本文へ移動

ローマ神話

リーベルとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Liber  / リーベル

大地 ローマ固有の神

イタリアに古くからいた実りと葡萄の神。平民の三柱の一柱として祀られた。

リーベルとは何の神様か

リーベルはひとことで言えばイタリアの畑から生まれた神です。正式な呼び名はリーベル・パテル、「父なるリーベル」という意味です。

司るのは実り、とくに葡萄でした。名は「自由な者」「解き放つ者」を意味する語と結びつけられます。種が殻を破ること、酒が人の口を軽くすること、少年が子供の身分から解かれること。「解き放つ」という一語が、この神の役目をつないでいます。

前493年、ケレース・リーベル・リーベラの三柱を祀る神殿がアウェンティーノの丘の麓に奉献されました。この神殿は平民の拠点になります。

平民の役職者の記録は、この神殿に置かれた。

3月17日の祭リーベラーリアでは、少年が子供の衣を脱ぎ、大人の衣を着て市民の仲間入りをしました。

ローマ人にとってこの神は、酔いの神である前に、畑と平民の神でした。

リーベルのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「リーベル」「リベル」の両方が使われます。長音を書き分けない表記のほうが広く見かけます。

名の由来は、「自由な」を意味するラテン語の形容詞に結びつけて説明されてきました。ただしこの説明が正しいかどうかは確かめられていません。 イタリアの古い神の名には、後から意味を当てはめた例が多くあります。

実りの神と、自由という語が、なぜ結びつくのか。

種が殻を破って芽を出すこと、実が枝から離れることを「解き放つ」と受け取った、という説明があります。

なお、ギリシャの酒の神と同じ神とされたのは、この神が古くから祀られていたあとのことです。名の由来もローマ側の祭祀も、その同一視より前からありました。

Liber(リーベル)

ラテン語の主格。同じ綴りの語が「自由な」を意味する形容詞にあたり、古代から名の説明に使われた。

Liber Pater(リーベル・パテル)

「父なるリーベル」の意。碑文や公の祭祀ではこの形が多く、神殿の名にも用いられた。

Liberalia(リーベラーリア)

3月17日の祭の名。少年が大人の衣を着る日として、暦のうえでよく知られていた。

リーベルの物語

  1. アウェンティーノの三柱 ─ 平民の神殿
  2. リーベラーリア ─ 少年が大人になる日
  3. 畑を回る車 ─ 町々の古い風習
  4. ギリシャの秘儀との合流 ─ 前186年の取り締まり

アウェンティーノの三柱 ─ 平民の神殿

前493年、アウェンティーノの丘の麓にケレース・リーベル・リーベラの三柱を祀る神殿が奉献されました。

実りを司る三柱がまとめて祀られた形です。この組み合わせは、ローマの神殿のなかでも古いものにあたります。

この神殿は、平民の拠点になった。

護民官と按察官という平民の役職者の記録が、ここに保管されました。 元老院の決議の写しが置かれたとも伝えられます。

丘の位置も見のがせません。アウェンティーノは長く市壁の外に置かれ、身分闘争のときに平民が立てこもった丘です。貴族の神殿がカピトリーノにあるのに対し、平民の神殿はこの丘にありました。

神殿は前31年に焼けます。アウグストゥスが再建に着手し、ティベリウスが17年に奉献し直しました。地上に建物は残っていません。

リーベラーリア ─ 少年が大人になる日

3月17日はリーベラーリアの日です。

この日、少年は子供の衣を脱ぎ、縁飾りのない白い衣トガ・ウィリーリスを着ました。「男の衣」という意味です。

衣を替えることが、市民になることだった。

家族に付き添われてフォルム・ロマーヌムへ行き、市民の名簿に登録されました。ローマには成人の年齢を定めた法がなく、時期は家ごとに決められていました。

祭の日には、老女たちが路上に腰を下ろし、蜜をかけた菓子リーバを売りました。買った者に代わって、老女がその場の祭壇で菓子を焼いたと伝えられます。

神官ではない老女が、街角で祭祀を代行しています。 国家の祭祀とは別の、暮らしに近い形がここに残っています。

オウィディウスは『祭暦』第3巻でこの日を扱い、蜜と菓子の由来を語っています。

畑を回る車 ─ 町々の古い風習

ウァロが書き残したイタリアの町々の風習が、アウグスティヌスの引用によって伝わっています。

祭のあいだ、男根をかたどった車を畑のあいだで引き回しました。そして最後に町へ運び入れ、そこで身分のある女性が花冠をかけたといいます。

畑から町へ、順に回してから飾りをかけた。

実りを願い、災いを遠ざけるための所作とみられます。恥ずべきものとしてではなく、村ごとの行事として行われていました。

伝えているのがキリスト教の側の著述家である点には、注意が要ります。異教の風習を批判する文脈で引かれているため、書きぶりが誇張されている見込みがあります。 ただし、ウァロという共和政末期の学者の記述が下敷きになっていることは確かです。

この風習は、リーベルがギリシャ由来の秘儀と結びつく前の、イタリアの土地に根ざした姿を示すものとして扱われています。

ギリシャの秘儀との合流 ─ 前186年の取り締まり

リーベルは、やがてギリシャ由来の秘儀の神と同じ神とされていきます。

その結果として起きたのが、前186年のバックス祭事件です。南イタリアから広まった秘密の集会が国の秩序を乱すとされ、元老院が決議を出して厳しく制限しました。

決議を刻んだ青銅板が現存し、条文を読むことができる。

集会の人数、指導者の選び方、財産の扱いまで細かく定められています。ローマが宗教そのものに踏み込んだ、数少ない例です。

ここで押さえておきたいのは順序です。取り締まりの対象になったのは新しく入ってきた秘儀であって、それ以前からあったリーベルの公の祭祀ではありません。

リーベラーリアは、この事件のあとも続きました。少年が大人の衣を着る日として、暦のうえに残り続けています。

リーベルの家系図と家族

リーベルのきょうだい: リーベラ対をなす二柱

リーベルの性格と人物像

リーベルには、物語がほとんどありません。

語られるのは祭りと神殿と風習であって、神の身の上に起きた出来事ではありません。これはローマ固有の神に共通する特徴です。

性格ではなく、役目で語られる神です。

強いて言えば、下の側に立つ神という顔があります。平民の神殿に祀られ、街角の老女が祭祀を代行し、村の畑を車が回りました。国家の中心にある神殿の神々とは、立ち位置が違います。

研究のうえでは、この神はギリシャの神と重ねられる前のイタリアの信仰を知る手がかりとして扱われます。同じ神とされたあとの記述からは、どこまでが元からあったものかを見分けにくくなるためです。

リーベラーリアと三柱の神殿。この二つが、重ねられる前の姿を残しています。

リーベルを祀った神殿と遺跡

リーベルは、実際に神殿を持った神です。前493年のアウェンティーノの三柱の神殿が、その中心にあたります。

ただし、その建物は地上に残っていません。

三柱の神殿の正確な位置については、いまも議論があります。ここに挙げた座標は、丘の麓という伝えにもとづく一帯を指すものです。

属州の神殿としては、リビアのサブラータに建物が残っています。帝政期の北アフリカでは、この神が土地の神と重ねられて広く祀られました。

なお、ギリシャ由来の秘儀の集会所は、ここに挙げた公の神殿とは別のものです。

ケレース・リーベル・リーベラ神殿(Aedes Cereris Liberi Liberae)

平民の拠点となった三柱の神殿

地図で開く

ケレース・リーベル・リーベラ神殿の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘の麓(北緯41.8833 東経12.4833)

ケレース・リーベル・リーベラ神殿の祀られた神: ケレース・リーベル・リーベラ

ケレース・リーベル・リーベラ神殿に残るもの: 地上に残っていない

ケレース・リーベル・リーベラ神殿のご利益: 実りの守り・平民の守り

前493年に奉献された、実りの三柱を祀る神殿です。リーベルの公の祭祀の中心にあたります。

護民官と按察官という平民の役職者の記録がここに保管され、神殿そのものが平民の拠点になりました。

前31年に焼け、アウグストゥスが再建に着手し、ティベリウスが17年に奉献し直しています。地上に建物は残っておらず、正確な位置についても議論があります。

サンタ・マリーア・イン・コスメディン聖堂の南側の一帯にあたるとみられている。

現地ツアーをさがす

ローマの現地ツアーや入場券を探せます。

広告を含みます

サブラータのリーベル・パテル神殿(Templum Liberi Patris)

帝政期の属州都市に建てられた神殿

地図で開く

サブラータのリーベル・パテル神殿の住所: リビア サブラータの古代都市(北緯32.8070 東経12.4815)

サブラータのリーベル・パテル神殿の祀られた神: リーベル・パテル

サブラータのリーベル・パテル神殿に残るもの: 基壇と列柱の一部

サブラータのリーベル・パテル神殿のご利益: 実りの守り

地中海の南岸、いまのリビアにあるサブラータの遺跡に残る神殿です。

リーベル・パテルの名を冠した神殿として、実際の建物が残っている数少ない例です。北アフリカの属州では、この神が土地の神と結びついて広く祀られました。

サブラータの遺跡は世界遺産に登録されています。海に面した劇場でよく知られる場所です。

トリポリの西の海沿い。渡航にあたっては現地の状況の確認が要る。

アウェンティーノの丘(Aventinus mons)

三柱の神殿が置かれた丘

地図で開く

アウェンティーノの丘の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘(北緯41.8833 東経12.4833)

アウェンティーノの丘の祀られた神: ケレース・リーベル・リーベラ ほか

アウェンティーノの丘に残るもの: 丘そのもの。神殿跡の遺構は地上に残っていない

アウェンティーノの丘のご利益: 平民の守り

ローマの七つの丘のひとつで、長く市壁の外に置かれていました。

平民の丘と呼ばれ、身分闘争のときには平民が職務を放り出してこの丘に立てこもっています。

リーベルの神殿がこの丘にあったことは、この神の立ち位置を示しています。国家の中心であるカピトリーノの丘とは、性格の違う場所です。

サンタ・サビーナ聖堂の脇のオレンジ庭園から市街を見わたせる。

現地ツアーをさがす

ローマの現地ツアーや入場券を探せます。

広告を含みます

リーベルが現代に残した痕跡

リーベルの名は、「自由」を意味する語と隣り合って残りました。

3月17日: リーベラーリアの日。ローマの暦のなかで、少年が大人の衣を着る日として記された。

サブラータの神殿: リビアの海沿いの遺跡に残る、リーベル・パテルの名を冠した神殿。世界遺産の一部。

トガ・ウィリーリス: 成人の衣を指す言葉。西洋の文学や歴史書で、大人になることの言い換えとして使われる。

前186年の元老院決議: 秘儀を制限した決議を刻んだ青銅板が現存し、古いラテン語の資料として読まれている。

リーベルが司るもの

実りの守り

葡萄をはじめとする畑の実りを司り、種が芽を出すことを助けるとされた。

大人になること

3月17日に少年が大人の衣を着た日の神であり、成長の節目に結びつけられた。

平民の守り

アウェンティーノの神殿は平民の拠点であり、その権利を守る場所とされた。

リーベルが登場するゲーム・アニメ

作品でのリーベルは、ほとんどの場合、ギリシャの酒の神として描かれます。 名前もそちらで通ります。

絵になるのは、酔いと葡萄の場面だからです。

一方、ローマ側の特徴であるリーベラーリアの日の少年平民の神殿は、絵画や物語の題材になりにくく、歴史の解説のなかで触れられるにとどまります。

そのため、この神を作品から知るのは難しく、暦と神殿の記録から入ったほうが姿をつかみやすくなります。

リーベルが登場するゲーム

歴史をあつかう戦略ゲーム

ローマの神殿や祭りの要素として名が出てくることがあります。

古代を舞台にした育成ゲーム

実りや祭りに関わる神として扱われることがあります。

リーベルが登場する絵画・彫刻

サブラータの神殿の彫刻

属州の神殿に残る装飾から、この神の姿の一端がうかがえます。

祭りの場面を描いた古代の浮彫

菓子や葡萄を供える場面として表されることがあります。

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

リーベルについてよくある質問

リーベルはギリシャの酒の神と同じですか。

のちに同じ神とされましたが、由来は別です。リーベルはイタリアに古くからいた実りの神で、前493年にはすでに神殿を持っていました。少年が大人の衣を着るリーベラーリアの祭も、ローマ側の独自の行事です。

リーベラーリアはどんな祭ですか。

3月17日の祭で、少年が子供の衣を脱ぎ、大人の衣であるトガ・ウィリーリスを着る日でした。家族に付き添われてフォルムへ行き、市民として登録されます。街角では老女が蜜をかけた菓子を売りました。

なぜ平民の神とされるのですか。

アウェンティーノの丘の三柱の神殿に、護民官と按察官という平民の役職者の記録が保管されたためです。この丘は長く市壁の外にあり、身分闘争のときに平民が立てこもった場所でもあります。

前186年の事件とリーベルは関係がありますか。

取り締まられたのは、南イタリアから入ってきた秘密の集会です。それ以前からあったリーベルの公の祭祀そのものが禁じられたわけではなく、リーベラーリアは事件のあとも続きました。