運を司る女神。プラエネステの聖域では、籤で神意を尋ねた。
フォルトゥーナとは何の神様か
フォルトゥーナはひとことで言えば運です。ギリシャ名はテュケー。
ローマでは、この女神ほど多くの称号を持つ神はいません。
フォルス・フォルトゥーナ … 思いがけない幸運。
フォルトゥーナ・ムリエブリス … 女たちの運。
フォルトゥーナ・ウィリーリス … 男に向き合う女の運。
フォルトゥーナ・プリーミゲニア … 最初に生まれた者。
ローマ人は運を一つのものと考えませんでした。 場面ごとに別の女神として祀っています。
プラエネステの聖域では、樫の木片に刻んだ籤を子どもに引かせて神意を尋ねました。斜面を段で覆う巨大な建物で、いまも見ることができます。
6月24日のフォルス・フォルトゥーナの祭では、市民が舟や徒歩でティベリス川の対岸へ渡り、飲み明かしました。身分を問わない祭だったと伝えられます。
フォルトゥーナのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「フォルトゥナ」「フォルトゥーナ」が使われます。
運・幸運を意味する語は、ヨーロッパの諸言語でこの女神の名から生まれました。
富を意味する語も同じ系統です。
持ち物は三つあります。
- 車輪 … 運が回ること
- 舵 … 人の進む先を決めること
- 豊穣の角 … 与えるもの
車輪の図像は、中世に「運命の輪」として展開しました。回ることで、上にいた者が下になる。 この考え方は、中世の文学と美術で繰り返し扱われます。
Fortuna(フォルトゥーナ)
ラテン語。「運ぶ」「もたらす」を意味する語につながるとされる。
Fors Fortuna(フォルス・フォルトゥーナ)
「偶然の運」。6月24日が祭日。
Tyche(テュケー)
ギリシャ名。
フォルトゥーナの物語
プラエネステの籤 ─ 子どもが引く神意
ローマの東、プラエネステ(現在のパレストリーナ)には、巨大な聖域がありました。
丘の斜面を七段の台で覆い、頂に円形の建物を置いた造りです。前2世紀の終わりごろのものとされます。
ここで行われたのが籤による託宣でした。
樫の木片に文字が刻まれ、箱に納められている。
求める者が来ると、子どもがその箱から一枚を引く。
引かれた木片の文字が、神の答えとされました。
伝えでは、この木片は岩の割れ目から見つかったとされます。夢のお告げに従って岩を割ったところ、中から出てきたという話です。
フォルトゥーナ・プリーミゲニアという称号は「最初に生まれた者」を意味します。
ユーピテルの母であり、同時に娘である。
そう説明されました。矛盾していますが、ローマ人はこれを解こうとしていません。
聖域は近代まで町並みの下に埋もれていました。第二次世界大戦の爆撃で建物が壊れ、そのために全体の姿が現れたという経緯があります。
身分を問わない祭 ─ 6月24日の川渡り
フォルス・フォルトゥーナの祭日は6月24日です。
一年でもっとも日の長い時期にあたります。
この祭は、身分の低い者のための祭とされました。
伝えでは、聖所を建てたのは王セルウィウス・トゥッリウスです。この王は奴隷の子だったとされ、運によって王になった人物として語られます。
運の女神の祭を、運で身分を越えた王が始めた。 話としてよくできています。
祭の日、人々はティベリス川の対岸へ渡りました。
舟に乗る者もあれば、歩いて橋を渡る者もある。
花を飾り、酒を飲み、酔って帰ってくる。
オウィディウスは、この日の川面が舟でいっぱいになる様子を書いています。
農作業も休みになりました。運は誰にでも訪れる。 その考え方が、祭の形に出ています。
運を分ける ─ 称号ごとの女神
ローマには、この女神の神殿が数多くありました。
そのすべてに、別の称号が付いています。
フォルトゥーナ・ムリエブリス(女たちの運)
フォルトゥーナ・ウィリーリス(男に向き合う運)
フォルトゥーナ・フイウスケ・ディエイー(この日の運)
フォルトゥーナ・レドゥクス(連れ戻す運)
フォルトゥーナ・エクェストリス(騎士の運)
なぜ分けるのか。
ローマ人は、祈る相手を正確に指定することを重んじました。誰に何を願うかがずれれば、祈りは届きません。
女の運と男の運は違うものだ。
今日の運と、旅から連れ戻す運は違うものだ。
抽象的な概念を、場面ごとに切り分けている。
これはローマの宗教の特徴です。ギリシャの神々が一柱で多くの役目を持つのに対し、ローマは役目のほうを細かく分け、それぞれに名を付けました。
神の数が多いのではなく、名の付け方が細かいのです。
フォルトゥーナの家系図と家族
フォルトゥーナの性格と人物像
フォルトゥーナは、ローマ人の世界観そのものを表す女神です。
ローマは共和政の初め、イタリア半島の一都市にすぎませんでした。それが地中海全体を支配するに至ります。
なぜ自分たちだったのか。
ギリシャの歴史家ポリュビオスは、この問いを立てて『歴史』を書きました。答えの一つとして挙げたのが、この女神です。
ローマ人自身も、自分たちの成功を運によるものと考えていました。ただし、それを謙遜としてではなく、神が味方についた証拠として受け取っています。
一方で、運は回ります。
上にいる者は、いつか下になる。
車輪の図像には、その戒めが込められていました。中世の文学は、この一点を繰り返し取り上げます。
与える神であり、奪う神でもある。 ローマの神々のなかで、これほど両義的な神は他にいません。
フォルトゥーナを祀った神殿と遺跡
フォルトゥーナの聖域は、称号ごとに別の場所にありました。
ローマ市内には十を超える神殿があったと記録されますが、多くは位置が特定されていません。
フォルス・フォルトゥーナの聖所はティベリス川の右岸にあった。
6月24日の祭で人々が渡った先です。しかし、正確な位置は分かっていません。
ここに挙げたのは、住所を確かめられた三か所です。
フォルトゥーナ・プリーミゲニア聖域(Sanctuarium Fortunae Primigeniae)
籤による託宣が行われた大聖域
フォルトゥーナ・プリーミゲニア聖域の住所: イタリア ラツィオ州 パレストリーナ(北緯41.8400 東経12.8922)
フォルトゥーナ・プリーミゲニア聖域の祀られた神: フォルトゥーナ・プリーミゲニア
フォルトゥーナ・プリーミゲニア聖域に残るもの: 七段の台、柱廊、円形の建物の基礎
フォルトゥーナ・プリーミゲニア聖域のご利益: 幸運・託宣
丘の斜面を七段の台で覆った巨大な聖域です。前2世紀の終わりごろのものとされます。
籤による託宣が行われました。樫の木片に刻まれた文字を、子どもが引きます。
近代まで町並みの下に埋もれていましたが、第二次世界大戦の爆撃で上の建物が壊れ、全体の姿が現れました。
頂の建物は現在、考古博物館になっています。
ローマから東へおよそ35キロメートル。博物館にナイル川の大モザイクがある。
ポンペイのフォルトゥーナ・アウグスタ神殿(Templum Fortunae Augustae)
個人が建てた小神殿
ポンペイのフォルトゥーナ・アウグスタ神殿の住所: イタリア カンパニア州 ポンペイ遺跡(北緯40.7507 東経14.4844)
ポンペイのフォルトゥーナ・アウグスタ神殿の祀られた神: フォルトゥーナ・レドゥクス
ポンペイのフォルトゥーナ・アウグスタ神殿に残るもの: 基壇と柱の基部
ポンペイのフォルトゥーナ・アウグスタ神殿のご利益: 旅の無事
前1世紀の終わりごろ、ポンペイの有力者が自費で建てた神殿です。
フォルトゥーナ・レドゥクスは「連れ戻す運」を意味し、旅から無事に帰ることを司ります。
神殿の名にアウグスタが付いているのは、皇帝への忠誠を示すためです。個人の信仰と政治が結びついた例です。
道の交わる角に建ち、通りの名にもなりました。
ポンペイ遺跡のフォルトゥーナ通りに面している。
フォルトゥーナ・ムリエブリス聖域(Templum Fortunae Muliebris)
女たちが建てたとされる聖域
フォルトゥーナ・ムリエブリス聖域の住所: イタリア ラツィオ州 ラティーナ街道沿い(北緯41.8437 東経12.5558)
フォルトゥーナ・ムリエブリス聖域の祀られた神: フォルトゥーナ・ムリエブリス
フォルトゥーナ・ムリエブリス聖域に残るもの: 基壇の一部
フォルトゥーナ・ムリエブリス聖域のご利益: 女性の願い
前487年の奉献と伝えられます。
ローマに攻め寄せた将軍コリオラーヌスを、母と妻が説き伏せて退かせたという物語に結びついています。
女たちの働きで町が救われた。
その記念として、女性たちが自ら費用を出して建てたとされます。
祭の日には、一度だけ結婚した女性だけが女神像に触れることを許されました。
ローマから南東へおよそ7キロメートル。街道沿いに遺構がある。
フォルトゥーナが現代に残した痕跡
フォルトゥーナの名は、運を意味する語と運命の輪に残りました。
幸運を意味する語: ヨーロッパの諸言語で、運・幸運・富を意味する語がこの女神の名から生まれた。
運命の輪: 車輪の図像から、中世に「運命の輪」の主題が生まれた。上にいた者が下になるという戒めとして繰り返し描かれた。
カルミナ・ブラーナ: 中世の詩歌集。冒頭が運命の女神への呼びかけで始まり、20世紀にオルフが作曲して広く知られるようになった。
占いの札: 運命の輪は、後の占い札の絵柄の一つとして定着した。
フォルトゥーナが司るもの
幸運
思いがけない幸運を司る。6月24日が祭日。
託宣
プラエネステでは籤によって神意を尋ねた。
身分を越える力
奴隷の子から王になったとされる人物と結びつけられた。
フォルトゥーナが登場するゲーム・アニメ
この女神は、神としてより「運命の輪」の図像として広まりました。
回る車輪。上と下が入れ替わる。
中世の写本、大聖堂の薔薇窓、そして占いの札。同じ図が形を変えて残っています。
一方、ローマ側の特徴である籤による託宣は、作品にはほとんど出てきません。
フォルトゥーナが登場する音楽
カルミナ・ブラーナ
冒頭の合唱が、運命の女神への呼びかけです。映像作品でも繰り返し使われています。
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フォルトゥーナについてよくある質問
フォルトゥーナとテュケーは同じ神ですか。
同一視されます。ただしローマでは称号ごとに細かく分けられ、女の運、男の運、旅から連れ戻す運などが別々の女神として祀られました。
プラエネステの聖域では何をしましたか。
籤による託宣です。樫の木片に刻まれた文字を子どもが箱から引き、その文字が神の答えとされました。
なぜ称号がこんなに多いのですか。
ローマ人は祈る相手を正確に指定することを重んじたためです。誰に何を願うかがずれれば祈りは届かないと考えられていました。
運命の輪はこの女神に由来しますか。
そうです。持ち物の一つである車輪の図像から、中世に「運命の輪」の主題が生まれました。
プラエネステの聖域は見学できますか。
できます。現在のパレストリーナで、ローマから東へおよそ35キロメートルです。頂の建物は考古博物館になっています。