自由の女神。解放された奴隷がかぶる円錐形の帽子を目印とする。
リーベルタースとは何の神様か
リーベルタースはひとことで言えば自由を神にしたものです。ローマの抽象概念の神のなかで、もっとも遠くまで影響を残した一柱になります。
アウェンティーノの丘の神殿は、前238年ごろにティベリウス・グラックスが建てたと伝えられます。のちの護民官と同名の、その父にあたる人物です。
カピトリーノの丘にはアトリウム・リーベルターティスという建物がありました。監察官の役所が置かれ、のちにアシニウス・ポッリオがここにローマ初の公開図書館を開きます。
図像の目印はピレウスという円錐形の帽子です。解放された奴隷がこれをかぶりました。
カエサル暗殺のあと、ブルートゥスは短剣二本とこの帽子を刻んだ貨幣を打っています。
王になろうとした者を刺したことで市民は自由になった、という主張でした。
自由の帽子は近代の革命の図像に受け継がれ、自由の女神像の系譜にもつながりました。
この語がまず指すのは、何でもできることではなく奴隷でないことです。そこから、王に支配されていないことを意味するようになりました。
祭日は4月13日。
リーベルタースのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「リベルタス」「リーベルタース」の両方が見られます。長音を書かない形のほうが多く使われます。
意味に注意が要ります。この語がまず指すのは、奴隷でないことです。
何でもできることではなく、他人の所有物でないことです。
そこから、政治の場では王に支配されていないことを意味するようになりました。共和政ローマにとって、この語は王政を否定する言葉でした。
近代の諸言語で自由を意味する語は、この語から出ています。ただし、その意味の幅は古代よりずっと広がっています。
ローマでのこの女神は、身分と政体にかかわる語でした。心の自由や思想の自由を指す使い方は、古代にはほとんど見られません。
Libertas(リーベルタース)
ラテン語の主格。属格はリーベルターティスとなる。自由な身分の者を意味する語から作られ、奴隷でないことを指すのが本来の意味である。
Libertas Augusta(リーベルタース・アウグスタ)
皇帝の自由という意味。帝政期の貨幣に刻まれた形で、前の統治が圧政だったと示すときに用いられることが多い。
Atrium Libertatis(アトリウム・リーベルターティス)
自由の館。監察官の役所が置かれ、のちにアシニウス・ポッリオがローマ初の公開図書館を開いた建物を指す。
リーベルタースの物語
アウェンティーノの神殿 ─ 平民の丘に建つ
リーベルタースの神殿は、アウェンティーノの丘にありました。
建てたのはティベリウス・センプロニウス・グラックスとされます。のちに改革をめぐって殺される護民官と同名ですが、こちらはその父にあたる人物です。前238年ごろのこととされます。
場所の選び方に意味があります。
アウェンティーノの丘は、長く市壁の外に置かれ、平民の拠点とされてきました。身分闘争のとき、平民は職を放り出してこの丘に立てこもっています。
そこに自由の神殿が建ったわけです。
丘にはほかにも、平民にゆかりの深い神殿が並んでいました。ケレース・リーベル・リーベラの神殿は平民の穀物管理の拠点でしたし、ディアーナの神殿もありました。
自由の神殿は、貴族の丘ではなく平民の丘に建てられました。
神殿の正確な位置は特定されておらず、地上に遺構も残っていません。
アトリウム・リーベルターティス ─ 役所と図書館
カピトリーノの丘のふもとには、アトリウム・リーベルターティスという建物がありました。「自由の館」という意味です。
ここには監察官の役所が置かれました。監察官は市民の名簿を作り、財産を査定し、風紀を取り締まる職です。誰が自由な市民であるかを決める仕事でしたから、この建物に置かれたのは筋が通っています。
奴隷を解放する手続きの記録も、ここで扱われました。
前1世紀、アシニウス・ポッリオがこの建物を建て直し、ローマ初の公開図書館を開きました。
これは大きな出来事でした。それまで書物は個人の蔵書か神殿の保管でしたが、ここではじめて誰でも読める場所が生まれます。
ギリシャ語とラテン語の書庫が分けられ、著者の胸像が並べられていたと伝えられます。
自由の館に図書館が置かれたという取り合わせは、後世たびたび注目されてきました。ただし、建物の位置は特定されていません。
ピレウス ─ 解放された者の帽子
リーベルタースの図像の目印は、ピレウスと呼ばれる帽子です。
つばのない、頭にぴったり合う円錐形の帽子です。ローマでは、奴隷が解放されるときにこれをかぶりました。
帽子が、身分の変わったことを示しました。
解放の儀式では、奴隷の頭を剃り、この帽子をかぶせました。以後、その人は自由な身分の者として扱われます。
そのため、この帽子は自由そのものの記号になりました。リーベルタースは、この帽子を手に持つか、杖の先に掲げた姿で表されます。
杖も持ち物のひとつです。解放の儀式で用いられた棒に由来するとされます。
カエサル暗殺のあと、ブルートゥスは貨幣を打ちました。表に自分の顔、裏に短剣二本とピレウスです。王になろうとした者を刺したことで、市民は自由になったという主張でした。
この一枚は、古代の貨幣のなかでもとくに知られたものになっています。
帽子はどこへ行ったか ─ 近代への継承
ピレウスの図像は、ローマで終わりませんでした。
近世に入ると、共和政ローマを手本とする人々がこの帽子を掲げます。オランダの独立でも、この図が使われました。
フランス革命では、赤い帽子が自由の合図になります。
このとき使われたのは、東方の民族の帽子に由来する形と混ざったものでしたが、由来はローマの解放奴隷の帽子です。フランスの共和国を表す女性像は、いまもこの帽子をかぶっています。
新大陸でも同じ図が使われました。独立にかかわる旗や紋章、貨幣に、帽子を掲げた自由の女神が刻まれます。
自由の女神像の系譜も、この流れのなかにあります。冠と松明という組み合わせは新しいものですが、自由を女性の像で表すという発想自体が、ローマのこの女神から続いています。
奴隷が身分を離れるときにかぶった帽子が、二千年かけて国の象徴になりました。
リーベルタースの家系図と家族
リーベルタースのきょうだい: セークーリタース帝政の貨幣に並べて刻まれる
リーベルタースの性格と人物像
リーベルタースは、もっとも遠くまで旅をしたローマの神です。
古代での意味はごく限られていました。奴隷でないこと、王に支配されていないこと。それだけです。
心の自由や思想の自由を指す使い方は、古代にはほとんどありません。
それでも、この女神の図像は生き延びました。ピレウスという帽子が、身分の変化を示す記号としてわかりやすかったためです。
研究の上では、この神は言葉と図像の寿命の違いを示す例として引かれます。意味は時代ごとに大きく変わりましたが、帽子だけは同じ形で残りました。
政治の場での使われ方にも癖があります。自由を掲げる者は、たいてい直前の統治を圧政と呼ぶ必要がありました。 ブルートゥスの貨幣も、帝政期の貨幣も、その形です。
誰かの自由を掲げることは、誰かを否定することでもありました。
リーベルタースを祀った神殿と遺跡
リーベルタースを祀った場所として住所を確かめられたのは、アウェンティーノの丘の神殿です。
ただし、丘のどこにあったのかは特定されていません。 地上に遺構も残っていません。
住所の欄には、丘そのものの座標を使っています。
このほかにアトリウム・リーベルターティスという重要な建物がカピトリーノの丘のふもとにありましたが、こちらも位置が特定されていないため、住所の欄には挙げていません。
アトリウムは神殿ではなく、監察官の役所と図書館を備えた建物です。祀る施設とは性格が異なる点にも注意が要ります。
リーベルタースの神殿(Aedes Libertatis)
自由を祀った共和政期の神殿
リーベルタースの神殿の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘(北緯41.8833 東経12.4833)
リーベルタースの神殿の祀られた神: リーベルタース
リーベルタースの神殿に残るもの: 地上に残っていない
リーベルタースの神殿のご利益: 身分からの解放
前238年ごろにティベリウス・センプロニウス・グラックスが建てたと伝えられる神殿です。のちの護民官と同名の、その父にあたる人物とされます。
アウェンティーノの丘は長く市壁の外に置かれ、平民の拠点でした。身分闘争のとき、平民はこの丘に立てこもっています。
丘にはケレース・リーベル・リーベラの神殿など、平民にゆかりの深い施設が並んでいました。神殿の正確な位置は特定されていません。
アウェンティーノの丘。サンタ・サビーナ聖堂の周辺に古代の遺構が点在する。
リーベルタースが現代に残した痕跡
リーベルタースの図像は、近代の革命の合図として受け継がれました。
自由の帽子: 解放された奴隷がかぶったピレウス。近世以降、共和政と革命を示す記号として各国の紋章や旗に用いられた。
ブルートゥスの貨幣: カエサル暗殺のあとに打たれた一枚。短剣二本と帽子を刻み、古代の貨幣でもとくによく知られている。
自由の女神像: 自由を女性の像で表す発想が、この女神から続いている。冠と松明の組み合わせは近代に作られたもの。
自由を意味する語: ヨーロッパの諸言語で自由を指す語が、この女神と同じラテン語から出ている。
リーベルタースが司るもの
身分からの解放
奴隷が自由な身分になることを司るとされた女神。
王に支配されないこと
共和政の建前を示す語として、政治の場で掲げられた。
記録の保管
解放の手続きや市民名簿が、自由の館で扱われた。
リーベルタースが登場するゲーム・アニメ
作品でのリーベルタースは、帽子によって見分けられます。
つばのない円錐形の帽子を杖の先に掲げた女性像は、近世以降の絵画・紋章・貨幣に繰り返し現れます。
意味は変わり、帽子だけが残りました。
古代の解放奴隷の帽子が、革命の合図になり、共和国の象徴になりました。同じ図像がこれほど長く使われ続けた例は、ローマの神々のなかでも他にありません。
日本で紹介されるときは、自由の女神像との関係から語られることが多くなっています。
リーベルタースが登場する絵画・彫刻
自由の寓意像
帽子を杖の先に掲げた女性像として、近世の絵画に描かれます。
共和国を表す女性像
フランスの庁舎や貨幣に、帽子をかぶった姿で置かれています。
リーベルタースが登場する近代の図像
各国の紋章と旗
自由の帽子を掲げた図が、独立にかかわる標章に用いられました。
記念貨幣の図柄
帽子と杖を組み合わせた図が、近代の貨幣に受け継がれています。
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リーベルタースについてよくある質問
リーベルタースはどんな神ですか。
自由を神としたローマの女神です。アウェンティーノの丘に神殿があり、祭日は4月13日でした。解放された奴隷がかぶるピレウスという帽子を目印とします。
ピレウスとは何ですか。
つばのない円錐形の帽子で、奴隷が解放されるときにかぶりました。身分が変わったことを示す記号であり、そこから自由そのものを表す図像になりました。
ブルートゥスの貨幣とは何ですか。
カエサル暗殺のあとに打たれた貨幣で、裏に短剣二本と自由の帽子が刻まれています。王になろうとした者を刺したことで市民は自由になったという主張を示したものです。
自由の女神像と関係がありますか。
直接の写しではありませんが、系譜はつながっています。自由を女性の像で表す発想はこの女神から続いており、自由の帽子は近代の革命の図像に受け継がれました。