アポロンとアルテミスの母。産む場所を得られず、大地を追われ続けた。
レトとは何の神様か
レトはひとことで言えば産む場所を探し続けた母です。
コイオスとポイベの娘で、ティタン神族?の一柱。ゼウスの子を宿したため、ヘラの怒りを買いました。
ヘラは大地に触れを出します。
日の光の当たる土地は、どこもレトを受け入れてはならない。
身重の女神は、島から島へ、岸から岸へと歩き続けます。どこも断りました。受け入れたのはデロスだけです。海に漂う岩で、まだ大地に数えられていなかった島でした。
大地に断られた女神を救ったのは、大地でない場所でした。
そこでレトはまずアルテミスを産み、生まれたばかりの娘に助けられて、九日九夜の苦しみののちアポロンを産みます。
この女神には、自分から起こした事績がほとんどありません。母であることが、そのまますべてです。
レトのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Λητώ。日本語では「レト」または「レートー」と書きます。
この名の意味は、はっきりしていません。ギリシャ語で「隠れる」を意味する語に結びつける読み方があり、身を隠して産んだ物語と重ねられます。
もう一つ、この女神の信仰は小アジア南部のリュキアでとりわけ厚く、現地の言葉で「女」「妻」を指す語に由来するという説もあります。ギリシャの外から来た女神が、オリュンポス二柱の母として迎え入れられた という見方は、いまも有力なものの一つです。
ローマではラトナと呼ばれました。ヨーロッパの絵画や庭園で「ラトナ」の題を持つものは、すべてこの女神を指しています。
Λητώ(レト)
古代ギリシャ語の表記。語源ははっきりしない。「隠れる」を意味する語に結びつける説と、小アジアの言葉で「女」「妻」を指す語に由来するという説がある。
レートー(レートー)
長音を残した学術的な表記。事典類ではこちらの形も使われる。
Latona(ラトナ)
ローマ名。ヨーロッパの絵画や庭園の噴水では、この形の題で呼ばれることが多い。
Λατώ(ラト)
ドーリス方言の形。クレタ島にあった古代都市ラトの名は、この形から取られたとされる。
レトの物語
追われる母 ─ 大地に断られ続けた十か月
ヘシオドス『神統記』は、レトを「衣の柔らかな、いつも穏やかな女神」と讃えます。ところが物語のうえでは、この女神はひたすら追われます。
ゼウスの子を宿したと知ったヘラは、大地に触れを出しました。
日の光の当たる土地は、どこもレトを受け入れてはならない。
『ホメロス風讃歌』の「アポロンへ」は、レトが立ち寄った土地を延々と並べます。クレタ、アイギナ、エウボイア、スキュロス、サモス、ミュコノス。数十の地名が続き、そのすべてが断ります。
断る理由もはっきり書かれています。生まれてくる子が強すぎるからです。
この島は痩せている。あなたの子は、こんな岩を見て怒るだろう。
土地が恐れたのはヘラではなく、これから生まれる神のほうでした。
さらにヘラは、出産の女神エイレイテュイアをオリュンポスに引き止め、産の知らせが届かないようにしたと伝えられます。九日九夜という異例の長さは、そのためです。
デロス島 ─ 漂う岩が受け入れた
最後に残ったのがデロスでした。
この島は、当時まだ海の上を漂っていたとされます。根を持たず、大地に数えられていませんでした。ヘラの触れは「日の当たる土地」に向けられたもので、根の無い岩は、その言葉の網から外れていました。
それでもデロスは、ためらって条件を出します。
私は痩せた岩だ。子が生まれても、私を蔑んで海の底へ沈めるのではないか。
レトは、この島に神殿を建てさせると誓いました。島は承知し、身重の女神を迎えます。
生まれたのはアルテミスが先でした。娘はそのまま母の産をとりあげ、次いでアポロンが生まれます。姉が弟を取り上げたという筋は、この母娘が産の守り手とされた理由の一つです。
このとき島は海底から立ち上がった柱で固定され、漂うのをやめたと語られます。以後デロスは、ギリシャ世界でもっとも神聖な島の一つになりました。
子を守る母 ─ ニオベとリュキアの農夫
子が生まれたあと、レトの物語は子を侮辱した者への報いに変わります。
テバイの王妃ニオベは、自分には十四人の子がいるとして、二人しか産めなかったレトをあざけりました。
子の数で言うなら、私のほうが女神より豊かだ。
アポロンとアルテミスは、その日のうちにニオベの子を射殺します。オウィディウス『変身物語』は、この場面を一人ずつ丁寧に書きました。ニオベは泣き続け、岩に変わってなお水を流したとされます。
もう一つ、リュキアの泉での話があります。喉の渇いたレトが水を求めると、農夫たちが泥をかき混ぜて飲ませまいとしました。女神は彼らを蛙に変えます。
自分では手を下さないか、下しても相手を殺さない。この女神の報いには、その一線があります。
ほかに、レトに乱暴を働こうとした巨人ティテュオスが射殺され、冥界で肝を啄まれ続ける罰を受けたと『オデュッセイア』は伝えます。
リュキアの女神 ─ ギリシャの外にあった信仰
レトの信仰は、ギリシャ本土よりも小アジア南部のリュキアで厚いものでした。
この地方には、レトを中心に据えてアポロンとアルテミスを合わせて祀る大きな聖域があり、都市の連合体の中心として使われていました。出土した碑文はリュキア語とギリシャ語で併記されています。この女神がギリシャ人だけのものではなかったことを、石が示しています。
ギリシャ神話のなかでのレトの立場も、少し変わっています。ティタン神族でありながら罰せられず、オリュンポスの側に数えられました。
『イリアス』第21歌、神々が敵味方に分かれて戦う場面では、レトの相手にヘルメスが立ちます。ところが退いたのはヘルメスのほうでした。
あなたと争うのは分が悪い。 私を打ち負かしたと、好きなように言い触らしてよい。
自分から争わない神のまわりで、他の神のほうが引く。 レトの位置はここによく表れています。
レトの家系図と家族
レトの性格と人物像
レトの性格は、耐えることに尽きます。
ギリシャの神々は侮辱されれば即座に罰しますが、レトは自分から動きません。ヘラの触れにも、土地の拒みにも、言い返した場面がありません。ただ歩き続けます。
唯一この女神が動くのは、子に関わるときです。ニオベの侮辱も、リュキアの農夫の妨げも、報いは子が下すか、女神自身が相手の姿を変えるにとどまります。殺したのは常に子のほうでした。
『イリアス』でヘルメスと向かい合ったときも、退いたのはヘルメスです。争わない神のまわりで、他の神のほうが引いていく という珍しい形になっています。
もう一つ、この女神には嫉妬の話がありません。ゼウスの妻でも寵姫でもなく、ただ子を産んだ女神として扱われます。ヘラとの対立も、レトの側から仕掛けられたことは一度もありません。
おとなしい神ですが、弱い神ではありません。断られ続けた十か月を歩き通したという一点だけで、この女神は語られ続けています。
レトを祀った神殿と遺跡
レトを祀った場所としてはっきり確かめられるのは、デロス島の神殿です。アポロンの聖域のなかに、この女神のための建物が別に建てられていました。
このほか、小アジア南部のリュキアには、レトを中心にアポロンとアルテミスを合わせて祀る大きな聖域がありました。都市の連合体の中心として使われた場所で、ギリシャ本土よりも、この地方のほうがレト信仰は厚いものでした。
ギリシャ本土にもレトの神殿があったとパウサニアスは記していますが、いま位置を確定できる遺構は確かめられませんでした。 分からないところは分からないままにしておきます。
デロス島のレトの神殿(デロスとうのレトのしんでん)
アポロンの聖域のなかに建てられたレトの神殿
デロス島の聖なる池の近くに立ちます。アポロンの大神殿と並ぶ古い建物で、島の神域のなかにレト専用の場所が確保されていたことを示します。
島全体がレトの産所として神聖視され、のちには島の上で生まれることも死ぬことも禁じられました。 産気づいた者と重い病人は、隣のレネイア島へ移されたと伝えられます。
いま残るのは基壇と壁の下部だけですが、位置ははっきり分かる状態にあります。
デロス島はエーゲ海のキクラデス諸島にある無人島で、島全体が遺跡として世界遺産に登録されている。ミコノス島から船で渡る。
レトが現代に残した痕跡
レトの名は、ローマ名ラトナの形で、ヨーロッパの美術と庭園に残りました。
ヴェルサイユ宮殿のラトナの泉: 庭園の中心軸に置かれた噴水。女神を妨げたリュキアの農夫たちが、蛙へ変わっていく途中の姿で彫られている。
リュキアの聖域: 小アジア南部に残る、レトを中心に据えた古代の神域。近くの都市とあわせて世界遺産に登録されている。
クレタ島の都市ラト: ドーリス方言でのこの女神の名の形から取られたとされる古代都市。丘の上に石積みの遺構が残る。
小惑星レト: 小惑星の一つにこの女神の名が付けられている。
レトが司るもの
出産
九日九夜の苦しみののちアポロンを産んだ。産の場面そのものが神話の中心にある。
安産
娘アルテミスが母の産をとりあげたと伝えられ、この母娘は産の守り手とされた。
母子の守護
事績のほとんどが母としてのもの。子を侮辱した者には必ず報いがあった。
逃れる者の守り
大地じゅうに断られ、行き場を失った女神。受け入れる側から見た物語でもある。
子の守り
ニオベの一件もリュキアの泉の一件も、子を守る場面から起きている。
レトが登場するゲーム・アニメ
創作でのレトは、単独では現れません。 アポロンかアルテミスの出自を説明する場面でだけ名が出ます。
母であること以外に語られていないので、借りられる人格が無い という事情によります。一方で「ラトナ」の名を持つ美術作品は数多く、蛙になる農夫の場面は近世の庭園彫刻の定番でした。
レトが登場する絵画・彫刻
ラトナと農夫たち
水を拒んだ農夫が蛙に変わる場面。近世ヨーロッパで何人もの画家が同じ題で描いています。
ニオベの子らの死
レトの子二柱が矢を放つ場面。古代の彫刻群としても、近世の絵画としても残っています。
レトが登場するゲーム・創作
ギリシャ神話を題材にした作品
アポロンとアルテミスの母として名が挙がります。単独で動く役はほとんど与えられません。
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レトについてよくある質問
レトはどんな神ですか。
アポロンとアルテミスの母である女神です。コイオスとポイベの娘で、ティタン神族の一柱にあたります。ゼウスの子を宿したためヘラに追われ、産む場所を得られないまま各地をさまよいました。
なぜデロス島で産んだのですか。
ヘラが大地に「レトを受け入れるな」と命じたためです。デロスは当時まだ海を漂う岩で、大地に数えられていませんでした。神殿を建てるという約束と引き換えに、この島だけが受け入れました。
レトはティタンなのに、なぜ罰せられなかったのですか。
原典は理由を書きません。ただしレトはゼウスの子を産み、その子二柱がオリュンポスの中心に入りました。テミスやヘカテのように、ティタンでありながらゼウスの側に残った神は複数います。
ニオベの話とはどういうものですか。
テバイの王妃ニオベが、十四人の子を持つ自分のほうが二人しか産まなかったレトより豊かだと言い放った話です。アポロンとアルテミスはその日のうちに子らを射殺し、ニオベは岩に変わって涙を流し続けたと伝えられます。
レトを祀った神殿はありますか。
デロス島の聖域のなかにレトの神殿の跡が残っています。また小アジア南部のリュキアには、この女神を中心に据えた大きな聖域があり、ギリシャ本土よりも信仰が厚い土地でした。
レトと併せて覚えたい言葉・用語
ティタン神族(ティタンしんぞく)
ウラノスとガイアの子である十二柱の神々。クロノスを王とし、ゼウスとの十年戦争に敗れてタルタロスへ落とされた。「タイタン」とも表記する。