山羊の脚を持つ牧人の神。人を襲う理由のない恐怖は、この神の名で呼ばれた。
パーンとは何の神様か
パーンはひとことで言えば人里の外にいる神です。
オリュンポスの宮殿ではなく、アルカディア地方の岩山と洞窟に住みます。持ち場は羊と山羊の群れ、蜜蜂、狩り、そして山の静けさです。
姿は腰から下が山羊、額に角、顎に髭。ホメロス風讃歌は、この子を取り上げた乳母がその顔を見て逃げ出したと書きます。父はヘルメス、母はニンフ?とされます。
持ち物はシュリンクス(葦笛)。長さの違う葦を蝋で並べた笛で、いまも同じ形の楽器が世界中にあります。
そして、この神の名はもう一つのものに残りました。人けのない場所で、理由もなく湧き上がる恐怖です。 家畜の群れが何もないのに走り出す、軍勢が敵を見ないまま崩れる。ギリシャ人はそれを「パーンの起こす恐れ」と呼びました。
パニックという語は、この神の名そのものです。
パーンのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Πάν。日本語では「パーン」と「パン」の両方が使われます。この図鑑では、食べ物と紛れないように長音を付けた形を見出しにしています。
名の意味には、二つの説があります。
古代の人は「すべて」を意味する語と結びつけました。ホメロス風讃歌は、生まれた子を見た神々がみな喜んだので「パーン」と名づけた、と書いています。ただしこれは、後から意味を当てた読み方だと考えられています。
言語の研究では、「群れを飼う」を意味する古い語根に由来するとされます。羊飼いを指すラテン語と同じ根です。牧人の神の名としては、こちらのほうが素直です。
ローマではファウヌスと重ねられました。日本語で「牧神」と訳されるとき、指しているのはたいていこの二柱のどちらかです。
Πάν(パーン)
古代ギリシャ語の表記。語源は「群れを飼う」を意味する古い語根にさかのぼるとされ、羊飼いを意味するラテン語と同じ根を持つ。
パン(パン)
日本語での短い表記。食べ物のパンとは何の関係もなく、そちらはポルトガル語から入った別の語である。
Αἰγίπαν(アイギパン)
「山羊のパン」の意。テュポーンとの戦いでヘルメスを助けた神としてアポロドーロスが挙げる名で、パーンと同じ神とみる読み方が古くからある。
ファウヌス(ファウヌス)
ローマで重ねられた森と牧の神。両者はもともと別の神格だが、山羊の脚を持つ姿は混ざり合った。
パーンの物語
アルカディアの山の神 ─ 神々の輪の外にいる者
パーンの本場は、ペロポネソス半島の内陸アルカディア地方です。海に面さず、都市も大きくならなかった山あいの土地でした。
この地方の神は、神殿ではなく洞窟と山そのものに祀られます。パーンもそうでした。
パウサニアスは、リュカイオン山にパーンの聖域があり、周りに木立と競走路があったと記しています。この山の頂はゼウスの祭壇でしたが、中腹はパーンの持ち場でした。
昼寝を邪魔されると怒る、という言い伝えもあります。真昼の山は、ギリシャでは神のいる危険な時刻でした。
『ホメロス風讃歌』は、この神の一日をこう描きます。
岩山の頂を歩き、獣を追い、日が暮れると笛を吹いた。 山のニンフたちがそれに合わせて歌い、輪になって踊った。
オリュンポスの十二神のように役所を持たず、人が住まない場所の側に立っている神です。この位置取りが、以下のすべての話につながります。
シュリンクス ─ 逃げた娘が楽器になる
葦笛の由来を語るのは、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』第1巻です。
アルカディアにシュリンクスというニンフがいました。アルテミスに倣って狩りに生き、男を寄せつけません。パーンが言い寄り、娘は逃げます。
追いつかれたのは川のほとりだった。 娘は川の姉妹たちに、姿を変えてくれと願った。
抱きとめた腕の中にあったのは、娘ではなく一束の葦でした。
嘆いた息が葦のあいだを抜けたとき、細く震える音が鳴ります。神はその音に驚き、こう言ったと詩は書きます。
この語らいだけは、私に残された。
長さの違う葦を蝋でつなぎ、シュリンクスと名づけました。娘の名が、そのまま楽器の名になっています。
松に変えられたピテュス、声だけになったエコーにも、この神が関わる話が後世に語られます。追われた相手が人の形を失うという筋が、繰り返されています。
パニック ─ 名が語になった
ギリシャ語には「パーンの恐れ」という言い方がありました。原因のない、突然の恐慌を指します。
家畜の群れが何もない場所で一斉に走り出す。夜の陣営で兵が武器を取り、味方どうしで斬り合う。理由が説明できないから、神の名で呼ばれました。
この神がアテナイで祀られるようになった経緯を、ヘロドトスが書き残しています。
マラトンの戦いの前、スパルタへ走った使者がアルカディアの山中でパーンに呼び止められました。
なぜアテナイ人は私を顧みないのか。 私はこれまでも役に立ち、これからも役に立つというのに。
戦いに勝ったのち、アテナイ人はアクロポリスの北斜面の洞窟にこの神を祀り、毎年の犠牲と松明競走を行うようになった、とヘロドトスは記します。
ペルシャ軍が崩れたのはこの神のせいだ、という言い方も生まれました。恐怖を武器として数えたことになります。
英語をはじめ多くの言語で恐慌を表す語は、この神の名から作られています。
大いなるパンは死んだ ─ 海の上で告げられた報せ
ギリシャの神は死にません。ただ一つ、例外として語り継がれた話があります。
プルタルコス?の『神託のすたれについて』が伝える、ローマ皇帝ティベリウスの治世の出来事です。
イタリアへ向かう船が、夜、パクソス島の沖で凪に入りました。島のほうから、エジプト人の舵手タムスを名指しで呼ぶ声がします。三度目に返事をすると、声はこう告げました。
パロデスの沖に来たら、大いなるパンは死んだと伝えよ。
タムスはその場所で声を張り上げました。すると、
一人の声ではない、大勢の嘆きの声が上がった。
報せは皇帝の耳に入り、学者たちが「そのパンとは何者か」を調べさせられた、とプルタルコスは書きます。神の訃報が公式に調査された、という奇妙な記録です。
のちのキリスト教の著述家は、これを古い神々の終わりの合図として読み直しました。十六世紀のラブレーもこの話を書き写しています。
この一節のために、パーンは「死んだ神」として近代の文学に何度も呼び戻されました。 原典が本当は何を伝えたかったのかは、いまも決まっていません。
パーンの家系図と家族
パーンの親: ヘルメスヘルメスとニンフの子
パーンの性格と人物像
パーンは、行儀の悪い神です。
昼寝を邪魔されれば怒り、ニンフを追いかけ、断られ、そのたびに相手は草や木に変わってしまいます。オリュンポスの神のように裁いたり導いたりはしません。
それでいて、憎まれてはいません。 讃歌では、生まれた子を見た神々が声を上げて喜んだと歌われます。とくにディオニュソスが気に入った、とも書かれています。山羊の顔をした赤ん坊を、神々は笑って迎えました。
もう一つの特徴は、人を助けた記録がはっきりしていることです。マラトンの前に使者へ声をかけ、勝利のあとアテナイに祀られました。ギリシャの神のなかで、戦の勝敗に関わったと市民が公に認めた例は多くありません。
音楽への執着も見逃せません。追った相手を失った後、その葦で笛を作って吹き続けます。アポロンに音楽を挑んで負けもしました。負けても吹くのをやめない神です。
笑われ、恐れられ、頼りにもされる。神殿の中ではなく、山の側から人を見ている神です。
パーンを祀った神殿と遺跡
パーンを祀った場所は、神殿ではなく洞窟と山であることがほとんどです。
確かめられるのは、本場アルカディアのリュカイオン山と、アテナイのアクロポリス北斜面の洞窟の二か所です。前者はパウサニアスが、後者はヘロドトスが記しています。
このほかにもアッティカ地方には、ニンフとパーンを合わせて祀った洞窟がいくつも見つかっています。壁を削って奉納の板を掛けるだけの、素朴な祀り方でした。
大きな石造の神殿を持たなかったこと自体が、この神の位置を示しています。 都市の中心ではなく、その外側にいる神だったからです。
リュカイオン山のパーンの聖域(リュカイオンさんのパーンのせいいき)
パーン信仰の本場アルカディアの聖域
リュカイオン山のパーンの聖域の住所: ギリシャ アルカディア地方 リュカイオン山
リュカイオン山のパーンの聖域の祀られた神: パーン
リュカイオン山のパーンの聖域に残るもの: 競走路と木立の跡、山上の祭壇の跡
アルカディア地方の南、ふもとから頂まで一続きの聖域になっている山です。
パウサニアスは、この山にパーンの聖域があり、周りを木立が囲み、競走路が設けられていたと記しています。 頂上はゼウス・リュカイオスの祭壇で、山は二柱で分け持たれていました。
祭りでは競技が行われました。神殿の建物ではなく、山そのものが祀りの場である点が、アルカディアらしいところです。
ふもとの区域には競走路のほか、参詣者のための建物の跡が残る。
アクロポリス北斜面のパーンの洞窟(アクロポリスきたしゃめんのパーンのどうくつ)
マラトンの戦いののちに定められた祀り
アクロポリス北斜面のパーンの洞窟の住所: ギリシャ アテネ アクロポリス
アクロポリス北斜面のパーンの洞窟の祀られた神: パーン
アクロポリス北斜面のパーンの洞窟に残るもの: 岩の洞窟と、奉納の板を掛けた壁のくぼみ
アクロポリスの岩壁の北側に開く、小さな洞窟です。
ヘロドトスによれば、マラトンの戦いの前にパーンが使者へ声をかけたことをうけ、アテナイ人は勝利ののちにこの洞窟へ神を祀りました。年ごとの犠牲と松明競走が行われたと記されています。
建物ではなく洞窟をそのまま社にした点に、この神の性格が出ています。 岩壁には奉納の板を掛けたくぼみが並びます。
アクロポリスの北側の遊歩道から、岩壁のくぼみを見上げることができる。
パーンが現代に残した痕跡
パーンの名は、恐慌を表す語と楽器として、いまも日々使われています。
パニックという語: 突然の恐慌を指す語で、この神の名から作られた。もとは家畜の群れや軍勢が理由もなく崩れることを指した。
パンフルート(シュリンクス): 長さの違う管を並べた笛。ギリシャの葦笛と同じ構造の楽器が、南米や東欧など各地で使われている。
土星の衛星パン: 土星の環の隙間を回る小さな衛星の名。環の粒を追い立てて隙間を保つ働きから、群れを追う牧人の神の名が付けられた。
山羊座に結びつける伝え: テュポーンから逃れるとき下半身が魚になったという話があり、ローマ時代の天文書はこれを山羊座の由来としている。
「大いなるパンは死んだ」: プルタルコスが伝えた報せ。古い神々の終わりを示す言葉として、近代のヨーロッパ文学でくり返し引かれた。
パーンが司るもの
牧畜
羊と山羊の群れを守る、アルカディアの牧人の神。祈りは群れの増えに向けられた。
家畜の守り
群れが理由もなく走り出すのを鎮めるのも、この神の役目とされた。
狩猟
獣を追う神でもあり、獲物が取れなかった猟師が像を鞭で打つ習わしが伝えられる。
音楽
葦笛シュリンクスの作り手。山のニンフの踊りは、この笛に合わせて回った。
山の守り
洞窟と山そのものを住処とし、人が住まない土地の側に立つ神とされた。
パーンが登場するゲーム・アニメ
創作でのパーンは、二つの顔が別々に使われます。
一つは笛を吹く陽気な半獣で、絵画と音楽はもっぱらこちらを選びます。もう一つは、人のいない場所に潜む恐怖そのものとしての顔で、近代以降の小説や怪奇物語はこちらを掘り下げました。
同じ神から明るい牧歌と底知れない恐ろしさが出てくるのは、原典の段階ですでに両方が書かれているためです。
パーンが登場する絵画・彫刻
「パンとシュリンクス」を主題にした絵画
葦をつかむ神と、姿を変えつつある娘を描く構図が近世に好まれました。バロック期の作例が数多く残ります。
笛を教える群像
少年に葦笛の指使いを教えるパーンの像は、古代の作を写した形で各地の美術館にあります。
パーンが登場する音楽・文学
「牧神の午後への前奏曲」
マラルメの詩に基づくドビュッシーの曲。題の「牧神」はローマのファウヌスにあたりますが、葦笛を吹く姿はパーンの像から来ています。
「大いなるパンは死んだ」を扱った作品
ラブレーをはじめ、近代の詩や小説がこの報せを何度も取り上げました。神々の時代の終わりを語る決まり文句になっています。
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パーンについてよくある質問
パーンはどんな神ですか。
腰から下が山羊の姿をした、牧人と山の神です。アルカディア地方が本場で、羊と山羊の群れ、狩り、葦笛を司ります。ヘルメスとニンフの子とされ、オリュンポスの十二神には数えられません。
パニックの語源は本当にパーンですか。
そうです。ギリシャ語には「パーンの恐れ」という言い方があり、家畜の群れや軍勢が理由もなく崩れる現象を指しました。多くの言語で恐慌を表す語は、ここから作られています。
シュリンクスとは何ですか。
長さの違う葦を並べて蝋でつないだ笛です。オウィディウスによれば、逃げて葦に変わったニンフのシュリンクスからパーンが作ったもので、娘の名がそのまま楽器の名になりました。
「大いなるパンは死んだ」とはどういう話ですか。
プルタルコスが伝える出来事です。ティベリウス帝の時代、船が凪に入ったとき島から声がして、エジプト人の舵手にこの言葉を告げるよう命じました。伝えると大勢の嘆きの声が上がったといい、報せは皇帝にまで届いたと記されています。
パーンを祀った場所は残っていますか。
アルカディア地方のリュカイオン山に聖域の跡があり、アテネのアクロポリス北斜面には洞窟の社が残ります。後者はマラトンの戦いののちに定められたもので、ヘロドトスが経緯を記しています。
パーンと併せて覚えたい言葉・用語
ニンフ(Νύμφη)
山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。
プルタルコス(Plutarch)
ギリシャの著述家。『イシスとオシリスについて』を書いた。オシリス神話が一続きの物語として読めるのはこの書だけだが、ギリシャ語で、神話の成立から二千年以上あとの記録である点に注意が要る。