言葉を人と神へ運ぶ使者。天と地を結ぶ道そのものとされた。

交渉

争う神々のあいだを行き来し、言葉を届ける役を担った。

誓いを守らせる

神々の誓いに用いるステュクスの水を汲みに行く役目を負う。この運搬がなければ誓いは成立しない。

虹そのものである女神であり、雨と天候の移り変わりに結び付けて語られた。

イリスが登場するゲーム・アニメ

創作でこの女神が主役になることは、まずありません。 原典に物語が無く、動機も葛藤も書かれていないためです。

使われるのは名前と、虹を渡って現れるという登場の仕方です。人物名としての「アイリス」は、神話から離れて広く定着しました。

ステュクスの水を汲みに行くという、原典でもっとも重い役目が描かれることは、ほとんどありません。

イリスが登場するゲーム

女神転生シリーズ

翼を持つ伝令の女神として登場します。

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Fate シリーズ

虹の女神として、逸話や能力の説明に引かれます。

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Hades(ハデス)

神々の伝令という役どころが、ゲームの進行を助ける形で扱われます。

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イリスが登場するアニメ・漫画・映像

聖闘士星矢

イリスの名を持つ人物が登場します。

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各種の神話翻案作品

虹を渡って現れる使者という登場の仕方が、演出としてそのまま採られます。

「アイリス」という人物名

日本の作品では、虹や光に関わる能力を持つ人物の名として繰り返し使われています。

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イリスについてよくある質問

イリスは何の神様ですか。

虹そのものである女神で、神々の言葉を運ぶ使者です。海の老神タウマスと大洋の娘エレクトラの子とされます。戦場への伝令と、神々の誓いに使うステュクスの水を汲む役目を担いました。

イリスのローマ名は何ですか。

ローマでも同じくイリス(Iris)です。名は置き換えられませんでした。ラテン語には虹を指すアルクスという別の語がありますが、女神としてはギリシャ名がそのまま使われています。

イリスとヘルメスはどう違うのですか。

どちらも伝令ですが、担当が分かれています。『イリアス』ではイリスが戦場の伝令を務め、『オデュッセイア』では出てきません。時代が下るとイリスはヘラの使い、ヘルメスはゼウスの使いとして定着していきます。

イリスに神話らしい物語はありますか。

ほとんどありません。恋も争いも復讐も語られず、記録に残るのは運んだ言葉の中身だけです。現象そのものを神格化した存在で、はじめから物語が書かれていません。

目の虹彩はイリスが語源ですか。

そうです。イリスというギリシャ語がそのまま「虹」を意味し、色が多彩であることから目の虹彩に用いられました。花のアイリス、元素のイリジウムも同じ語から来ています。

イリスを祀った神殿はありますか。

確認できていません。他の神の言葉を運ぶ役であり、祈願は命じる側の神に向けられたためと考えられます。パルテノン神殿の彫刻に姿が刻まれているとされますが、人物の同定には議論があります。

イリスと併せて覚えたい言葉・用語

ステュクス(Στύξ)

冥界を流れる川、およびその女神。神々の最も重い誓いはこの名にかけて立てられ、偽れば一年息ができず九年追放される。