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ギリシャ神話

アレトゥーサとは何の神様か|家系図・物語・ゆかりの地

Ἀρέθουσα  / アレトゥーサ

大地 原初の神

河神に追われ、泉に変えられて海の下をくぐり、シチリアへ逃げた乙女。

アレトゥーサとは何の神様か

アレトゥーサはひとことで言えば逃げ切った泉です。

もとはアルテミスに従う狩りのニンフでした。狩りの帰り、汗を流そうと澄んだ川で水浴びをしたところ、その川の神アルペイオスに見初められます。

裸のまま走って逃げました。追いつかれかけたところで、女神に祈ります。

霧が降りて姿を隠した。 それでも足音は消えず、恐怖のあまり全身が水に変わった。

アルテミスは大地を裂き、水となったアレトゥーサを地下の道へ落としました。その水はギリシャからイオニア海の底をくぐり、シチリア島の岸に泉となって湧き出したと語られます。

逃げるために、体そのものを水に変えました。 ギリシャの変身譚のなかでも徹底した例です。

それでもアルペイオスは追いかけ、自分も水に戻って海底を渡ったといいます。

シラクサの古い硬貨には、この泉の乙女の横顔が刻まれました。

アレトゥーサのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Ἀρέθουσα。日本語では「アレトゥーサ」で定着しています。

語源は定まっていません。「水を注ぐ者」と読む説が有力で、この場合は湧き出す泉の働きをそのまま指すことになります。

この名は、同じ名の泉がギリシャ世界に複数あったことが分かっています。エウボイア島、イタケ島、そしてシチリア島。泉に女神の名を付けるのではなく、泉そのものをこの名で呼ぶ習わしがあったと考えられます。

もっとも有名なのが、シチリア島シラクサの泉です。海に面した岸から真水が湧き、いまも見ることができます。

植物学では、湿地に咲く蘭の一群にこの名が与えられました。

近世ヨーロッパの詩では、追われて逃げる乙女の代名詞として、この名が繰り返し使われています。イギリスの詩人が同じ題で作品を残しました。

Ἀρέθουσα(アレトゥーサ)

古代ギリシャ語の表記。「水を注ぐ者」と読む説があり、湧き出す泉の働きを指すと解される。

アレトゥサ(アレトゥサ)

日本語での別の書き方。事典によって長音の位置が分かれる。

アレートゥーサ(アレートゥーサ)

長音を残した学術的な表記。

Arethusa(アレトゥーサ)

ローマでの綴り。オウィディウス『変身物語』第5巻でこの綴りが使われる。

アレトゥーサの物語

  1. 川から逃げる ─ 変身物語第5巻
  2. 海の下を通る ─ シチリアへ届いた水
  3. 追う者と逃げる者 ─ 変身譚の型のなかで

川から逃げる ─ 変身物語第5巻

オウィディウス『変身物語』第5巻で、アレトゥーサ自身がこの話を語ります。デメテルに向かって、身の上を告げる場面です。

狩りの帰り、暑さに耐えかねて川を見つけました。

水は音も立てずに流れ、底の小石が数えられるほど澄んでいた。

服を脱いで水に入ると、水底から声がします。

どこへ急ぐのか、アレトゥーサ。

川の神アルペイオスでした。彼女は裸のまま岸へ上がり、走り出します。追跡は長く続きました。

私は逃げ、彼は追った。 まるで鳩が鷹から逃げるように。

日が傾き、影が長く伸びます。追う者の影が自分の足元に届くのを見て、アレトゥーサはアルテミスに祈りました。

女神は霧を降ろします。しかしアルペイオスは去りません。霧のまわりを二度回り、名を呼び続けました。

冷たい汗が全身から噴き出した。 足元に水たまりができ、髪から雫が落ちた。 語るより早く、私は水になっていた。

恐怖そのものが、体を水に変えました。 神が変えたのではなく、怯えた体が先に溶けています。

それでも川の神は、水になった彼女に自分の水を混ぜようとしました。アルテミスが大地を裂き、その水を地下へ落とします。

海の下を通る ─ シチリアへ届いた水

地下へ落とされた水は、そのまま暗い道を進みました。

私は洞を抜け、見知らぬ土地の下を通り、 シチリアの空の下へ顔を出した。

浮かび上がったのは、シチリア島シラクサの岸辺です。海に面した場所に、真水が湧き出しました。

この伝承には、実際に見える根拠があります。シラクサのオルティージャ島には、海のすぐそばに真水の泉が湧いています。 塩の海に囲まれた場所から真水が出るという光景が、この話を支えました。

古代の人は、この水がギリシャ本土から海底を通ってきたと信じました。実際、次のような言い伝えも残っています。

オリンピアで犠牲の血が川に流れると、 シチリアの泉が濁る。

同じ水がつながっている証拠とされたのです。

シラクサの硬貨には、この泉の乙女の横顔が刻まれました。まわりにイルカを配した図柄で、古代のギリシャ硬貨のなかでも屈指の美しさとして知られます。

都市が、自分の泉の女神を貨幣の顔にしたことになります。

追う者と逃げる者 ─ 変身譚の型のなかで

ギリシャ神話には、追われて逃げ、姿を変える話がいくつもあります。

ダフネは月桂樹になり、シュリンクスは葦になり、アステリアは鶉になって海に落ちました。

アレトゥーサの話は、この型に属します。ただし、二つの点で他と違います。

ひとつは、追う側も姿を変えたことです。ダフネを追ったアポロンは、樹になった相手を抱いて終わります。アルペイオスは違いました。自分も水に戻り、海の底を追っていきます。

逃げる側と追う側が、どちらも人の姿を捨てた。

もうひとつは、結末が定まらないことです。

オウィディウスは、アレトゥーサが逃げ切ったように書きます。しかし別の伝えでは、シチリアの泉で二つの水は混じり合ったとされます。

逃げ切ったのか、追いつかれたのか。原典は二つに割れています。

地理としては、後者のほうが自然です。アルペイオスの水がシチリアまで届いたという言い伝え自体が、二つの水の合流を前提にしています。

逃げた話として読むか、届いた話として読むか。 読む人によって、この物語の色は変わります。

アレトゥーサの家系図と家族

アレトゥーサの親: ナイアスアレトゥーサもその一柱

アレトゥーサの性格と人物像

アレトゥーサは、自分で語る神です。

ギリシャ神話の変身譚の多くは、第三者が語ります。ダフネもシュリンクスも、何を思っていたかは書かれません。

アレトゥーサは違います。オウィディウスの『変身物語』では、本人がデメテルに向かって、逃げたときのことを一人称で語ります。

私は逃げ、彼は追った。 息が続かなくなり、足が重くなった。

恐怖の中身が、具体的に書かれています。 影が伸びること、足音が近づくこと、汗が冷たいこと。

もうひとつ印象的なのが、美しさを負担として語る点です。

人が褒めそやすものが、私には災いだった。 他の娘なら喜ぶ姿かたちが、私には恥ずかしかった。

狩りの女神に従うニンフとして、彼女は純潔を守って生きるつもりでした。望まない注目を集めてしまうことへの苦しさが、はっきり書かれています。

逃げ切ったあとも、この女神は静かです。復讐もせず、呪いもかけません。泉として湧き続けるだけです。

そして、デメテルに一つだけ知らせます。地下を通ったとき、冥界でペルセポネを見たと。娘を探す母への、決定的な情報でした。

逃げた先で、他人を助けています。

アレトゥーサゆかりの地と遺跡

アレトゥーサを祀った神殿は確かめられませんでした。 この女神が祀られる形は、神殿ではなく泉そのものでした。

もっとも確かなのが、シチリア島シラクサのオルティージャ島にある泉です。海に面した岸から真水が湧き、古代の都市の水源になりました。いまは池として残り、パピルスが茂っています。

塩の海に囲まれた場所から真水が出るという光景が、海底を通ってきた水という言い伝えを支えました。

シラクサの古い硬貨には、この泉の乙女の横顔が刻まれています。都市が自分の水源の女神を貨幣の顔にしたことになり、信仰の深さがうかがえます。

ギリシャ本土や島々にも同じ名の泉が複数あったことが分かっていますが、そのそれぞれに祭祀があったかどうかは確かめられませんでした。

アレトゥーサの泉(アレトゥーサのいずみ)

古代シラクサの水源となった泉

地図で開く

アレトゥーサの泉の住所: イタリア シチリア島 シラクサ オルティージャ島

アレトゥーサの泉の祀られた神: アレトゥーサ

アレトゥーサの泉に残るもの: 湧水と池

シラクサの旧市街オルティージャ島にあります。海のすぐそばで、真水が湧き出す泉です。

古代の人は、この水がギリシャ本土から海底を通ってきたと信じました。塩の海に囲まれた場所から真水が出るという光景が、そのまま伝説の根拠になっています。

いまは池になっており、パピルスが茂っています。シラクサの古い硬貨には、この泉の乙女の横顔が刻まれました。

池のまわりは遊歩道になっており、海に面した位置にある。

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アレトゥーサが現代に残した痕跡

アレトゥーサの名は、泉・硬貨・詩の主題として現代に残りました。

シラクサの泉: 海のそばに真水が湧く泉として、いまも旧市街に残っている。池になっており、パピルスが茂る。

古代シラクサの硬貨: この泉の乙女の横顔にイルカを配した図柄。古代ギリシャ硬貨のなかでも屈指の美しさとして知られる。

湿地の蘭の学名: 沼地に咲く蘭の一群に、この女神の名が与えられている。

近世の詩の主題: 追われて逃げる乙女の代名詞として、ヨーロッパの詩に繰り返し登場した。同じ題の作品が複数残る。

アレトゥーサが司るもの

海に面した岸から真水が湧く泉として、都市の水源になった。

清らかな水

塩の海に囲まれた場所に湧く真水として、古代から特別に扱われた。

逃れる者の守り

望まない求めから逃げ切った女神として語られる。

純潔

狩りの女神アルテミスに従い、その守りを受けて姿を変えた。

水源

シラクサの都市を支えた泉であり、硬貨の図柄にもなった。

アレトゥーサについてよくある質問

アレトゥーサはどんな神ですか。

アルテミスに従う狩りのニンフでしたが、河神アルペイオスに追われ、恐怖のあまり全身が水に変わりました。地下を通ってシチリア島へ逃げ、泉となって湧き出したとされます。

アレトゥーサの泉はどこにありますか。

イタリアのシチリア島シラクサ、旧市街のオルティージャ島にあります。海のすぐそばで真水が湧く泉で、いまは池として残り、パピルスが茂っています。

本当に海の下を水が通っているのですか。

古代の人はそう信じました。オリンピアで犠牲の血が川に流れるとシチリアの泉が濁る、という言い伝えも残っています。ただし、これは伝承であり、現代の地質学がそれを確かめたわけではありません。

アレトゥーサはアルペイオスから逃げ切ったのですか。

原典が分かれています。オウィディウスは逃げ切ったように書きますが、別の伝えではシチリアの泉で二つの水が混じり合ったとされます。どちらとも決められません。

デメテルとどんな関係がありますか。

地下を通ったとき、冥界でペルセポネを見たことをデメテルに知らせました。娘を探し続けていた母にとって、決定的な情報でした。逃げた先で他人を助けた形になります。

アレトゥーサと併せて覚えたい言葉・用語

ニンフ(Νύμφη)

山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。