サビニとラテンが共に祀った古い女神。解放奴隷の女神として知られる。
フェーローニアとは何の神様か
フェーローニアはひとことで言えば自由になる場所の女神です。
サビニ人とラテン人が共同で祀った古い女神で、実りと森と泉を司ります。
もっともよく知られるのは、解放奴隷の女神としての姿です。テッラチーナの聖域では、剃った頭に自由の帽子を受けることで解放が成りました。
そこには、こう刻まれた石があったと伝えられます。
「価値ある奴隷はここに座り、自由になって立つ。」
カペーナのルークス・フェーローニアエ、すなわちフェーローニアの森は、市の立つ聖域でした。人が集まり、物が動く場所です。前211年、ハンニバルがこの聖域を略奪しました。
前3世紀には、ローマ市内にも神殿が建てられます。祭日は11月13日。
火渡りの伝えもあり、ソラクテ山の一帯の祭祀と結びつけて語られることがあります。
名の意味は、いまもわかっていません。
フェーローニアのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「フェーローニア」「フェロニア」「フェローニア」の表記が使われます。長音を書き分けない形も広く用いられています。
名の意味は、いまもわかっていません。 実りを表す語に結びつける説、自由を表す語に結びつける説などが出されていますが、どれも決め手を欠いています。
ローマ人自身も、この名の由来を説明できていませんでした。
サビニ人の女神とする記述と、ラテン人の女神とする記述の両方があります。実際には、両者の境の地域で共同で祀られた女神とみるのが自然です。
聖域の名ルークス・フェーローニアエは「フェーローニアの森」を意味し、そのまま地名になりました。いまもカペーナ近くの遺跡がこの名で呼ばれています。
なお、この女神をギリシャの女神と結びつける説明は行われません。イタリアの土地の側だけで語られる女神です。
Feronia(フェーローニア)
ラテン語の主格。名の意味は確かめられておらず、実りを表す語や自由を表す語との関係が議論されている。
Lucus Feroniae(ルークス・フェーローニアエ)
フェーローニアの森の意。カペーナにあった聖域の名で、そのまま地名として使われるようになった。
Feroniae(フェーローニアエ)
属格および与格の形。碑文では、この女神へ捧げるという形でこの綴りが多く見られる。
フェーローニアの物語
解放奴隷の女神 ─ 帽子を受けて自由になる
フェーローニアがいちばん知られているのは、解放奴隷の女神としてです。
ローマで奴隷が解放されるとき、決まった作法がありました。頭を剃り、自由の帽子をかぶるというものです。
剃った頭に帽子を受けることで、身分が変わりました。
テッラチーナの聖域では、この作法が行われたと伝えられます。聖域が、身分を変える場所になっていたわけです。
そこには石の座があり、こう刻まれていたとされます。
「価値ある奴隷はここに座り、自由になって立つ。」
座って入り、立って出る。身分の変化が、体の動きで表されていました。
この記述はセルウィウスの注釈に伝わるもので、石そのものは見つかっていません。そのため、文言をそのまま史実とみるべきかについては慎重な見方もあります。
それでも、この聖域が解放と結びついていたことは、複数の資料が一致して伝えています。
カペーナの市の聖域 ─ 前211年の略奪
カペーナにあったルークス・フェーローニアエは、性格の違う聖域でした。
ここは市の立つ場所でした。祭のたびに人が集まり、物が売り買いされます。
聖域が、そのまま市場でした。
古代のイタリアでは、こうした形がよく見られます。神の前では争いが禁じられるため、異なる部族の者どうしが安全に取引できたからです。
サビニ人とラテン人が共同で祀ったという伝えは、この性格と結びつきます。境の地域の、共同の場だったわけです。
そのため、この聖域には多くの奉納が積み上がりました。金銀の供え物が集まっていたとされます。
前211年、ハンニバルがこの聖域を略奪しました。 ローマを攻めきれずに北へ引き返す途中の出来事です。
いまこの場所は遺跡公園になっており、広場や建物の跡を見学することができます。
サビニとラテンの古い女神 ─ ローマの神殿と11月13日
フェーローニアは、サビニ人の女神ともラテン人の女神とも書かれます。
実際には、両者の境の地域で共同で祀られた女神とみるのが自然です。
どちらの民のものでもある神が、市の立つ場所には必要でした。
ローマ市内にも、前3世紀に神殿が建てられました。祭日は11月13日です。
サビニ人がローマに取り込まれていく過程で、この女神の祭祀も都に入ってきたとみられます。
司る領域は広く、実りと森と泉が挙げられます。土地の恵み全般を受け持つ女神です。
解放奴隷の女神という顔と、実りの女神という顔が、どうつながるのかははっきりしていません。
一つの説明は、「増える」「実る」という語の意味からの連想です。自由になることを、身分が実ることと重ねた、という見方です。
ただし、これも推定にとどまります。
火渡りと、わからない名 ─ なぜ由来が失われたのか
ストラボンは、ソラクテ山の麓にもフェーローニアの聖域があったと伝えています。
そしてそこでも、燃える炭の上を裸足で渡る祭祀が行われたと書きました。
ソラクテ山は、ソーラーヌスの火渡りで知られる山です。
二つの祭祀が、同じ一帯で重なっていたことになります。土地の神々が近くで祀られ、似た作法を共有していたとみられます。
ただし、この聖域の位置は特定されていません。
名の意味も、わかっていません。実りを表す語、自由を表す語、いくつもの説が出されましたが、どれも決め手がありません。
理由ははっきりしています。この女神が、文字の記録が始まるよりずっと前からいたからです。
サビニ人やラテン人の古い言葉が、そのまま名として残りました。その言葉の意味が失われれば、名の意味も失われます。
ローマ人自身が説明できなかったことを、いま説明できないのは当然といえます。
フェーローニアの家系図と家族
フェーローニアの性格と人物像
フェーローニアには、物語がほとんど伝わっていません。
恋も争いも語られず、他の神との関わりを述べた話もほとんどありません。
そのかわり、聖域の様子は詳しく伝わっています。
解放の作法、市の立つ森、積み上がった奉納、ハンニバルの略奪。神そのものより、その場所で何が行われたかが記録されています。
研究上の位置づけとしては、ローマがイタリアの土地の神をどう取り込んだかの例として扱われます。
サビニとラテンの境にいた女神が、ローマの拡大とともに都の神殿にまで入りました。そのとき、もとの性格がどこまで残ったかが論点になります。
解放奴隷の女神という顔は、聖域が身分を変える場になっていたことから生まれたとみられます。
神殿が、法的な手続きの場でもあった。 この重なりが、この女神をわかりにくく、同時に興味深いものにしています。
フェーローニアを祀った神殿と遺跡
フェーローニアの聖域は、少なくとも三つ伝えられています。
カペーナのルークス・フェーローニアエ、テッラチーナ近郊の聖域、そしてローマ市内の神殿です。
このうち位置を確かめられたのは、はじめの二つです。
ローマ市内の神殿は前3世紀に建てられ、祭日は11月13日でした。ただし、いまのところ場所が特定されていないため、欄には入れていません。
さらにストラボンは、ソラクテ山の麓にも聖域があり、火渡りが行われたと伝えています。こちらも位置は特定されていません。
土地の女神であるため、小さな聖域が各地にあったとみられますが、確かめられているのは上の二か所です。
ルークス・フェーローニアエ(Lucus Feroniae)
市の立つ聖域
ルークス・フェーローニアエの住所: イタリア ラツィオ州 カペーナ(北緯42.1302 東経12.5971)
ルークス・フェーローニアエの祀られた神: フェーローニア
ルークス・フェーローニアエに残るもの: 広場・建物・浴場の跡(遺跡公園として公開)
ルークス・フェーローニアエのご利益: 実りと森・商いの安全
カペーナにあった聖域です。祭のたびに市が立ち、人と物が集まりました。
サビニ人とラテン人が共同で祀ったとされ、境の地域の共同の場として機能しました。神の前では争いが禁じられるため、異なる民どうしが安全に取引できたためです。
奉納が積み上がり、金銀の供え物が集まっていたとされます。前211年、ハンニバルがこの聖域を略奪しました。
後に近くに植民市が置かれ、広場や浴場が造られています。
ローマ北方の遺跡公園として公開されており、広場の跡を歩いて見ることができる。
フェーローニアの聖域(Fanum Feroniae)
解放の作法が行われた聖域
フェーローニアの聖域の住所: イタリア ラツィオ州 テッラチーナ近郊(北緯41.3153 東経13.1940)
フェーローニアの聖域の祀られた神: フェーローニア
フェーローニアの聖域に残るもの: 地上に残っていない
フェーローニアの聖域のご利益: 自由になること
テッラチーナの近くにあった聖域です。ここで奴隷の解放が行われたと伝えられます。
作法は決まっていました。頭を剃り、その頭に自由の帽子を受ける。 これで身分が変わります。
石の座があり、こう刻まれていたとされます。
価値ある奴隷はここに座り、自由になって立つ。
ただし、この石そのものは見つかっていません。 記述はセルウィウスの注釈に伝わるものです。
古代の建物は残っていないため、位置をたどるだけの見学になる。
フェーローニアが現代に残した痕跡
フェーローニアの名は、地名と遺跡の名として残りました。
ルークス・フェーローニアエ: カペーナの遺跡がいまもこの名で呼ばれ、遺跡公園として公開されている。
自由の帽子: 解放された奴隷がかぶる帽子は、後世に自由の象徴として旗や紋章に使われた。
ハンニバルの略奪: 前211年の出来事として、第二次ポエニ戦争を語るときに繰り返し引かれる。
市の立つ聖域: 神の前では争いが禁じられる場所が市場になるという古代の形の代表例とされる。
フェーローニアが司るもの
自由になること
聖域で解放の作法が行われ、身分が変わる場を司る女神とされた。
実りと森
土地の恵み全般を司り、森と泉に結びついた古い女神とされた。
商いの安全
市の立つ聖域として、異なる民のあいだの取引を守る場を司った。
フェーローニアが登場するゲーム・アニメ
作品でのフェーローニアは、名前が出ること自体が多くありません。
物語が伝わっていないため、描く場面がないためです。
かわりに取り上げられるのは、聖域のほうです。
カペーナの遺跡は見学できる場所として知られ、解放の作法は歴史の本で紹介されます。神より場所が有名な女神といえます。
フェーローニアが登場するゲーム
ローマを扱う歴史戦略ゲーム
聖域や市場の要素として、この女神の名が現れることがあります。
神話を扱う対戦型ゲーム
森と実りの女神として、名前が登場することがあります。
フェーローニアが登場する絵画・彫刻
奴隷解放の場面を描いた絵画
頭に帽子を受ける作法が、自由をめぐる主題として近世に描かれました。
遺跡から出た奉納品
カペーナの聖域から出土した供え物が、地域の博物館に収められています。
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フェーローニアについてよくある質問
フェーローニアはどんな女神ですか。
サビニ人とラテン人が共同で祀った古い女神で、実りと森と泉を司ります。とくに解放奴隷の女神として知られ、テッラチーナの聖域で奴隷の解放が行われたと伝えられます。
なぜ解放奴隷の女神なのですか。
テッラチーナの聖域が、身分を変える手続きの場になっていたためです。頭を剃り、その頭に自由の帽子を受けることで解放が成りました。実りの女神という顔とのつながりははっきりしていません。
ルークス・フェーローニアエとは何ですか。
カペーナにあったフェーローニアの森という意味の聖域です。祭のたびに市が立つ場所で、前211年にハンニバルが略奪しました。いまは遺跡公園として公開されています。
名前の意味は何ですか。
わかっていません。実りを表す語や自由を表す語に結びつける説がありますが、どれも決め手を欠いています。ローマ人自身も説明できていませんでした。
火渡りとの関係はありますか。
ストラボンが、ソラクテ山の麓のフェーローニアの聖域でも燃える炭の上を渡る祭祀が行われたと伝えています。ただし、この聖域の位置は特定されていません。