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ローマ神話

リーベラとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

Libera  / リーベラ

大地 ローマ固有の神

リーベルと対をなす女神。アウェンティーノの三柱の一柱として祀られた。

リーベラとは何の神様か

リーベラはひとことで言えばリーベルの対として置かれた女神です。名は「自由な女」を意味します。

前493年、アウェンティーノの丘の麓にケレース・リーベル・リーベラの三柱を祀る神殿が奉献されました。この女神の姿がはっきり見えるのは、この三柱の一柱としてです。

神殿は平民の拠点になり、平民の役職者の記録が置かれた。

3月17日のリーベラーリアは、リーベルとこの女神の祭日にあたります。

ケレースの娘とされることがあり、そこからプロセルピナと同じ神だという説明が生まれました。キケロは『ウェッレース弾劾』のなかで、この二柱を同じ神として説明しています。

しかし、この女神が主役になる物語は伝わっていません。 語られる筋よりも、三柱の一柱として祀られた事実のほうが、はるかに確かです。

リーベラのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「リーベラ」「リベラ」の両方が使われます。リーベルと並べて書かれることがほとんどです。

名はリーベルの女性形で、意味は「自由な女」です。二柱で一組の名であり、片方だけを取り出して説明することができません。

対の名を持つ神は、ローマの古い祭祀にいくつも見られます。

ケレースの娘とされたことから、冥界の王の妃と同じ神だという説明が古代からありました。ただし、その説明はギリシャの物語を取り込んだあとに整えられたものです。

もとの姿は、実りの三柱の一柱としての女神です。 呼び分けるときは、三柱の並びのなかで見るほうが確かになります。

Libera(リーベラ)

ラテン語の主格。リーベルの女性形にあたる語で、「自由な女」を意味する。

Ceres Liber Libera(ケレース・リーベル・リーベラ)

三柱をまとめて呼ぶ形。前493年に奉献された神殿の名としてこの並びが使われる。

Liberalia(リーベラーリア)

3月17日の祭の名。リーベルとリーベラの二柱の祭日として暦に記された。

リーベラの物語

  1. 三柱の一柱として ─ 前493年の神殿
  2. プロセルピナと重ねられる ─ キケロの説明
  3. なぜ記録が少ないのか ─ 対の神の宿命
  4. 神殿の焼失と再建 ─ 帝政期まで続いた祭祀

三柱の一柱として ─ 前493年の神殿

リーベラの姿がもっともはっきり見えるのは、ケレース・リーベル・リーベラの三柱の神殿においてです。

前493年、アウェンティーノの丘の麓に奉献されました。飢饉のときに神託を受けて建てられたと伝えられます。

実りを司る三柱が、まとめて祀られた。

この神殿は平民の拠点になりました。護民官と按察官という平民の役職者の記録がここに保管され、元老院の決議の写しも置かれたと伝えられます。

つまりリーベラは、物語のなかではなく、平民の政治の場に立っていた女神です。

三柱の並びは碑文にも見えます。神殿の名としてこの三つの名が続けて記される形が、繰り返し確かめられています。

一柱ずつの役割の分担については、確かなことがわかっていません。 三柱でひとまとまりとして扱われていた見込みが高いとされます。

プロセルピナと重ねられる ─ キケロの説明

リーベラは、冥界の王の妃と同じ神だと説明されることがあります。

きっかけはケレースの娘とされた点です。ケレースの娘といえば、さらわれて冥界の妃になった女神を指します。名前は違っても、同じ位置に置かれた神なら同じ神ではないか、という筋道です。

キケロは『ウェッレース弾劾』のなかで、この説明を採っています。シチリアの祭祀を語る場面で、二柱を同じ神として扱いました。

名が違っても、同じ神である。

古代の著述家は、こうした結びつけを好んで行いました。ただし、それは説明であって、由来ではありません。

前493年の三柱の神殿にいた女神と、ギリシャから伝わった冥界の妃の物語は、別々のところから来ています。それが重ねられた時期も、重ねた人の意図も、ローマ側の資料からたどれます。

重なりの手前にある姿を見ておくことが、この女神を理解する近道になります。

なぜ記録が少ないのか ─ 対の神の宿命

リーベラについて伝わっていることは、驚くほどわずかです。理由は三つ考えられます。

第一に、対の神だからです。リーベルとリーベラは一組で呼ばれます。祭日も神殿も共有しているため、片方だけを書き残す必要がありませんでした。

名を並べて書けば、それで足りたのです。

第二に、物語を持たなかったからです。ローマ固有の神は役目で語られ、身の上話を持ちません。物語がなければ、詩人が書く場面もありません。

第三に、説明が別の神に吸い取られたからです。プロセルピナと同じ神だとされたあと、書き手はそちらの物語を書けば済むようになりました。

資料が少ないこと自体が、この女神の立ち位置を示しています。

それでも、三柱の神殿と祭日という動かない骨組みは残りました。祀られていた事実は、物語がなくても確かめられます。

神殿の焼失と再建 ─ 帝政期まで続いた祭祀

前493年に奉献された三柱の神殿は、共和政のあいだ平民の拠点であり続けました。

前31年、この神殿は焼けます。ローマの神殿は木材を多く使っており、火事で失われた例が数多くあります。

再建に着手したのはアウグストゥスだった。

ただし、完成を見たのは次の代です。ティベリウスが17年に奉献し直しました。

初代の皇帝が古い神殿を建て直すのは、この時期に繰り返された政策です。古い祭祀を守る姿勢を示すことが、統治の正統さにつながっていました。

再建された神殿がどれだけ続いたかは、はっきりしません。地上に建物は残らず、正確な位置についても議論があります。

リーベラの名は、その後も三柱の並びのなかに残り続けました。一柱で立つことはなく、最後まで対と三柱のなかにいた女神です。

リーベラの家系図と家族

リーベラの親: ケレース親子とされることがある

リーベラのきょうだい: リーベル対をなす二柱

リーベラの性格と人物像

リーベラには、性格を語る材料がほとんどありません。

怒った話も、恋の話も、旅の話もありません。伝わっているのは、いつどこで祀られたかという事実だけです。

それを物足りないと見るか、ローマらしいと見るか。

ローマ固有の神の多くは、この形をしています。神は役目であり、祭祀の手順そのものでした。物語を持つ神は、ギリシャから入ってきた神々のほうです。

研究のうえでは、リーベラは重ねられる前と後を見分けるための目印として扱われます。プロセルピナと同じ神だと書いてある資料は、ギリシャの物語を取り込んだあとのものだと判断できるためです。

名が対になっていること、三柱で祀られたこと、平民の神殿にいたこと。 この三つが、この女神について確かに言えることのすべてです。

リーベラを祀った神殿と遺跡

リーベラを祀った場所として確かめられるのは、アウェンティーノの三柱の神殿だけです。

一柱で立つ神殿は、記録に残っていません。

これは資料の不足というより、この女神の祀られ方そのものです。リーベルと対で、ケレースと三柱で祀られた神であって、単独で祭壇を持つ形ではありませんでした。

神殿の正確な位置については、いまも議論があります。ここに挙げた座標は、丘の麓という伝えにもとづく一帯を指すものです。

プロセルピナと同じ神とされたのちの祭祀は、別の神殿の記録として扱われます。 混ぜないほうが、姿がはっきりします。

ケレース・リーベル・リーベラ神殿(Aedes Cereris Liberi Liberae)

リーベラが祀られた三柱の神殿

地図で開く

ケレース・リーベル・リーベラ神殿の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘の麓(北緯41.8833 東経12.4833)

ケレース・リーベル・リーベラ神殿の祀られた神: ケレース・リーベル・リーベラ

ケレース・リーベル・リーベラ神殿に残るもの: 地上に残っていない

ケレース・リーベル・リーベラ神殿のご利益: 実りの守り・平民の守り

前493年に奉献された神殿です。リーベラが祀られたことがはっきり確かめられる、ただ一つの場所にあたります。

飢饉のときに神託を受けて建てられたと伝えられ、実りを司る三柱がまとめて祀られました。

護民官と按察官の記録がここに保管され、神殿は平民の拠点になりました。前31年に焼け、ティベリウスが17年に奉献し直しています。

サンタ・マリーア・イン・コスメディン聖堂の南側の一帯にあたるとみられている。

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アウェンティーノの丘(Aventinus mons)

三柱の神殿が置かれた丘

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アウェンティーノの丘の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘(北緯41.8833 東経12.4833)

アウェンティーノの丘の祀られた神: ケレース・リーベル・リーベラ ほか

アウェンティーノの丘に残るもの: 丘そのもの。神殿跡の遺構は地上に残っていない

アウェンティーノの丘のご利益: 平民の守り

ローマの七つの丘のひとつです。長く市壁の外に置かれ、平民の丘と呼ばれました。

リーベラの神殿がこの丘にあったことは、この女神の立ち位置を示しています。国家の中心であるカピトリーノの丘とは、性格の違う場所です。

いまは静かな住宅の一帯で、オレンジ庭園や古い聖堂が並んでいます。

サンタ・サビーナ聖堂の脇の鍵穴からの眺めで知られる。

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リーベラが現代に残した痕跡

リーベラの名は、リーベルと並んだ形でだけ残りました。

三柱の並び: ケレース・リーベル・リーベラという並びが、碑文や神殿の名として繰り返し記されている。

3月17日: リーベラーリアの日。リーベルとリーベラの二柱の祭日として暦に記された。

アウェンティーノの丘: 平民の丘と呼ばれた場所。三柱の神殿がここにあったことが、この女神の立ち位置を示す。

キケロの弁論: ウェッレース弾劾のなかで、この女神を冥界の妃と同じ神とする説明が読める。

リーベラが司るもの

実りの守り

実りを司る三柱の一柱として、収穫を助けるとされた。

平民の守り

アウェンティーノの神殿は平民の拠点であり、その権利を守る場所とされた。

成長の節目

3月17日の祭日をリーベルと共有し、大人になる日の神とされた。

リーベラが登場するゲーム・アニメ

リーベラの名で作られた作品は、ほとんど見あたりません。

描かれるときは、冥界の妃の名になります。

同じ神とされた結果、絵画も歌劇も物語のあるほうへ流れました。物語を持たない神は、作品の題材になりにくいという事情があります。

このことは、資料の残り方とも重なります。祭祀は続いたのに、姿は残らなかった。 ローマ固有の神に、しばしば起きたことです。

リーベラが登場するゲーム

歴史をあつかう戦略ゲーム

ローマの神殿の要素として、三柱の並びで名が出ることがあります。

古代を舞台にした育成ゲーム

実りに関わる女神として名が挙がることがあります。

リーベラが登場する絵画・彫刻

三柱を表した古代の浮彫

実りの三柱がまとめて表された作例が知られています。

冥界の妃を描いた近世の絵画

同じ神とされたため、そちらの名で描かれることがほとんどです。

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リーベラについてよくある質問

リーベラはどんな女神ですか。

リーベルと対をなす女神で、名は「自由な女」を意味します。前493年にアウェンティーノの丘の麓へ奉献されたケレース・リーベル・リーベラの三柱の神殿に祀られました。この三柱の一柱としての姿が、もっともはっきりしています。

冥界の妃と同じ神なのですか。

ケレースの娘とされたことから、古代にそう説明されました。キケロもウェッレース弾劾のなかでこの説明を採っています。ただしそれは後から整えられた説明であって、三柱の女神としての祭祀のほうが古いものです。

なぜ物語が伝わっていないのですか。

ローマ固有の神は役目と祭祀で語られ、身の上話を持たないためです。加えてリーベルと対で呼ばれたため、片方だけを書き残す必要がありませんでした。物語のほうは別の神に吸い取られています。

リーベラの神殿は今も見られますか。

地上に建物は残っていません。前31年に焼け、ティベリウスが17年に奉献し直しましたが、その後の姿も伝わっていません。正確な位置についても議論が続いています。