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ギリシャ神話

エイレイテュイアとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Εἰλείθυια  / エイレイテュイア

大地 原初の神

出産の女神。この神が来るまで、どんな子も生まれることができない。

エイレイテュイアとは何の神様か

エイレイテュイアはひとことで言えば産まれる瞬間を握っている女神です。

ゼウスヘラの娘で、『神統記』はヘベアレスと並べて名を挙げます。

受け持つのは妊娠でも育児でもなく、産みの苦しみを終わらせることだけです。『イリアス』は陣痛を「ヘラの娘たちが送る鋭い痛み」と呼び、この女神を複数形で語る箇所もあります。

ここから、恐ろしい使い方が生まれます。この女神が来なければ、子は生まれてこられない。

ヘラは身重のレトを苦しめるため、娘をオリュンポスに引き留めました。九日九夜たって虹の女神イリスがひそかに連れ出し、その足がデロス島に触れた瞬間にアポロンが生まれます。

クレタ島アムニソスの洞窟は、この女神の聖所として『オデュッセイア』に名が出ます。ミケーネ時代の粘土板にも同じ名が読み取れる、きわめて古い神です。

エイレイテュイアのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Εἰλείθυια。日本語では「エイレイテュイア」と書きます。長い名ですが、ギリシャ神話でもっとも古くから名が確かめられる神の一柱です。

紀元前十四世紀ごろのクノッソスの粘土板に、この名と読める語が刻まれています。ゼウスやヘラと並んで、文字資料で追える最古級の神名です。

それでいて、語源が分かっていません。 ギリシャ語の内側では説明がつかず、「来る」を意味する動詞に結びつける説がありますが決め手がありません。ギリシャ人が来る前からこの土地にいた神ではないか、という見方もあります。

ローマではルキナと重ねられました。「光のもとへ出す者」という意味で、生まれることを光を見ることと捉えた呼び名です。

Εἰλείθυια(エイレイテュイア)

古代ギリシャ語の表記。ギリシャ語のなかでも語源がはっきりせず、「来る」を意味する動詞に結びつける説があるが確定していない。

エイレイテュイアイ(エイレイテュイアイ)

複数形。『イリアス』は産みの苦しみを送る女神たちとして、複数で呼ぶことがある。

ルキナ(ルキナ)

ローマで対応させられた女神の呼び名。「光のもとへ出す者」の意で、ユノやディアナの添え名としても使われた。

エレウテュイア(エレウテュイア)

方言による古い形。ミケーネ時代の粘土板に見える綴りは、この系統の音に近いと考えられている。

エイレイテュイアの物語

  1. ヘラの娘 ─ 母の道具にされる役目
  2. オリンピアの社 ─ 蛇の子と老いた巫女
  3. アムニソスの洞窟 ─ 三千年以上前からの祈り

ヘラの娘 ─ 母の道具にされる役目

この女神の物語は、ほとんどが母ヘラとの関係で語られます。

ゼウスの子を宿した女は、必ずヘラに憎まれます。そして出産の女神がヘラの娘であるという一点が、その憎しみに具体的な手段を与えました。

『ホメロス風讃歌』のアポロン讃歌によれば、レトの産みの苦しみは九日九夜続きました。理由は単純です。

エイレイテュイアだけが、その場にいなかった。

ヘラが娘を黄金の雲の上に留め、何も知らせなかったからです。見かねた女神たちがイリスを送り、九尋の首飾りを約束して連れ出します。

足がデロス島に触れると、そのときレトは産んだ。

神話のなかで、この女神は「来る」か「来ない」かでしか働きません。 それだけで生死が決まります。

ヘラクレスの誕生でも同じ手が使われました。ヘラは出産を遅らせ、先に生まれた従兄にその地位を渡させます。この一手が、のちの十二の難業につながりました。

オリンピアの社 ─ 蛇の子と老いた巫女

パウサニアスは、オリンピアのクロニオンの丘のふもとに、この女神の社があったと記しています。同じ建物に、ソシポリスという土地の守り神が祀られていました。

伝えはこうです。アルカディア軍が攻め寄せたとき、一人の女が赤子を抱いて陣に現れ、「夢で告げられた」と言って子を差し出しました。子は前線に置かれ、

敵が迫ると、赤子は蛇に変わった。

驚いたアルカディア軍は総崩れになったといいます。

社は二間に分かれ、奥へ入れるのは老いた巫女ただ一人でした。巫女は蜜を練った菓子と水を供え、白い布で顔を覆ってこれを運んだとパウサニアスは書いています。

出産の女神と、生まれたばかりの守り神が、同じ屋根の下にいます。 生まれることと都市が守られることを、同じ場所で祈った形です。

この社の跡は、いまもオリンピア遺跡の北の端に残っています。

アムニソスの洞窟 ─ 三千年以上前からの祈り

『オデュッセイア』第19歌に、短い一行があります。

アムニソスには、エイレイテュイアの洞窟がある。

クレタ島の北岸、クノッソスの外港にあたる場所です。ここには実際に洞窟があり、発掘も行われています。

さらに重要なのが、クノッソスから出たミケーネ時代の粘土板です。そこには「アムニソスのエレウテュイア」と読める語句が、供え物の記録として刻まれていました。

ミケーネ時代の帳簿と、ホメロスの詩と、いま残る洞窟が、同じ一つの場所を指しています。 ギリシャ神話でこれほど筋の通った例は多くありません。

出産の神が洞窟で祀られるのは、この島だけの習わしではありません。暗く、狭く、そこから出てくる場所という連想が働いたと考えられています。

資料の少ない神ですが、祀られた期間だけなら最も長い部類に入ります。物語がないのは、この神が物語の外側にいたからです。

エイレイテュイアの家系図と家族

エイレイテュイアの親: ゼウスゼウスとヘラの娘ヘラゼウスとヘラの娘

エイレイテュイアのきょうだい: ヘベともにゼウスとヘラの娘

エイレイテュイアの性格と人物像

エイレイテュイアには、性格を語れる場面がほとんどありません。

台詞は数えるほどで、自分の意志で動いた話も残っていません。呼ばれれば行き、母に止められれば行かない。それだけで神話が二度も動いています。

この受け身の位置には理由があります。出産は、当時のギリシャで女が死ぬ最大の原因でした。祈る側にとって、この神は「来てくれるかどうか」がすべてだったのです。

性格描写より、呼び名のほうが多く残っています。 助けに来る者、痛みを解く者、光のもとへ出す者。祈りの言葉として磨かれた形容が並びます。

もう一つ、この女神は善悪の側に立ちません。 ヘラの命令で人を苦しめもすれば、レトを助けもします。裁く神ではなく、そこに居合わせるかどうかだけが問題になる神です。

奉納品の多くは、でした。無事に産んだ女が着ていた衣を捧げる習わしが各地にあったと伝えられます。言葉ではなく物で礼を言われる神だったことになります。

エイレイテュイアを祀った神殿と遺跡

この女神を祀った場所として住所まで確かめられるのは、オリンピア遺跡の北端にある社です。パウサニアスが老いた巫女と蛇の子の話とともに記しています。

もう一か所、クレタ島アムニソスの洞窟が『オデュッセイア』に名を残し、実際に洞窟も残っています。ミケーネ時代の粘土板にも同じ地名と神名が現れます。ただし、その洞窟の住所を確かめられる一次の資料に当たれなかったため、ここには挙げていません。

このほかアテナイやデロス島にも祀られたと伝えられますが、建物として確定できる遺構は確かめられませんでした。

奉納されたのは像や金銀ではなく、多くがだったと伝えられます。無事に産み終えた女が、着ていたものを納めました。

オリンピアのエイレイテュイアとソシポリスの社(オリンピアのエイレイテュイアとソシポリスのやしろ)

クロニオンの丘のふもとに置かれた社

地図で開く

オリンピアのエイレイテュイアとソシポリスの社の住所: ギリシャ ペロポネソス半島 オリンピア遺跡

オリンピアのエイレイテュイアとソシポリスの社の祀られた神: エイレイテュイア、ソシポリス

オリンピアのエイレイテュイアとソシポリスの社に残るもの: 丘のふもとに残る建物の基礎

オリンピア遺跡の北の端、クロニオンの丘のすそにあります。

パウサニアスによれば、社は二間に分かれ、奥の間へ入れるのは老いた巫女ただ一人でした。巫女は蜜を練った菓子と水を運び、白い布で顔を覆ったといいます。

祀られていたのは出産の女神と、蛇に変わって敵を退けたという土地の守り神ソシポリスです。生まれることと、都市が守られることが、同じ屋根の下で祈られていました。

ゼウス神殿やヘラ神殿のある中心区画から、北へ歩いた丘のふもとにあたる。

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エイレイテュイアが現代に残した痕跡

エイレイテュイアの名は、古さそのものとして学問の側に残りました。

ミケーネ時代の粘土板に残る神名: クノッソス出土の粘土板に、この女神の名と読める語が供え物の記録として刻まれている。文字で追える最古級のギリシャの神名の一つ。

ローマのルキナ: 「光のもとへ出す者」を意味する呼び名で、この女神と重ねられた。生まれることを光を見ることと捉えた言い方である。

アムニソスの洞窟: クレタ島北岸に残る洞窟。『オデュッセイア』が名を挙げ、発掘も行われている。

出産の守り神という型: 出産だけを受け持つ神を立てる考え方は、ローマにも受け継がれた。産む・切る・名づけるを別々の神に割り当てる例がある。

エイレイテュイアが司るもの

出産

産みの苦しみを終わらせる神。この女神が来るまで子は生まれないとされた。

安産

無事に産むための祈りが集まった。産後に衣を奉納する習わしが伝えられる。

無事な出産

死の危険と隣り合わせだった出産で、もっとも切実に呼ばれた名である。

子授け

子を得ることそのものを願う祈りも、この女神に向けられた。

母子の守護

オリンピアでは、生まれたばかりの守り神ソシポリスと同じ社に祀られた。

エイレイテュイアについてよくある質問

エイレイテュイアはどんな神ですか。

出産を司る女神です。ゼウスとヘラの娘で、産みの苦しみを終わらせる役目だけを受け持ちます。この女神が現れるまで子は生まれられない、という形で神話に登場します。

ヘラとはどんな関係ですか。

母娘です。ヘラはこの娘を引き留めることで、ゼウスの相手の出産を妨げました。レトのときは九日九夜、ヘラクレスのときは誕生の順番が入れ替わり、のちの十二の難業につながっています。

なぜ複数形で呼ばれることがあるのですか。

『イリアス』が陣痛を「ヘラの娘たち」が送るものとして複数で語るためです。もともと産みの苦しみを表す複数の霊が、一柱の女神にまとまっていったと考えられています。

祀られた場所は残っていますか。

オリンピア遺跡の北端に社の跡が残ります。パウサニアスは、老いた巫女だけが奥の間に入り、蜜の菓子と水を供えたと記しています。クレタ島アムニソスの洞窟も古くからの聖所です。

名前の意味は分かっていますか。

分かっていません。ギリシャ語の内側では説明がつかず、「来る」を意味する動詞に結びつける説がありますが決め手を欠きます。ギリシャ人が来る前からこの土地にいた神とみる見方もあります。