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ギリシャ神話

パンドラとは何の神様か|家系図・物語

Πανδώρα  / パンドラ

大地 英雄

神々が作った最初の女。壺を開き、災いを世に放った。

パンドラとは何の神様か

パンドラはひとことで言えば贈り物として作られた人です。

プロメテウスが火を盗んだことへの、ゼウス返礼でした。ヘパイストスが土と水をこねて姿を作り、神々が一つずつ贈り物を加えて仕上げます。名は「すべての贈り物」を意味します。

アテナは織りの技と装いを、 アフロディテは人を惹きつける力を、 ヘルメスは偽りの言葉を入れた。

兄の忠告を忘れたエピメテウスが、この女を家に迎えました。

そして、開けます。箱ではありません。 開けたのは、穀物や酒を蓄える大きな壺でした。飛び出した苦しみと病と老いは、地上と海に散っていきます。

底に残ったのは、エルピス(希望)だけでした。

この終わり方は、二通りに読めます。希望が人の手もとに残ったのか、それとも希望だけが人に届かなかったのか。ヘシオドスの書き方は、どちらとも取れます。

パンドラのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Πανδώρα。「すべての」を意味する語と「贈り物」を意味する語を合わせた名です。

ヘシオドス自身が『仕事と日』で由来を説明しています。オリュンポスに住む神々がひとりひとり贈り物を与えたから、この名になったというのです。

ところが、この名は文法のうえでもう一通りに読めます。「すべてを贈る女」、つまり贈られる側ではなく贈る側です。

古い壺絵には、大地から立ち上がる女神をこの名で呼んだ例があります。 大地はすべての恵みを人に贈るものですから、地母神の添え名として自然な名です。

ここから、有力な見方が出ています。もとは大地の女神の名だったものが、ヘシオドスの詩のなかで人間の女の名に読み替えられたのではないかという説です。

断定はできません。しかし、名の意味が二通りに読めることは事実で、その二つは正反対を向いています。

Πανδώρα(パンドラ)

古代ギリシャ語の表記。「すべての」と「贈り物」を合わせた名で、すべての神が贈り物を与えたからだとヘシオドスは説明する。

パンドーラー(パンドーラー)

長音を残した学術的な表記。

すべてを贈る者(すべてをおくるもの)

同じ名は「すべてを与える女」とも読める。大地の女神の添え名としての用例が古い壺絵にあり、もとは地母神の名だったとする説がある。

アネシドラ(アネシドラ)

「贈り物を送り出す女」の意。大地の女神に用いられた添え名で、パンドラと重ねて論じられることがある。

パンドラの物語

  1. 二つのヘシオドス ─ 『神統記』と『仕事と日』の違い
  2. すべての神の贈り物 ─ 作られ方の細部
  3. 壺か箱か ─ 誤訳が生んだ言い回し
  4. 底に残ったエルピス ─ 二通りに読める終わり

二つのヘシオドス ─ 『神統記』と『仕事と日』の違い

パンドラの物語は、ヘシオドスの二つの詩に書かれています。そして、内容がかなり違います。

『神統記』のほうでは、この女に名前がありません。 呼ばれ方は「美しい災い」です。

良いものの代わりに与えられた災い。 見た者は目を奪われる。 しかし中身は災いである。

そして壺の話が出てきません。 この詩でのパンドラは、女という存在そのものが人間の男にとっての負担だ、という話に使われます。女を娶れば苦労し、娶らなければ老後に世話をする者がいない。どちらも辛い、という結び方です。

『仕事と日』では、話が変わります。名前が与えられ、壺が登場します。 蓋を開けたことで災いが世に散り、底に希望が残る。

同じ作者が、同じ話を二通りに語っていることになります。

どちらが古い形かは決められません。ただ、二つを並べると分かることがあります。『神統記』は女の誕生の話、『仕事と日』は災いの由来の話です。同じ人物が、別の問いに使われています。

すべての神の贈り物 ─ 作られ方の細部

パンドラは、生まれたのではなく作られました。 その工程が、『仕事と日』に細かく書かれています。

まずヘパイストスが、土と水をこねて人の姿を作ります。声を与え、力を与え、不死の女神に似た顔にしました。

アテナは織りの技を教え、帯と衣を着せた。 アフロディテは人を惹きつける力と、身を焦がす欲を注いだ。 ホーライカリスは、金の首飾りと春の花の冠で飾った。

最後にヘルメスが、胸のなかに犬のような心と、盗人の性質を入れ、口には嘘と言い抜けの言葉を置きました。

贈り物の一覧に、はっきり悪いものが混ざっています。 装いと技術と魅力、そして欺き。全部合わせて「すべての贈り物」です。

この作られ方には、対応する話があります。プロメテウスが人間に火を与えたことです。ゼウスは火の代わりに、人の形をした災いを与えました。

火は、人の暮らしを良くした。 この贈り物は、人の暮らしを難しくした。

交換として釣り合いを取ったという形になっています。ギリシャ神話がしばしば使う、贈与と返礼の論理です。

壺か箱か ─ 誤訳が生んだ言い回し

「パンドラの箱」という言い方は、世界中で使われています。しかしヘシオドスは箱と書いていません。

原文にある語はピトス。地面に据えて穀物・油・酒を蓄える、人が入れるほど大きな素焼きの壺です。死者を葬るのにも使われました。

抱えて持ち歩く小箱ではない。 床に置いて、蓋を持ち上げる大甕である。

では、なぜ箱になったのか。十六世紀の人文学者エラスムスが、この話をラテン語で書いたときに、壺を意味する語ではなく小箱を意味する語を使ったためだとされています。

そのラテン語訳が広く読まれ、ヨーロッパ中の言語に「箱」として定着しました。

違いは、見た目だけではありません。壺は据え置きの容器です。家にあるもの、暮らしに組み込まれたもの。箱は持ち運べます。 外から持ち込まれたもの、開けなければよかったもの。

「開けてはいけない箱」という言い回しには、この読み替えが効いています。原文の壺のほうは、もともと家にあった器という含みを持ちます。

言い回しは残りましたが、器は入れ替わりました。

底に残ったエルピス ─ 二通りに読める終わり

壺を開けたあとの数行が、この物語で最も議論されてきた部分です。

女は手で大きな蓋を持ち上げ、中身をまき散らした。 人間には辛い苦しみが備わった。 ただエルピスだけは、壊れない壺のなか、縁の下にとどまった。 外へは飛び出さなかった。ゼウスの意志で、その前に蓋が閉じられたからである。

エルピスは「希望」と訳されますが、正確には「先を思うこと」「予期」です。 良い予期も悪い予期も含みます。

ここから、二つの読み方が生まれます。

一つめ。 災いはすべて出ていったが、希望だけは人の手もとに残った。だから人は苦しみのなかでも生きていける。慰めの読み方です。

二つめ。 壺の中身は災いだった。ならばエルピスも災いの一つのはずです。閉じ込められたということは、人はそれを持てないということになります。あるいは逆に、災いである希望が外に出なかったから助かった、とも読めます。

同じ数行が、正反対の二つの意味に読める。 古代からこの点は割れており、決着していません。

判断を難しくしているのは、壺の中に残ることが「持っている」なのか「失った」なのかが書かれていないことです。ヘシオドスは説明しません。

この曖昧さこそが、この話が二千年以上読まれ続けている理由だと言えます。希望をどう考えるかで、読み方が変わるからです。

パンドラの家系図と家族

パンドラの妻・夫: エピメテウス兄の忠告を忘れ、送られてきたパンドラを妻に迎えた

パンドラの性格と人物像

パンドラには、性格を語れる材料がほとんどありません。

台詞が一つもなく、考えたことも書かれていません。壺を開けた理由さえ、ヘシオドスは説明しません。「好奇心から」という説明は、後の時代に付け加えられたものです。

女は手で大きな蓋を持ち上げた。

書かれているのは、これだけです。動機は空白のまま残されています。

それでも、いくつか読み取れることがあります。

一つは、この人物が受け身であることです。作られ、飾られ、贈られ、迎えられる。自分から動いた行為は、蓋を持ち上げた一度だけです。

もう一つは、責められる書き方をされていることです。ヘシオドスの詩は、女という存在への辛辣な評価に満ちています。当時の社会がどう考えていたかが、そのまま残った文章です。

ただし、この物語の構図を見直すと、責任の所在は一つではありません。 火を盗んだのはプロメテウス。壺を用意したのはゼウス。忠告を忘れたのはエピメテウス。蓋が閉じたのもゼウスの意志です。

動いたのは一度だけで、その一度に全部を負わされている。 パンドラという人物の輪郭は、実のところそこにあります。

近代以降、この配置そのものを問い直す読み方が増えました。空白が多い人物ほど、時代ごとに読み替えられます。

パンドラゆかりの地と遺跡

パンドラを祀った神殿は確かめられませんでした。 この人物には、独立した祭祀の記録がありません。神ではなく、神々に作られた最初の人間の女とされたためです。

ただし、「パンドラ」という名が女神の添え名として使われた例はあります。 大地から立ち上がる女神をこの名で呼んだ古い壺絵があり、大地の女神の添え名だったとする説の根拠になっています。

アテネのアクロポリスにあったパルテノン神殿の女神像の台座には、パンドラの誕生が彫られていたと古代の記述が伝えます。像も台座も失われており、いまその彫刻を見ることはできません。

伝承地として名の残る土地もありません。この人物は、はじめから物語のなかにだけいる存在でした。

パンドラが現代に残した痕跡

パンドラの名は、開けてはならないものを指す言い回しとして現代に残りました。

「パンドラの箱」という言い回し: 触れると取り返しがつかなくなる問題を指す表現。原文は壺で、箱になったのは十六世紀のラテン語訳からとされる。

土星の衛星パンドラ: 1980年に探査機の画像から見つかった衛星。細い環の外側を回り、環の粒子を内側に押し戻す働きをしている。

小惑星パンドラ: 1858年に発見された小惑星55番の名。

娘ピュラの系譜: パンドラの娘ピュラは、プロメテウスの子デウカリオンの妻となり、大洪水を生き延びて人類を再び興したと伝えられる。

パンドラが司るもの

先の見込み

壺の底に残ったエルピスは、良い予期も悪い予期も含む「先を思うこと」を意味する。

変化への備え

兄の忠告を忘れた者が受け取った、という筋立てが物語の骨格にある。

災いを避ける

開けてはならないものを開けたことが、人の苦しみの由来として語られる。

過ちを繰り返さないこと

教訓話としての読まれ方が、古代から現代まで続いている。

女性の守護

人間の女の始祖とされ、その娘ピュラは大洪水を生き延びた夫婦の妻となった。

パンドラが登場するゲーム・アニメ

パンドラは、名前が言い回しになって独立した数少ない例です。 神話を知らない人でも「パンドラの箱」は使います。

そして、その言い回しのなかで器が箱に置き換わったまま定着しました。絵画では壺として描かれることが多く、言葉と絵で器が食い違っているという珍しい状態が続いています。

パンドラが登場する絵画・彫刻

古代の壺絵

大地から立ち上がる女性を槌で迎える場面が描かれた壺絵があります。パンドラの誕生を表したものと考えられています。

ロセッティ「パンドラ」

1871年の作。壺を抱えた女性を大きく描き、蓋の隙間から煙が立ち上っています。

ウォーターハウス「パンドラ」

1896年の作。屈み込んで壺の蓋を持ち上げる瞬間を描いています。ここでも器は箱ではなく壺です。

パンドラが登場する文学・創作

「開けてはいけない箱」の型

禁じられた容器を開けて災いが出る話は世界各地にあり、それらを説明するときの基準としてこの物語が引かれます。

希望をめぐる議論

エルピスが残った意味は、哲学や文学で繰り返し論じられてきました。ニーチェは希望を最悪の災いと読んでいます。

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パンドラについてよくある質問

パンドラはどんな存在ですか。

神々が作った最初の人間の女です。ヘパイストスが土と水で姿を作り、神々が一つずつ贈り物を与えました。プロメテウスの火の盗みに対する、ゼウスからの返礼として地上に送られました。

パンドラの箱は本当は箱ではないのですか。

違います。ヘシオドスが書いたのは、穀物や酒を蓄える大きな素焼きの壺です。箱になったのは、十六世紀にエラスムスがラテン語で書いたとき小箱を意味する語を使ったためとされています。

壺の底に残った希望はどう解釈されていますか。

二通りに読めます。希望だけが人の手もとに残ったという読み方と、壺の中身は災いなのだから希望も災いで、それが人に届かなかったという読み方です。古代から議論が割れており、決着していません。

『神統記』と『仕事と日』で話が違うのですか。

違います。『神統記』ではこの女に名前がなく、壺の話も出てきません。「美しい災い」と呼ばれ、女という存在そのものを論じる文脈で語られます。名前と壺が出るのは『仕事と日』のほうです。

パンドラを祀った場所はありますか。

確かめられませんでした。独立した祭祀の記録がありません。ただしパンドラという名を大地の女神の添え名として使った古い壺絵があり、もとは地母神の名だったとする説があります。