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ローマ神話

セークーリタースとは何の神様か|家系図・物語

Securitas  / セークーリタース

大地 抽象概念の神

心配のないことの女神。帝政の貨幣に繰り返し刻まれた広報の神。

セークーリタースとは何の神様か

セークーリタースはひとことで言えば心配が無い状態を神にしたものです。名は「心配(クーラ)が無い」という語の成り立ちによります。

この女神には、ほかの抽象概念の神と大きく違う点があります。共和政の記録には見えません。 現れるのは帝政に入ってからで、しかも神殿ではなく貨幣の上です。

早い例は、ネロ帝の貨幣です。

以後、セークーリタース・アウグスティ(皇帝の安泰)、セークーリタース・オルビス(世界の安泰)といった形で、皇帝が代わるたびに繰り返し刻まれました。

姿にも特徴があります。頬杖をついて柱にもたれる、くつろいだ姿勢で表されます。緊張していないこと自体が、この女神の図像になっています。

役目は祈願ではなく広報でした。皇帝が国内の安全を保証しているという知らせを、貨幣が国じゅうに運びます。

神殿の記録は残っていません。祀られた場所も、祭日もわかっていません。

セークーリタースのローマ名・ギリシャ名と読み方

日本語では「セクリタス」「セークーリタース」の両方が見られます。ラテン語の長音を書き分けない形のほうが多く使われます。

名の成り立ちがわかりやすい語です。心配を意味する語に、無いことを示す接頭辞が付いています。

心配が有るのではなく、取り除かれた状態です。

日本語では「安全」「安泰」「無憂」などが当てられます。ただし、この語がもともと指すのは心のありようのほうです。危険が無いことよりも、気にしなくてよいことに重心があります。

近代の諸言語で安全保障を意味する語は、この語から出ています。ローマでの用例では、外敵からの守りだけでなく、内乱が起きていないことを指す場面が多く見られます。

Securitas(セークーリタース)

ラテン語の主格。心配を意味する語に、無いことを示す接頭辞を付けた形で、心配が取り除かれた状態を指す。

Securitas Augusti(セークーリタース・アウグスティ)

皇帝の安泰という意味。貨幣にもっとも多く刻まれた形で、皇帝の身と統治が脅かされていないことを示した。

Securitas Orbis(セークーリタース・オルビス)

世界の安泰という意味。帝国の全域が守られているという主張を込めた言い方で、皇帝が代わるときによく用いられた。

セークーリタースの物語

  1. 貨幣に現れた女神 ─ ネロ帝から
  2. 柱にもたれる姿 ─ くつろぎが図像になる
  3. 皇帝の広報として ─ 誰に向けた知らせか
  4. なぜ記録が少ないのか ─ 神殿を持たない神

貨幣に現れた女神 ─ ネロ帝から

セークーリタースは、共和政の記録にまったく見えません。

神殿も、祭日も、神官の記録もありません。この女神が最初に現れるのは、帝政に入ってからの貨幣です。

早い例はネロ帝の時代のものです。

その後、内乱を経て皇帝が次々に代わった時期に、この女神の貨幣が急に増えます。理由は察しがつきます。安全でない時期ほど、安全を告げる必要があったからです。

刻まれる形はいくつかあります。セークーリタース・アウグスティは皇帝の安泰、セークーリタース・オルビスは世界の安泰、セークーリタース・プーブリカは公けの安泰です。

言い方の違いは、そのまま「何が脅かされていたか」を映しています。皇帝の身が危ないときと、属州が荒れているときとでは、選ばれる形が変わります。

貨幣の文言を並べていくと、帝政の不安の年表になります。

柱にもたれる姿 ─ くつろぎが図像になる

この女神の図像には、他に例のない特徴があります。

くつろいでいるのです。

頬杖をつき、柱にもたれ、脚を組んで立っています。

多くの神は、持ち物や身なりで役目を示します。ウィクトリアは翼と冠、フィデースは握り合う手、ウィルトゥースは兜と槍です。

セークーリタースだけは、姿勢そのものが意味を担っています。

緊張していない。急いでいない。備えていない。それができる状態こそが、この女神の指す中身でした。

座って手を頭にあて、うつむき加減にしている図もあります。眠りに近い姿です。

添えられる持ち物は、笏や小枝、ときには祭壇です。祭壇に手をかざす図は、供え物を落ち着いて捧げられることを示すとみられます。

危険が無いことを、動作の少なさで表す。 図像としては、かなり工夫されたやり方です。

戦う神が多いなかで、何もしていない姿を刻んだ神は、この女神のほかにほとんど見あたりません。

皇帝の広報として ─ 誰に向けた知らせか

ローマの貨幣は、単なる支払いの道具ではありませんでした。

国じゅうに配られる知らせの板でもあったのです。皇帝の顔を表に、伝えたい言葉を裏に刻み、属州の隅々まで届けました。

セークーリタースは、その裏面の常連です。

伝えられた内容ははっきりしています。もう心配は要らない。 内乱は終わった。国境は守られている。皇帝が見張っている。

この使われ方には、注意して読むべき点があります。安泰を告げる貨幣が多い時期ほど、実際には安泰でなかった可能性が高い、という読み方です。

新しい皇帝が立った直後や、内乱の直後に集中して打たれる傾向があるためです。

祈願の対象というより、統治の言葉でした。人々がこの女神に何かを願った記録は残っていません。

それでも二百年以上にわたって刻まれ続けたことは、この言葉が効いていたことを示しています。

なぜ記録が少ないのか ─ 神殿を持たない神

セークーリタースには、神殿がありません。

祭日もありません。神官の記録もありません。祈りの言葉も伝わっていません。

わかっているのは、貨幣と碑文だけです。

理由は、この女神の生まれ方にあります。

ローマの古い神々は、祭祀が先にあって、あとから神殿が建ちました。 フィデースもカルメンタもそうです。祭りがあり、神官がいて、そのうえで建物が用意されました。

セークーリタースは逆です。帝政の広報の必要から、言葉として先に立てられました。 祀る人の集まりがないところに、いきなり図像だけが生まれています。

そのため、祀るための場所が要りませんでした。貨幣そのものが、この女神の居場所でした。

碑文には名が見えますし、皇帝の記念建造物にも寓意像として現れます。ただし、それらは神を祀るための施設ではありません。

神殿を探しても見つからない。 それがこの神の正確な姿です。

セークーリタースの家系図と家族

セークーリタースのきょうだい: ウィクトーリア帝政の貨幣に並んで刻まれるリーベルタース帝政の貨幣に並べて刻まれる

セークーリタースの性格と人物像

セークーリタースは、ローマの神々のなかでもっとも新しい層に属します。

古い神が村の祭りから育ったのに対し、この女神は帝政の宮廷で言葉として作られました。

祀られた記録がないのに、二百年以上刻まれ続けました。

研究の上では、この女神は貨幣がどう政治の道具になったかを見る材料として扱われます。刻まれた年と文言を並べれば、その時期に何が不安視されていたかが読み取れるためです。

図像としても興味深い一柱です。くつろいだ姿勢だけで意味を示すという工夫は、他の神には見られません。

一方で、人々がこの女神に祈った形跡はありません。信仰の対象ではなく、統治の言葉でした。

名の成り立ちもわかりやすい神です。心配を意味する語に、無いことを示す接頭辞が付いています。取り除かれた状態そのものが、神の名になっています。

抽象概念を神にするというローマのやり方が、行き着くところまで行った例と言えます。

セークーリタースを祀った神殿と遺跡

セークーリタースを祀った神殿や聖所は、記録に残っていません。

祭日もわかっていません。専属の神官が置かれた形跡もありません。

わかっているのは、貨幣と碑文に名が刻まれたことだけです。

これは資料が失われたためではなく、もともと祀る場所を持たなかったためとみられます。この女神は共和政の祭祀から育ったのではなく、帝政の広報の必要から言葉として立てられたためです。

そのため、この節には住所を書ける場所がありません。無いものを、あるように書くことはしません。

なお、皇帝の記念建造物の浮き彫りに寓意像として現れることはありますが、それらは神を祀るための施設ではありません。

セークーリタースが現代に残した痕跡

セークーリタースの名は、近代の語として広く残りました。

安全保障を意味する語: ヨーロッパの諸言語で安全や保安を指す語が、この女神と同じラテン語から出ている。

くつろぐ姿の図像: 頬杖をついて柱にもたれる姿。緊張していないことを姿勢だけで示す表し方として、貨幣研究で注目される。

皇帝の貨幣の文言: 刻まれた年と言い回しを並べると、帝政のどの時期に何が不安視されていたかが読み取れる。

安泰を掲げる政治: 安全を強く宣言する時期ほど不安定だったという読み方の、古い実例として引かれる。

セークーリタースが司るもの

心配が無いこと

危険を気にせずにいられる状態そのものを司るとされた。

国内の平穏

内乱が起きていないことを示す言葉として貨幣に刻まれた。

統治の安定

皇帝の身と地位が脅かされていないことを告げる役目を負った。

セークーリタースが登場するゲーム・アニメ

セークーリタースは、創作に登場することがほとんどありません。

物語を持たず、神殿もなく、名も広く知られていないためです。

姿だけが、寓意画のなかに残りました。

近世の寓意画には、柱にもたれる人物として安全を表す型があり、この女神の貨幣の図像を下敷きにしているとみられます。ただし、名が添えられることは少なくなっています。

いま、この女神にもっとも触れやすいのは博物館の貨幣の陳列です。裏面の文言を読んでいくと、その時代の不安が並んでいます。

セークーリタースが登場する図像・貨幣

帝政期の貨幣

裏面にくつろぐ女神と安泰の文言を刻んだ例が多数残っています。

記念建造物の浮き彫り

皇帝の功績を示す場面に、寓意像として添えられます。

セークーリタースが登場する絵画・寓意

安全の寓意像

柱にもたれる姿が、近世の寓意画の型として受け継がれます。

図像集の項目

寓意像を並べた近世の手引きに、この姿が収められています。

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セークーリタースについてよくある質問

セークーリタースはどんな神ですか。

心配が無い状態を神としたローマの女神です。共和政の記録には見えず、帝政の貨幣に繰り返し刻まれました。頬杖をついて柱にもたれる、くつろいだ姿で表されます。

神殿はどこにありましたか。

神殿や聖所の記録は残っていません。祭日も神官も伝わっていません。もともと祀る場所を持たず、貨幣と碑文のなかだけに存在した神とみられます。

なぜくつろいだ姿で表されるのですか。

緊張せず、急がず、備えなくてよい状態そのものがこの女神の意味だからです。持ち物ではなく姿勢で意味を示す点が、他の神と大きく違っています。

なぜ帝政になってから現れたのですか。

皇帝が国内の安全を保証しているという知らせを国じゅうに届ける必要があったためです。祈願の対象というより、貨幣を通じて配られる統治の言葉として立てられました。