ローマの丘に町を建てていた老王。アエネーアースを迎えて同盟を結んだ。
エウアンドロスとは何の神様か
エウアンドロスはひとことで言えばローマの丘に最初の町を置いた人物です。
出身はギリシャのアルカディア。母は予言の女神カルメンタとされ、その導きに従って海を渡り、テウェレ川のほとりにたどり着きました。
丘の上に、粗末な家が散らばるだけの町があった。
築いた町の名はパッランテウム。のちのパラティウムの丘です。ローマが立つ場所には、トロイアの人々が来るより前にギリシャ人の町があった。 『アエネーイス』はそういう順序で土地の由来を語ります。
第8巻でアエネーアースを客として迎え、同盟を結び、息子パッラースを軍勢とともに託しました。
滞在のあいだ、老王はヘルクレスが怪物カー?クスを退治した場所を案内し、アラ・マクシマ(最大の祭壇)で毎年行われる祭の起こりを語ります。
託した息子はトゥルヌスに討たれ、遺体が父のもとへ返されます。この場面は叙事詩の山場のひとつです。
エウアンドロスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「エウアンドロス」「エウアンデル」「エヴァンデル」の三通りが見られます。ギリシャ語寄りに読むかラテン語寄りに読むかの違いで、指す人物は同じです。
『アエネーイス』の邦訳では「エウアンドルス」の形も使われます。
名は「よき人」を意味する語に結びつけられます。
古代の書き手はこの名を、ギリシャ語で善と人を組み合わせた語と説明しました。ただし土地の古い名から生まれた語をギリシャ風に読み替えたとする見方もあり、どちらとも決まっていません。
町の名パッランテウムは、アルカディアの町パッランティオンにちなむとも、祖先パッラースにちなむとも説明されます。説明が複数あること自体が、この名の古さを示しています。
Euander(エウアンドロス)
ラテン語での綴り。ギリシャ語の「よき人」を意味する語に由来するとされ、詩では母音を分けて読む。
Evander(エウァンデル)
後代に一般化した綴り。英語圏の文献や訳書ではこの形が使われることが多い。
Pallanteum(パッランテウム)
この王が築いたとされる町の名。のちのパラティウムの丘にあたり、名の由来を説明する語として使われた。
エウアンドロスの物語
アルカディアから ─ 追われて海を渡る
エウアンドロスは、ギリシャの山国アルカディアの生まれとされます。
故郷を離れた理由ははっきりしません。争いに敗れて追われたとも、母の予言に従ったとも伝えられます。
母カルメンタは、この地に着く前からその先を知っていた。
母は予言の女神であり、ローマではカルメンタ祭という祭日を持ちました。息子が新しい土地に町を建てることを、母は前もって告げていたとされます。
一行はテウェレ川をさかのぼり、丘の一つに町を置きました。
このとき、エウアンドロスは土地の人々にラテン文字を伝えたと言われます。文字と法と祭を持ち込んだ人物、という位置づけです。
アルカディアの祭を持ち込み、それがルペルカーリアの起こりになったという説明も古くからあります。ローマでもっとも古い祭の一つを、外から来た王に帰す語り方です。
ヘルクレスとカークス ─ 祭壇の由来を語る
アエネーアースが訪ねた日、町ではちょうどヘルクレスの祭が行われていました。
老王は客を祭壇に案内し、その起こりを語ります。
かつてこの丘の下の洞に、火を吐く怪物カークスが住んでいました。ウルカーヌスの子とされます。
洞の入口には、食われた者の首が吊るされていた。
ヘルクレスがゲーリュオーンの牛を連れて通りかかったとき、カークスは牛を尾から引いて洞に隠しました。足跡が逆を向くようにするためです。
牛の鳴き声で気づいたヘルクレスは岩を引き剥がし、怪物を締め殺しました。
この出来事を記念して置かれたのがアラ・マクシマ(最大の祭壇)です。ローマでもっとも古い祭祀の一つが、王の口から由来として語られます。
祭壇の祭は、司祭の一族が代々受け持ちました。女は加われない祭として長く続いています。
同盟と、託した息子 ─ 第8巻から第11巻へ
アエネーアースは、トゥルヌスとの戦いに助力を求めて来ました。
エウアンドロスは老いて自ら戦えません。そこで息子パッラースに騎兵を付けて託します。
私の望みはただ一つ。子が無事に帰ることだ。
この願いは叶いませんでした。第10巻でパッラースはトゥルヌスに討たれ、帯を剥ぎ取られます。
遺体は父のもとへ運ばれました。第11巻の葬送の場面は、叙事詩のなかでもっとも重い箇所の一つです。
老王は嘆きながら、それでも復讐を求めます。息子の死は、物語の終わり方を決めました。
最後の場面でアエネーアースがトゥルヌスにとどめを刺すのは、相手が身につけていたパッラースの帯を見たからです。
老王に託された一人の若者の死が、叙事詩の結末を動かします。
なぜギリシャ人を置いたのか ─ ウェルギリウスの仕掛け
ローマの土地に、なぜギリシャ出身の王を置いたのでしょうか。
ローマ人は自分たちの起こりを、トロイアから逃れた人々に求めました。トロイアはギリシャに滅ぼされた側です。
敵の側から来た者が、先にその丘にいた。
この配置は、たまたまではありません。
ウェルギリウスの時代のローマは、ギリシャ文化を大量に取り込んでいました。文字も、詩の形も、学問も、もとはギリシャのものです。
エウアンドロスに文字を伝えさせることで、その借りを物語のなかで先に清算しているという読み方があります。ギリシャからの文化は、建国より前にすでにこの丘にあった、という形です。
もう一つ、老王が案内する土地は、いずれも当時のローマ市内に実在する場所でした。読者は自分の知っている街角の由来を、この王の口から聞くことになります。
叙事詩が観光案内のように働く箇所です。
エウアンドロスの家系図と家族
エウアンドロスの性格と人物像
エウアンドロスは、力を失った後の人物として書かれています。
登場したときすでに老いており、自分では戦えません。持っているのは記憶と、土地の由来を語る言葉だけです。
客をもてなす場面で、王は自分の家の粗末さを詫びます。
そのとき言うのは「ヘルクレスもこの家に泊まった。貧しさを侮るな」という趣旨の言葉です。貧しさを恥じない古い徳の象徴として置かれています。
同時に、この王は息子を失う父です。ローマの叙事詩には老いた父が何人も出てきますが、子の遺体を受け取る場面を与えられたのはこの王だけです。
研究では、エウアンドロスは土地の由来を説明するために作られた人物とみられています。パッランテウムという地名、ヘルクレス祭、ラテン文字。説明の必要なものが、この一人に集められました。
人物というより、由来の束です。それでも息子の死の場面だけは、説明を超えた重さを持っています。
エウアンドロスゆかりの地と遺跡
エウアンドロス本人を祀った神殿は、記録に残っていません。
ここに挙げたのは、いずれも『アエネーイス』第8巻で老王がアエネーアースを案内した場所です。祀られているのはヘルクレスであり、王ではありません。
語り手であって、祈りの相手ではない。
そのため、この節は「ゆかりの地」としています。舞台と祭祀の場を混ぜないための区別です。
なお、母カルメンタのほうはローマで祭日を持ち、カルメンターリアとして1月に行われました。母は祀られ、息子は祀られていません。
パラティウムの丘(Palatium)
パッランテウムが置かれたとされる丘
パラティウムの丘の住所: イタリア ローマ パラティウムの丘(北緯41.8893 東経12.4871)
パラティウムの丘の祀られた神: (エウアンドロスを祀る場所は無い)
パラティウムの丘に残るもの: 丘そのもの。鉄器時代の小屋跡と帝政期の宮殿址
パラティウムの丘のご利益: (祀る施設は無い)
エウアンドロスがパッランテウムを築いたとされる丘です。
のちにロームルスが町を建て、さらに後には皇帝の宮殿が並びました。同じ丘に、三つの始まりが重ねて語られています。
この王を祀った施設は見つかっていません。 ここは物語の舞台であり、祈りの場ではありませんでした。
発掘では前8世紀の小屋の柱穴が出ていますが、それをどの伝えと結びつけるかは決まっていません。
フォロ・ロマーノとの共通券で見学できる。丘の上から広場を見下ろせる。
アラ・マクシマ(Ara Maxima Herculis)
ヘルクレスに捧げられたローマ最古級の祭壇
アラ・マクシマの住所: イタリア ローマ フォルム・ボアリウム(北緯41.8885 東経12.4813)
アラ・マクシマの祀られた神: ヘルクレス
アラ・マクシマに残るもの: サンタ・マリーア・イン・コスメディン聖堂の下に基礎の一部
アラ・マクシマのご利益: 商いと家畜の守り
エウアンドロスが起こりを語った最大の祭壇です。祀られるのはヘルクレスであって、王ではありません。
祭では犠牲の肉をその場で食べきる決まりがあり、女は加われませんでした。
司祭はポティティウス家とピナリウス家という二つの一族が代々務めたと伝えられます。のちに国の管理へ移りました。
牛の市が立つ一帯にあり、家畜を扱う人々の守りとしても頼られています。
サンタ・マリーア・イン・コスメディン聖堂の一帯。真実の口のある聖堂として知られる。
ヘルクレス・ウィクトル神殿(Aedes Herculis Victoris)
アラ・マクシマの近くに建つ円形神殿
ヘルクレス・ウィクトル神殿の住所: イタリア ローマ フォルム・ボアリウム(北緯41.8887 東経12.4808)
ヘルクレス・ウィクトル神殿の祀られた神: ヘルクレス・ウィクトル
ヘルクレス・ウィクトル神殿に残るもの: 円形の柱廊がほぼ完全に残る(前2世紀後半)
ヘルクレス・ウィクトル神殿のご利益: 勝利
アラ・マクシマのすぐ近くに建つ円形の神殿です。前2世紀後半のもので、ローマに残る大理石建築としてはもっとも古い部類に入ります。
長らくウェスタ神殿と誤って呼ばれてきましたが、いまはヘルクレスに捧げられたものとみられています。
エウアンドロスの語ったヘルクレス祭の場が、建物として今も立っている数少ない例です。
ボッカ・デッラ・ヴェリタ広場に面して建つ。外観はいつでも見られる。
エウアンドロスが現代に残した痕跡
エウアンドロスの名は、丘の名と、文字の起こりとして残りました。
パラティウムの丘: 築いた町パッランテウムに由来するとされる説明が古代からあり、宮殿を意味する各国語の語もこの丘の名から生まれた。
アラ・マクシマ: ヘルクレス祭の起こりを語る場面の舞台。ローマ最古級の祭壇として、共和政期を通じて祭が続いた。
ラテン文字の伝来伝説: アルカディアから文字を持ち込んだとする説明が、古代の文法学者や歴史家に繰り返し引かれた。
パッラースの帯: 息子の形見の帯が叙事詩の結末を決める。この帯は後世の注釈で繰り返し論じられてきた。
エウアンドロスが司るもの
文字の伝来
ラテン文字をイタリアに伝えた人物とされ、書くことの起こりに結びつけられた。
客をもてなすこと
貧しい家で客を迎える場面が、ローマの古い徳の手本として語られた。
土地の由来
パラティウムの丘とヘルクレス祭の起こりを語る役目を負った。
エウアンドロスが登場するゲーム・アニメ
作品でのエウアンドロスは、案内役として現れます。
主人公を連れて土地を歩き、その場所に何があったかを語る。物語を進める人ではなく、風景に意味を付ける人です。
絵画では、川岸に立つ老人として描かれます。
日本ではこの人物を単独で扱った作品はほとんど見当たりません。『アエネーイス』の訳書を通じて名が知られている、という状態です。
エウアンドロスが登場するゲーム
古代ローマを舞台にした戦略ゲーム
建国前の勢力として、パッランテウムの名が用いられることがあります。
神話を題材にした探索ゲーム
案内役の老王として、土地の由来を語る役回りで登場します。
エウアンドロスが登場する絵画・彫刻
クロード・ロランの風景画
アエネーアースがパッランテウムに着く場面が、川と丘の風景として描かれています。
パッラースの葬送を描いた図
遺体が父のもとへ運ばれる場面が、新古典主義の画家に取り上げられました。
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エウアンドロスについてよくある質問
エウアンドロスはギリシャ人ですか。
ギリシャのアルカディアから移り住んだ人物とされます。ローマが立つ丘には、トロイアの人々が来るより前にギリシャ人の町があったという設定です。
パッランテウムとはどこですか。
のちのパラティウムの丘にあたるとされます。ロームルスが町を建てたのと同じ丘で、後には皇帝の宮殿が置かれました。同じ場所に三つの始まりが重ねて語られています。
エウアンドロスを祀った神殿はありますか。
記録に残っていません。案内した先のアラ・マクシマはヘルクレスの祭壇であり、この王を祀ったものではありません。母のカルメンタのほうは、1月にカルメンターリアという祭日を持ちました。
息子のパッラースはどうなりましたか。
第10巻でトゥルヌスに討たれ、帯を剥ぎ取られました。遺体は父のもとへ返されます。物語の最後でアエネーアースがトゥルヌスを討つのは、この帯を見たためです。
エウアンドロスと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。