暴力そのもの。舞台に立ちながら、一言もしゃべらない女神。
ビアとは何の神様か
ビアはひとことで言えば剥き出しの力です。
ステュクスとティタンのパラスの娘。クラトス(力)・ニケ(勝利)・ゼロス(競い心)の姉妹で、四柱そろってゼウスの玉座の脇に控えます。
名は力ずくを意味します。話し合いや説得の反対側にある語で、説得の女神ペイトーとはちょうど対をなします。
この女神には、際立った特徴が一つあります。
アイスキュロスの作とされる悲劇『縛られたプロメテウス』で、ビアは兄とともに舞台へ上がり、プロメテウスを岩へ運びます。しかし、
最初から最後まで、一言も発しない。
黙って立っているだけの役を、悲劇はわざわざ舞台に上げています。
ギリシャ人は、都市を成り立たせるものを説得、壊すものを暴力と考えました。この二つを女神として分けたのは、どちらも人の手に負えない力だと見たからです。
ビアのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Βία。日本語では「ビア」と書きます。
まず、紛らわしい語との区別をしておきます。生命を意味する現代語の頭に付く「バイオ」は、ギリシャ語のビオス(生命)から来ており、この女神とは関係がありません。 綴りが似ているだけの別語です。
この語の意味は、はっきりしています。相手の同意を得ずに押し通すことです。
ギリシャ語では、物事の決まり方が二つに分けられていました。
説得によって決まるか、力ずくで決まるか。
前者を司るのがペイトー、後者を司るのがこの女神です。市民が集まって物事を決める都市にとって、この二つの区別は死活問題でした。
ホメロスは、英雄の腕力をこの語で呼びます。「ヘラクレスの力」という言い回しは、この語を使った定型句です。
ローマではウィスという語が対応し、法律の用語として整えられました。
Βία(ビア)
古代ギリシャ語の表記。力ずく・暴力を意味する普通名詞でもある。生命を意味するビオスとは別の語で、関係はない。
ビアー(ビアー)
長音を残した学術的な表記。
ウィス(ウィス)
ローマで暴力・強制を意味した語。法律の用語として使われ、無理強いによる契約の無効などを論じるときに用いられた。
ビエ(ビエ)
叙事詩に見られる古い形。ホメロスは英雄の腕力をこの語で呼び、「ヘラクレスの力」という言い回しを作った。
ビアの物語
黙っている役 ─ 悲劇が選んだ描き方
『縛られたプロメテウス』の冒頭に、四人が登場します。プロメテウス、ヘファイストス、クラトス、そしてビアです。
このうち三人が口をきき、ビアだけが黙っています。
舞台に立ち、最後まで一言も発しない役を「無言劇の役」と呼びます。ギリシャ悲劇では、俳優の数が限られていたため、こうした役が置かれることがありました。
しかし、この配役には意味があります。
力は口をきき、暴力は黙って手を動かす。
兄クラトスが理屈を並べるあいだ、姉妹はただ縛る作業をしています。 暴力に説明は要りません。
この一点だけで、ギリシャ人が暴力をどう捉えていたかが分かります。言葉の外にあるものです。話し合いの届かない場所に立っている、と考えられていました。
姿の描写もありません。壺絵では、名前を書き添えられた女性として現れる程度です。描くべき特徴が無いこと自体が、この女神の特徴です。
説得の反対側 ─ 都市が恐れたもの
アテナイの市民にとって、この女神は他人事ではありませんでした。
民会も裁判も、説得によって動きます。逆に言えば、説得が働かなくなった瞬間に、この女神が出てきます。
ギリシャの歴史には、その例が数えきれないほどあります。政変、追放、内乱。話し合いが決裂したあとに起きることは、いつも同じでした。
悲劇はこの対立を主題にしました。アイスキュロスの三部作は、復讐の連鎖が法廷での投票によって断ち切られる場面で終わります。
血で血を洗うことをやめ、票を数えることにする。
この転換こそ、都市の理想でした。 ビアからペイトーへ移ること、と言い換えられます。
ただし、原典はこの女神を悪と決めつけていません。ティタンとの戦いでゼウスに味方したのは、この女神も同じです。新しい秩序も、力なしでは立ちませんでした。
必要でありながら、押さえておかなければならないもの。 玉座の脇に置かれているという配置が、それを表しています。
なぜ記録が少ないのか ─ 祈る相手にならない
この女神には、社も祭壇も、祈りの記録もありません。
理由ははっきりしています。暴力そのものに向かって祈る者がいないからです。
勝利には祈れます。健康にも、豊作にも祈れます。しかし「力ずくで押し通せますように」と祈るのは、そもそも筋が通りません。押し通す力があるなら、祈る必要がないからです。
同じ事情は兄クラトスにも当てはまりますが、兄には政体の名として言葉が残りました。この女神には、それすらありません。
残ったのは、悲劇の舞台に立つ黙った姿だけです。
それでも、この女神は消えていません。ヘシオドスが四柱を並べて書いたこと、悲劇が舞台に上げたこと。この二つの記録があるかぎり、ギリシャ人が暴力を神として数えていた事実は動きません。
抽象を神にするというのは、それを人の手に負えないものとして扱うことでもあります。この女神の記録の少なさは、そのまま扱いの重さを表しています。
ビアの家系図と家族
ビアの性格と人物像
ビアには、台詞がありません。
悲劇の舞台に立ちながら、最初から最後まで黙っています。心の動きを示す場面もありません。性格として語れることが、原典に一つも書かれていない神です。
それでも、この女神の位置ははっきりしています。兄クラトスの言葉を、行為に移す側です。理屈は兄が並べ、この女神は手を動かします。
もう一つ、この女神は選びません。 誰を縛るかも、いつ現れるかも、命じる者が決めます。ティタンとの戦いではゼウスに味方し、悲劇ではプロメテウスを縛ります。同じ働きが、味方にも敵にも向けられます。
女性として造形されている点は見落とせません。ギリシャ語で暴力を意味する語が女性名詞であるためですが、結果として、暴力を体現するのが女神になっています。
姉妹のニケが翼を持つ美しい姿で神殿に立つのに対し、この女神には像も社もありません。
同じ母から生まれ、同じ日に味方して、扱いだけが正反対になった。 兄弟四柱の対比は、それ自体が一つの主題です。
ビアゆかりの地と遺跡
ビアを祀った神殿はありません。 社も祭壇も、祈りの記録も確かめられませんでした。
理由ははっきりしています。暴力そのものに向かって祈る者がいないからです。 押し通す力があるなら、祈る必要がありません。
兄弟のうち祀りを得たのはニケだけで、アテナイのアクロポリスにその名を負う神殿が立っています。同じ母から生まれ、同じ日にゼウスへ味方した四柱のなかで、扱いが正反対になりました。
この女神が現れる場所は、悲劇の舞台の上だけです。『縛られたプロメテウス』の冒頭で、世界の果ての岩山に兄とともに登場し、一言も発さずに去ります。
祀られなかったことと、忘れられたことは別です。 ヘシオドスが四柱に数え、悲劇が舞台へ上げた事実は残っています。
ビアが現代に残した痕跡
ビアの名は、別の語との紛らわしさとともに知られています。
生命を表す語との混同: 現代語で生命に関わる語の頭に付く「バイオ」は、ギリシャ語のビオス(生命)から来ており、この女神とは関係がない。綴りが似ているだけの別語である。
無言の役という演出: 舞台に立ちながら一言も発しない役。暴力に説明は要らないという考え方を、配役そのもので示した例として知られる。
ローマの法律用語: 暴力・強制を意味する語が法の用語として整えられ、無理強いによる契約の扱いなどが論じられた。
ヘラクレスの力という言い回し: ホメロスは英雄の腕力をこの語で呼んだ。「ヘラクレスの力」は、この語を使った叙事詩の定型句である。
ビアが司るもの
力
相手の同意を得ずに押し通す力そのもの。説得の対極に置かれた。
意志を通すこと
悲劇では、兄クラトスの言葉を黙って行為に移す役を務める。
戒め
話し合いが決裂したあとに現れるものとして、都市が恐れた働きにあたる。
権力への戒め
ゼウスの玉座の脇に置かれた配置は、必要でありながら押さえておくべきものという扱いを表す。
ビアについてよくある質問
ビアはどんな神ですか。
暴力そのものを司る女神です。ステュクスとパラスの娘で、クラトス・ニケ・ゼロスの姉妹にあたります。ティタンとの戦いでゼウスに味方し、その玉座の脇に座を得ました。
なぜ一言もしゃべらないのですか。
悲劇『縛られたプロメテウス』での配役です。兄クラトスが理屈を並べるあいだ、この女神は黙って縛る作業をします。暴力に説明は要らない、という考え方が配役そのものに表れています。
バイオという言葉と関係がありますか。
ありません。生命に関わる語の頭に付く「バイオ」は、ギリシャ語のビオス(生命)から来ています。綴りが似ているだけの別語です。
ペイトーとの関係は何ですか。
対をなします。ギリシャ語では物事の決まり方が「説得によるか、力ずくによるか」の二つに分けられました。前者を司るのが説得の女神ペイトー、後者を司るのがこの女神です。
祀られた場所はありますか。
ありません。社も祭壇も記録が残っていません。暴力そのものに祈る者がいなかったためと考えられます。兄弟のうち祀りを得たのは、勝利の女神ニケだけでした。